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2025年04月30日

日本の産後ケアの現状と課題-令和4年度には市町村の84%で実施も利用率は10.9%、提供体制と費用負担、認知度に課題か-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

産後ケアとは、市町村が出産後1年以内の母子に対して心身のケアや育児のサポートを実施し、産後も安心して子育てができる支援を行う事業であり、母子保健法第17条の2に規定されている1

この事業は、平成26年より「妊娠・出産包括支援モデル事業」として開始され、平成29年には産後ケア事業ガイドラインが策定、令和元年には母子保健法の改正により法定化され、令和3年には市町村の努力義務となった。令和6年度には、「地域子ども・子育て支援事業」に位置付けるなかで、子ども・子育て支援法を改正(令和7年4月施行)し、全国展開に向けて補助割合の見直しや利用要件の撤廃について検討がなされているところである2

本稿では、この産後ケア事業についての現状と課題を整理したい。
 
1 e-gov法令検索 母子保健法 https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000141#Mp-Ch_2-At_17
2 子ども家庭庁成育母子保健課「産後ケア事業について」第4回こども家庭審議会 成育医療等分科会 資料2-1
(令和6年11月20日)

2――産後ケアの現状

2――産後ケアの現状

1|産後ケアの概要
この事業は、退院直後の母子に対して、心身のケアや育児のサポート等を行い、産後も安心して子育てができることを目的に実施されるものであり、誰もがより安心・安全な子育て環境を整えるため、全国の少子化等の現状を踏まえて、全国展開が進められている。また、当事業の対象者は産後1年以内の母子とされており、利用期間は原則的に7日以内とされている。実施方法については、(1)病院や助産所の空きベッドを活用して宿泊を伴う休養機会の提供を実施する「宿泊型」、(2)個別、集団で支援を実施できる施設において、日中や来所した利用者に対しケアを提供する「デイサービス型」、(3)実施担当者が利用者の自宅に赴いてケアを提供する「アウトリーチ型」の3種類が存在しており、事業内容に応じて、助産師や保健師、看護師などの医療専門職が配置されている。

当事業の実施主体は市町村であり、補助率は令和7年度より、都道府県の負担が導入され、国:都道府県:市町村が2:1:1に変更されており、市町村の負担率が軽減されている。また、補助単価についても、兄・姉や生後4か月以降の児を受け入れる施設の加算や、宿泊型について夜間の職員配置を2名以上にしている施設への加算が追加されており、全国展開に向けて拡充が進められている。

利用希望者は、自治体で定められている期間内(妊娠中)に、担当窓口に相談し、利用予定期間と施設を決定した上で利用申し込みを実施し、産後に利用施設へ連絡して実際の利用期間を調整し、宿泊型の場合には退院後に母子で産後ケア施設へ移動し利用を開始するのが一般的である。
2|自治体の実施数と産婦の利用率
これまでの事業の実施数と、実際の産婦の利用率について、図表1へ示した。産後ケア事業がモデル事業として開始された平成26年には全国29の自治体が実施し、その後徐々に増加の一途を辿っている。令和5年には、全国1,547の自治体が実施しており、実施率は89.5%と高いものの、令和6年度末までに100%達成に向けては今一歩及ばない状況である。また、産婦の利用率が公表された令和3年には6.1%、翌年の令和4年には10.9%と増加はしているものの、1割程度に留まっているのが現状である。
図表1.自治体の実施数と産婦の利用率
3|産後ケア事業ガイドライン改訂ポイント
産後ケア事業のガイドラインは、平成29年に策定され、令和2年に改定、その後も事例集の作成や実施要項の改定、通知の発出や調査研究が進められてきた。今回の改定では、これらを踏まえ、実施主体や対象者、ケアの内容や安全に関する内容について見直しが図られた。

具体的には、実施主体に「都道府県の広域支援の役割」が追加された。また、対象者に「ユニバーサルサービスであることへの明確化」がなされ、従来は限定的な予算内での実施であることや受け入れ枠の上限がある中で利用希望者に優先順位をつけて運営されてきたが、産後ケアを必要とする全ての母親が対象となるように表現が修正された。他にも、医療的ケア児がいる場合やきょうだい児3についての記載が追加された。

ケアの内容については、これまで項目立てにとどまっていたが、具体的な内容が明記された形になり、アセスメントに基づくケアプランの作成や利用終了後のふり返り、今後の支援への連携体制などが加えられた。安全に関する内容については、子どもの睡眠中のSIDS予防や子どもを預かる際の留意点、緊急時の協力医療機関の選定や重大事案発生時の対応等など、事故防止に向け市町村がマニュアルを作成し、委託事業者と共有・確認をすることが追加された。
 
3 「きょうだい児」とは、疾患や障害を抱える兄弟姉妹がいる子どものこと示している。

3――産後ケア事業推進に向けての課題

3――産後ケア事業推進に向けての課題

上述した通り、産後ケア事業が全国展開に向けて進行しているが、課題も浮き彫りになっている。
1|委託先の確保と地域偏在
令和4年度に実施された調査研究事業によると4、61%の市町村が産後ケア事業実施における課題として「委託先の確保」を挙げていた。特に、市外や規模の大きな医療機関との交渉を市町村ごとに実施するのには負担が大きいことや、契約事務が煩雑で委託先が複数ある場合には負荷が高いことが明らかになっている。
 
また、地域によっては産科医療機関の偏在により単独で体制構築を図るのが困難であることや、産科から産後ケア施設への移動が遠く、移動に伴う支援や支出に係るサポート体制が整備されていないことも問題となっている。さらに、委託先となる産科医療機関では、生後4か月児以降の乳児に対応するための設備投資や人員確保ができていないケースもある。

市町村が、十分な産後ケア事業施設の確保をするためには、市町村を超えた産科医療機関との連携体制の構築や、移動支援に設備投資、人員配置などに係る調整を、都道府県を含めて推進していく必要がある。
図表2.産後ケア事業における市町村の課題(%)
 
4 野村総合研究所「令和4年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業 産後ケア事業及び産婦健康診査事業等の実施に関する調査研究事業」(令和5年3月)https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/cd892ed4-1ec9-4b60-aa2c-ec45d3967729/aced3cec/20231023_policies_kosodateshien_chousa_suishinchosa_r04-01_h32-1.pdf
2|利用料が必要
利用者の自己負担額は、各自治体が設定する補助額に依存するため、大きな偏りがある。2020年3月の利用実態調査では5、病院が実施する宿泊型における1泊2日の自己負担額の平均は6,885円、同様に助産所における平均額は7,491円で、独自施設の平均額は5,634円であり、病院及助産所における自己負担最高額は3万円に上っている。また、デイサービス型では、病院における平均額が2,232円、助産所では2,319円、独自施設では1,612円であり、病院及び助産所の自己負担最高額は9千円から1万円程であった。アウトリーチ型では、自己負担額の平均は1,151円、最高額は6千円程度となっている

尚、住民税非課税世帯については1回あたり5千円の利用減免措置があったが、利用を希望する全ての産婦を対象とする方針に基づき、令和5年度からは住民税非課税世帯以外では所得に関わらず1回あたり2,500円の利用減免措置がとられている。そのため、現在は上述の平均額より低下している可能性があるが、いずれにしても自治体や施設によるばらつきが大きく、産後ケアに係る個人の自己負担額は居住地域の設定料に大きく左右される形となっている。

一方で、都市部では民間の産後ケア施設の展開も進んでいる。民間では、母子の健康管理や授乳・育児指導に加え、整体やヨガ、リラクゼーションサロンや美容施設の併設、医療専門職による24時間サポートなど幅広いサービスが提供されている。関東にある代表的な民間の産後ケアホテルの金額をみると、1泊5万円前後から10万円超ほどで設定されており、利用期間の制限もないのが特徴的である。

居住地の近くに自治体が委託する産後ケア施設が存在していない場合は、民間の産後ケアホテルを選択せざるを得ないこともある。妊娠・出産に係る費用も捻出した後で、産後の回復を促進するための費用を別途確保するのは、利用率が上がらない要因となる可能性が高いだろう。
 
厚生労働省省「産後ケア事業の利用の実態に関する調査研究事業 報告書」(令和2年9月)
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/ff38becb-bbd1-41f3-a95e-3a22ddac09d8/9a3a4607/20230401_policies_boshihoken_87.pdf
3|若年層への積極的周知を
最後に、認知度の向上にむけて取り組む必要性を指摘したい。2025年3月に実施された産後ケアの認知度調査では6、2023年度前回の調査より全ての性・年齢区分においても認知度が上昇したことが示されているが、出産経験の無い20~30代女性では知らないが45.5%を占めており、今後利用可能性の高い年齢層へのアプロ―チは必要であろう。また、別の調査では7、「産後ケアを知っていれば利用したかった」と回答した者が66.3%にのぼる結果が示されている。当初、産後ケアは生後4か月までの期間しか利用できず、対象者も育児協力が得られない方と限定されていたことから、積極的周知が進まなかった可能性がある。現在、一部の自治体で妊娠届出の方法が電子申請に代わってきているところもがあるが、少なくとも妊娠届け出の時点の妊婦面接等を利用して積極的周知を進める必要があろう。

日本では、核家族化により産後の育児協力が得られにくい状況にあり、産後うつの発症リスクも生後数か月に集中している。子どもの発達段階を考慮すると頻回な授乳や夜泣き対応が必要となる生後数か月は特に産後の母子のケアが重要となる時期である。提供体制の整備や費用負担の軽減、積極的周知により、産後ケア事業をさらに有効活用していきたい。
 
6 産後ケアホテルマームガーデン「2025年度産後ケア認知度調査」(2025年3月20日)
 https://www.nsgrp.co.jp/topics/press/category/mom-garden/ 
7 産後リカバリープロジェクト「産前産後の課題に関するアンケート2023」

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月30日「基礎研レポート」)

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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・不妊治療・月経随伴症状・プレコンセプションケア等

経歴
  • 【職歴】
    2012年 東大阪市入庁(保健師)
    2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
    2019年 ニッセイ基礎研究所 入社

    ・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
    ・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
    ・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

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