2025年04月10日

公益通報者保護法の改正案-不利益処分に刑事罰導入

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2025年3月4日、公益通報制度を定める公益通報者保護法(以下、「保護法」)の改正案が国会に提出された。公益通報制度とは、たとえば企業において違法な事業行為が行われているときに、一定の要件の下で、従業員等が社内の公益通報窓口や行政、マスコミ等にそのことを公益のために通報することである。公益通報を受けた事業者等は適切に対処を行わなければならず、かつ公益通報をした従業員等に対して解雇等の不利益な取り扱いを行ってはならないとするものである。

この法律は「公益通報者の保護を図る」とともに「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図る」ことをその眼目としている(保護法1条)。企業において違法行為が行われていることについては企業の内部者がその事実を知っていることが多く、内部者による通報が違法行為を是正することに役立つ。ただし、公益通報者の保護が図られないと通報を行うデメリットを公益通報者が負うことになり、制度が有効に機能しないため、法定の要件を満たす公益通報者に関する保護制度が設けられている。

本国会に提出された保護法改正案は2024年12月27日に公表された「公益通報者保護法制度検討会報告書(以下、「報告書」)」に基づくものである。内容は以下の4点である。
 

(1) 事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上
(2) 公益通報者の範囲拡大
(3) 公益通報を阻害する要因への対処
(4) 公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済の強化

本稿では、現行保護法と改正保護法を比較することで改正内容を確認・検討していく。なお、現行保護法は以下、「現行法」といい、改正保護法は「改正法」ということとする。

ちなみに、兵庫県の知事に対する内部告発が保護法の定める公益通報に該当するかどうかについて議論があったが、兵庫県の第三者委員会は「該当する」との見解を示した1。本稿では個別の案件に踏み込むことは行わないが、一つの事例として参考になる。

2――公益通報の基本

2――公益通報の基本

1|公益通報とは(一部改正)
「公益通報」とは、労働者等が、不正の目的でなく、労働者を雇用する事業者(派遣労働者の派遣先等も含むので、あわせて「役務提供先」という)の事業に従事する役員、従業員等について「通報対象事実」が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、以下の者に通報することをいう(現行法・改正法2条)。
 

①当該役務提供先等、
②当該通報対象事実について処分若しくは勧告等をする権限を有する行政機関等、
③その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者

簡単に言い直せば、労働者が勤務先の企業等に「通報対象事実(後述)」が生じ、あるいは生じようとする旨を(1)勤務先、(2)行政機関、(3)マスコミ等に通報することを言う。条文にある通り、不正の利益を得るためといった不正の目的がある場合は公益通報に該当しない。また、公益通報を行うことができるのは労働者(アルバイト・パート含む)、派遣労働者、役員、退職者(退職あるいは派遣契約終了後一年以内に限る)である2

そして、改正法では、労働者同様に事業者に対し弱い立場にあるフリーランスおよび契約終了後1年以内のフリーランスにつき、海外法令を踏まえ3公益通報の保護対象になることとされた(改正法2条1項3号、現行法の3号以降は後ずれ)。
 
2 取引先事業者の従業員、派遣労働者、役員、退職者も含む(現行法2条1項3号・改正法2条1項4号)
3 公益通報者保護法制度検討会報告書https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/review_meeting_004/assets/consumer_partnerships_cms205_250109_01.pdf p31参照。
2|通報対象事実とは
上記条文にある「通報対象事実」とは、以下に掲げるものである(改正法2条3項)。下記②に下線を付した部分を改正法は追加した。

①この法律及び個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律として別表に掲げるものに規定する罪の犯罪行為の事実又はこの法律及び同表に掲げる法律に規定する過料の理由とされている事実
この法律4および別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが前号に掲げる事実となる場合における当該処分の理由とされている事実

上述①の文中にある「別表」には、数多くの法律が列挙されており、犯罪行為あるいは各種法律で過料に該当する行為はまず通報対象事実に該当すると考えてよい。

なお、公益通報ハンドブック5(以下、「ハンドブック」p34)ではセクハラ・パワハラについて、事業者が対処措置を取るべきとする法律6はあるが、過料を課す規定がないため、公益通報の範囲外とする。ただし、セクハラ・パワハラが脅迫や強制わいせつなど犯罪行為に該当するおそれがあれば公益通報に該当するとしている。

しかし、通報窓口を設置した事業者において、セクハラ・パワハラの申出件数が最も多いという実態があり7、かつそのような行為が犯罪行為の可能性もあるわけで、実務的にはセクハラ・パワハラを含むものとして労働者保護を図っている事業者が多いと思われる8
 
4 改正法15条の2第2項(後述)で内閣総理大臣に処分権限が新設されたため追加された。
5 公益通報ハンドブック https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_220705_0001.pdf p11参照。
6 男女雇用機会均等法および労働施策総合推進法
7 若干古い調査ではあるが、消費者庁が2016年に公表した「民間事業者における内部通報制度の実態調査 報告書」では、窓口に寄せられた通報のうち「職場環境を害する行為(パワハラ、セクハラなど)」が 55.0%で最も高い」とされている。
8 セクハラ・パワハラについて専門のハラスメント窓口を設置している企業もあるようである。

3――保護される公益通報の種類

3――保護される公益通報の種類

現行法・改正法の最も大事なポイントは公益通報を行った労働者の保護である。労働者の公益通報には上述の通り3種のものがあり、(1)役務提供先へ通報するもの、(2)権限を有する行政機関へ通報するもの、(3)その他の事業者外部へ通報するものがある。それぞれに要件がある。

まずは労働者が保護される公益通報の要件に関して述べる。
1|役務提供先へ通報するもの
まず、労働者である公益通報者が、i)役務提供先に通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると「思料」する場合にあっては、当該役務提供先等に対する内部通報を行うことが、公益通報として保護される(現行法3条1号、改正法3条1項1号)。

このような内部通報の場合は、役務提供先で違法行為が行われた、あるいは行われようとしていると「考えた(=思料する)」だけで要件を満たす。言い換えると、仮に単なる伝聞に基づくものであっても、通報者にとって確かであると考えられるものであれば、公益通報として保護される。
2|権限を有する行政機関へ通報するもの
次に、労働者である公益通報者が、役務提供先にi)通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合、又はii)通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると思料し、かつ、一定の事項9を記載した書面(電磁式方式含む)を提出する場合において、当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関等に対する公益通報を行うことは、公益通報として保護される(現行法3条2号、改正法3条1項2号)。

このように権限を有する行政機関への公益通報は、2つの方法がある。具体的に、一つ目は違法行為が行われた、あるいは行われようとしていると信じるに足りる相当の理由がある場合である。ハンドブック(p10)では、この条件を満たすためには、通報が真実であることを裏付ける証拠や関係者による信用性の高い供述など相当の根拠が必要となるとする。

二つ目は、一つ目のように信ずるに足りる相当の理由はなくとも、一定の事項(脚注9参照)を記載した書面等の提出で権限のある行政機関宛てに公益通報を行うことである。自己の身元を明らかにし、法令の措置要求まで記載させることで、権限を有する行政機関が対処しやすくなり、かつ嫌がらせのような不当な通報が行われることを一定抑止できるものと考えられる。
 
9 記載事項として、イ 公益通報者の氏名又は名称及び住所又は居所、ロ 当該通報対象事実の内容、ハ 当該通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する理由、ニ 当該通報対象事実について法令に基づく措置その他適当な措置がとられるべきと思料する理由が挙げられている。
3|その他の事業者外部へ通報するもの
その他の事業者外部とは、「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」とされている(現行法・改正法2条1項)。ハンドブック(p9)によれば、マスコミや消費者団体、周辺住民などが含まれる。

そして、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合に、その他事業者外部に通報したことが、公益通報として保護される(現行法3条3号、改正法3条1項3号)。

上記2|と同様、通報対象事実があると考えるのに相当の理由があるとともに、下記6つのうち、いずれかの事情があることが必要である(現行法3条1号、改正法3条3項1号)。
 

イ)役務提供者又は行政機関に公益通報をすれば、不利益な取り扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
ロ)役務提供者への通報をすれば、証拠の隠滅、偽造、変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
ハ)役務提供者への通報をすれば、役務提供者が公益通報者について知りえた事実を、公益通報者を特定させるものと知りながら、正当な理由がなくて漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合
ニ)役務提供者が、役務提供者又は行政機関に公益通報しないことを正当な理由がなくて要求された場合
ホ)書面により役務提供者に公益通報して20日経過しても調査を行う通知がない場合、または調査が正当な理由がなく行われない場合
へ)個人の生命・身体に対する危害、財産に対する損害が発生し、または発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合

すなわち、役務提供先に通報しても握りつぶされたり、通報者が不利益を被ったりする可能性が高い場合などはマスコミ等への通報も保護されるということである。なお、上記ニ)に関して、公益通報は匿名でも行うことができる。ただし、匿名で行った場合には上記ニ)で述べる、調査を行っていない旨の通知を受け取ることができないことになる。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月10日「基礎研レポート」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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