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- 自然災害リスクへの対応方針(欧州)-EIOPAと欧州中央銀行の合同報告書の紹介
2025年02月25日
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1――はじめに
EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)とECB(欧州中央銀行)は、2024年12月18日、自然災害に対する保険保護ギャップを縮小するためのEUレベルでのアプローチを提案した1。これは2つの柱から成り、1つは民間のリスクをプールして規模の経済性により保険の補償範囲を拡大すること、もうひとつは、EU加盟国全体で加入義務のあるスキームを設立して、災害からの復興なども含めた公共災害リスク管理を強化することである。今回は、この報告書の内容を紹介する。
この提案は、2023年に、EIOPAとECBの共同文書で大枠が提示された、自然災害対応のためのラダーアプローチ(損失の規模に応じて、民間保険の役割と国の資金援助などの程度や方法を模索したもの)を踏まえたもので、近年、気候変動に関連する自然災害の頻度と深刻度が増し、それに伴う経済損失が増大していることへの対応策である。
これにより、個人、企業、政府といったどの段階でも損失をカバーし、EU全体としてマクロ経済と金融の安定に対するリスクを軽減することを目指している。そのために、事前にリスクを軽減することと事後に適切に対応することと、民間部門と公共部門の役割分担を明確化しておくこと、で自然災害への対応スキームを構築しようとするものである。
1 Toward a European system for natural catastrophe risk management (2024.12.18 EIOPA,ECB)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/d8c87070-f602-4bf7-b8d8-726ec0b5c173_en?filename=eiopa-ecb-climate-insurance-protection-gap.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
この提案は、2023年に、EIOPAとECBの共同文書で大枠が提示された、自然災害対応のためのラダーアプローチ(損失の規模に応じて、民間保険の役割と国の資金援助などの程度や方法を模索したもの)を踏まえたもので、近年、気候変動に関連する自然災害の頻度と深刻度が増し、それに伴う経済損失が増大していることへの対応策である。
これにより、個人、企業、政府といったどの段階でも損失をカバーし、EU全体としてマクロ経済と金融の安定に対するリスクを軽減することを目指している。そのために、事前にリスクを軽減することと事後に適切に対応することと、民間部門と公共部門の役割分担を明確化しておくこと、で自然災害への対応スキームを構築しようとするものである。
1 Toward a European system for natural catastrophe risk management (2024.12.18 EIOPA,ECB)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/d8c87070-f602-4bf7-b8d8-726ec0b5c173_en?filename=eiopa-ecb-climate-insurance-protection-gap.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――報告書の内容
1|自然災害被害の現状、保険保護ギャップの現状
気候変動に関連する自然災害は、頻度・その被害の深刻さとも増大してきており、それに対応する経済コストも上昇している。1981年から2023年の43年間にEU域内の自然災害による経済損失は、直接的なものだけでも9,000億ユーロに上っている。しかもその5分の1は、直近3年間だけで発生している。しかしこうした損失については、その4分の1程度しか、保険によってカバーされていない。そして近年、保険によるカバー率はさらに低下している。
欧州は世界で最も温暖化が進んでいる地域とみなされており、今後も気候変動リスクは増大し、保険会社・保険加入者の両者に悪影響を及ぼすことが予想される。
まず、気候関連事象の頻度と重大性が増大すれば、当然、保険会社の提供する自然災害カバー商品の保険料は値上がりする。特にリスクの高い地域では、保険会社が販売を中止する可能性がある。
保険料が値上がりすると、保険加入者、特に低所得層にとっては、必要な保険に加入しにくくなる。
また自然災害リスクの認識が低く、各国政府の災害援助に依存する傾向が強まると、ますます家計あるいは企業が保険に加入する意識が高まらなくなり、保険によるカバー率がさらに低下することが懸念される。
こうした中で2024年には、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパあるいはスペインにおいて大洪水が起こり、この災害を契機に、各国の自然災害対応の保険制度の実態や、保険ギャップに対処するための財政負担の深刻さもみえてきた。そしてEU内での自然災害損失を抑える取組みと、緊急事態への備えの重要性が、浮き彫りになった。
こうした場合の資金源として、もともと存在していたEU連帯基金(The EU Solidarity Fund)は、深刻な災害発生時に各国政府を支援することを目的としたものだったが、有意義な支援を行うためには資金規模が小さすぎることが判明した。そこで欧州委員会は、EU結束基金(EU Cohesion Fund)のほうからも180億ユーロの資金を提供するよう提案したが、この基金のもともとの主旨が自然災害への対応を目的としたものではなく(確かに、環境への投資援助を含むが、主に交通インフラ分野を想定したもの)、必ずしもEU加盟国全てが利用できるようにはなっていなかった(一人当たり国民総所得ベースでEU平均の90%以下の国が対象)。
気候変動に関連する自然災害は、頻度・その被害の深刻さとも増大してきており、それに対応する経済コストも上昇している。1981年から2023年の43年間にEU域内の自然災害による経済損失は、直接的なものだけでも9,000億ユーロに上っている。しかもその5分の1は、直近3年間だけで発生している。しかしこうした損失については、その4分の1程度しか、保険によってカバーされていない。そして近年、保険によるカバー率はさらに低下している。
欧州は世界で最も温暖化が進んでいる地域とみなされており、今後も気候変動リスクは増大し、保険会社・保険加入者の両者に悪影響を及ぼすことが予想される。
まず、気候関連事象の頻度と重大性が増大すれば、当然、保険会社の提供する自然災害カバー商品の保険料は値上がりする。特にリスクの高い地域では、保険会社が販売を中止する可能性がある。
保険料が値上がりすると、保険加入者、特に低所得層にとっては、必要な保険に加入しにくくなる。
また自然災害リスクの認識が低く、各国政府の災害援助に依存する傾向が強まると、ますます家計あるいは企業が保険に加入する意識が高まらなくなり、保険によるカバー率がさらに低下することが懸念される。
こうした中で2024年には、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパあるいはスペインにおいて大洪水が起こり、この災害を契機に、各国の自然災害対応の保険制度の実態や、保険ギャップに対処するための財政負担の深刻さもみえてきた。そしてEU内での自然災害損失を抑える取組みと、緊急事態への備えの重要性が、浮き彫りになった。
こうした場合の資金源として、もともと存在していたEU連帯基金(The EU Solidarity Fund)は、深刻な災害発生時に各国政府を支援することを目的としたものだったが、有意義な支援を行うためには資金規模が小さすぎることが判明した。そこで欧州委員会は、EU結束基金(EU Cohesion Fund)のほうからも180億ユーロの資金を提供するよう提案したが、この基金のもともとの主旨が自然災害への対応を目的としたものではなく(確かに、環境への投資援助を含むが、主に交通インフラ分野を想定したもの)、必ずしもEU加盟国全てが利用できるようにはなっていなかった(一人当たり国民総所得ベースでEU平均の90%以下の国が対象)。
2|現在の各国の制度の検討
いくつかの国では、自然災害損失に対応する国家レベルの保険制度が存在し、保険ギャップの縮小に役立っている。現時点で、自然災害損失に対するなんらかの救済措置をもっている、EUあるいは参考となるこの種の先進国としては、以下の12か国2があり、これらを参考にして、あとで示すようなEU共通のスキームを検討することになろう。
これらのスキームの詳細な紹介は割愛するが、各国の相違を比較して参照すべき以下のようなポイントがある。
保険範囲:
リスクをプールすることを認めるリスクの種類や資産の範囲はどうか。単独のリスクか、複数のリスクか、対象が居住用不動産かさらに広範囲か、強制加入の範囲はどうかなど。
保険の構造:
全て公的な資金か、民間も関与するか。保険期間は有期か無期か、単独の保険機関で運営されるかまたは他の民間保険会社等も上乗せ分のリスクなどをカバーするか。
支払いと保険料:
補償金の支払は、損害補償分か定額か。保険料はリスクに応じたものか一律か。
リスク移転と資金調達方法:
公的な再保険形式かどうか、公的保証か政府債などを活用するかなど。
リスク軽減:
リスク軽減のためのインセンティブや、官民の役割分担などの形式
2 (EU内) スペイン、フランス、ノルウェー、ベルギー、ルーマニア、アイスランド、デンマーク
(EU外) 英国、日本、米国、オーストラリア、スイス (日本については、地震保険制度のことであろう。)
いくつかの国では、自然災害損失に対応する国家レベルの保険制度が存在し、保険ギャップの縮小に役立っている。現時点で、自然災害損失に対するなんらかの救済措置をもっている、EUあるいは参考となるこの種の先進国としては、以下の12か国2があり、これらを参考にして、あとで示すようなEU共通のスキームを検討することになろう。
これらのスキームの詳細な紹介は割愛するが、各国の相違を比較して参照すべき以下のようなポイントがある。
保険範囲:
リスクをプールすることを認めるリスクの種類や資産の範囲はどうか。単独のリスクか、複数のリスクか、対象が居住用不動産かさらに広範囲か、強制加入の範囲はどうかなど。
保険の構造:
全て公的な資金か、民間も関与するか。保険期間は有期か無期か、単独の保険機関で運営されるかまたは他の民間保険会社等も上乗せ分のリスクなどをカバーするか。
支払いと保険料:
補償金の支払は、損害補償分か定額か。保険料はリスクに応じたものか一律か。
リスク移転と資金調達方法:
公的な再保険形式かどうか、公的保証か政府債などを活用するかなど。
リスク軽減:
リスク軽減のためのインセンティブや、官民の役割分担などの形式
2 (EU内) スペイン、フランス、ノルウェー、ベルギー、ルーマニア、アイスランド、デンマーク
(EU外) 英国、日本、米国、オーストラリア、スイス (日本については、地震保険制度のことであろう。)
3|総合的な提案(2本の柱)
現段階では、以下の2本柱で構成される対応が提案されている。
〇EU官民再保険制度(EU public-private reinsurance scheme)
自然災害リスクに対する保険適用範囲を拡大するためのもので、EU全域で自然災害における各種リスクをプールすることで、規模の効能を活用し、多様なリスクに対処できるようにする。その資金は、保険会社または国家保険制度からの、リスクに応じた保険料である。加入は任意とされる。
〇EU公共災害資金調達スキーム(EU public disaster financing)
加盟国における公共災害リスク管理を強化するためのもので、財源は加盟国からの拠出金とする。全ての加盟国に加入義務がある。災害発生前に、モラルハザードを最小限に抑えるために合意されたリスク軽減措置を、加盟国が実施していることを条件として、自然災害後の公共インフラの再建を支援する。
現段階では、以下の2本柱で構成される対応が提案されている。
〇EU官民再保険制度(EU public-private reinsurance scheme)
自然災害リスクに対する保険適用範囲を拡大するためのもので、EU全域で自然災害における各種リスクをプールすることで、規模の効能を活用し、多様なリスクに対処できるようにする。その資金は、保険会社または国家保険制度からの、リスクに応じた保険料である。加入は任意とされる。
〇EU公共災害資金調達スキーム(EU public disaster financing)
加盟国における公共災害リスク管理を強化するためのもので、財源は加盟国からの拠出金とする。全ての加盟国に加入義務がある。災害発生前に、モラルハザードを最小限に抑えるために合意されたリスク軽減措置を、加盟国が実施していることを条件として、自然災害後の公共インフラの再建を支援する。
4|政策に関する基本的な考え方
以上の2本柱の財源確保策等により、自然災害損失に備える枠組みの概要が提示されたが、具体的なスキームについては、今後、保険業界や各国監督者などの意見も取り入れて構築していくことになる。その際、EIOPAが示している基本的な考え方4点を紹介しておく。
(1) 民間あるいは各国の現在の取組みを代替するものではなく、あくまでそれを強化する補完的な役割を果たすものであること。
(2) 単なる一時的な補助金ではなく、安定的な制度であることが望まれる。保険料を徴収する場合にはリスクに応じた水準とし、さらにその後公的融資を行う場合にもそれらによる補償を前提としたものとすること。
(3) 官民とも、事前にリスク軽減の対策を行うものであること、そのインセンティブとなるような仕組みであること。さらに例えば、事前対策の有無が公的な融資等を行う条件となること。
(4) 再保険スキームは自主的な加入とすることで、各国の財政措置への干渉が防止されるようなものであること。
以上の2本柱の財源確保策等により、自然災害損失に備える枠組みの概要が提示されたが、具体的なスキームについては、今後、保険業界や各国監督者などの意見も取り入れて構築していくことになる。その際、EIOPAが示している基本的な考え方4点を紹介しておく。
(1) 民間あるいは各国の現在の取組みを代替するものではなく、あくまでそれを強化する補完的な役割を果たすものであること。
(2) 単なる一時的な補助金ではなく、安定的な制度であることが望まれる。保険料を徴収する場合にはリスクに応じた水準とし、さらにその後公的融資を行う場合にもそれらによる補償を前提としたものとすること。
(3) 官民とも、事前にリスク軽減の対策を行うものであること、そのインセンティブとなるような仕組みであること。さらに例えば、事前対策の有無が公的な融資等を行う条件となること。
(4) 再保険スキームは自主的な加入とすることで、各国の財政措置への干渉が防止されるようなものであること。
3――今後の動きについて
EIOPA会長は、
「欧州における最近の事例によれば、EUとその加盟国が自然災害の対応で直面している課題が明らかとなった。その対応には各国の協調した行動が必要である。ここでの提案は、EU全体での保険保護ギャップを縮小させる方法について、さらなる議論を引き起こすことを期待しており、同時にEU各国の保険制度の完全性を維持することを目的としている。」
と述べている。
またECB副総裁は
「気候リスクの高まりに備える必要がある。ここでの提案は、自然災害によるマクロ経済と金融の安定リスクを軽減し、同時にモラルハザードも削減する方法の一つであろう。」
と述べた。
基本的な考え方にあるような、各国の既存のスキームを補完する形での導入を目指しているようだが、その構築には困難を伴うと考えられる。今後関係者との議論が始まるようなので、引き続きみていくこととしたい。
「欧州における最近の事例によれば、EUとその加盟国が自然災害の対応で直面している課題が明らかとなった。その対応には各国の協調した行動が必要である。ここでの提案は、EU全体での保険保護ギャップを縮小させる方法について、さらなる議論を引き起こすことを期待しており、同時にEU各国の保険制度の完全性を維持することを目的としている。」
と述べている。
またECB副総裁は
「気候リスクの高まりに備える必要がある。ここでの提案は、自然災害によるマクロ経済と金融の安定リスクを軽減し、同時にモラルハザードも削減する方法の一つであろう。」
と述べた。
基本的な考え方にあるような、各国の既存のスキームを補完する形での導入を目指しているようだが、その構築には困難を伴うと考えられる。今後関係者との議論が始まるようなので、引き続きみていくこととしたい。
本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2025年02月25日「保険・年金フォーカス」)
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経歴
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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