2024年12月17日

黒龍江省の会社員向け年金の積立残高がプラスとなったのはなぜか

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――黒龍江省の都市職工年金の積立残高がプラスに回復

中国経済の減速、急速に進む少子高齢化、長引く不動産不況、苦しい地方財政、、、といった状況から、地方政府による年金、医療、介護など社会サービスの提供や給付は大丈夫かといった懸念が浮上している。その中でも注目度が高いのは老後の生活を支える年金である。当然のことながら、地方政府の財政が厳しくなれば影響がないわけでないであろう。問題は年金に関する財政状況が厳しい地方政府をどうカバーし、給付を確保していくかにある。

中国社会科学院の推算では、中国の都市の会社員が加入する都市職工年金の積立金は2035年に枯渇するとしている1。確かにこれまでの状況からみると、積立金の余裕度を示す積立度合は低下傾向にある。ただし、地方ごとに年金の積立金の状況をみてみると、マイナスとなっている地域が増加しているわけではない。むしろ、これまで積立残高がマイナスであった黒龍江省が2023年にプラスへと回復している。黒龍江省など東北地域は労働人口の流出が進み、特に年金財政が厳しいとされてきたが、なぜプラスに転じたのであろうか。
 
1 中国社会科学院 世界社保研究中心(2019)『中国養老金精算報告 2019-2050』。

2――積立金の余裕度を示す「積立度合」は全体的に低下傾向

2――積立金の余裕度を示す「積立度合」は全体的に低下傾向。ただし、2022年、2023年は積立度合、年金扶養比率とも若干回復

都市職工年金の積立金はどれくらい余裕があるのか。2023年の積立度合2(制度全体)は12.0(ヶ月)で、基準値の9.0(ヶ月)3を満たしている(図表1)。都市職工年金の積立度合のこれまでの推移を見てみると、2000年代に上昇したものの2012年の18.5ヶ月をピークに低下している。2012年は中国の生産年齢人口が減少に転じるなど人口構成においても転換点であった時期でもある。また、積立度合は全体的に低下傾向にあるものの、2022年、2023年は若干ではあるが上昇に転じている。

ただし、制度の運営を担う地域別で見た場合はその様相が異なる。2023年において余裕がある上位3地域は広東省(53.3(ヶ月))、北京市(43.5(ヶ月))、西蔵(チベット自治区/24.2(ヶ月))で、基準値を大幅に上回っている(図表2)。一方、基準値以下の地域は河南省以下黒龍江省まで15地域となっており、全地域のおよそ半分を占めている。ただし、これまで年金積立金がマイナスとなっていた黒龍江省については2023年にプラスに転じ、積立度合もかろうじて1.1(ヶ月)まで回復している。
図表1 都市職工年金の積立度合の推移/図表2 都市職工年金の積立度合(2023年/地域別)
また、2022年、2023年の都市職工年金の加入者数、受給者数を見ると、いずれも増加している(公務員を除く)。加入者数の増加率が受給者数の増加率を上回っており、2023年の年金扶養比率(一人の受給者を何人の被保険者で支えているか)は2019年時点で2.6まで低下したが、2023年時点では2.8となった(図表3)。また、都市職工年金の収入と支出をみると、2021年から2023年にかけて収入の8割を占める保険料収入が前年比10.7%増、11.3%増と大幅に増加している(図表4)。収入全体の増加率が支出全体の増加率を上回っており、被保険者の増加、保険料収入を中心とした収入の増加が積立金の余裕度の回復に寄与していると考えられる。なお、2021~2023年にかけて保険料率の全国的な引き上げはされていない。
図表3 都市職工年金の加入状況・年金扶養比率の推移/図表4 都市職工年金の収支状況
 
2 中国における積立度合は、当年度の積立金残高を当年度の年金給付額で徐した上で、月単位で表示する。
3 都市職工年金は2階建てとなっており1階部分が賦課方式で2階部分が積立方式の年金制度である。当レポートで取り上げるのは1階部分(賦課方式)についてで、それに適用される基準値である。

3――2016年以降マイナスであった黒龍江省の積立残高がプラスに

3――2016年以降マイナスであった黒龍江省の積立残高がプラスに。2018年以降実施されている地域間の財源移転が奏功か

では、2023年に年金積立金がプラスとなった黒龍江省はどうなっているのであろうか。黒龍江省の都市職工年金の積立残高をみると、2016年から2022年までマイナスとなっている(図表5)。また、2018年に最多の557億元のマイナスとなるが、2019年以降も支出が収入をはるかに上回る状況が続いた。受給者が増加し、支出が増加する中で、マイナス幅が減少に転じた背景には何があるのであろうか(図表6)。
図表5 黒龍江省の都市職工年金基金の収支状況/図表6 黒龍江省の都市職工年金の加入状況
その背景には、基金収入以外(簿外)の年金財源(積立金)の移転が奏功していると考えられる。それは積立金に余裕がある地域から余裕のない地域への財源移転で、2018年以降実施されている。この財源移転は、毎年設置される中央調整基金(2022年以降は全国統合調整資金)を通じて行われ、2018年から2023年までで合計3兆608億元が地域間でやり取り(受入・拠出)されている。

黒龍江省については、これまでの受入額(予算ベースを含む)を合計すると3,000億元を超えている(図表7)。これは遼寧省に次いで2番目に多く、2016年以降、黒龍江省が抱えていた赤字額を上回る金額である。その一方で、積立残高に余裕のある広東省、北京市(図表1)は4,000億元、2,000億元を超える年金財源(積立金)をその他の地域に拠出している。
図表7 都市職工年金に関する地方間での年金財源移転の推移(2018⁻2023年)
何かと不安視される地方政府の年金給付であるが、中央政府からの財政補填、地方間での年金財源の移転などによって支えられている。地方政府の財政が厳しいからといって年金の給付がされないという事態はこのようにして回避されているのだ。ただし、こういった状況は年金財政全体でまだ一定程度の余裕があるため可能となっており(図表2)、今後の少子高齢化の進展、生産年齢人口の更なる減少、厳しくなる年金財政を考えると、給付のあり方についても更なる検討が必要となってくるであろう。

(2024年12月17日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019~2020年度・2023年度~)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員教授(2024年度~)
     ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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