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- 求められる毎月勤労統計の再見直し
2024年11月05日
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● 求められる毎月勤労統計の再見直し
(注目度が高まる実質賃金)
2023年、2024年の春闘賃上げ率は約30年ぶりの高水準となった。実質賃金上昇率は物価上昇率の高止まりを背景にマイナスが続いていたが、2024年6月に前年比1.1%と2年3ヵ月ぶりにプラスに転じた後、7月も同0.3%と2ヵ月連続のプラスとなった。ただし、6、7月のプラス転化は特別給与(ボーナス)が大幅増加となったことが主因であり、ボーナスの支給が少ない8月には同▲0.8%と再びマイナスとなった(図表1)。実質賃金上昇率が基調としてプラスになるかどうかは今後の動きを確認する必要がある。また、日本銀行は2%の「物価安定の目標」を掲げるもとで、物価と賃金の好循環の実現を目指しており、賃金動向への注目度はこれまでにないほど高まっている。
厚生労働省の「毎月勤労統計」は、月々の賃金動向を把握することができる唯一の統計であり、重要度は極めて高い。しかし、同統計は様々な問題を抱えており、賃金動向を正確に把握する上で必ずしも適切な統計と言えない面がある。
「毎月勤労統計」といえば、2018年12月に発覚したいわゆる「統計不正問題」を思い浮かべる人が今でも多いかもしれない。しかし、本稿では主として、統計不正問題より前に行われた毎月勤労統計の見直しに端を発し、不正問題が一段落した現在でも残っている問題について取り上げる。
2023年、2024年の春闘賃上げ率は約30年ぶりの高水準となった。実質賃金上昇率は物価上昇率の高止まりを背景にマイナスが続いていたが、2024年6月に前年比1.1%と2年3ヵ月ぶりにプラスに転じた後、7月も同0.3%と2ヵ月連続のプラスとなった。ただし、6、7月のプラス転化は特別給与(ボーナス)が大幅増加となったことが主因であり、ボーナスの支給が少ない8月には同▲0.8%と再びマイナスとなった(図表1)。実質賃金上昇率が基調としてプラスになるかどうかは今後の動きを確認する必要がある。また、日本銀行は2%の「物価安定の目標」を掲げるもとで、物価と賃金の好循環の実現を目指しており、賃金動向への注目度はこれまでにないほど高まっている。
厚生労働省の「毎月勤労統計」は、月々の賃金動向を把握することができる唯一の統計であり、重要度は極めて高い。しかし、同統計は様々な問題を抱えており、賃金動向を正確に把握する上で必ずしも適切な統計と言えない面がある。
「毎月勤労統計」といえば、2018年12月に発覚したいわゆる「統計不正問題」を思い浮かべる人が今でも多いかもしれない。しかし、本稿では主として、統計不正問題より前に行われた毎月勤労統計の見直しに端を発し、不正問題が一段落した現在でも残っている問題について取り上げる。
(2015年以降の毎月勤労統計見直しの経緯)
毎月勤労統計がエコノミストの間で注目を集め、見直しのきっかけとなったのは2015年のことである。従来、毎月勤労統計は、常用労働者規模30人以上の事業所について、2~3年ごとにサンプルが一斉に入れ替えられ、その際に生じる断層は過去に遡って改定していた1。2015年1月確報時に公表されたサンプル入れ替えに伴う遡及改定によって、2012~2014年の賃金上昇率が下方修正された。特に、現金給与総額の約4分の3を占める所定内給与は、改定前には2014年の12ヵ月のうち6ヵ月が前年比プラス(2ヵ月が横ばい、4ヵ月がマイナス)となっていたが、改定後には10ヵ月が前年比マイナス(2ヵ月が横ばい)へと改められた2ことにエコノミストは戸惑うこととなった(図表2)。
当時、毎月勤労統計では、サンプルの入れ替えによって新旧の結果に生じた乖離を過去の指数を補正(ギャップ修正)することで調整していた(図表3)。これは三角修正方式と言われるもので、2015年1月のサンプル入れ替えの際には、新サンプルの賃金水準が旧サンプルの賃金水準を下回ったため、賃金指数や賃金上昇率が過去に遡って下方改定されることになったのである。
毎月勤労統計がエコノミストの間で注目を集め、見直しのきっかけとなったのは2015年のことである。従来、毎月勤労統計は、常用労働者規模30人以上の事業所について、2~3年ごとにサンプルが一斉に入れ替えられ、その際に生じる断層は過去に遡って改定していた1。2015年1月確報時に公表されたサンプル入れ替えに伴う遡及改定によって、2012~2014年の賃金上昇率が下方修正された。特に、現金給与総額の約4分の3を占める所定内給与は、改定前には2014年の12ヵ月のうち6ヵ月が前年比プラス(2ヵ月が横ばい、4ヵ月がマイナス)となっていたが、改定後には10ヵ月が前年比マイナス(2ヵ月が横ばい)へと改められた2ことにエコノミストは戸惑うこととなった(図表2)。
当時、毎月勤労統計では、サンプルの入れ替えによって新旧の結果に生じた乖離を過去の指数を補正(ギャップ修正)することで調整していた(図表3)。これは三角修正方式と言われるもので、2015年1月のサンプル入れ替えの際には、新サンプルの賃金水準が旧サンプルの賃金水準を下回ったため、賃金指数や賃金上昇率が過去に遡って下方改定されることになったのである。
賃金上昇率の下方改定に関してエコノミストからの批判が高まったことなどを受けて、厚生労働省は2015年6~9月に「毎月勤労統計の改善に関する検討会」を開催し、毎月勤労統計のサンプル入れ替え時のデータの信頼性及び遡及改定の問題点、サンプルの長期固定化に伴うバイアスへの対処方法等の課題に関して検討を行った。
この中で、入れ替え時に発生するサンプルの違いによるギャップの縮減を図る観点から、部分入れ替え方式(ローテーション方式)の導入の可能性について議論が行われた。また、サンプル入れ替え時のギャップの補正方法(賃金・労働時間)については、3つの方式((1)平行移動方式、(2)修正WDLT方式、(3)増減率時差再計算方式)について検討された。
2015年10月16日には、麻生太郎財務大臣が経済財政諮問会議に「基礎統計の更なる充実について」という資料を提出し、改善を検討すべき統計として、「家計調査」、「消費者物価指数」、「建築着工統計」とともに「毎月勤労統計」が挙げられ、サンプル入れ替え時に「非連続な動きが生じている」との指摘がなされた。
その後、統計委員会では、新旧データ接続検討WG(2016年6~8月)、サービス統計・企業統計部会(2016年11月~2017年1月)、統計委員会(2016年11月~2017年1月)での議論を経て、2017年1月に「毎月勤労統計調査の変更について」が答申された。この時の主な変更内容は、第一種事業所(30人以上事業所)におけるサンプルの部分入れ替えの導入、これに伴う賃金・労働時間指数への対応である3。
それまでは2~3年毎に30人以上事業所のサンプルを総入れ替えしていたが、2020年1月調査から、調査対象事業所を毎年3分の1ずつ入れ替える部分入れ替えを導入し、それまでの経過措置として、現在の調査対象事業所のうち、半数の事業所に対しては1年間(2017年2月~2018年1月)、残り半数の事業所に対しては2年間(2017年2月~2019年1月)、それぞれ調査期間を延長した上で、その後、段階的に部分入れ替えを行うこととした。
サンプルの部分入れ替えの導入に伴う賃金・労働時間指数への対応としては、新指数と旧指数をそのまま接続させる(指数、増減率ともに断層の調整は行わない)とともに、遡及改定を行わず、賃金、労働時間指数の増減率は変更されないこととなった。また、賃金・労働時間指数については、入れ替えの時期をまたいで継続的に調査対象となる事業所のデータを用いて継続指数を作成し、参考系列として公表することとした。
1 常用労働者規模5~29人の事業所については、従来から半年ごとに全体の調査事業所の3分の1ずつ入れ替え、各組は18ヵ月間継続するローテーション方式により調査を行っており、これは現在も変わっていない。
2 その後、統計不正問題発覚を受けた復元処理によって、上昇率は修正されている。
3 その他の変更内容は、事業所母集団データベースの利用、常用労働者の定義変更、統計調査員の活用範囲拡大、調査票情報の保存期間の変更(3年→永年)である。
この中で、入れ替え時に発生するサンプルの違いによるギャップの縮減を図る観点から、部分入れ替え方式(ローテーション方式)の導入の可能性について議論が行われた。また、サンプル入れ替え時のギャップの補正方法(賃金・労働時間)については、3つの方式((1)平行移動方式、(2)修正WDLT方式、(3)増減率時差再計算方式)について検討された。
2015年10月16日には、麻生太郎財務大臣が経済財政諮問会議に「基礎統計の更なる充実について」という資料を提出し、改善を検討すべき統計として、「家計調査」、「消費者物価指数」、「建築着工統計」とともに「毎月勤労統計」が挙げられ、サンプル入れ替え時に「非連続な動きが生じている」との指摘がなされた。
その後、統計委員会では、新旧データ接続検討WG(2016年6~8月)、サービス統計・企業統計部会(2016年11月~2017年1月)、統計委員会(2016年11月~2017年1月)での議論を経て、2017年1月に「毎月勤労統計調査の変更について」が答申された。この時の主な変更内容は、第一種事業所(30人以上事業所)におけるサンプルの部分入れ替えの導入、これに伴う賃金・労働時間指数への対応である3。
それまでは2~3年毎に30人以上事業所のサンプルを総入れ替えしていたが、2020年1月調査から、調査対象事業所を毎年3分の1ずつ入れ替える部分入れ替えを導入し、それまでの経過措置として、現在の調査対象事業所のうち、半数の事業所に対しては1年間(2017年2月~2018年1月)、残り半数の事業所に対しては2年間(2017年2月~2019年1月)、それぞれ調査期間を延長した上で、その後、段階的に部分入れ替えを行うこととした。
サンプルの部分入れ替えの導入に伴う賃金・労働時間指数への対応としては、新指数と旧指数をそのまま接続させる(指数、増減率ともに断層の調整は行わない)とともに、遡及改定を行わず、賃金、労働時間指数の増減率は変更されないこととなった。また、賃金・労働時間指数については、入れ替えの時期をまたいで継続的に調査対象となる事業所のデータを用いて継続指数を作成し、参考系列として公表することとした。
1 常用労働者規模5~29人の事業所については、従来から半年ごとに全体の調査事業所の3分の1ずつ入れ替え、各組は18ヵ月間継続するローテーション方式により調査を行っており、これは現在も変わっていない。
2 その後、統計不正問題発覚を受けた復元処理によって、上昇率は修正されている。
3 その他の変更内容は、事業所母集団データベースの利用、常用労働者の定義変更、統計調査員の活用範囲拡大、調査票情報の保存期間の変更(3年→永年)である。
(新方式の導入から統計不正問題の発覚まで)
部分入れ替え方式が始まった2018年1月は、所定内給与の伸びが2017年12月の前年比0.6%から同1.1%に拡大するなど、賃金上昇率が大きく高まった4。厚生労働省は当初、2018年1月以降の賃金上昇率が急速に高まったのは、調査対象の部分入れ替えの導入に伴うものだと説明してきた。従来の総入れ替え方式の際に実施されていた過去に遡った改定が行われないことになったため、2017年12月と2018年1月の間に断層が生じたというのだ。
その後、2018年7月12日の統計委員会の国民経済計算体系的整備部会で、断層の要因はサンプルの部分入れ替えに加えて、労働者数推計のベンチマーク更新に伴うものであることが厚生労働省から明らかにされた。ベンチマーク更新とは、経済センサスなどの全数調査により真の常用労働者数が得られた際に産業、事業所規模等のウェイトを更新するものである。2014年経済センサスに基づいた2018年のベンチマーク更新では、賃金水準の低い小規模事業所の割合が低下したことによって平均賃金の水準が上昇した。厚生労働省がホームページ上でベンチマーク更新について公表したのは2018年8月末になってからだった5。
サンプルの部分入れ替えとベンチマーク更新によって2018年1月の断層が大きくなったことを受けて、統計委員会は統計委員会担当室に対して、「毎月勤労統計」の精度に関する詳細な検証を行うことを指示した。この検証の過程で、全数調査を行うべき500人以上の大規模事業所において、サンプル調査を行うという不正問題が2018年12月に発覚したのである。
前述したように、不正問題は本稿の主目的ではないため、詳細を論じることは避けるが、適切な復元処理を施した再集計を行う過程で、同じ項目で複数の系列が存在することになった。現在、厚生労働省のホームページで「毎月勤労統計」の「統計表一覧」を見ると、同じ時系列データでも、「長期時系列表」、「給付のための推計値(2004年1月~2013年3月)」、「時系列比較のための推計値(2004年1月~2012年1月)」。「(参考)令和3年12月以前に公表した結果等」「【参考】500人以上規模抽出調査系列(抽出調査系列系列)」、「【参考】従来の公表値」などが乱立している。一般の統計利用者はどの系列をどのように利用すればよいのか分からないのではないか。
4 その後の不正問題発覚後の見直しにより当時の上昇率は修正されている。
5 2018年8月28日の統計委員会では、「「毎月勤労統計」の接続方法及び情報提供に係る統計委員会の評価」が取りまとめられ、厚生労働省の情報提供が遅れたことを問題視する一方、ベンチマーク更新に起因する賃金指数のギャップについては、遡及改定しないことが適当な処理方法であるとした。
部分入れ替え方式が始まった2018年1月は、所定内給与の伸びが2017年12月の前年比0.6%から同1.1%に拡大するなど、賃金上昇率が大きく高まった4。厚生労働省は当初、2018年1月以降の賃金上昇率が急速に高まったのは、調査対象の部分入れ替えの導入に伴うものだと説明してきた。従来の総入れ替え方式の際に実施されていた過去に遡った改定が行われないことになったため、2017年12月と2018年1月の間に断層が生じたというのだ。
その後、2018年7月12日の統計委員会の国民経済計算体系的整備部会で、断層の要因はサンプルの部分入れ替えに加えて、労働者数推計のベンチマーク更新に伴うものであることが厚生労働省から明らかにされた。ベンチマーク更新とは、経済センサスなどの全数調査により真の常用労働者数が得られた際に産業、事業所規模等のウェイトを更新するものである。2014年経済センサスに基づいた2018年のベンチマーク更新では、賃金水準の低い小規模事業所の割合が低下したことによって平均賃金の水準が上昇した。厚生労働省がホームページ上でベンチマーク更新について公表したのは2018年8月末になってからだった5。
サンプルの部分入れ替えとベンチマーク更新によって2018年1月の断層が大きくなったことを受けて、統計委員会は統計委員会担当室に対して、「毎月勤労統計」の精度に関する詳細な検証を行うことを指示した。この検証の過程で、全数調査を行うべき500人以上の大規模事業所において、サンプル調査を行うという不正問題が2018年12月に発覚したのである。
前述したように、不正問題は本稿の主目的ではないため、詳細を論じることは避けるが、適切な復元処理を施した再集計を行う過程で、同じ項目で複数の系列が存在することになった。現在、厚生労働省のホームページで「毎月勤労統計」の「統計表一覧」を見ると、同じ時系列データでも、「長期時系列表」、「給付のための推計値(2004年1月~2013年3月)」、「時系列比較のための推計値(2004年1月~2012年1月)」。「(参考)令和3年12月以前に公表した結果等」「【参考】500人以上規模抽出調査系列(抽出調査系列系列)」、「【参考】従来の公表値」などが乱立している。一般の統計利用者はどの系列をどのように利用すればよいのか分からないのではないか。
4 その後の不正問題発覚後の見直しにより当時の上昇率は修正されている。
5 2018年8月28日の統計委員会では、「「毎月勤労統計」の接続方法及び情報提供に係る統計委員会の評価」が取りまとめられ、厚生労働省の情報提供が遅れたことを問題視する一方、ベンチマーク更新に起因する賃金指数のギャップについては、遡及改定しないことが適当な処理方法であるとした。
(2023年は春闘賃上げ率が30年ぶりの高水準も、賃金上昇率は高まらず)
2018年1月以降、サンプルの部分入れ替えは毎年行われ、そのたびに一定の断層が生じているため、賃金の基調が見極めにくくなっている。
2023年の春闘賃上げ率は3.60%(厚生労働省の「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」)と前年を1.40ポイント上回り、30年ぶりの高水準となったにもかかわらず、毎月勤労統計の賃金上昇率は高まらなかった。2023年の現金給与総額は前年比1.2%と2022年の同2.0%からむしろ伸びが鈍化し、春闘との連動性が高い所定内給与は前年比1.2%と2022年の同1.1%から上昇率がほぼ変わらなかった。これは毎年行われているサンプル入れ替えに加え、2022年1月には4年ぶりにベンチマーク更新が行われたことが影響している。
2022年1月の賃金水準は、サンプル入れ替えとベンチマーク更新により、現金給与総額は旧ベースよりも1,065円(新旧差0.4%)、所定内給与は1,286円(新旧差0.5%)高くなった。賃金上昇率は断層を調整せずに計算するため、2022年1月から12月までの所定内給与の伸びは実態よりも0.5%程度高くなっていたことになる。
2018年1月以降、サンプルの部分入れ替えは毎年行われ、そのたびに一定の断層が生じているため、賃金の基調が見極めにくくなっている。
2023年の春闘賃上げ率は3.60%(厚生労働省の「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」)と前年を1.40ポイント上回り、30年ぶりの高水準となったにもかかわらず、毎月勤労統計の賃金上昇率は高まらなかった。2023年の現金給与総額は前年比1.2%と2022年の同2.0%からむしろ伸びが鈍化し、春闘との連動性が高い所定内給与は前年比1.2%と2022年の同1.1%から上昇率がほぼ変わらなかった。これは毎年行われているサンプル入れ替えに加え、2022年1月には4年ぶりにベンチマーク更新が行われたことが影響している。
2022年1月の賃金水準は、サンプル入れ替えとベンチマーク更新により、現金給与総額は旧ベースよりも1,065円(新旧差0.4%)、所定内給与は1,286円(新旧差0.5%)高くなった。賃金上昇率は断層を調整せずに計算するため、2022年1月から12月までの所定内給与の伸びは実態よりも0.5%程度高くなっていたことになる。
(共通事業所系列の問題点)
サンプル入れ替え時に断層調整を行わないことになったことを受けて、厚生労働省は、「前年同月分」、「当月分」ともに集計対象となった「共通事業所」の賃金上昇率を参考系列として公表することになった。2018年9月28日の統計委員会では、「労働者全体の賃金の水準は本系列、景気指標としての賃金変化率は参考系列として公表されている共通事業所を重視していくことが適切」との見解が出されている。
サンプル入れ替え時に断層調整を行わないことになったことを受けて、厚生労働省は、「前年同月分」、「当月分」ともに集計対象となった「共通事業所」の賃金上昇率を参考系列として公表することになった。2018年9月28日の統計委員会では、「労働者全体の賃金の水準は本系列、景気指標としての賃金変化率は参考系列として公表されている共通事業所を重視していくことが適切」との見解が出されている。

しかし、共通事業所はサンプル数が少ないため、必ずしも労働市場全体の賃金動向を表しているとはいえない。また、1つの月について、1年前と比較するか1年後と比較するかで集計対象となる事業所が異なる、事業所規模間でサンプルに偏りがある、参考系列は2016 年からしか存在しない、季節調整値がないため異なる月同士の比較ができない、といった問題がある。なによりも、共通事業所系列は実質賃金上昇率が公表されていないため、注目度が高い実質賃金の基調を把握するのに適した系列とはいえない6。
また、共通事業所系列は、産業別、事業所規模別、就業形態別の労働者数(構成比)が公表されていないため、賃金上昇率を要因分解することができない。たとえば、労働者全体の平均賃金上昇率を分析する際に、一般労働者の賃金、パートタイム労働者の賃金、パートタイム労働者比率に要因分解することが一般的だが、共通事業所系列では一般労働者、パートタイム労働者の構成比(あるいは実数)が公表されていないため、このような分析はできない7。
6 「毎月勤労統計の「共通事業所」の賃金の実質化をめぐる論点に係る検討会」報告書では、「共通事業所の定義が、当月と前年同月との両方に回答した事業所というものであるために、比較対象が前年か翌年かの違いで、1つの月に2つの賃金額が生じることになり、各月の賃金額が1つに定まらないという性格に加え、事業所群が月ごとに異なるものとなることから、現行の定義では、統計メーカーとしての立場から、時系列比較可能な指標を作成することは不可能である。」としている。
7 日本銀行の「展望レポート」では、所定内給与の伸びを一般労働者賃金、パート労働者賃金、パートタイム労働者比率に要因分解しているが、この際には本系列(全サンプル)の労働者数の水準をもとに、共通事業所ベースの前年比で伸ばすことで試算した疑似水準を用いて、寄与度分解を行っている。
(2024年11月05日「Weekly エコノミスト・レター」)
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03-3512-1836
経歴
- ・ 1992年:日本生命保険相互会社
・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
・ 2019年8月より現職
・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
・ 2018年~ 統計委員会専門委員
斎藤 太郎のレポート
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