2024年10月04日

再保険に関する監督・規制を巡る最近の動向-資産集約型再保険の拡大とPE会社の保険セクターへの関与-

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1―はじめに

ここ数年における再保険に関する監督・規制を巡るホットなトピックの1つとして、資産集約型再保険とその進展に大きく関係しているPE(プライベートエクイティ)会社1の保険セクターへの関与の問題が挙げられる。これらのトピックについては、保険監督当局や金融関係の国際機関等から、既にいくつかのレポートが出ており、監督当局も各種の分析を行い、必要に応じた対応を行ってきている。

今回のレポートでは、資産集約型再保険とその進展に大きく関係しているPE会社の保険セクターへの関与に関しての、ここ2~3年の動向について、その概略を簡単にまとめることとした。なお、ここで掲げている個々のレポート等の詳しい内容についての説明は行っていないので、それらについては原文又は関係するレポートも既にいくつか公表されているので、それらを参照していただきたい。また、保険監督当局の対応や金融関係の国際機関等からのレポートを、敢えて「2―資産集約型再保険を巡る動向」と「3―PE会社の保険セクターへの関与を巡る動向」のテーマに区分して報告しているが、これらの両方のテーマはお互いに深く関係しているので、いずれの章で報告しているレポート等も両方のテーマを取り扱っていることを述べておく。
 
1 Private Equity Firm や Private Equity Fund と呼ばれている。ただし、NAICも検討してきたが、その定義は明確ではない。

2―資産集約型再保険を巡る動向

2―資産集約型再保険を巡る動向

ここ数年は、これまでの長期間にわたる低金利環境の継続と資本規制の強化等の規制枠組みの進化を背景として、「資産集約型再保険(Asset-intensive reinsurance:AIR2と呼ばれる、元受け契約の責任準備金とそれに相当する資産を再保険会社に出再する等3して、投資リスクを含めたリスク全体(あるいはかなりの部分)を再保険会社に移転する再保険取引が活発に行われるようになってきている。こうした再保険取引の多くは、国境を越えてオフショア市場への出再が行われており、また、PE会社が関与しているケースがかなりある4

資産集約型再保険の利用により、リスク移転による準備金の削減と資本の効率化およびオフショア市場への出再による管轄区域間の規制の差異に基づく資本要件の削減、さらには出再先の再保険会社等でのより高い資産運用能力による貢献等の効果が期待されている。

これらの再保険取引はこれまで米国市場(からの出再)が中心となってきた5が、英国6やEUでも拡大してきている。今後は、資本規制改革(経済価値ベースのソルベンシー規制の導入)と会計基準の変更(IFRS第17号(保険契約)の適用)により、アジアでも需要の増加が見込まれており、日本の生命保険会社も活用してきている。

資産集約型再保険については、以下に述べるIAIS(保険監督者国際機構)、EIOPA(欧州保険年金監督局)、PRA(健全性規制機構)やNAIC(全米保険監督官協会)に加えて、金融安定性の影響等との観点から、PE会社の関与との関係でIMF(国際通貨基金)やBIS(国際決済銀行)といった国際機関からも報告書等が公表されてきているが、これについては、「3.PE会社の保険セクターへの関与を巡る動向」で述べる。
 
2 据置年金、ユニバーサル生命保険、バルク年金、年金リスク移転(PRT)等の資本集約型商品・契約の長期生命保険負債を対象にして、保険リスクだけでなく、投資リスクも再保険会社に移転する再保険。積立型再保険(またはファンド型再保険)(Funded reinsurance)、資産担保再保険(Asset-backed reinsurance)、比例(クオータシェア)再保険(Quata share reinsuranceとしても知られている。保険ビジネスに関連するリスクの大部分を移転し、それを再保険会社へのカウンターパーティリスクエクスポージャーに置き換えるリスク管理の一形態となっている。
3 必ずしも再保険会社に責任準備金と資産が移転されるわけではなく、準備金と資産が移転される場合(標準共同保険式再保険(Standard coinsurance)に加えて、(再保険貸借勘定を用いて)準備金だけが移転される場合(資産留保型共同保険式再保険(Coinsurance with funds withheld)や準備金と資産がともに出再会社の貸借対照表に保持される場合(修正共同保険式再保険(Modified coinsurance)がある。
4 PE所有の保険会社を巡る動向等(IAIS、IMF、BISのレポートの概要を含む)については、「3|PE会社の保険セクターへの関与を巡る動向」で述べている。
5 BISの報告によれば、米国の主要な生命保険会社は、2023年末に、総資産の約4分の1に相当する2.1兆ドルの出再責任準備金を計上しており、出再リスクの約40%はオフショア市場の再保険会社によって引き受けられている。また、Moody’sによる報告書によれば、米国からのオフショア生命保険負債の約8割をバミューダが占め、ケイマン諸島が約1割でこれに次いでいる。さらに、IMFの報告書によれば、バミューダでは、多くのPE会社が再保険会社を設立する等しており、これらのPEの影響を受けた保険会社の資産が長期再保険会社の資産の約半分を占めている。
6 英国では、FundedRe(Funded reinsurance)と呼ばれて、バルク年金(または年金リスク移転)市場で活躍する保険会社による利用が増加してきた。
(1) IAIS(保険監督者国際機構)
IAISは、2023年12月に公表したGIMAR(グローバル保険市場レポート)7において、クロスボーダーの資産集約型再保険について、生命保険セクターにおける構造的変化の1つとして取り上げて、現状や監督上のリスク評価の分析を行うとともに、監督上の課題を挙げている。IAISは2024年のGIMARにおいても引き続きこの問題を主要テーマの1つとして注視している。さらに、2024年1月に公表された2023年から2024年にかけてのロードマップ8において、資産集約型再保険については、「これらの再保険契約の資本および担保要件、準備金、資産評価に関する管轄区域のアプローチを検討」し、「資産集約型再保険がICP 13(再保険およびその他の形態のリスク移転)で適切にカバーされている範囲を評価し、必要に応じて追加の監督資料またはサポート資料の開発を検討する」と表明している。
(2) EIOPA(欧州保険年金監督局)
EIOPA9は、再保険および関連する取引に関して、2023年12月19日に公表した2024年の作業プログラム10や2023年12月21日に公表した2024年の監督上のコンバージェンス計画11に従って、2024年4月4日に、第三国からの再保険を利用する際のビジネス状況の評価や、早期の監督対話の重要性など、いくつかの分野で監督に期待されることを定めた「第三国の保険会社および再保険会社との再保険取引の監督にかかる監督声明」を公表12した。さらに、2024年7月2日に、グループ内取引(特にキャッシュプーリング)、プルーデントパーソンルールの一貫した適用、主要機能やアウトソーシング要件に関連するガバナンス関連の側面など、いくつかの分野での監督上の期待を定めた「キャプティブ(再)保険会社の監督にかかる意見」を公表13した。加えて、2024年12月までには、革新的な再保険(資産集約型再保険、大量解約再保険、スライド制手数料等)についてのガイダンスを順次公表することを予定している。
 
9 欧州市場においては、ソルベンシーIIの導入後、新たな再保険構造等のリスク軽減技術が登場してきたことを受けて、EIOPAは2021年7月に「保険会社によるリスク軽減技術の使用に関する意見」を公表する等の対応を行ってきている。また、EIOPAは、長期の低金利環境下からの金利上昇に伴い、解約再保険、特に大量解約再保険(mass lapse reinsuranceの動向を注視していると述べている。さらに、EIOPAは2022年4月に公表した「ランオフ保険会社の監督に関する監督声明」において、ランオフ保険会社/ポートフォリオの監督に対する監督上の期待を定めているが、この中で、専門ランオフ会社(ランオフ保険会社やレガシーポートフォリオを積極的に買収することをビジネスモデルとする会社やグループ)としてのPE会社等による関与に関して監督当局が留意すべき事項を示している。加えて、2022年下期の金融安定性報告書において「EUの保険セクターにおける生命保険ポートフォリオの移転とPEファンドの役割」をテーマに取り上げている。
10 https://www.eiopa.europa.eu/document/download/73ad1211-1cbd-475f-883b-cbc864afb447_en?filename=EIOPA%20Final%20SPD%202024-2026.pdf
11 https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-12/Supervisory%20Convergence%20Plan%20for%202024.pdf
12 https://www.eiopa.europa.eu/eiopa-publishes-supervisory-expectations-regarding-supervision-reinsurance-concluded-third-country-2024-04-04_en
13 https://www.eiopa.europa.eu/eiopa-issues-opinion-supervision-captive-insurers-2024-07-02_en
(3) PRA(健全性規制機構)
英国のPRAは、2024年~2025年の事業計画14において、積立型再保険を引き続き注視し、特に再保険取引において担保として利用されている資産に対する基準の形骸化のリスクに焦点を当て、積立型再保険に関する規制を最終化するとしていた。PRAは、2024年7月26日に、「積立型再保険にかかる監督声明」を公表15し、こうした取引における重大な潜在的リスクに言及し、生命保険会社による積立型再保険の利用に関する期待を示した。また、PRAは2025年に実施する生命保険ストレステスト16において、積立型再保険に関するシナリオを設定している。

なお、英国アクチュアリー協会(IFoA)の英国積立型再保険ワーキングパーティは、2024年9月20日に「変化する積立型再保険の規制環境への対応」とのブログ17の中で、積立型再保険に関するいくつかの主要な要素を概説し、これらの側面の概要を示している。また、市場参加者に具体的な影響を及ぼす可能性があると考えられる要素として、1) ストレス時のエクスポジャーの定量化(の困難性)、2) カウンターパーティに対する総量制限(保険会社が利用可能な再保険能力の全体的な制限により、バルク年金市場に影響を与える可能性がある)、3) カウンターパーティの評価(再保険会社が市場に与える情報を保険会社に提供しなければならなくなる可能性がある)、4) カウンターパーティSCR(ソルベンシー資本要件)の計算(面倒になる可能性が高いが、PRAは採用されるアプローチが比例的であることを期待している)、5) 担保資産のMA(マッチング調整)適格性(担保として MA 不適格資産または現在のMA許可外の資産を認める企業にとって複雑さが増加、さらに、MA内での担保資産のモデル化にはさらなる課題がある)、の5つを挙げている。
(4) NAIC(全米保険監督官協会)
NAICは、(以下の「3|PE会社の保険セクターへの関与を巡る動向」で述べる)2022年に採択した13の「PE(プライベートエクイティ)所有の保険会社に適用される(ただし排他的ではない)規制上の考慮事項」のうちの考慮事項13において、「保険会社がオフショア再保険会社(キャプティブを含む)と複雑な関連サイドカービークル18を使用して資本効率を最大化し、準備金を削減し、投資リスクを高め、グループ構造に複雑さをもたらすこと」に対する対応を検討している。また、相互依存共同保険と YRT(毎年更新定期)の特徴を組み合わせた生命再保険協定の再保険の過大クレジットの評価に関するガイダンスについて検討している。

NAICは、2024年8月に、資産集約型再保険の不可欠な要素として、出再保険を評価するCFT(キャッシュフローテスト)方法論を使用した資産十分性テスト(Asset Adequacy testing)を要求する「数理ガイドライン(Actuarial Guideline)」の草案19を公開し、2025年12月31日以降の年次報告書で報告される準備金の分析に有効となることを目指している(ただし、カバードアグリーメントと相互承認制20との関係もあるので、今後の動向については不透明との意見もある)。またその基礎として、AAA(米国アクチュアリー学会)は、2024年2月に「米国生命保険会社から海外に出再された資産集約型再保険(バミューダ諸島に重点)」と題するイシューブリーフを公表21し、これらの再保険取引に関与する米国のアクチュアリー向けにカスタマイズされたインセンティブ、一般的な慣行、および関連する保険数理上の指令の概要を提供している。
 
18 (再保険)サイドカー(reinsurance sidecar)は、再保険会社の保険契約で構成される特定のポートフォリオの一定割合に関する収益とリスクを投資家と分担する仕組みであり、再保険会社は、ビジネスブック(の一部)を引き受ける際に、ヘッジファンドや株式会社などの第三者投資家にリスクを分散させるため、特別目的再保険会社等を設立して、サイドカー構造を形成する。
19 https://content.naic.org/sites/default/files/inline-files/Straw%20Man%20Draft%20-%20AG%20ReAAT%20-%20LATF%20081124.pdf
20 米国は、EUや英国と「保険又は再保険に関する健全性措置に関する包括的合意(いわゆる「カバードアグリーメント」)を締結、日本、バミューダ、スイスを「相互管轄区域」に指定しており、これらによって、担保要件や現地でのプレゼンス要件が免除される形になっている。
21 https://www.actuary.org/sites/default/files/2024-02/risk-brief-bermuda-reinsurance_0.pdf
(5) FSOC(金融安定監督評議会)
米国の連邦ベースでは、FSOCが2023年12月に公表した年次報告書22において、「生命・健康保険セクターでは、大規模なアセット・マネジメント会社やPE会社の生命保険ビジネスへの関与、投資戦略の進化、非伝統的な資金源への依存、生命保険会社のオフショア再保険会社の利用の増加等の多くの構造的変化が起きており、監督上の注目度を高める必要がある。」と指摘している。
(参考)バミューダにおける資本規制
バミューダは、これまで他の管轄区域に比べて緩和的な規制やルールが認められていると考えられてきたことから、PE会社を初めとして多くの会社が(再)保険会社を設立してきた。ただし、バミューダの資本規制は、EUのソルベンシーIIとの同等性評価が認められてきたし、米国の認定管轄区域かつ相互管轄区域にも認定されてきている。

バミューダの資本規制は経済価値ベースであるが、これに対して米国での保険負債評価はより保守的に評価されていると考えられている。バミューダでは、たとえばオプションで、負債評価のシナリオベースアプローチ(SBA)を通じて、非流動資産で得られるプレミアムを認識することが可能で、より高い負債割引率の適用が認められる。

ただし、こうした規制の改革を求める意見等を踏まえて、BMA(バミューダ金融庁)による監督機能の強化や規制の見直し(の検討等)が行われてきている。たとえば、バミューダに拠点を置く再保険会社については、2023年1月以降、実行前に生命再保険取引の承認が必要となり、このプロセスでは総資産要件23を含む包括的な情報が求められ、その情報を出再会社の規制当局と協議し、出再会社の規制当局の異議がない場合にのみ取引を承認する形になっている。さらには、資本規制に関しては、1) 技術的準備金の計算方法の改定(リスクマージンを非連結ベースで算出、SBAはソルベンシーIIのMA(マッチング調整)に類似した非流動性プレミアムを採用、ユーロ建ての割引曲線におけるソルベンシーIIとの差異を解消)、2) ソルベンシー資本要件の改定(解約リスクと費用リスクのリスク感応度を増加、大災害リスクの係数を修正)等(の検討等)が行われてきている。

また、2025年からは、(OECDのグローバルミニマムタックスルールに対応すべく)年間収益が7.5億ユーロ以上の多国籍企業(MNE)グループの一部であるバミューダの企業には15%の法人所得税(CIT)が導入されることになっている。
 
23 特定のソルベンシーテストを満たすのに十分な資産の簿価

(2024年10月04日「保険・年金フォーカス」)

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【再保険に関する監督・規制を巡る最近の動向-資産集約型再保険の拡大とPE会社の保険セクターへの関与-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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