2024年07月16日

外国人労働者の誘致政策-「先進性」「ソフトパワー」「所得」「人権」

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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4――外国人労働者と人権

1外国人労働者の社会統合における日本の課題
外国人労働者は、労働市場における貴重な戦力であると同時に、地域社会で暮らす生活者でもある。そのため、労働環境に加えて、外国人の生活環境に分配慮することも重要になる。とりわけ、働き手の減少を受けて、一定数の外国人労働者を長期安定的に受け入れていくことになった場合、外国人労働者を短期で区切って入れ替える現在の政策は、より長い期間受け入れる政策へとシフトしていくことが考えられる。それは、外国人住民を日本社会に受け入れる統合政策の重要性が、ますます高まるということであり、その成否が外国人労働者の誘致に影響するということである。

例えば、各国の移民統合に関する取組を比較したものに「移民統合政策指数」(MIPEX)がある。MIPEXは、ベルギーのブリュッセルに拠点を置く研究組織(Migration Policy Group)が作成した指数であり、8つの政策分野における正規滞在外国人の権利状況を評価した指標である。2020年版で日本の総合順位は56カ国中の第34位。同じアジアの豪州や韓国より低くなっている[図表13]。

評価が低い主な要因は、長期滞在しても労働などの基本的権利や、教育などの均等機会が得られないことであり、日本の統合政策は「統合なき受入れ」(やや望ましくない)と評価されている。8つの政策分野のうち、最も評価が低いのは「反差別」の項目であり、全体では56ヵ国・地域の中で下から5番目に位置づけられる。これは、少なくとも順位だけ見れば、日本は2022年Wカップで外国人労働者への非人道的な扱いで批判を浴びたカタールや、同様の制度があるサウジアラビアなどと、同程度に見做されているということである。
[図表13]移民統合政策指数(MIPEX)
2技能実習制度の問題
特に日本では、技能実習制度が問題視されてきた。技能実習制度は、途上国等地域の人材を実習生として受け入れ、日本の技術や知識を移転し、帰国後に当該地域等の経済発展に役立ててもらうことを目的に創設された制度である。
[図表14]技能実習生の失踪者数 しかし実際には、国内の人手不足を埋める手段として利用され、本来の趣旨から逸脱した運用が常態化し、技能実習生が不当に扱われる事例が報告されて来た。実際、実習生の中には、過酷な環境に耐え兼ね失踪する者もおり、2022年には9,006人が失踪している[図表14]。

このような状況は、海外からも注視されている。例えば、世界の人身売買に関する各国政府の取組みを評価した米国の「人身売買報告書」には、技能実習生が日本で強制労働させられているとの指摘がある。2023年版の報告書には、この問題に対する日本政府の取組み、すなわち「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」を設けて、外国人労働者の人権状況の改善に取り組む姿勢などを評価しつつも、依然として、労働および性的な搾取を含む、人身売買の責任を追及する、政治的意志が欠けていると指摘している。また、2023年7月に国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会のメンバーが来日した際には、他の問題と合わせて、技能実習制度の問題に言及し、劣悪な住環境や低賃金、送出機関への法外な手数料の支払い、情報アクセスの難しさなどの課題が取り上げられている。
3育成就労制度の創設
政府は、このような現状を抜本的に変えるため、2022年12月に前述の有識者会議を立ち上げ、外国人材の適正な受け入れについて議論を重ねてきた。同有識者会議は2023年11月、計16回にわたる議論の結果を踏まえて、現行の技能実習制度を発展的に解消し、人材確保と人材育成を目的に据えた「育成就労制度」の創設を提言する最終報告書を公表している。同提言は、自民党案においても大部分が踏襲され、2024年3月に政府案として法案が国会に提出された。

育成就労制度では、人権侵害の温床となってきた転職制限が緩和される。技能実習制度における転職は、原則として3年間認められなかったが、育成就労制度では技能や日本語能力の要件を満たすことで、より短い期間で可能となる。また、育成就労制度は、在留資格「特定技能」へのステップアップを目指す、前段階の在留資格に位置づけられることになる。技能実習制度と特定技能は、それぞれ別の制度として運用されて来たが、育成就労制度では特定技能と受け入れ対象分野を原則一致させ、技能や専門性を高めてより長く働けるようにする。なお、特定技能への移行は、技能試験や日本語試験に合格することが必須となる。人材育成も育成就労制度の目的の1つであるため、外国人労働者の質を高める取組みも強化される。企業にはインセンティブを付与することで、積極的に教育支援に取り組むことを促す。さらに、外国人保護を強化するため、外国人労働者が来日時に負担した手数料などの一部を、受け入れ先の企業が負担する仕組みも導入する。

新制度は法案成立後、移行期間を設けて2027年までに開始することが予定される。育成就労制度が本格的に始まれば、日本の外国人政策は、短期で外国人をローテーションしていく在り方から、長期で受け入れ育成した人材を蓄積していく在り方へとシフトしていくことになる。
 4共生取組みの推進
日本で暮らす外国人が増加し、長く滞在するようになると、地域社会における外国人の存在感も高まっていく。その中で、外国人が日本社会から孤立することなく、地域の一員として社会に包摂していくことは、欧米に見られる社会の分断を防ぎ、すべての人が安心して暮らせる社会を築くうえで重要である。

政府は、外国人との共生社会の実現に向けて、2006年から外国人が暮らしやすい地域社会づくり等の施策をパッケージ化した「『生活者としての外国人』に関する総合的対応策」を策定し推進してきた。現在、この総合的対策は「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」にアップデートされ、2018以降毎年改定を重ね、その度に内容が強化されてきた。さらに2022年には、短期的な対応に終始してきたこれまでの取組みを見直し、中長期で取り組む具体策がロードマップにまとめられている[図表15]。
[図表15]外国人との共生社会の実現に向けたロードマップにおける重点事項
社人研の2023年版の人口推計によると、総人口に占める外国人の割合は、現在の2%台から2070年には10%台に高まるとされる。今後、再び注目されるだろう外国人の受け入れ拡大を巡る議論は、国内に異論もあって、合意形成には相応に時間が掛かると思われる。ただ、外国人労働者の人権を守る環境の整備は待ったなしの課題である。人権は環境に並ぶSDGsの柱であり、人権を尊重する企業の責任は、ますます重くなっている。それと同時に、人権侵害に対する国際的な視線は厳しさを増す。外国人労働者を保護し、人権に配慮することは、国や企業のレピュテーションを守り、事業の継続性を高めることでもある。人権擁護の取組みは、外国人労働者を誘致するいえで必須の要素と言えるだろう。

5――おわりに

5――おわりに

政府は、2030年までを「少子化反転最後のチャンス」と位置づけ、子ども予算を大胆に増やす「次元の異なる少子化対策」を打ち出している。将来に対する国民の危機感が高まる中、社会の持続性に関わる少子化問題に取り組む意義は大きいと言えるが、今般の取組みが奏功し、出生率が増加に転じたとしても、その人口が社会の支え手に回るまでには時間が掛かる。さらに、これまでの少子化により女性の数も減少しているため、出生率が上向いたとしても生産年齢人口の回復は、緩やかなものにならざるを得ない。そのため、外国人労働者の長期的・安定的な受け入れは、日本社会や日本経済の持続的な発展を支えるうえで不可欠な政策となっている。

ただ、外国人労働者を惹きつける日本の優位性は、必ずしも盤石とは言えない。アジア周辺国の経済成長や高齢化が加速する中、日本が将来に渡って外国人労働者を確保していくには、産業競争力の強化やソフトパワーの発揮まで、一層の取組みが欠かせない。とりわけ、外国人労働者の人権擁護は喫緊の課題である。世界から批判を浴びる状況を放置すれば、国際的な批判は避けられず、欧米と価値観を共有する日本の立ち位置にも影響しかねない。SDGsへの対応という意味でも対応する必要があり、人権擁護を大前提とした外国人政策を確立していくことが重要になる。

今後、外国人労働者の受け入れは、ローテーション型から長期の受け入れにシフトしていくことが見込まれる。日本の成長に資する人材の蓄積は、外国人政策でも重要な要素となり、人材育成や能力開発の重要は増していく。また、外国人が増えることで日本社会への包摂が、さらに重要になることは間違いない。

ただ、統合政策の推進役となる自治体の中には、人手不足や財源不足、事業運営上のノウハウの不足などから、取組みに支障が出ている例も少なくない8。少子化対策と同じく、財源確保は課題であり、限られた資源を有効活用し、政策効果を高める工夫が必要になる。如何に統合政策の実効性を高めて行けるか。外国人労働者の誘致を考えるうえで重要な要素となるだろう。
 
8 法務省「地方公共団体における共生施策の取組状況等に関する調査」(調査期間:2021年7月13日~30日)
 
 

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(2024年07月16日「ニッセイ基礎研所報」)

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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