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保険会社を対象としたストレステストの開始(欧州)-地政学的な懸念を想定した、EIOPA等のシナリオに基づいて

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――保険セクターを対象としたストレステストの実施
そうしたショックに保険会社が耐えられるかどうか、その後に向けた回復力はあるか、といったことに関する財務情報を、まずは各保険会社から各国保険監督者やEIOPAに提示することになる。
ただしこのテストは、その結果によって、保険会社の「合否」を決めるという目的で行うものではなく、主にマクロプルーデンスを重視したものである。つまり、個々の保険会社の健全性というよりも、保険・金融システム全体としての健全性を重視して行われる。
前回のストレステストは2021年に行われており、その時の関心事は、低金利環境かつcovid-19によるパンデミックの長期化を想定したシナリオに耐えられるかということであった。今回のテストでは、特に地政学的な緊張の激化や、さらなる長期化が、主たる関心事となっている。
1 Insurance stress test 2024 (2024.4.2 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/insurance-stress-test-2024_en
(記事の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――ストレステストの内容
今回テストのシナリオについては、EIOPAが欧州システミックリスク理事会と協力して作成し、既に3月に提示されている。ストレスとして変動させるのは、インフレ率、金利等変動や株式価格下落といったショックである。
今回は、地政学的な緊張が増大すること、あるいは長期に及んだりすることを中心に想定したシナリオとし、そうしたショックの結果、保険会社の財務状況がどうなるかを予測する作業が中心となる。
全体的には、悲観シナリオは、地政学的緊張が再び激化するか、あるいはさらに長期化することによる、経済的な悪影響によって引き起こされる不確実性を考慮して、深刻なものとなるように作成されている。そして連鎖的に以下のような状況が起こると想定する。
1.長期にわたり低金利が持続すること、家計や企業の脆弱性が高まった結果としての成長率の鈍化と高いインフレ率の出現
2.銀行セクターの資産状況の悪化と収益性の見通しの悪化からもたらされる金融状況
3.様々な資産の価格が、無秩序に下落すること
4.各ソブリンの持続可能性リスクや、企業の資金調達リスクが再び現実化すること、こうした借入全般の持続可能性への懸念
5.不動産セクターにおける、蓄積された各種リスクの顕在化
こうした環境は、さらにサプライチェーンの混乱を助長し、経済成長率の低下と高いインフレ率の出現につながる。また賃金価格の上昇スパイラルから生じる二次的な影響によって、インフレ圧力はますます高まり、最終的には、市場の様々な通貨や期間ごとに金利等の変動につながることになる。
各項目の具体的な懸念としては以下のようなものが想定されている。
(金利への影響)
厳しい悲観シナリオによる持続的な影響の懸念は、長期金利よりもむしろ短期金利が大幅に上昇することにつながる。このため、イールドカーブが逆転し、あるいはそれが長く続き、インフレ圧力が徐々に低下するにも関わらず、経済成長は悪影響を受け続けることになるだろうと、予想されている。
(信用リスクの増大)
融資条件が厳しくなり、もとからある成長率の鈍さや賃金の上昇と重なって、企業の収益性を圧迫する。こういった点で平常時と違った事態になると、信用リスクプレミアムの上昇、信用スプレッドの拡大という事態に向かうだろう。
(各国国債利回りや国の支援の状況)
高い水準の国債利回りは、部分的には高いリスクフリーレートが持続することによってもたらされる。この時、さきのパンデミックの時と同じように、政府が高い水準の債務を負い、景気後退時には実体経済の支援のために何らかの緩和措置を必要とされるようになることなどにより、国あるいは公共の財政状況は厳しくなる。ソブリン債務の持続可能性には懸念が生じ、各国ごとに不均一な国債金利の上昇を招くことになる。
(家計や、不動産市場、住宅ローン)
一方、家計のほうもでも実質所得が減少し、全体的に失業率が高まる中で、借入コストも上昇する。こうした中では、住宅所有者は住宅ローンを受けること自体あるいはその返済が難しくなり、住宅ローンの滞納が増加し、最終的には債務不履行が増加する。
こうした不動産市場では、住宅用不動産の価格も下落する。また新型コロナのパンデミック時にオフィス需要が構造的に変化したこと(さほど大規模なオフィスを必要としなくなったことを指すものか?)が、今になって効いてくるだろう。
債務返済コストの上昇と不動産価格の急落があると、その他の資産担保証券などの価格にも影響する。
(その他の金融資産への影響)
こうして、不確実な環境のなかでの高いボラティリティによって、他の金融資産全般で突然の価格変動(下落)を引き起こす可能性を高めることになる。特に株式評価額は世界的に大きく下落するだろう。ヘッジファンド、不動産投資信託、プライベートエクイティなどのファンドに損失が発生することにもつながり、それらは流動性リスクの上昇度合いとも無関係ではない。
こうした厳しい状況を想定して、例えば加盟国ごとに各種金利が一定程度の上昇・下落した場合や株式価格が下落した場合、その下落率などをEIOPAが指定して、それを各保険会社に適用すると、資産価値や資本にどのような(悪)影響を与えるかを試算し、集計することになる。
また、それを踏まえて、どういった回復の手段があるかということについても、そのあとに当然検討されることになるだろう。
ストレステストの対象としては、加盟国20か国の48の保険会社が含まれ、総資産ベースでEEA(欧州経済共同体)市場の75%以上をカバーするものになることを想定している。
さてその後、EIOPAは保険セクター全体の集計結果を分析して、ミクロプルーデンシャルなアプローチ(全体の影響を見て、それが個々の保険会社にフィードバックされるということ)により、EIOPAあるいは各国の監督当局が保険業界全体に勧告を出し、必要に応じて考え得る対応措置について保険会社と対話を行い、ショックからの回復力の向上を目指す。
さらに保険セクターのみならず、他の金融システムへの波及も推定することになっている。
3――おわりに
その後、12月に集計結果と可能な範囲で個別の指標や個別の会社の結果が公表されることになっているので、こうしたレポートでも、追って紹介することを予定している。
(2024年05月13日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
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