2024年04月03日

欧州大手保険グループの2023年末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-

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6|Zurich
Zurichは、ソルベンシーII制度の対象会社ではないが、2019年末までは、ソルベンシーIIと同等と考えられているSSTによる数値と社内の経済ソルベンシー比率であるZ-ECM(Zurich Economic Capital Model)を公表してきた。ところが、2020年からはSST比率での開示を中心に据えることに変更している。Zurichによれば、SSTはZ-ECMよりも安定性をもたらし、資本は基本的には同じ方法で管理される。

ZurichのSST比率は、監督当局であるFINMAと合意した内部モデルで算出している。なお、2023年末のSSTの算出においては、計画されているドイツの伝統的な生命保険バックブックの売却については、考慮されていない。
(1) SST比率の推移
2023年末のSST比率は、2022年末の267%から、34%ポイントと大きく低下して、233%となった。

この要因については、以下の通りとなっている。

・成長のための増分資本を差し引いた営業資本形成により+28%ポイント

・金利や市場変動等の市場の影響で▲6%ポイント(うち、金利の低下で▲6%ポイント、市場変動で+3%ポイント、為替の影響で▲6%ポイント、信用スプレッドの影響で+2%ポイント)

・資本行動で▲48%ポイント(2023年の配当案で▲29%ポイント、最大11億スイスフランまでの自社株買いで▲9%ポイント、2023年下半期の5億ユーロの劣後債の償還で▲4%ポイント、Farmers Exchanges からの証券会社3社と洪水プログラム・サービス部門の買収で▲4%ポイント、等)

なお、AFR(利用可能財務リソース)は、2022年末の380億米ドルから、2023年末の343億米ドルに、37億米ドル減少しており、TC(目標資本)は、2022年末の142億米ドルから、2023年末の147億米ドルに、5億米ドル増加している。
Zurichのソルベンシー比率(SST)推移の要因
(2) 感応度の推移
Zurichは、SST比率の感応度について、2020年からは、第1四半期末と第3四半期末の数値を公表してきている。

これによると、過去においては金利や信用スプレッドによる感応度がかなり高いものになっていたが、2021年からの数値は若干水準が低下していた。ただし、2023年の感応度は若干上昇している。

なお、Zurichは、「感応度は、個別ではあるが瞬間的な衝撃として考慮される。これらは最良推定値であり、非線形である。例えば、市場の動きの規模が変化すると、その時点の一般的な市場状況に応じて、SST比率への影響が不釣り合いに大きくなる(又は小さくなる)可能性がある。」と説明している。
ZurichのSST比率の感応度の推移
(3) トピック
Zurichの2023年における主な資本取引等とその概要は、以下の通りであった。

2023年6月8日に、2022年11月21日に開始した最大18億スイスフランの公募株式買戻しプログラムが2023年6月7日に完了したと発表した。Zurichは、2022年11月21日以降、平均購入価格438.55スイスフラン、総額18億スイスフランで自社株4,104,413株を買い戻している。自社株買いプログラムに基づいて買い戻された株式は消却予定である、と述べた。

2023年9月4日に、2013年に発行した5億ユーロの4.25%期限付劣後債を償還するオプションを行使する意向であると発表した。これらの債券の償還日は2023年10月2日となっていた。

2023年11月2日に、インドのKotak Mahindra General Insuranceの51%の株式を取得して、インドの損害保険市場に参入する、と発表した。

2024年1月30日には、Viridium GroupがドイツのZurich Life Legacyの買収を計画通りに完了しないことを知らされたとし、このポートフォリオの解決策を見つけることに尽力しており、オプションを検討する予定である、と発表した。なお、これはZurichの目標や資本管理計画には影響しない、としている。

4―ソルベンシー比率の算出等に関係するその他の事項

4―ソルベンシー比率の算出等に関係するその他の事項

この章では、ソルベンシー比率の算出等に関係するその他の事項について報告する。

ここで述べる項目については、2023年のSFCR(Solvency and Financial Condition Report:ソルベンシー財務状況報告書)が公表されれば、より詳しい直近の内容が把握できる部分もある。具体的には、2022年末数値に関する詳しい内容については、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2022年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2023.6.19)で、各社の長期保証措置や移行措置の適用状況について、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2022年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(3)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その2)-」(2023.6.23)、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2022年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(4)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その3)-」(2023.6.28)、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2022年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(5)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その4)-」(2023.7.4)及び基礎研レポート「欧州保険会社の内部モデルの適用状況(標準式との差異)-2022年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)からのリスクカテゴリ毎の差異説明の報告-」(2023.7.10)等のレポートにおいて、各社の内部モデルの適用状況等について、それぞれ報告している。

なお、以下の「2」~「5」については、Zurichを除くソルベンシーII制度対象の5社について述べている。また、今回のレポートでは、あくまでも2月から3月にかけての決算発表において開示された情報等に基づいているため、「2」と「3」については、(2023年のSFCRが公表されていない)現段階においては、2023年のデータが得られていないため、基礎研レポート「欧州大手保険グループの2023年上期末SCR比率の状況について-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-」(2023.9.11)で報告した2022年末データに基づく記述を繰り返している。
1|ソルベンシー比率の目標範囲
ソルベンシー比率の目標範囲に相当する水準は、以下の図表の通りである。

会社内部のソルベンシー比率と監督・規制上のソルベンシー比率の両方を開示しているAvivaについては、会社内部のソルベンシー比率に基づく目標範囲を設定している。ただし、これらの目標範囲については、各社毎にその位置付けが異なっているので、単純な比較はできない。また、各社とも、適宜目標範囲等の見直しを行ってきており、必ずしも長期で固定されたものとはなっていない。
欧州大手保険グループのソルベンシー比率の目標範囲
AXAは140%をリスクアペタイト限度水準に設定して、これを上回る水準を維持する方針を有しているが、2020年12月1日に行われた2023年に向けての戦略に関する投資家向けプレゼンテーションの中で、約190%(140%のリスクアペタイト限度に50ptsのバッファー)を目標とするように修正することを公表している。

Allianzは、150%を「sustainable Solvency II capitalization ratio」とし、2022年のAnnual Reportにおいては、180%を「minimum ambition」と称していた。

Generaliは、会社が取るリスク水準を定めているRAF(Risk Appetite Framework)において、過剰なリスクテイクを制限し、ソルベンシーポジションを望ましい水準に維持するために、「hard and soft limits」を設定している。2023年は、130%を「hard limit level」、150%を「soft limit level」に設定して、株式報酬制度の株数付与の決定にも関連付けている。

AvivaはWorking Rangeという名称で水準設定しており、下限の160%を下回る場合には、資本力を回復する行動を起こし、上限の180%を超える場合には、事業に投資したり、株主に還元したり、M&Aを行うとしている。

Aegonは地域別に目標を設定しており、以下の図表の通りとなっている。
Aegonの地域別ソルベンシー比率(目標範囲)
Zurichは、以前は社内指標のZ-ECMの目標範囲100%~120%を設定していたが、2020年からSSTベースの下限を160%と設定している。この際に、SSTの160%は、AA格付けの資本水準に相当しており、SSTで180%から200%の範囲で事業を運営することを目指していると述べていた。

なお、ソルベンシー比率の水準毎の会社の対応方針をさらに明確にして開示している会社もある。
2|SCR等の算出方法(内部モデルの適用状況)
各社とも内部モデルを適用しているが、その適用対象については、母国に加えて、欧州の主要国やアジア等、実質的に米国を除く主要事業国を含めているケースが多い。米国については、各社とも同等性評価に基づき、米国RBCによって算出したものをグループベースでは一定の換算を行うことで、全体の計算に反映している。

2022年のSFCRに基づくと、Zurichを除く5社のソルベンシーIIに基づく分散効果控除前のSCR算出における内部モデルの適用比率(=内部モデルによるSCR/(内部モデル適用後の)全体のSCR))は、以下の通りとなっている。
分散効果控除前のSCR算出における内部モデル適用比率
これによれば、各社によって状況は異なっている。AXAの内部モデル適用比率については、AXA XLについて、2019年に同等性評価から標準式に変更になったことにより大きく低下したが、2020年には標準式から内部モデルに変更になったことから再び大きく上昇している。

内部モデルの適用によって最も影響が大きいのが、子会社間や地域間の分散効果であると考えられているが、(標準式による分も含めた)分散効果による控除率は、以下の通りとなっている。
分散効果による控除率
分散効果による控除率の水準は、Generaliを除けば、ほぼ30%から40%の範囲にある。

なお、各社の数値の水準の差異は、各社の生命保険事業と損害保険事業のウェイトやそれぞれの事業の商品構成の差異等を反映したものともなっている。

これまで、SFCRにおいても、標準式によるSCRの数値は開示されてきていないが、過去の影響度調査によれば、内部モデル適用によるSCRの引き下げ効果は2割程度と想定されている。
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中村 亮一

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