2024年04月03日

欧州大手保険グループの2023年末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-

文字サイズ

1―はじめに

欧州大手保険グループの2023年決算の発表が2月から3月にかけて行われており、それに伴い、ソルベンシーII制度に基づく各種数値等も開示されている。このレポートでは、各社の2023年末のSCR比率1等のソルベンシー比率の状況について、それらの水準や感応度及びそれらの推移、さらには関係するその他の事項、加えて、2023年における各社の資本管理等に関するトピックについても報告する。

なお、2023年1月1日から、新たな会計基準であるIFRS第17号(保険契約)の適用が開始されたことに伴い、各社において、各種の資料や数値の見直し等が行われている。これにより、これまでのレポートで報告してきた内容が今回のレポートでは必ずしもカバーされていない点があることは述べておく2
 
1 SCR比率(=自己資本/SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件)は、「ソルベンシーII比率」、「ソルベンシー比率」とも呼ばれる。
2 Allianzは、2022年から、それまで公表していた「Own Funds Report」の発行を止め、これに含まれていた情報については、Annual ReportやSFCRに統合したが、2023年からは、AXAが「Embedded Value and Solvency II Own Funds」、Generaliが「Own Funds & Life New Business Supplementary Information」を公表しなくなった。

2―欧州大手保険グループのソルベンシー比率の推移

2―欧州大手保険グループのソルベンシー比率の推移

欧州大手保険グループのSCR比率等のソルベンシー比率について、ソルベンシーII制度導入時の2016年末から2023年末の推移については、以下の図表の通りとなっている。

Avivaは英国のソルベンシーII制度(いわゆるソルベンシーUK)に基づいているが、開示資料の説明では主として会社ベースの数値を使用しているので、監督ベースと会社ベースの2つの数値を掲載している。また、Aegonはオランダでの保険事業等のa.s.r.(以下、ASRと表記)への移管等に伴い、2023年10月からバミューダが法的本籍地の会社Aegon Ltd.となっているが、引き続きIAISのIAIGに指定されており、バミューダのソルベンシー制度はEUのソルベンシーⅡ制度と同等とみなされているので、従前と同様な形で、今回の報告対象に加えている。さらに、ZurichはソルベンシーII制度の対象ではないが、スイスの制度であるSST(スイスソルベンシーテスト)に基づく数値を掲載している。

下記の図表によれば、過去からの推移の概要は以下の通りとなっている。

・2016年末から2017年末にかけては、市場環境が良好(金利の上昇、クレジットスプレッドの縮小、株価の上昇等)であったこともあり、各社ともソルベンシー比率を大きく上昇させていた。特に、内部モデル適用範囲の拡大等のソルベンシー比率の算出方法の変更等もあり、Generaliは29%ポイント、Aegonは44%ポイントと大幅に水準を上げていた。

・2017年末から2018年末にかけては、市場環境の悪化(金利の低下、株価の下落等)もあり、AXAのSCR比率とZurichのZ-ECM比率が低下していた。

・2018年末から2019年末にかけても、市場環境の悪化(金利の低下等)により、AllianzとAegonのSCR比率が大きく低下したが、AXA(米国のIPOによるプラスの影響)やGenerali(規制上のモデル変更によるプラスの影響)等のSCR比率は上昇した。

・2019年末から2020年末にかけては、COVID-19による市場環境の大きな変動があったものの、Zurichを除く各社のSCR比率自体に大きな変化は見られなかった。一方で、ZurichのSST比率は市場リスクのウェイトがより高くなっていたことから、金利の低下と市場の変動の影響を大きく受けて、2019年末から2020年末にかけて、222%から182%へと40%ポイントと大きく低下した。

・2020年末から2021年末にかけては、市場環境の好転の影響等により、各社ともソルベンシー比率が上昇した。特に、AXA、Aviva、Aegon、Zurichのソルベンシー比率は2桁台の大幅な増加となった。
欧州大手保険グループのソルベンシー比率の推移
・2021年末から2022年末にかけては、各社とも主として経済変動の影響(金利の上昇、クレジットスプレッドの拡大、株価の下落等)を受けて、自己資本のうちの調整準備金(reconciliation reserve)3の残高が大きく減少したことを主因として、Zurichを除く各社のSCR比率は低下した。Zurichの場合、金利の低下が大きくプラスに影響して、SST比率は大幅に上昇した。

これに対して、2022年末から2023年末にかけては、各社の資本管理戦略等の差異も反映して、AXAとAllianzのソルベンシー比率は上昇したものの、Generaliはほぼ横ばい、Aviva、Aegon、Zurichのソルベンシー比率は低下した。

このように、ソルベンシー比率の推移については、各社の資本充実やリスクテイクへの方針の差異等を反映して、その動向は一律ではなく、また必ずしも市場環境に応じて類似のトレンドを示しているわけではない。

さらには、以下の理由等から、単純な各社間の絶対水準や年度間の推移の比較ができないことには注意が必要になる。

(1) 各社の生命保険と損害保険等の事業や地域別の構成比の差異等から、目標とするソルベンシー比率が異なっている(例えば、Aegonは生命保険事業が中心だが、AXA、Allianz、Generali、Zurichは生命保険事業も損害保険事業も大きな位置付けを占めており、さらにはAllianz等では資産管理事業も営業利益のうちの大きなウェイトを占めている)。

(2) 事業の地域構成の差異からくる為替等の影響の程度が異なっている(例えば、Avivaは英ポンド、Zurichは米ドルと主要通貨や新興国通貨との為替レートが公表数値に大きな影響を与える)。

(3) 引き続き、事業の再編等に伴い、内部モデルの算出方法の変更等を行ってきている場合もあり、一時的な要因による影響が大きなものとなっているケースもある。
(参考)欧州大手保険グループの事業別内訳(2023年)
 
3 調整準備金は、ソルベンシーII貸借対照表の負債に対する資産の超過分を表し、財務諸表の資本項目 (株式資本、劣後債務を除く名目価値を超える資本) 及び支払見込みの配当金を差し引いたもの

3―各社のソルベンシー比率や感応度の推移

3―各社のソルベンシー比率や感応度の推移及び資本管理等に関係するトピック

この章では、各社のソルベンシー比率の推移の要因分解及び感応度の推移について、報告する。

EUの保険グループの各社は、2016年1月からのソルベンシーII制度の実施に向けて、SCR比率の充実や適正な感応度水準の維持に向けた対応を行ってきていたが、2016年の制度導入後も、着実に営業利益を積み上げること等で資本の充実を図ってきている。

なお、以下のソルベンシー比率の推移の要因分解において、例えば「経営行動(management action)」に何を含めるのか等が、必ずしも統一されているわけではない。さらには、感応度の対象内容やシナリオも各社各様である4。加えて、要因分解に関する情報提供が行われている時期や感応度の対象時期も必ずしも統一されておらず、各社の考え方に基づいている。このレポートの報告内容は、各社の公表資料に基づいているが、その解釈やその概要のまとめ等については、筆者の理解に基づいていることを述べておく。

なお、2023年上期末の状況については、基礎研レポート「欧州大手保険グループの2023年上期末SCR比率の状況について(2)-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-」(2023.9.15)で報告しているので、こちらも参考にしていただきたい。
 
4 EUのソルベンシーIIのレビューの中で、EIOPAによって「感応度に関する情報の標準化」も提案され、検討されてきた。これについては、保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関する意見をECに提出(4)-助言内容(報告と開示)-」(2021.2.3)を参照のこと。
1|AXA
(1) SCR比率の推移
2023年末のSCR比率は、2022年末の215%から12%ポイント上昇して227%となった。

この要因については、以下の通りとなっている。

・通常の自己資本の形成等で+30%ポイント(通常の自己資本の形成による+29%ポイントは、2023年のグループ・ガイダンスである25~30%ポイントの上限範囲内、営業差異の+1%ポイントは、従来型G/A貯蓄からの資本放出がEOF(適格自己資本)におけるマイナス分を相殺したことが要因)

・為替を含む市場の影響で▲3%ポイント(金利低下が主な要因であるが、良好なエクイティとインプライド・ボラティリティの低下が一部相殺)

・配当金と自社株買いで▲22%ポイント(これらは、総配当性向75%を反映しており、新しい資本管理政策に沿っている(この政策には、2024年に一株当たり1.98ユーロの配当 (44億ユーロ)を支払うこと及び年間の自社株買い(11億ユーロ)の全額引当が含まれている。これには、また2023年12月20日に公表されAXA Franceにおける保有貯蓄ポートフォリオの再保険契約に起因する利益の希薄化を相殺するための自社株買い(5億ユーロ)の全額引当も含まれている))。

・規制/モデルの変更による影響は▲6%ポイント(主にEIOPA参照ポートフォリオの変更とIBOR(銀行間取引金利)移行の複合的な影響を反映)

・経営行動、劣後債及びその他の影響は+12%ポイント(デュレーション・ギャップの縮小(23年度はほぼゼロ) で+18%ポイント、AXA Franceにおける貯蓄ポートフォリオ取引の資本放出で+3%ポイント、劣後債の削減で▲4%ポイント、LayaとGACM Espanaの買収による影響で▲3%ポイント)
AXAのSCR比率推移の要因
(2) 感応度の推移
2023年末においては、2022年末に比べて、(2021年末から2022年末と同様に)金利の感応度が低下した一方で、株式の感応度が若干増加した。

なお、2020年末から、ユーロソブリンスプレッド(ユーロソブリン債とユーロスワップレートの差)とクレジット削減(社債の20%が3ノッチ格下げされる前提)に対する感応度が新たに開示されており、2023年末には、前者が+50bpsで▲8%ポイント、後者が▲4%ポイントとなっている。さらに、2022年末から、インフレーションスワップカーブ+50bpsに対する感応度が開示され、2023年末には▲5bpsとなっている。
AXAの感応度の推移
(3) トピック
AXAの2023年における主な資本取引等とその概要は、以下の通りであった。

2023年1月4日に、2033年満期の7億 5,000万ユーロの優先債の発行に成功したと発表した。

2023年2月24日に、投資サービスプロバイダーとの間で、最大11億ユーロのAXAの自社株買戻しプログラムに関連する自社株買い契約を締結したと発表した。AXAは、この株式買戻しプログラムに従って買い戻された全ての株式を消却予定としている。

2023年2月28日に、AXA SA が Banca Monte dei Paschi di Siena SpAの1億株の株式の2億3,300万ユーロでの売却を成功裏に完了したと発表した。

2023年4月5日に、2043年満期の10億ユーロの劣後債の発行に成功したと発表した。この債券はソルベンシーIIに基づくTier 2資本として適格となる。

2023年4月19日に、2054年1月16日期限の7億5百万ポンド、5.625%の劣後Tier 2債券に対する現金公開買い付けを発表した。

2023年7月13日に、総額3億1,000万ユーロの現金でのGroupe Assurances du Crédit Mutuel España(「GACM España」)の買収を完了したと発表した。GACM Españaは、代理店やパートナーの幅広い流通ネットワークを通じて商品を販売しており、2022年のリテール損保と医療部門の総収入保険料が4億ユーロであった。2022年末において、連結ソルベンシーII比率は272%、適格自己資本は3億ユーロだった。

2023年8月3日に、AIGの子会社であるCorebridge Financial Inc.からLaya Healthcare Limited(「Laya」)を6億5,000万ユーロの対価で買収する契約を締結したと発表した。Laya は、アイルランドの健康市場で主導的な地位を占めており、28%の市場シェアを誇り、70万人近くの保険契約者にサービスを提供し、年間保険料 約8億ユーロとなっている。AXA はアイルランドに既に拠点を置き、損害保険市場でナンバー1の地位を築いているが、この取引により、活況で急速に成長する医療保険市場での事業をさらに拡大することになる。この取引は2023年末までに完了予定で、この取引により、AXAグループのソルベンシーII比率は▲3 ポイントの影響があると想定されている。なお、この取引は、2023年11月1日に完了したと発表された。

2023年12月21日に、子会社のAXA France Vieが、AXA Assurances Vie Mutuelle及びAXA Assurances IARD Mutuelleが共同所有する再保険会社AXA Réassurance Vie France (「ARVF」)と再保険契約を締結したと発表した。 ARVF との再保険契約は、従来のG/A貯蓄の100億ユーロを含む、合計120億ユーロの貯蓄準備金をカバーする。この取引は、2023年12月31日時点で、AXA グループのソルベンシーII比率に+2ポイントの好影響をもたらす。

なお、2024年に入ってからも、以下の資本取引等が公表されている。

2024年1月10日に、15億ユーロの制限付Tier1債券の発行に成功したことを発表した。

2024年2月24日に、投資サービスプロバイダーと、最大16億ユーロの自社株買いプログラムに関連した株式買い戻し契約を締結したと発表した。

2024年2月26日に、2つのシリーズの劣後債に対する現金公開買い付けを発表した。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【欧州大手保険グループの2023年末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

欧州大手保険グループの2023年末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-のレポート Topへ