2024年04月02日

自然災害保険の普及に向けた方策(顧客サイドの事情)(欧州)-EIOPAの検討文書(2024年2月)の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)は、2024年2月29日、自然災害を補償する保険の普及にむけた対応案のうち、顧客側からみた障壁への対応策1の検討文書を発表した。
 
欧州においては、洪水や山火事などの大規模な自然災害が増加し、それも含めた気候変動問題が深刻になっている。その一方で、自然災害を補償する保険の普及率が低く、そうしたいわゆる「保険ギャップ」が拡大していると認識されている。この点に関して、様々な関係者(顧客、保険会社、保険監督など)が取り組むべき方策が検討されてきている。

このレポートでも昨年、ESA(EIOPAを含む欧州の銀行・証券・保険の合同監督機関)が作成した対応案の報告書を紹介2した。それを簡単に要約すると、
 
気候関連の災害などによる損失が大きくなっているのに、被害額のわずか4%程度しか保険でカバーされていない(保険ギャップの存在)。保険会社は、自然災害の多発と激甚化に対応して、会社の収益性・健全性の観点からは、保険料の値上げや補償範囲の縮小や除外を検討せざるを得ず、そのため顧客にしてみれば自然災害保険に加入しづらくなっている(保険ギャップの更なる拡大)。こうした状況下で、被害額の補償がないことや災害からの復旧の遅れを通じて、経済・金融全体に悪影響が及び、ひいては国の財政状態の悪化や国毎の経済格差の拡大が懸念される。

そうしたことを防ぐため、保険会社、資本市場、政府、EU全体といった全ての段階において、それぞれの責任と役割を果たす必要がある。
 
ということであった。
 
今般公表されたEIOPAの資料は、その中の一部分をなす顧客サイドの事情(もちろん保険会社の営業上の問題も含まれることになるが)、すなわちなぜ消費者は自然災害を補償するための保険に加入しないのか、保険加入率が低いのか、という事象について、現状認識とそこから見えてくる保険加入の障壁を取り除くための基本的な考え方などを提示するものである。
 
1 Measures to address demand side aspects of the natcat protection gap   (2024.2.29  EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/be654e97-0428-4702-bd75-fb5d217e1960_en?filename=Revised%20Staff%20Paper%20on%20measures%20to%20address%20demand-side%20aspects%20of%20the%20NatCat%20protection%20gap.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。
2 気候災害への保険利用拡大に向けた制度検討の動き(欧州)(2023.5.24 基礎研レター ニッセイ基礎研究所))
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=74882?site=nli

2――報告書の内容

2――報告書の内容

1自然災害保険に加入しない諸事情
〇各家庭の現在の収入や家計状況から、自然災害保険の保険料を高いものと思うことが、普及の重要な障壁となっている。単純に家計に余裕がなく、たとえ自然災害保険が有用であると認識されていたとしても、負担が重すぎると感じて加入しないケースもあろう。

また、補償範囲についての保険会社からのアドバイスが不充分であることも一因のようだ。例えば顧客ニーズに対して補償範囲が広すぎる商品を、営業担当者側の事情から勧められ、保険料支払いを負担と感じることなどである。
 
〇上記とも関連するが、自然災害保険による補償範囲が明確でないために、補償額と保険料の対比で保険の果たす重要な役割が認識されていない、認識が広まっていないという事情もある。とはいえ、そもそも補償に対して手頃な価格とはどの程度のものかを正しく認識することはただでさえ難しい。それに加え、一般の金融知識が不充分であることや、自然災害保険自体が、補償範囲や支払免責事項などが複雑でわかりにくいことも、最適な保険加入を困難なものにしている。
 
〇自分自身あるいは属するコミュニティにおける、過去の苦い経験が障害となっているという事情がある。過去にEIOPAが行った調査によれば、これまでの事例で保険会社が損害額のほとんどを、しかも迅速に支払ったという事例を自分で経験したり、そういう話を伝え聞いたりした人たちは、保険加入率が高まる傾向があった。逆に不信感が残るような経験、すなわち期待したほどの水準の保険金を受け取れなかったか、支払までに時間がかかったなどの経験を共有するグループでは、加入率が低い傾向がみられる。
 
〇自然災害リスクの認識がないか、あるいは誤って過小に認識しているために、そもそも保険加入など必要ないと考えられている事情がある。これもEIOPAが行ったアンケート調査によると、自然災害が起きる可能性は非常に低いものなので保険に加入する必要はない、という認識が全般的に高い。 

そうした先入観を排除してもらい、個人の住む地域の状況や過去の災害事例などから正しいリスク認識を構築していく必要がある。自然災害を実際に経験した人たちのグループはそうでないグループに比べて2倍近く加入率が高いようだ。
 
〇国の援助への過剰な期待がある。自然災害による損失については、国の方でほぼ全部援助してくれるだろうという(制度の裏付けのない)期待や、援助すべきであるという個人的な確信があるために、民間保険には加入しなくてよいと考えてしまうことが多い。

国が手厚い制度を整備し、万一の際には充分補償をすることができれば、それはそれで望ましいことではあるが、実際には万全ではない。またそうした国ではかえって保険加入率が低いというEIOPAのアンケート結果がある。また自然災害による損失については国が責任を負うべきだ、と考える人が6割近く存在するという調査結果もある。
 
〇保険販売の機会・方法に問題がある。自然災害保険への加入は、個人が住宅を購入し、住宅ローンを設定する時が、主な機会である。自分の家を所有していない人は保険加入の可能性は低くなる。例えば相続で財産を得た人、家財だけを補償の対象にしたい人などは自然災害保険加入の可能性が低い。また住宅ローン設定の際は義務として保険加入した人も、時期がたてば更新しない傾向もある。

また、適切な保険を見つけるのは大変困難な作業であるという認識も自然災害保険の普及を妨げている。
2考えられる対応策など
〇自然災害リスクの認識を高め、民間保険の利用できる可能性が高いことを周知させることで加入促進がなされる可能性がある。

またデジタルツールの利用により、これまでよりも比較的簡単に自分のさらされているリスクに関する情報を取得できるようになる。
 
〇自然災害を補償する保険商品の内容(適用範囲、除外事項、保険料や保険金などの価格)に対する理解を深めること、また多くの種類を比較できる情報やツールの利用
 
〇自分のさらされている自然災害リスクを正しく理解し、保険の利用が適切であると既に認識している消費者に対しては、保険加入のプロセスを簡素化することも効果がある。特にデジタルチャネルの活用により、加入時の労力を減らすことができて、これは取引コストやひいては保険料水準を低く抑えることにつながる。

ただしこの場合、自然災害保険の適用範囲、除外事項について、詳しく保険会社に確認する機会がない可能性がでてくる。実際に加入する保険が顧客ニーズに合致するようにするためには、保険会社や保険代理店が、自然災害保険に関わる詳細情報を、別の形で充分提供することが必要になるかもしれない。
 
〇保険料水準が高いことが普及の障壁の一つとなっていることから、保険料の軽減のため、例えば保険加入後の税負担の免除などが効果的かもしれない。

また自然災害のリスクを軽減する策があれば、その分保険料を割り引くなどの制度を導入すれば、そもそもの被害額が軽減されるし、ひいては保険料水準が抑えられることにつながる。

3――おわりに

3――おわりに

今回は、消費者すなわち需要サイドに限った方策(具体的なものというより考え方)がまずは提示されているが、当然今後は監督、消費者団体、保険会社など、それぞれも立場からの方策や、総合的な方策の研究が続いていくことが予定されており、今後の動向を見ていくこととしたい。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2024年04月02日「保険・年金フォーカス」)

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