2024年03月19日

3億人の年金をどう確保するか(中国)。【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(62)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――2023年末時点で60歳以上の高齢者が3億人に。高齢者の多くは老後の生活保障として公的年金への期待度が高い。

中国国家統計局によると、2023年末時点で60歳以上1の高齢者は2億9,697万人(総人口の21.1%を占める)とおよそ3億人まで増加している。生産年齢人口が減少する中で、ベビーブーム世代が順次定年退職年齢に達しており、2035年には全国の高齢者は4億人(総人口の30%ほどを占める)を超えると予測されている。中国では社会保障制度を支える若年層が減少する少子化、高齢者人口が急速に増加する高齢化に加えて、老後の生活が更に長くなる長寿化も進行しており、年金給付をどう確実に行っていくかが重要な課題となっている。
 
老後の生活をどう維持するかを考えた場合、年金を受給する年齢2に近いほど公的年金への期待度が高い。中信銀行(CHINA CITIC BANK)が発表した「中国居民養老財富管理発展報告(2023)」3によると、期待する老後保障の方法として、50代以上はおよそ半数が公的年金や企業年金などの政府が中心となって実施または推進する老後保障(図表1では個人退職金)へ期待を寄せている(図表1)。

図表1から、いずれの世代も銀行預金への期待は高いことが分かるが、公的年金などを含める個人退職金への期待度は世代や年齢が上昇するほど高くなる傾向がある。中国における年金の確実な給付は高齢者の生活の安定もさることながら、社会の安定の維持といった政治的な意味においても重要な課題となりつつある。
図表1 期待を寄せる老後の生活の備え(世代・年齢別)
 
1 中国では60歳以上を高齢者としている。
2 中国では定年退職年齢が受給開始年齢となっており、男性は60歳、女性は50歳または55歳となっている。
3 「中国居民養老財富管理発展報告(2023)」について、調査期間は2023年6月8月でオンラインのアンケート調査と面談方式を採用。有効回答件数は12,602件。調査は中信銀行および中信集団傘下の金融子会社、華夏基金、福達基金などと連携して実施。

2――中国31地域のうち半数以上では年金積立金に余裕がない状態

2――中国31地域のうち半数以上では年金積立金に余裕がない状態。地方政府は足もとの財政状況が苦しい中で、地域間による年金資金の移転、中央からの財政移転などにたよりながら年金を給付。

中国では2022年に都市部の会社員を対象とした年金(都市職工年金)の積立金について、システム上の統合を行っている。それまで年金積立金は各省(自治区・直轄市など)で統括・管理されていた。統合の目的は各地域における年金積立金の多寡を全体で調整し、余裕のない地域の年金給付の安定化をはかることにある。

図表2はその各地域における年金積立金の余裕度(積立度合)を示したものである。年金積立金に最も余裕がある広東省の積立度合は51.7(ヶ月)、最も余裕のない黒龍江省では−0.5(ヶ月)で、余裕度についても地域間の格差が大きい点がうかがえる。積立金に余裕があるとされる基準は9カ月とされており、2022年は全31地域のうち半数以上の17の地域が余裕がないとされる状態にある。特に黒龍江省については赤字が常態化している。
図表2 都市職工年金における各地域の年金積立金の積立度合(2022年)
積立金に余裕がない地域が多い中で、年金給付を確実に行うためにとっている施策は何か。高齢化が進展する地域では年金給付の財源(年金保険料)を支える若年層の人口が減少し、各地域で給付を確保するのが難しい状態にある。主な施策としては、地域間における年金資金の移転・融通、中央政府から地方政府への財政移転が挙げられる。
 
年金積立金が全国統合される前の2018年から2021年は、地域間で年金積立金を融通する基金―「中央調整基金」を設置し、そこを通じて年金資金の移転・調整がされていた。実質的には年金積立金に余裕のあった広東省、北京市、浙江省、江蘇省、上海市、福建省、山東省の7つの地域からそれ以外の22の地域4(雲南省、貴州省、西蔵自治区を除く)に向けて、2018年は2,422億元、2019年は6,303億元、2020年は7,400億元、2021年は9,327億元が移転されている。

移転された年金資金は各地域の年金基金の収入としては計上されていないが、それがどれくらいの規模に相当するかを考えてみる。例えば財政部によると、2021年の都市職工年金の保険料収入は4兆4,176億元であることから、移転された年金資金(9,327億元)は、保険料収入の21.1%に相当する金額となる。また、2021年の年金支給額が5兆4,332億元であることから考えると、移転された年金資金は年金支給額の17.2%に相当する金額となる。この点からも移転された年金資金は年金の安定した支給に大きく貢献していることが分かる。

一方、全国統合をした2022年からは「全国統合調整資金」という名目で、年金資金を余裕のある地域から逼迫した地域へ移転している5。財政部の発表によると、全国統合をした2022年は合計2,017億元が地域間で移転された(図表3)。
図表3 都市職工年金における全国統合調整資金の拠出地域・受入地域(2022年)
年金資金は21の地域から拠出され、それが11の地域(新疆生産建設兵団を含む)で分配されている。2021年までの中央調整基金を通じた資金移転の際は7地域がそれ以外の地域を支えていたが、2022年以降はより多くの地域(21地域)が逼迫した地域を支える形となっている。

図表3によると、2022年において年金資金の拠出額が最も多いのは広東省の885.1億元(広東省の同年の年金基金の収入の15.3%に相当)、次いで北京市の323.3億元(北京市の同年の年金基金収入の9.8%に相当)、江蘇省の178.9億元(江蘇省の同年の年金基金収入の5.1%に相当)であった6。広東省、北京市は積立度合が最も高い地域である。一方、受入額が最も多かったのは黒龍江省の821.6億元でこれは同年の黒龍江省の年金基金の収入の57.6%に相当する。また、次に多かったのは遼寧省の819.9億元であるが、これも同年の遼寧省の年金基金の収入の35.0%に相当する。それに次ぐのが吉林省の237.6億元で、同年の吉林省の年金基金の収入の28.5%に相当する。上位3省は東北三省とも呼ばれる地域で、少子化に加えて若年人口の流出もあり、全国的にも高齢化率が高い地域である。給付を自前で賄うだけの保険料収入の確保が難しく、外部からの移転や補填に頼らざるを得ない状況が浮かびあがってくる。図表3から、特に、黒龍江省と遼寧省の受入額はそれ以外の地域と比較しても突出して多いことが分かる。年金財源に余裕のない地域で年金給付を継続的に行っていく上では、こういった地域間の年金資金の移転がどれほど重要であるかがうかがえる。
 
年金資金の確保には上掲の地域間で資金を融通する「中央調整基金」以外に、中央政府から地方政府への財政移転の1つである「一般移転支出」がある。財政部によると2022年の年金に関する財政移転を合計すると9,278億元7であった。中央から各地方政府の年金関連の財政移転には、上掲の都市職工年金以外に、都市・農村住民年金(都市の非就労者・農村住民を対象とした公的年金制度)に関する財政移転も含まれている。図表4は2022年の各地域の財政移転額を示したものであるが、移転額が最も多いのは四川省(884億元)で、次いで遼寧省(811億元)、湖北省(639億元)となった。
図表4 中央から地方政府への年金関連(都市職工年金、都市・農村住民年金)の財政移転(2022年)
なお、財政部の資料では、地域ごとおよび制度ごとにいくら拠出しているのかは公表されていない。よって、四川省への財政移転が多い点については図表2より都市職工年金の積立金の余裕度が比較的高いことから、都市・農村住民年金関連の移転が相対的に多いと推察される。
 
4 新疆生産建設兵団を含む。
5 2018年から2021年において中央調整基金では、いずれの地域においても一旦、年金資金の拠出額(各省の企業従業員の平均賃金や年金加入者数などに基づいて算出)と年金資金の受け入れ額(拠出額や定年退職者数などに基づいて算出)を算出して、分配・調整をしていた。一方、2022年以降の全国統合調整資金では、当初より年金資金を拠出する地域と年金資金を受け入れる地域がそれぞれ分かれている。
6 全国統合調整資金は年金基金の収入としては計上されない。
7 2022年の中央から地方への財政移転の総額は9兆6942億元で、年金関連の財政移転はそのうち9.6%を占めている。

3――年金積立金の運用強化、期待が寄せられる運用・投資収入の拡大。

3――年金積立金の運用強化、期待が寄せられる運用・投資収入の拡大。

中国社会科学院は2019年に都市職工年金の将来推計を発表しており、現行のままの保険料負担の場合、2035年に年金積立金が枯渇するとしている。当局は将来の年金給付に必要な年金原資を確保し、現役世代の保険料負担を少しでも軽減する上ためにも、年金積立金の運用強化、投資・運用収入の拡大を目指している8

投資・運用収入の拡大において期待が寄せられているのが、年金積立金の全国社会保障基金理事会(以下、社保基金会)9への委託運用である。この試みは2017年から始まっており、各省が委託額などを決定した上で、順次拡大してきた。社保基金会の運用は自家運用と委託運用があり、海外投資は資産全体の1割ほどとなっている。2022年の年金積立金の委託額は1兆4,409億元で、これは同年の年金積立金残高の総額である7.0兆元の20.6%にとどまっている10

一方、社保基金の運用規定についても2023年12月に国内投資に関する改定案(意見募集稿)が発表されている11。今般の改定では社保基金の長期・安定的な運用といった特性を活かし、財政の厳しい地方の地方債への投資も検討されており、今後、年金給付に喘ぐ地方財政を側面的に支える可能性もある。

高齢者が4億人(総人口の30%ほどを占める)を超え、年金積立金が枯渇すると推測されている2035年であるが、同年の公的年金の給付総額は14.2兆元に達すると推算されている12。これは2022年の年金給付額である6.3兆元の2.3倍に達する。今後、保険料収入の減少が予測される中で、また受給開始年齢の引き上げなどの制度改革が進まない中で、地域間の年金資金や国による財政の移転が更に重要度を増すと考えられる。
 
8 中国社会科学院(2019)『中国養老金精算報告2019-2050』、中国労働社会保障出版社。
9 全国社会保障基金は、少子高齢化によって年金など社会保障給付が膨らみ、財源が不足した際に備えるための基金である。社保基金の財源は中央財政からの予算、国有企業の株式売却益、宝くじの収益金、社保基金の運用収益などで構成されている。公的年金の積立金(年金積立金)とは別物となる。運営は全国社会保障基金理事会が担っている。
10 全国社会保障基金理事会によると、2022年の年金積立金の委託運用は株式市場など金融市場の低迷を受けて、収益は51億元、収益率は0.33%にとどまっている。
11 片山ゆき(2023)「中国NSSF、投資規制を緩和へ」保険・年金フォーカス、ニッセイ基礎研究所、2023年12月19日。
12 第一財経「3億人的養老挑戦:人財物如何做准備」、2024年2月22日、https://m.yicai.com/news/102000995.html
2024年3月8日取得。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2024年03月19日「保険・年金フォーカス」)

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【3億人の年金をどう確保するか(中国)。【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(62)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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