2024年02月27日

複数の国にまたがる年金基金の状況(欧州2022年末)-EIOPAが公表した報告書(2023年11月)の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EUでは、年金基金(IORP : Institutions for Occupational Retirement Provision)のうち、本拠を置く本国の他に、EU内の他の国でも活動するものがあり(そうした年金基金を、以下本稿では、「クロスボーダー年金基金」と呼ぶことにする。)、EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)がその状況(本国、受入国、資産状況、DB・DCの内訳など)を1年に一度、報告書として発行している。最も新しい報告書1が2023年11月に発行されているので、その概要を紹介する。

2――EUにおける、クロスボーダー年金基金の状況

2――EUにおける、クロスボーダー年金基金の状況

1基金の数と規模
ここでいう、クロスボーダー年金基金は、スポンサー企業と基金加入者や年金受給者との関係において、自国以外の国の社会・労働に関する法律に準拠する必要がある年金基金のことを指す。

EEA(欧州経済領域 脚注2参照)内のクロスボーダー年金基金の数は、2022年末時点に31あり、2021年末と同数である。中身としては、ベルギーの年金基金が1つ減少、ラトビアの年金基金が1つ増加した。

年金基金全体の規模については、加入者・年金受給者あわせて100,000人(2021年末:93,000人)で、106億ユーロの資産(2021年末:130億ユーロ)がある。加入者等は前年に比べて若干増加しているが、資産規模は減少している。
 
EEAには30か国が加盟しているが、クロスボーダー年金基金の本拠地(以降、本国と呼ぶ)となっている国は8か国(2021年末の7か国から、ラトビア1か国増)で、依然として少数の国に集中して存在している。その受入国は19か国で、あらたにエストニアが(ラトビアからの受入国として、)加わっている。
2本国と受入国の関係
年金基金の本国についてみれば、ベルギーが、ここを本国とする14基金で、14か国をカバーしている最大の母国である。受入国についてはオランダが最大(14か国を受入れ)である。以前の報告からも言われていることだが、クロスボーダー年金基金の数は2010年頃から増えておらず、今後大きな増加も見込めない状況にある。

もともと、クロスボーダー年金基金を設立するメリットは、一貫したリスク管理やコスト管理がなされること、従業員が国を超えて移動した場合でも一元的な年金制度を提供できることなどであるとされ、ICT革新によってさらに容易にシステム管理できるであろうといった見通しもあった。
本国・受入国の関係
本国毎の基金数/本国毎の基金の受入国数/受入国毎の受入基金数/
ところが実際には、デメリットとしての、受入国の年金関係の法律を本国とは別に適用する必要があること、逆に管理が複雑になりコストがかさむこと、リスク管理的にもオペレーショナルリスクが増大すること、国によってそれらの度合いも異なること、といった点が、メリットを上回っていると認識されているということであろう。
 
2 リヒテンシュタインはEU加盟国ではないが、EEA加盟国であり、今回の調査に含まれている。
(参考)現在の欧州の主要な枠組み(外務省HPによる。)
EU加盟国27か国 オーストリア ベルギー ブルガリア クロアチア キプロス チェコ デンマーク エストニア フィンランド フランス ドイツ ギリシャ ハンガリー アイルランド イタリア ラトビア リトアニア ルクセンブルク マルタ オランダ ポーランド ポルトガル ルーマニア スロバキア スロベニア スペイン スウェーデン
EEA(欧州経済領域) 30か国  上記27か国に加え リヒテンシュタイン アイスランド ノルウェー
EFTA(欧州自由貿易連合) 4か国  リヒテンシュタイン アイスランド ノルウェー スイス
3年金基金で取り扱う年金のタイプ
取り扱う年金のタイプを大きく分けると、確定給付年金(DB)と確定拠出年金(DC)とがある。これについては、2020年の英国のEU離脱以来、EU内の様相は変化している。英国の小規模のDC型年金基金が多く含まれていたからであるが、英国のEU離脱後は、DCは件数に占める割合が小さくなり、特に資産ベースでみるとDBの資産規模が大きいため、逆にDCはわずかだった。

実際、2022年末における状況をみると、基金数ベースで31基金の内訳はDC型13、DB型12、混合型が6であり、資産ベースでみるとDBがまだ85%程度を占めている。そういった意味ではDBが依然として主流であり、近年DCが増加傾向にあるようではあるが、不確定要素も大きいので今後の動向をさらにみていく必要がある。
 
また、複数の雇用主によるクロスボーダー年金基金が近年増加している。クロスボーダー年金基金のほぼ半数が、複数の雇用主に年金制度を提供している。

こういう状況もあってか、クロスボーダー年金基金のスポンサー企業(その多くをリヒテンシュタインの企業が占めている。)が約8%増加している。(2021年の約40%増に比べると穏やかにはなっているが。)
4資産・負債
クロスボーダー年金基金の資産については既に触れた通り106億ユーロ(2021年末:130億ユーロ)であった一方、負債の方は合計で96億ユーロ(2020年末:114億ユーロ)であった。

クロスボーダー年金基金のうちDBにおいては、保有資産が負債(責任準備金)をカバーできているかを常時チェックする必要があるが、DBを有する5つの本国で、その条件は満たされている。

3――おわりに

3――おわりに

クロスボーダー年金基金は今後さほど増加しそうにはないとの認識だが、たしかに、複数の国にまたがる仕組みとなると、政治・法律上あるいは監督上様々な問題が生じるであろうことは容易に想像される。しかし全体に占める割合がわずかであっても1基金の規模は大きいものが多いので、情報の把握や、地域内における統一的な取り扱いの整備は、引き続き重要であると考えられる。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2024年02月27日「保険・年金フォーカス」)

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