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IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について 2023-欧州大手保険グループの開示の状況とFRCのレビュー-
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1―はじめに
IFRS第17号に関しては、これまでも何回かのレポートで報告してきた。2022年には、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況-」(2022.10.4)で、欧州大手保険グループが2022年8月に公表した2022年上半期報告時の資料等において説明している、IFRS第17号の適用方針や取組状況等の概要について報告した。さらに基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況(その2)-」(2022.12.16)で、欧州大手保険グループが、2022年11月から12月にかけて、2022年第3四半期報告時や投資家やアナリスト向けの説明会等において、IFRS第17号及びIFRS第9号(金融商品)の適用による影響度等を開示したことから、この概要について報告した。加えて、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-カナダの大手生命保険グループの対応状況-」(2022.10.17)で、カナダの大手生命保険グループによるIFRS第17号の情報開示を巡る動向について報告した。
2023年に入ってから、実際にこれらの公表資料で表明された方針等に基づいた数値が、各保険グループから、第1四半期ないしは第2四半期決算の発表時に公表されてきている。
これに対して、これらの公表時におけるIFRS第17号に関する開示内容等については、各種の意見も表明されてきている。その中でも、英国のFRC(財務報告審議会)は、2023年11月15日に、英国の10社の中間財務諸表を検討して、「IFRS第17号の会社の初期適用に関するテーマ別レビュー」を公表1している。
今回のレポートでは、欧州大手保険グループ5社(AXA、Allianz、Generali、Aviva、Zurich)の2023年上半期報告におけるIFRS第17号の開示情報の中から、関係者の関心が高いと思われる、割引率やリスク調整等の項目の記述内容について報告する。併せて、FRCによるレビューの概要について報告する。なお、以下の報告やレビューからの記述は、筆者の理解等による翻訳に基づいている。
2―IFRS第17号の開示-欧州大手保険Gの状況-
以下の1から5の各社の内容は、各社の2023年上半期の決算報告書の記述からの抜粋(筆者による翻訳に基づく)である。
IFRS第17号の適用による主な変更点
IFRS第4号と比較しての保険契約の測定における主な変更点は、次の通りである。
・IFRS第17号に基づく技術的負債には、現在は全て割り引かれている。(フォワードルッキングで市場整合的な)将来キャッシュ・フローの最良推定現在価値が含まれる。
・IFRS第17号に基づく非金融リスクに係るリスク調整(RA)の認識(2022年1月1日現在、再保険控除後で32億4,000万ユーロ)。これは、保険契約の履行に伴う非金融リスクから生じる将来のキャッシュ・フローの金額とタイミングに関する不確実性を負担するためにAXAが必要とする補償を反映している。この点において、当グループは、62.5~67.5パーセンタイルの範囲が、基礎となる保険負債に対する十分に保守的な水準であると考えている。
· CSM(契約上のサービスマージン)の導入(2022年1月1日現在、再保険控除後 335億 8,800 万ユーロ)は、大きな変更であり、CSMは、不利でない契約の株主に帰属する推定将来利益の現在価値を表し、AXA が保険契約者にサービスを提供するにつれて、契約の保障期間にわたって損益計算書を通じて解放される。
・IFRS第4号に基づいて負債十分性テストが実施されたレベルと比較して、IFRS第17号に基づく契約の集計レベルはより細分化されているため、より多くの契約が不利なものとして特定され、不利な契約による損失が損益としてより早く認識される。
IFRS第17号は、特定の保険契約の基礎となる収益性を変更せず、契約期間中の収益認識パターンのみを変更する。
IFRS第17号を適用した結果、直接参加型契約(有配当契約)に関連する基礎項目の未実現譲渡損益の株主持分は、従来の会計処理の枠組みの下での資本ではなくCSMで認識される。
割引率
AXAは、IFRS第17号の要件と一致し、契約の範囲内で将来のキャッシュ・フローの見積りを割り引くために使用される「IFRS第17号イールドカーブ」の調整と生成のためのグループ方法論を定義し、全てのAXA事業体に均一に適用した。
基準がイールドカーブを決定するための特定の推定手法を課していない場合、AXA は、EEV 及びソルベンシーIIの枠組みで長年にわたって広く使用されてきたボトムアップ・アプローチを採用することを選択した。
このアプローチは、殆どの通貨についてはスワップ、その他の通貨については国債に基づく基本リスクフリーレート(RFR)を使用することで構成されており、その際に観察された非流動性の報酬を反映するために、十分な取引債券が存在する最長の満期を意味する、最終流動点(LLP)まで、流動性プレミアム(LP)の引当を加算することで調整される。過去の実質金利の平均と中央銀行の目標インフレ率の合計としてマクロ経済的に定義される終局フォワードレート(UFR)も考慮される。LLPとUFRの間の割引率は補外によって得られる。
AXAが主要通貨に対して使用するイールドカーブは、注記 7.52にまとめられている。
当グループは、OCI(その他の包括利益)を通じて割引率の変更の影響を認識できるように、全ての保険契約ポートフォリオに「OCIオプション」を適用することを選択した。
非金融リスクに係るリスク調整(RA)
リスク調整の測定は、AXAが保険契約を履行する際に非金融リスクから生じる将来のキャッシュ・フローの額とタイミングに関する不確実性を負担するためにAXAが必要とする報酬を反映している。 この点において、当グループは、62.5~67.5パーセンタイルの範囲が、基礎となる保険負債に対する十分に保守的な水準であると考えている。
リスク調整の決定は、準備金のリスク要因を考慮して維持された信頼水準を反映する、VaR(バリュー・アット・リスク)型のアプローチに従う。VaRは、特定の信頼水準内の最大損失である。生命保険&貯蓄保険と損害保険は実施が若干異なる。生命保険&貯蓄保険の場合、まず契約グループにリスク要因ごとに、保持された信頼水準までショックを与え、将来キャッシュ・フローの現在価値の変化を評価する。次に、リスク間の相関係数を適用することによって、企業のポートフォリオに暗黙的に含まれるリスク間の分散効果が考慮される。損害保険については、発生保険金に対する負債については、保持された信頼水準を反映した直接的なVaR計算が引当金の完全な確率分布に適用される。最後に、AXA 事業体間の分散効果が、同じリスクがグループの全ての事業体に同時に影響を与える可能性は低いという事実を反映するために考慮される。
非金融リスクに係るリスク調整の変化は、保険サービスの結果に表示される(つまり、保険サービスのコンポーネントと保険財務のコンポーネントに分類されない)。
2 主要通貨の主要満期における割引率が公表されている。なお、2023年6月末のユーロの値を「7|5社の実際の適用割引率と記述のまとめ(概要)」に記載している。
割引
IFRS第17号によれば、将来のキャッシュ・フローは全て割り引かれなければならない。割引に使用される金利曲線に関するIFRS 第17号の要件は原則に基づいている。企業は、金利曲線を決定す る際に保険債務の非流動性を反映するために、リスクフリー基本曲線とポートフォリオ固有の調整に基づく観察可能な市場データを使用する必要がある。Allianz Groupはボトムアップ・アプローチを採用しており、基本リスクフリーの流動性イールドカーブは通常、特定の通貨のスワップレート又は国債利回りから導き出され、残余信用リスクに応じて調整される。これらのリスクフリー流動性イールドカーブは、参照ポートフォリオに基づいて基礎となる保険負債の非流動性を反映するように調整される。有配当契約の場合、参照ポートフォリオは自社の資産を反映し、無配当契約の場合は通貨固有のポートフォリオとなる。
以下の表3は、主要通貨の保険契約のキャッシュ・フローを割引くために使用される連続複利率を示している。
非金融リスクに係るリスク調整
リスク調整は、企業が非金融リスク、即ち金融リスクから生じる不確実性以外の保険契約から生じるキャッシュ・フローの不確実性、を負担するために必要とする補償を反映する。このような非金融リスクには、保険リスク、解約及び経費リスクが含まれる。IFRS第17号は、リスク調整を決定するための特定のアプローチを規定していない。Allianzは、ソルベンシーIIに基づく資本コストアプローチを適用しており、資本コスト率は現在 6 %である。開示に関する主な違いは、IFRS第17号では、全体と出再契約の非金融リスクに係るリスク調整を個別に表示することと、LRC(残存補償債務) と LIC(既発生保険金債務)の分割を要求していることにある。主な評価差異は、ソルベンシーIIのリスクマージンでは認められていない個別事業体のリスク調整におけるグループ子会社間の分散の反映、リスク調整におけるオペレーショナルリスクの除外、割引の差異、及びリスク調整の対象外となる金融リスクとの相互影響に対処するためのリスクインプットの平滑化にある。
損害保険に対する LIC のリスク調整は、65%~70 %の信頼水準に対応しており、生命/健康に対する LRC のリスク調整は、72 %~77 %の信頼水準に対応している。損害保険の信頼水準と生命/健康の信頼水準は両方とも、(該当する場合)ソルベンシーII と整合的な分布前提に基づいて計算される。損害保険の場合、これは、LIC のリスク調整を計算する資本コストアプローチで使用されるソルベンシーIIの1年ビューの基礎となる終局分布に基づいており、グループレベルで分散効果を反映して集計される。同様に、生命/健康の終局分布は、LRC のリスク調整の計算に資本コストアプローチで使用されるソルベンシーIIの1年ビューに基づいて推定され、企業ごとに最終期間まで予測され、グループレベルで分散効果を反映して集計される。損害保険と生命/健康のそれぞれについて、信頼水準は、グループの終局分布における再保険リスク調整を差し引いたグループのクォンタイル(分位数)として導かれる。
3 表はここでは省略している。なお、2023年6月末のユーロの値を「7|5社の実際の適用割引率と記述のまとめ(概要)」に記載している。
(2023年12月22日「基礎研レポート」)
中村 亮一のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025/04/14 | 欧州大手保険グループの地域別の事業展開状況-2024年決算数値等に基づく現状分析- | 中村 亮一 | 基礎研レポート |
2025/04/01 | 欧州大手保険グループの2024年末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック- | 中村 亮一 | 基礎研レポート |
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