コラム
2023年12月21日

なつかしの恋愛保険(中国)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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中国のニュースサイトを見ていたら、懐かしい言葉が目に留まった1。2016年~2018年に話題になった「恋愛保険」だ。

中国で販売されていた恋愛保険とは、契約時に指定した相手と一定の免責期間以降10年以内に正式に結婚した場合、そのお祝いとしてダイヤモンドの指輪、バラの花1万本や、新婚旅行の代金などが支払われるとした保険(損害保険)である。保険料の多寡に応じて、お祝いの規模も異なる。保険料は数百元と高額ではなかったため、学生など若年層の間で受け入れられ、バレンタインデーにプレゼント感覚で加入するなどの現象も見られた。

恋愛保険が生まれた背景には、2015年に発表された国家戦略「インターネット+(プラス)」がある。インターネットを通じて、あらゆる産業を高度化するというものである。同時にこの時期はスマートフォンが普及し、それに伴うさまざまなオンライン上のサービスが一気に普及・拡大していた。保険業界もこの機運に乗って、特に、若年層が興味や親しみを持ち、将来的な加入につながるようなきっかけとなる新たな保険やサービスを模索していた。

恋愛保険の免責期間の多くは3年であったため、2016年に加入したカップルが2019年に結婚し、結婚式場で並べたバラの花などをSNS上で発表するなども話題となった2。免責期間に3年が多いのは保険の設計において、付き合い始めたカップルが3年以内に別れる確率が98.39%と見積もられていたようだ。つまり保険に加入して3年以内に結婚したとしても給付が受けられず、3年以降(10年以内)に結婚した場合に給付が受けられるといった仕組みになっていた。しかし、2018年、保険の監督官庁は恋愛関係の維持を給付条件とするのは中国保険法の規定に適しておらず、保険商品としてふさわしくないとして販売を中止させている。

翻って、冒頭のニュースは2018年3月に恋愛保険に499元(9,980円)で加入したカップルが2022年12月に結婚3。それに際して保険会社に結婚お祝い金9,995元(約20万円)の支払いを請求、保険会社は請求を受け入れたものの、支払われないままであった。よって支払いを求めて裁判を起こしたわけであるが、保険会社側は「恋愛保険は保険法の規定に合致せず、販売が終了している。よって、当該保険契約は無効である」として支払いを回避しようとした。これに対して、裁判所は保険契約は有効とし、結婚お祝い金9,995元と支払い遅延金を支払うよう命じたのである。

恋愛保険は2016年あたりのオンラインサービス勃興期に生まれた保険商品であり、それを象徴する商品の1つでもある。伊藤(2020)4は、2014年以降、中国ではベンチャー企業の創業ブームが訪れ、既存の規制のグレーゾーンの領域でプラットフォーム企業とベンチャー企業が新ビジネスを形作っていた点を指摘している。また、その行動の目指すところが先進国のキャッチアップの領域から徐々に脱し、未知のサービスの試行と定着というイノベーションと社会実装の領域に到達したとしている。規制のサンドボックス制度5がない中国では、ローンチされたときは不完全であったとしても、ユーザーや社会の声を聴きながら、また、当局もその様子をみながら方向をただす懐の深さもあった。久々に聞いた恋愛保険は当時のそういった中国社会の勢いと懐の深さも思い起こさせてくれた。
 
1 和訊網「小伙子“恋愛保険”結婚後理賠遭拒、保険公司嘗弁称合同無効、二審法院判令保険公司需支付賠償金」、2023年11月21日、https://insurance.hexun.com/2023-11-21/211216896.html
2 片山ゆき(2019)「恋愛に保険をかける「恋愛保険」、給付開始後の現状は?」、MONY PLUS、
https://media.moneyforward.com/articles/3375
3 契約後3年以降10年以内に結婚した場合、お祝い金が支払われる契約。保険期間は2018年3月6日から2031年3月6日。
4 伊藤亞聖(2020)『デジタル化する新興国』中央公論社。
5 規制のサンドボックス制度とは、IoT、ブロックチェーン、ロボット等の新たな技術の実用化や、プラットフォーマー型ビジネス、シェアリングエコノミーなどの新たなビジネスモデルの実施が、現行規制との関係で困難である場合に、新しい技術やビジネスモデルの社会実装に向け、事業者の申請に基づき、規制官庁の認定を受けた実証を行い、実証により得られた情報やデータを用いて規制の見直しに繋げていく制度。
(出典)内閣官房「規制のサンドボックス制度」、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/s-portal/regulatorysandbox.html、2023年12月13日取得。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2023年12月21日「研究員の眼」)

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