2023年12月13日

中国企業のESGレポートをどう見るべき?~中国で検討されているESG関連情報開示項目の特徴~

社会研究部 研究員 胡 笳

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2|S:社会~貧困削減・共同富裕に関する取り組みも評価
社会の観点から見ると、現在中国で掲げている「共同富裕」、つまり格差の是正、すべての人が豊かになることに対する貢献も評価される。社会セクターの代表的な論点として、欧米諸国がコミュニティの文化や人権を強調していることに対し、中国の社会指標は国家全体をより強調している。各国の経済発展段階が異なることから、国際的なESG指標体系では中国の社会ニーズや現地企業の社会的責任行動の主体性、実行経路、パフォーマンスなどを正確に評価することができない可能性がある。

持続可能な開発目標(SDGs)の目標1は「貧困をなくそう」、目標2は「飢餓をゼロに」としており、中国はこれらの課題に取り組み、貧困削減、地方振興、農業発展、共同富裕、貧富の格差の是正を目指している。2016年、上海証券取引所及び深セン証券取引所は、それぞれ「上場企業の貧困削減事業の情報開示の改善に関する通知」を発表し、貧困削減に関する取り組みの情報開示を求めるとともに、その方法や内容についても具体的に規定している26。例えば、中国平安保険のESGレポート27では、貧困削減に関するプロジェクトへの補助金総額をESG指標の1つとして開示しており、助成金や無利子融資等の効果として農家の平均年収の増加額、教育支援の総授業時間数、育成した人材の人数などの情報も開示している。

人権や平等などのテーマも、従業員の申し立て率と申し立て処理状況、五険一金28の適用率や消費者満足度と苦情などが評価基準として挙げられている。
 
26 中国証券報(2016)「沪深交易所完善上市公司扶信息披露」http://m.news.cn/fortune/2016-12/31/c_1120224839.htm
27 中国平安「可持续发报告 https://www.pingan.cn/sustainability/reportsandnews/reports.shtml
28 5つの保険と1つの積立金のこと。保険には養老保険(年金)、医療保険、失業保険、労災保険、生育保険が含まれ、積立金は住宅公積金を指す。
3|G:ガバナンス~国有企業・中央企業では「党建能力」が重要
中国企業のガバナンスの観点からは、中国市場の特性や上場企業の組織形態の違いを考慮し、国有企業や中央企業など、社会主義体制の下での企業の現状を正しく評価する必要がある。中国証券投資基金業協会は2016年から中国の状況に即した評価項目の検討を行い、2023年までに全ての中央企業がESGレポートを作成することを目指すこととし、2022年5月に国有資産監督管理委員会は「中央企業持株上場企業の質を向上させるための作業計画」を発表した。このように中国企業を対象としたESG評価体系の確立を推進し、ESGに関する取り組みについて、現状における中国固有の項目を設定しようとしている。その成果として、2023年8月には国務院国有資産監督管理委員会が、「中央企業持株上場企業のESG報告書参考指標体系」と「中央企業持株上場企業のESG報告書参考テンプレート」を発表した。

この指標体系における多くの評価項目は国連の持続可能な開発目標(SDGs)に基づいており、香港証券取引所の「上場規則とガイドライン」、「上場企業ガバナンス・コード」、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などを参照しているが、なかでは、国家政策の推進と指導の下で、国有企業・中央企業のガバナンス評価項目に「党建(党の建設、党員の定期的会議の開催や最新政策の勉強会の実施など)」の要素を組み込んでいる。これにより、国有企業・中央企業の持続可能な能力が保証されるものとしている。

3――終わりに

3――終わりに

グローバルの視点から見ると、現在存在するESGの情報開示に関するグローバル組織、アメリカ、欧州連合の標準の中で最も重要な違いは価値観の違いである。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)や米国証券取引委員会(SEC)の情報開示規則は主に気候に関連する開示に焦点を当てている。一方、欧州連合(EU)の「企業サステナビリティ報告法令(CSRD)」企業はESG情報の開示に際して、事業の持続可能な事項および環境や社会に与える重大な影響を同時に考慮するよう求めている。これらの基準はいずれも先進国を中心とした基準であり、前述化石燃料や貧困削減などの議題において、中国のような発展途上国の実状にそぐわない指標や評価手法も含まれている。中国の実情に合わせて、特徴のある項目を示し関連する情報開示基準の策定を通じて、実施効果を向上させることができることが期待される。

国際的な投資家や機関投資家のESGへの関心が高まる中、中国企業は今まで以上に透明性の高い信頼できるESG情報を提供する必要性があるだろう。中国の環境セクターにおいては、「緑の山河は金山・銀山にほかならない」29という理念が浸透している。中国はCO2排出については、2030年までにピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル(排出実質ゼロ)実現を目指し、関連ESG評価項目も欧米諸国並みに対応し、機関投資家からも評価されるように配慮しており、今後は社会やガバナンスのセクターについての考察や検討もさらに増えていくものと考えられる。欧米とは異なる社会・経済・政治体制をとる中国では、ESG情報においても中国固有の内容があるが、全体としては欧米の評価基準に徐々に近づいており、将来的には欧米の機関投資家にとっても分かりやすい基準や体系が整備されていくものと考えられる。
 
29 原文:绿水青山就是金山。2005年に当時浙江省党委員会書記だった習近平総書記が語った理念で、中国「グリーン発展」の一環として推進されている。
https://www.gov.cn/xinwen/2021-02/24/content_5588684.htm#1

(2023年12月13日「基礎研レポート」)

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社会研究部   研究員

胡 笳 (こ か)

研究・専門分野
中国REIT、中国不動産全般

経歴
  • 【職歴】
     2018年 早稲田大学 アジア太平洋研究科 博士(学術)
     2018年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【資格】
     環境プランナー、国際環境リーダー

    【加入団体等】
     日本NPO学会、Nonprofit Management & Leadership(米)

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