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生物多様性を検討する諸団体-そのうちいくつかを紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――誰が何のために提言しているのか
筆者のような初学者にとっては、こうした組織が乱立している状況にみえ、どこから理解を始めていけばいいのか困惑する。内容そのものの難しさがあるのは当然として、とある組織の提言が、地球環境に配慮した正義感からくる強硬意見を述べているだけのものなのか、それとも今後現実的な規制やパフォーマンスの向上につながっていくものなのか、見極めなければなるまい。
そうした問題意識をもって、まず今回は、いくつかの検討組織の概要をみておく1ことにしたい。
1 全体の動向は以下の資料を参考にした。
生物多様性に係る企業活動に関する国際動向について(環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性主流化室 2023.6)https://www.biodic.go.jp/biodiversity/private_participation/kokusai/doukou2023.pdf
自然関連金融リスクに係る国際的な議論の状況(金融庁 2022.12.15)https://www.fsa.go.jp/singi/sustainable_finance/siryou/20221215/01.pdf
2――主な検討組織
TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosure)は、気候変動問題に対応するTCFDの「自然」版と表現されることが多い(名称も、TCFDの「C:気候(Climate)」を「N:自然(Nature)」に変えたものとなっている)。これは、生物多様性に係る企業情報開示を通じて、自然にとってプラスの方向に、資金の流れを変えていくことを目指す仕組みとされる。
もともとは、2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で着想され、同年5月にはG7環境大臣会合(フランス)においてタスクフォース立ち上げが呼びかけられた。
2020年7月に国連系の4つの機関によりTNFD非公式作業部会が結成され、2021年6月に正式に設立が宣言された。その後、枠組みの試作版を数回公表したあと、2023年9月には正式版を発表した。
ここでは、共同議長2名とタスクフォースメンバー40名が中心となって情報開示の枠組みの開発を行っている(日本からは現在2名)。タスクフォースのメンバーで構成されるワーキンググループが、自然関連リスクの定義、利用可能データ、基準や測定方法などを検討してきている。
その先(下部?)に、TNFDフォーラムという企業・公的機関などからなる組織がある。ここには世界で1,100以上の団体が参加し、日本からも120以上が参加している。この中には金融機関や製造業、コンサル、などの民間企業等に加え、官公庁としては環境省、金融庁、国土交通省、農林水産省が含まれている。(2023年6月現在)
9月に発表された枠組みの内容については、今一言で言えるほど筆者の理解は追いついていない。なにしろ文書量が多く、提言本体は154ページの文書であるが、その詳細なガイダンスなどが他に7文書(数え方にもよるが)と用語集であわせて500ページ以上(原文は英語)ある。これまでに試作版の段階からウォッチしてきた一部の人々は理解できるだろうが、これから実務対応しようとする新参者が一から理解しようとするのは大変である。
いずれはこれらの中身を紹介してみたいと思うが、ここでは、TNFDによる開示推奨項目が「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクト評価」「指標と目標」の4つの柱から成っていて、このことは、先に公表されている「気候変動版」と同じ(なので、これまで気候のほうに取り組んできた人には理解しやすい?)ということだけ、ふれておくことにする。
SBTN(Science Based Targets Network)は、2019年に設置されたもので、現在45以上の組織で構成されている。最近では2020年9月に初期ガイダンスを公表し、2023年5月に最初の基準書を公表した。2025年までに改良した2度目の基準書の公表と採択を目指している。
上記のTNFDの中で、具体的な目標設定を行う際には「SBT for nature」なるもののガイダンスを参照するよう推奨している。(ということは、先ほどの膨大な文書に加えて、これも理解する必要があるということか?)
SBT (Science Based Targets) for natureとは、
「バリューチェーン上の水、生物多様性、土地、海洋が相互に関連するシステムに関して、企業等が地球の限界内で、社会の持続可能性目標に沿って行動できるようにする、利用可能な最善の科学に基づく、測定可能で行動可能な期限付きの目標」(環境省資料による)
である。
TNFDがリスク管理全般への提言を行うことを目指す中で、SBTNはその内具体的な数値目標部分の作成をめざしている、という理解だろうか。
PBAF(Partnership for Biodiversity Accounting Financials)は、2019年にオランダの6金融機関が開始したイニシアチブ。2023年3月時点のメンバーは50の銀行保険会社。(総資産計11兆ドル)
金融機関は、自社の投融資による生物多様性への影響の評価・開示に関して、様々な課題を検討しているが、その経験やケーススタディの共有や議論を通じて、生物多様性評価の基礎となる原則を作成し、金融セクターにおける生物多様性への影響を算定する共通の手法の策定に貢献することを目指す。2023年7月、2023年版基準(生態系サービスの依存性評価)を公表しており、さきのTNFDと協調し、信頼に足るデータや基準の提供を目指している。
(「協調し、」というが、それならば、金融機関にとってはTNFDなどに統一されれば十分ではないのだろうか?それとも、TNFDの基準に影響を与える(=貢献する)ようなデータを収集し、開示するのが目的だという意味だろうか?)
NGFS(the Network for Greening the Financial System :気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)は、気候リスクへの金融監督上の対応を検討するための中央銀行及び金融監督当局の国際的なネットワークとして、2017年12月に設置された。2022年10月3日現在121の当局と中央銀行が参加しており、日本からは金融庁と日本銀行が参加している。
2022年3月、金融当局へのタスクについて、包括的な報告書を発表するとともに、公式声明「自然関連金融リスクに係る声明」を発表。
INSPIRE(the International Network for Sustainable Financial Policy Insights, Research, and Exchange持続可能な金融政策の洞察、研究、意見交換のための国際ネットワーク)は、さきのNGFSの最終報告書を共同で作成した団体であり、2019年以来、NGFSの要請に応じて研究を行うまたは資金を提供するなど。中央銀行業務と金融監督の分野で研究を行っている。
ENCORE(Exploring Natural Capital Opportunities Risks and Exposure)は、組織というよりも、環境変化が経済に与える影響を可視化するためのツールである。UNEP-FI UNEP-WCMC Global Canopyが共同で開発したものであり、金融機関が投融資先企業のビジネスにおける自然関連リスクを評価するためのツールの作成を目的としている。
3――おわりに
もともと生物多様性等の動きをリードしようとしているのは欧州のようである。欧州が生物多様性の保全に力を入れている目的は、食料問題や、新型コロナのような自然リスクへの純粋な研究・対応といった要因もあるが、むしろ、金融の世界で、「サステナブル金融」をいち早く整備することにより、他の地域より優位に立ち、多くの投資資金を取り込む意図もあるとされ、それもまた当然のことであろう。特に、英国とフランスが競いあいながら、この分野の規制の「標準化」の主導権を握りたいという目論見もあるという。
多くのイニシアチブが立ち上げられ、様々な組織が乱立しているのは、そうした事情であろう。しかし、同じ「生物多様性の保全」という目的があれば、それぞれの提言の内容や方向性にさほど大きな違いがでてくるとは思えない。しいて言えば、科学的な評価方法に関して(これも、完成版があるとは思えないが)様々な手法がありうるし、ある評価機関では基準に合致していても、別の機関では方法論が異なるために、直接の比較・評価が難しいなどの対立項目もでてくるだろう。
事業会社や金融機関にとっては、ただでさえ本業がおろそかになりそうなほどの大きなテーマを取り扱うわけで、最終的(という段階があるかどうかも不明だが)には、統一された規制や開示の枠組みを要望したいところだろう。
(2023年10月27日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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