2023年10月02日

日銀短観(9月調査)~大企業景況感は改善したが、中小企業の遅れが目立つ、設備投資計画は堅調を維持

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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3.需給・価格判断:海外需給が緩和、中小の値上げ圧力は高止まりへ

(需給判断:海外で需給が緩和、先行きは小動き)
国内製商品・サービス需給判断DI(需要超過-供給超過)は、大企業製造業で前回から横ばい、非製造業で1ポイント上昇と小動きに。一方、大企業製造業の海外需給判断DIは4ポイント低下している。中国をはじめとする海外経済の回復の遅れが背景にあるとみられる。

先行きの需給については、製造業、非製造業の国内需給がそれぞれ2ポイント上昇、横ばいとなっており、需給の大幅な変化は想定されていない。また、製造業の海外需給も2ポイントの上昇に留まっている。利上げに伴う欧米需要の悪化や中国経済の減速、国内での値上げの悪影響などへの懸念が抑制要因になっているとみられる。
(価格判断:販売価格の上昇圧力は鈍化方向だが、中小企業は高止まりへ)
大企業製造業の仕入価格判断DI (上昇-下落)は前回から4ポイント低下の48、非製造業は1ポイント低下の43となった。依然としてDIの水準は高いものの、輸入物価の前年割れを受けて、仕入価格の上昇圧力は後退している。

また、販売価格判断DIは製造業で2ポイント低下の32、非製造業では1ポイント低下の27となった。仕入価格の上昇圧力がやや後退したことを受けて販売価格引き上げの動きもやや鈍化している。製造業では、仕入価格判断DIの下落幅が販売価格判断DIの下落幅をやや上回った結果、差し引きであるマージン(採算)は足元でやや改善している。
 
仕入価格判断DIの3か月後の先行きは大企業製造業で6ポイント、非製造業で1ポイントの低下が見込まれている。既往の輸入物価下落の波及が見込まれているとみられる。

また、販売価格判断DIの3ヵ月後の先行きは、大企業製造業で6ポイントの低下、非製造業で1ポイントの低下となっている。製造業・非製造業ともに仕入価格の上昇圧力が和らぐ分、販売価格の上昇圧力も和らぐ見通しとなっている。

ただし、中小企業の様相はやや異なる。仕入価格判断DIの先行きが製造業で4ポイント、非製造業で2ポイント低下している一方で、販売価格判断DIの先行きは製造業で横ばい、非製造業で2ポイント上昇することが見込まれている。中小企業ではこれまで仕入価格上昇の販売価格への転嫁が遅れ、マージンが圧迫されてきた影響とみられるが、販売価格引き上げの勢いを維持する方針が示されている。
 
なお、価格判断と関連して、企業の物価見通し(全規模)は引き続き高止まりしている。具体的には、1年後が前年比2.5%(前回比▲0.1%pt)、3年後が2.2%(前回から横ばい)、5年後が2.1%(前回から横ばい)と、それぞれ日銀の物価目標である2%を上回った状況が維持されている。実際の物価上昇率が、鈍化傾向にあるとはいえ、未だ2%を大きく上回る水準で推移していることが作用しているとみられ、今後の企業の価格・賃金設定への影響が注目される。
(図表4)製商品需給判断DI(大企業・製造業)・製商品需給判断DI(中小企業・製造業)/(図表5) 仕入・販売価格DI(大企業・製造業)・仕入・販売価格DI(中小企業・製造業)

4.売上・利益計画

4.売上・利益計画: 23年度収益は上方修正も、引き続き小幅な減益計画

2023年度収益計画(全規模全産業)は、売上高が前年比1.9%増(前回は1.8%増)、経常利益が2.7%減(前回は同5.8%減)となった。例年、経常利益計画は初回の3月調査時点で保守的に見積もられて前年比で小幅なマイナス圏でスタートし、6月調査で比較対象となる前年度分の上方修正などを受けてやや下方修正されるが、9月調査以降は、景気が悪化していない限り、上方修正が続く傾向が強い。

今回も同様のパターンとなり、もともとの保守的ぎみであった想定を上方修正する動きが出たと考えられる。実態としては、インバウンドの回復も含めた経済活動再開の継続や、供給制約の緩和、円安による輸出採算の改善、価格転嫁の進展などが押し上げ材料になったとみられる。ただし、海外経済の減速や原燃料価格の再上昇、物価上昇による消費の圧迫といった下振れリスクが残るため、引き続き慎重な減益見通しのまま様子見している企業も多いと推測される。
 
なお、2023年度の想定ドル円レート(全規模・全産業ベース)は135.75円(上期135.62円、下期135.88円)と、前回(132.43円)から円安方向に修正されたが、上期の実績(141円台)や足下の実勢(149円台)からは依然として大幅な円高想定のままになっている。春以降、円安基調が続いているが、短観の想定為替レートは修正に時間がかかる傾向があるうえ、輸出企業などでは保守的な観点から円高気味の想定を据え置いているとみられる。今後もドル円レートが想定を上回り続ければ、輸出企業を中心に想定為替レートの円安方向への修正が収益計画の上方修正要因になるだろう。
(図表6)売上高計画
(図表7)経常利益計画
(図表8) 経常利益計画(全規模・全産業)

5.設備・雇用

5.設備・雇用:設備投資計画は堅調維持、人手不足感はさらに強まる

生産・営業用設備判断DI(「過剰」-「不足」)は、全規模全産業で前回から横ばいの▲1となった。設備の需給は概ね均衡した状況が続いている。

一方、雇用人員判断DI(「過剰」-「不足」)は、全規模全産業で前回から1ポイント低下の▲33となった。コロナ禍で一旦縮小したDIのマイナス幅は、コロナ禍前のピーク(2018年12月調査・2019年3月調査の▲35)に肉薄している。生産・消費の回復を受けて人手不足感がさらに強まってきている。

上記の結果、需給ギャップの代理変数とされる「短観加重平均DI」(設備・雇用の各DIを加重平均して算出)も前回から0.6ポイント低下の▲21.2となり、大幅な不足超過となっている。
(図表9) 生産・営業用設備判断と雇用人員判断DI(全規模・全産業)/(図表10) 短観加重平均DI
先行きの見通し(全規模全産業)は、設備判断DIが▲3、雇用人員判断DIが▲37とそれぞれ2ポイント、4ポイントの低下が見込まれており、雇用を中心に不足感がさらに強まる見通しになっている。雇用に関しては、上記のコロナ禍前ピークを越え、バブル期以来の人手不足感になることが見込まれている。

この結果、「短観加重平均DI」も▲24.5と足元から3.3ポイント低下する見込みとなっている。
 
2023年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比13.0%増となり、前回6月調査(11.8%増)からやや上方修正された。前回調査からの上方修正幅は1.2%ポイントで例年4並みとなっている。

例年9月調査では年度計画が固まってきて投資額が上乗せされる傾向が強いうえ、資材価格や人件費の上昇を受けて、投資額が嵩みやすくなっている面も押し上げ材料になったとみられる5。ただし、実態としても、既往の収益回復を受けた投資余力の改善、経済活動の正常化の流れ継続、脱炭素・DX・省力化・サプライチェーンの再構築等に伴う投資需要を追い風として、堅調な設備投資計画が維持されていると言えるだろう。
 
2023年度設備投資計画(全規模全産業で前年比13.0増)は市場予想(QUICK 集計12.3%増、当社予想は12.9%増)をやや上回る結果だった。
 
2023年度のソフトウェア投資計画(全規模全産業)は前年比15.3%増と前回から0.6ポイント上方修正され、引き続き高い伸びが示されている。企業において、オンライン需要への対応や省力化等に向けた業務のIT化といったデジタル化が加速している証左とみられ、設備投資を合わせて前向きな動きと言える。
(図表11)設備投資計画とソフトウェア投資計画
(図表12) 設備投資計画(全規模・全産業)/(図表13) 設備投資計画(大企業・全産業)
(図表14)ソフトウェア投資計画(全規模・全産業)
 
4 2013~22年度における9月調査での修正幅は平均で+1.2%ポイント
5 GDP統計における設備投資デフレーター(四半期次)は2021年終盤以降、前年比3~4%台で推移。

6.企業金融

6.企業金融:企業の資金繰りには大きな変化なし

企業の資金繰り判断DI(「楽である」-「苦しい」)は大企業が12と前回から1ポイント低下、中小企業は8と前回から横ばいとなった。

企業サイドから見た金融機関の貸出態度判断DI(「緩い」-「厳しい」)も、大企業、中小企業ともに14と前回から1ポイント低下した。

全体的にDIの水準は高いままであり、動きも限定的となっている。
 
特に中小企業において、コロナ禍で膨らんだゼロゼロ融資の返済が本格化していることや、原材料コストの高止まり、人手不足に伴う一部人件費の増加などから倒産が増加傾向にあるものの、短観が捕捉している範囲では、資金繰りの顕著な悪化は今のところ確認できない。
(図表15)資金繰り判断DI(全産業)/(図表16) 金融機関の貸出態度判断DI(全産業)
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2023年10月02日「Weekly エコノミスト・レター」)

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