2023年09月19日

タイの生命保険市場(2022年版)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―市場概況

2022年のタイ生命保険市場の正味収入保険料は前年比1.1%減の5,897億バーツ(約2.4兆円)となり、2年ぶりのマイナス成長となった(図表1)。収入保険料の内訳を見ると、初年度収入保険料が1,637億バーツ(同0.6%減)、次年度以降収入保険料が4,260億バーツ(同1.2%減)となり、それぞれ減少した。

しかし、保有契約件数は前年比2.0%増の2,671万件、保有契約高は前年比2.6%増の21.4兆バーツ(約88.7兆円)となった(図表2)。結果として、1件当たりの保有契約高は79.9万バーツと、前年から5.0万バーツ増加した。
(図表1)正味収入保険料の推移/(図表2)保険契約高と保有契約件数
タイは中長期的な経済成長のペースが低下してきている。2020年に新型コロナウイルスの流行や感染対策として実施した活動制限措置の影響により経済が落ち込んだ後、ワクチンの普及や活動制限措置の緩和、そして入国規制の緩和により経済活動の再開が進んでいるが、2022年は実質GDP成長率が前年比2.6%にとどまるなど実体経済の回復ペースは鈍い。一方、2022年の名目GDP成長率は前年比7.4%増(2021年:同3.2%増)となり、インフレ加速により大きく上昇した。

2022年の生命保険販売の停滞は、世界経済の減速懸念によって投資家のリスク回避姿勢が強まりユニット・リンク保険のような投資型の保険販売が不調だったことや、インフレの加速により国民生活が不安定になるなか、消費者が保険を検討する前に食品や生活必需品の消費を優先したこと、そして家計債務の膨張により消費者の購買力が低下したことが一因に挙げられる。
(国際比較)
スイス再保険会社1によると、2022年のタイの生命保険料(名目ベース)は前年比10.8%減の138億ドルとなり、世界全体の伸び率(同4.3%減)を下回った。上述のバーツ建て保険料の伸び率(同1.1%減)と比べてドル建ての保険料の減少幅が大きいが、これはコロナ禍からのタイ経済の回復の遅れと米国の利上げ開始によりタイ・バーツが減価傾向を辿ったためである。

2022年のタイの保険密度(国民1人当たり生命保険料)は235ドル、生命保険浸透度(対GDP比生命保険料)は3.4%であり、日本や、韓国・台湾・香港・シンガポールといったNIEs(新興工業経済地域)4カ国と比べると依然として低水準に止まっている(図表3、図表4)。このことはタイ生命保険市場が将来の成長余地が十分にあることを示しており、それぞれの指標は今後も緩やかに上昇していく可能性がある。
(図表3)アジア各国の保険密度1人当たり生命保険料(2022年)/(図表4)アジア各国の生命保険浸透度対GDP比生命保険料(2022年)
 
1 スイス再保険会社Swiss Re,Sigma No3/2023

2―保険種類別の販売動向

2―保険種類別の販売動向

保険種類別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、普通保険が前年比10.7%増の901億バーツ、団体保険が同10.2%増の545億バーツ、年金保険が同31.3%増の29億バーツとなり、債券利回りの上昇を受けて各社が予定利率を引き上げたことで保険販売が好調だった(図表5)。一方、ユニット・リンク保険が同49.8%減の161億バーツ、(簡易保険やユニバーサル保険などの)その他の保険が同31.3%減の16億バーツと減少した。このほか、個人傷害保険が横ばい(同0.0%増)の46億バーツだった。2022年は金融市場のリスク回避姿勢が強まるなかでユニット・リンク保険やユニバーサル保険などの投資型の保険販売が不調だった。

収入保険料を見ると、最大の普通保険が前年比0.6%減の4,631億バーツ、ユニット・リンク保険が同20.3%減の403億バーツ、その他の保険が同9.1%減の93億バーツと減少した一方、団体保険が同6.2%増の771億バーツ、年金保険が同5.9%増の156億バーツと増加した。このほか、個人傷害保険が横ばい(同0.0%増)の46億バーツだった。その結果、収入保険料シェアは大半を占める普通保険が75.9%となり、3年ぶりに上昇した(図表6)。なお、タイでは主契約に医療特約を付加できるようになっている。2022年の医療特約の保険料収入は前年比7.4%増の860億バーツとなり、前年に続いて好調だった。

保険種類別の基調としてはユニット・リンク保険や年金保険、医療保険の販売が増える傾向にあり、保険商品の多様化は進んできている。
(図表5)保険種類別の新契約保険料(図表6)保険種類別の収入保険料シェア

3―商品別の販売動向

3―商品別の販売動向

商品別に普通保険の新契約保険料(元受ベース)を見ると、タイで人気の養老保険は前年比9.0%増の552億バーツとなり、3年ぶりに増加した(図表7)。また終身保険は同14.5%増の288億バーツ、定期保険は同4.6%増の41億バーツとなり、それぞれ増加した。

収入保険料を見ると、最大の養老保険が前年比3.4%減の2,956億バーツと減少した一方、終身保険が同4.0%増の1,543億バーツと増加した。収入保険料シェアは養老保険が63.8%と依然として大半を占めるものの、終身保険のシェアが徐々に拡大(前年から+1.5%ポイント)してきている(図表8)。長らく低金利環境が続いたことや所得の向上などを通じて消費者ニーズは「貯蓄」をメインとした養老保険から「保障」をメインとした終身保険に移ってきている。
(図表7)普通保険の商品別の新契約保険料/(図表8)普通保険の商品別の収入保険料シェア

4―販売チャネル別の販売動向

4―販売チャネル別の販売動向

販売チャネル別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、伝統的な主力チャネルであるエージェントが前年比5.0%増の589億バーツとなり、2年連続で増加したが、近年好調の銀行窓販が同6.4%減の896億バーツとなり、2年ぶりに減少した(図表9)。このほか、ブローカー(同20.0%増、160億バーツ)が増加した一方、メール・電話(同11.0%減、32億バーツ)とその他(同36.7%減、20億バーツ)が減少した。その他のチャネルではインターネット販売(9億バーツ)、職域(7億バーツ)、来店型(2億バーツ)の順に規模が大きい。

収入保険料を見ると、最大のエージェントが同0.1%増の3,244億バーツと横ばいの成長が続き、銀行窓販が前年比3.8%減の2,358億バーツと2年ぶりの減少となった。またメール・電話が同1.0%減の144億バーツと小幅に減少した一方、ブローカーが同10.9%増の263億バーツと大きく増加した。結果として、収入保険料シェアはエージェントが53.2%と最も大きく、前年から0.8%ポイント上昇した。他方、銀行窓販は38.7%となり、前年から0.9%ポイント低下した(図表10)。銀行窓販は2002年の解禁以降、銀行が有する堅固な顧客ネットワークを活用し、シンプルでわかりやすい商品内容が人気を集めて、マーケットシェアを拡大させてきたが、ここ数年は低金利環境が続いて主力の一時払保険の販売が伸び悩み、シェアが低下傾向にある。
(図表9)販売チャネル別の新契約保険料/(図表10)販売チャネル別の収入保険料シェア

5―会社別の販売動向

5―会社別の販売動向

会社別に新契約保険料(上位8社、元受ベース)を見ると、最大手のAIA は銀行窓販が不調で311億バーツ(前年比20.3%減)と減少した(図表11)。2位のMuang Thai Lifeは260億バーツ(同9.9%増)と好調だった。FWD(2019年にSCB Lifeを買収2)は前年比0.2%減の238億バーツとなり、3位に転落した。AIAと同じくエージェント販売が主力のThai Lifeは190億バーツ(同6.3%増)と堅調に拡大して4位を確保した。そして5位のPrudential Life(126億バーツ、同18.6%増)と6位のKrungthai AXA Life(120億バーツ、同4.3%減)は順位を入れ替えた。7位のAllianz Ayudhya(73億バーツ、同11.1%増)と8位のBangkok Life(70億バーツ、同11.0%増)はそれぞれ二桁増だった。

収入保険料シェア(上位8社)を見ると、新契約保険料が低調だった最大手のAIAは24.9%(対前年0.7%ポイント減)と5年ぶりにシェアが低下した(図表12)。エージェント販売が主力のThai Lifeは14.4%(対前年0.3%ポイント減)は2年連続でシェアが低下した。他方、銀行窓販が主力のFWDは13.7%(対前年0.5%ポイント増)、Bangkok Lifeは5.9%(対前年0.1%ポイント増)、Prudential Lifeは5.1%(対前年0.8%ポイント増)となりシェアが上昇した一方、Muang Thai Lifeは11.3%(対前年0.5%ポイント減)、Krungthai AXA Lifeは7.4%(対前年0.7%ポイント減)となりシェアを落とすなど、まちまちの結果だった。このほか、Allianz Ayudhya(5.6%)は3年ぶりにシェアが上昇した。
(図表11)会社別の新契約保険料/(図表12)会社別の収入保険料シェア
 
2 FWDの数値はSCB Lifeとの合算値を記載。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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