2023年09月19日

モバイル・エコシステムにおける競争-デジタル市場競争会議の最終報告の公表

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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6-4. OSのアップデート等に伴うアプリ開発の時間的優位性
(最終報告の骨子)OS提供事業者は、自社のアプリ開発チームが先行的にOSのアップデートや仕様変更に関する情報を獲得してアプリ開発を行うことができ、また、OSのアップデートのリリースまでに広くテストされ、フィードバックや評価を受けることができるメリットも享受できるとの懸念がある。

OS提供事業者の自社内でアプリやブラウザ、ウェブサービスの開発が行われ、即応が可能となる一方でサードパーティ・デベロッパに対し同時期に同程度の機能へのアクセスが提供されない場合、アプリ等の開発における時間的優位性に基づきOS提供事業者はサードパーティ・デベロッパと比較して有利な立場となる。 それによって、アプリ等に影響を与え得るOSの仕様を決定できる立場にあるOS提供事業者とサードパーティ・デベロッパとの間の公平、公正な競争環境が阻害される(図表15)。
【図表15】OSのアップデートとそれに伴うアプリ開発
そして最終報告では、6-2. UltraWideBand(超広帯域無線)へのアクセス制限と同様に、OS等の機能への同等のアクセスを認める義務によって対応するべきである39とする。

(コメント)DMAでは触れられていない項目である。確かにOS提供事業者自身が提供するアプリと、サードパーティ・デベロッパが提供するアプリとでOSのアップデートにおいてその対応期間に差異が生ずることはイコールフッティングではないであろう。ただし、このような差異が生ずることについて、日本の独占禁止法での従来の枠組みにおいては、排除命令等を出すのは難しいようにも思われる40。本項目のように積極的な行為(=開発初期段階からの情報提供)を義務付けることは、新規立法による対応によるほかはない考える。
 
39 前掲注1 p176~p179参照。
40 前掲注11も参照。
6-5.ボイスアシスタントにおけるアクセス制限
(最終報告の骨子)ボイスアシスタントには、端末上の一定の操作を利用者が音声だけで行うことができる特性があることから、ウェイクワード(「Hey Siri」「OK、Google」)による起動ができることは、その操作の最初のステップがハンズフリーで行うことができるという点で、ユーザーのニーズから見て重要な機能であると考えられる(図表16)。
【図表16】ボイスアシスタント
後からインストールされたボイスアシスタントは、現状、iPhone、Android端末のいずれにおいても、ウェイクワードによって起動することができないが、ユーザーがウェイクワードによって起動することを重視していることからすれば、後からインストールされるボイスアシスタントは、OS提供事業者のボイスアシスタントとのイコールフッティングが阻害され、競争上不利になるといえるとする。

そのうえで最終報告では、本件は、スマートフォンの機能へのアクセスに関する問題であることから、「6-2.UltraWideBand(超広帯域無線)へのアクセス制限」で述べている、OS等の機能への同等のアクセスを認める義務によって対応すべきであるとする41

(コメント)本項目も上述(6-2のコメント部分を参照)のDMA6条7項がカバーする内容に含まれる。具体的には、OS提供事業者は、サービスの提供者とハードウェアの提供者に対して、無償で、効果的な相互運用または相互運用目的のアクセスを提供しなければならない。これらはOSやバーチャルアシスタント経由でアクセスされるサービスやハードウェアに対して行われているアクセスや相互運用性と同程度でなければならないというものである。

本件も一定の機能をOS提供事業者が提供するものと同様にすることを許容するように積極的義務を課すものである。イコールフッティングを求めることが主眼であるが、これは独占禁止法の排除命令では困難であるため、新規立法での対応が提案されたものであり、妥当と言える。
 
41 前掲注1 p179~p184参照。
6-6.SiriKitによるSiriとの連携
(略)
 
6-7.スマートウォッチによるOS等の機能へのアクセス
(最終報告の骨子)スマートウォッチをはじめとする周辺機器については、スマートフォンとの間でいかにスムーズに連携できるかが、その価値創出に当たって極めて重要である。 Wear OS搭載スマートウォッチ等Apple Watch以外のスマートウォッチには、Bluetooth Classic(機器の通信による接続手法の一種)の利用用途が限定されている。このような中、Apple WatchがiPhoneとの通信では別の何等かの機能を使用して、サードパーティのスマートウォッチではなし得ない連携が可能であるとすれば、サードパーティとAppleとの間のイコールフッティングが阻害されることとなり、サードパーティがAppleと同等の条件で競争することは事実上困難となる。 また、ペアリング(これも機器の通信による接続手法の一種)については、AppleがOS提供事業者であるという立場を活用しつつ、「Proximity Pairing」のような独自の通信機能を開発し使用している中で、サードパーティにも自社のスマートウォッチとiPhoneを簡単にペアリングできる仕組みをAppleによる制約なく構築することができるとしても、OSを提供する立場にないサードパーティが、Appleと同等の条件で競争することは事実上困難である(図表17)。
【図表17】スマートウォッチによるアクセスの差異
結果として、最終報告で本件は、スマートウォッチを含む周辺機器による機能へのアクセスに関する問題であると捉えることができることから、「6-2.UltraWideBand(超広帯域無線)へのアクセス制限」の項で述べている、OS等の機能への同等のアクセスを認める義務によって対応すべきであるとする。

(コメント)これは6-2、6-3、6-5と同様であるので、説明は割愛する。

7.ボイスアシスタント、ウェアラブルに関するその他の懸念
7-1.注視スキーム
(略)

5――検討

5――検討

個々の項目についての解説は以上述べてきた通りである。独占禁止法では対応できない競争のゆがみ(DMAでいう競争可能性(contestability))を事前に規制するものであって、大まかには日本版DMAと呼んで差し支えないと考える。そのうえでDMAと比較して、若干の特色を指摘しておきたい。

(1) 適用対象の範囲 最終報告が検討対象としたのは「モバイル・エコシステム」であり、要するにAppleとGoogleである。DMAの規制対象はGate Keeper(GK)であり、たとえばAmazonやメタ(旧Facebook)なども含まれる。すなわち、最終報告の適用対象はDMAより狭いと言える。

これは筆者の感想でしかないが、最終報告は細部にわたりよく調査され、慎重で丁寧な検討が加えられている。大手プラットフォーム提供者は海外の会社であり、法が制定できたとしてもその執行が難しい。そのため当初の法の適用対象を絞り、段階を踏んでいくことを選択したとも推測される。AppleのiOSとGoogleのAndroidの2社で市場がほぼ独占されているモバイル市場からまず手を付けることは正当であると考える。

(2) DMAとの比較で取り扱われていない項目 DMAにあって最終報告にない主な項目をあげてみると、たとえば最恵国待遇がある。これはAmazonのような物販サイトが適用対象になっていないことと、透明化法が取り扱っている(透明化法5条2項1号、規6条1号)からであろう。また、広告主や媒体社への手数料・報酬開示や広告測定ルールへのアクセス確保がない。これはウェブ広告で圧倒的なシェアを誇るGoogleを適用対象としながらも、モバイル・エコシステムにのみ問題を絞ったためウェブ広告は規制検討対象から外れたためであろうか。自社ランキング優遇の禁止もないが、これは透明化法で取り扱われているからであろう(透明化法5条2項1号ハ)。

またDMAにはオンライン検索データへのアクセスを有償で認めることを求める条文がある(6条11項)。これはモバイル・エコシステムの課題ではなく、PCを含むオンライン検索の問題と捉えられているからか検討対象から外されている。

(3) DMAが取り扱っていないが最終報告で取り上げている項目 主な項目としてOSやブラウザの仕様変更にあたってウェブサイトやアプリのデベロッパに十分な時間を与えることやOSアップデートの初期に情報開示すべきことなどについては、DMAでは直接的には取り扱っていない。またAppleにおける端末IDのトラッキングルールがOS提供事業者とアプリ・デベロッパで異なることを是正すべきことなどもDMAには直接的な条文としては存在しない。

さらにOS提供事業者がブラウザを提供するサードパーティに対して自らのブラウザエンジンを利用することを義務付けることを禁止すべきとしたこともDMAにはない。

これらはOS提供事業者自身が提供するアプリと、サードパーティ・デベロッパが提供するアプリとの間の競争可能性を重視したものと言えよう。

6――おわりに

6――おわりに

最終報告はモバイル・エコシステムを構築しているApple、Googleの2社に大きな影響を及ぼすものと考えられる。行政(公正取引委員会および経済産業省)は、これまでは独占禁止法だけを根拠にこれら2社の業務慣行に対して是正を求めてきた。

しかし、これら2社は排除行為や支配行為でシェアを拡大したというよりも、主にはその品質や機能の高さで市場を開拓した結果、2社による寡占状態が発生したものと考えられる。また、一社では私的独占の禁止条項を満たすほどの独占的な市場シェアを有しておらず、かつAppleとGoogleの間に何らかの共同行為が認定されているわけでもない。したがって、独占禁止法による排除行為や支配行為を排除することが問題の根本的解決とはならないケースが多い。

そこで事後規制により競争阻害行為を排除する独占禁止法の適用によってではなく、事前規制による競争可能性を確保する立法による対応が図られたのが、EUのDMAだが、今回の最終報告もその方向性を目指していると言える。

すでに施行されている透明化法とあわせれば、EUのDMAカバーしている範囲は概ね対応できていると思われる。ただ、規制対象は実態として海外の企業であり、どこまで遵守させることができるかが現実的な問題となってくる。EUと足並みをそろえる形にはなるが、今後、立法され、施行されるまでの動きには注目していきたい。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2023年09月19日「基礎研レポート」)

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