2023年09月19日

モバイル・エコシステムにおける競争-デジタル市場競争会議の最終報告の公表

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3.ブラウザの機能制限
3-1.WebKitの利用義務付けとウェブ・アプリへの消極的な対応
(略)

3-2.OS等の機能のブラウザに対するアクセス制限
(最終報告の骨子)ウェブページを閲覧するソフトであるブラウザ(Safari、Chromeなど)の中核機能であるブラウザエンジンは、SafariではWebKit、ChromeではBlinkを利用している。AppleはiOSにおけるブラウザエンジンはWebKitに限定しており、サードパーティ・ブラウザはWebKit以外のブラウザエンジンを利用することができない(図表8)。
【図表8】ブラウザエンジンの利用強制
Appleからは、サードパーティ・ブラウザで利用できない制限を積極的に課すことはないが、状況によって、最終的にWebKit経由で利用できるようになる機能をSafariで開発し、その後他のWebKitベースのモバイル・ブラウザで広く利用できるようにすることがあるとの説明があった。 すなわち、一定の機能については、サードパーティ・ブラウザへの提供がSafariよりも遅れる又は提供されないことを認めている。OS提供事業者のブラウザだけに利用可能な機能があることは、それらの機能がサードパーティ・ブラウザにおいて将来的に利用可能となったとしても、ブラウザ間の競争確保上、イコールフッティングが妨げられることになるとする。

そして最終報告は一定規模以上のOSを提供する事業者が、ブラウザを提供するサードパーティに対して、自らのブラウザエンジンの利用を義務付けることを禁止する規律を導入すべきであるとする。また、一定規模以上のOSを提供する事業者は、(ブラウザ以外のアプリを含め)全てのアプリに対して、自らのブラウザエンジンの利用を義務付けることを禁止する規律を導入すべきであると結論付けた21

(コメント)EUのDMAには見当たらない規制である。ただ当然のことながら、ブラウザにも競争市場が存在すると認識できることから、競争を通じてイノベーションが図られることが期待される。ところが最終報告によるとブラウザエンジンは実際には上述の2つに加え、ブラウザであるFirefoxのGeckoの3つしか存在しないとのことであり22、かなりの寡占状態にある。最終報告によればモバイル・ブラウザのシェアはSafari62.7%、Chrome32.34%とのことであり23、そもそもブラウザ間の競争も事実上存在しない状況にあるといってよさそうである。

そうすると、独占禁止法2条7項に言う独占的状態があると判断される可能性がある24。仮にそうだとすると、事業の一部譲渡などを命ずる競争回復措置命令の対象となりうる(独占禁止法8条の4)。ただし、この条文は昭和52年の立法以降使われたことがない25ため、行使するには事実上高いハードルがある。また明確な排除・支配行為があれば私的独占(独占禁止法2条5項、3条)あるいは不公正な取引方法(同法2条9項、19条)に該当し、排除命令を出すことができる。この点、最終報告を見る範囲ではブラウザを提供する場合に一定の技術を利用することを義務付けており、かつ同様の技術を用いる場合においても機能で劣後させられる懸念もある。そうすると少なくとも不公正な取引の一種である拘束条件付き取引に該当するおそれがありそうである(不公正な取引方法一般指定12項)。したがって、最終報告のように、競争回復のため、技術的要因であるブラウザエンジンの使用強制を立法によって禁止することは(実際上の効果はともかく)是認できると考える。
 
21 前掲注1 p107~p118参照。
22 前掲注1 p107参照。
23 同上
24 公正取引委員会の「独占的状態の定義規定のうち事業分野に関する考え方について」によれば1社で50%超または2社で75%超の場合が該当するとされる。
25 前掲注11掲載文献p15参照。
3-3. ブラウザの拡張機能における制約
(略)

4.プリインストール、デフォルト設定関係
4-1.プリインストール、デフォルト設定
(最終報告の骨子)Googleは、一定のOEM(Original Equipment Manufacturing。Androidのブランドで生産を委託すること)やキャリアとの間でライセンス契約等を締結し、多大な広告収入等を原資とした経済的誘引効果などにより、スマートフォンメーカーがOEMを選択すること等を通じて、ブラウザや検索エンジンをはじめとする自社(Google)のサービスをプリインストール又はデフォルト設定している。また、Apple(OEMを行っていない:筆者注)は、Safariをはじめとする自社のアプリをプリインストールし、また、デフォルト設定するほか、Googleとの間の収益配分を伴う契約によってiPhoneのデフォルト検索エンジンにGoogle検索を採用している。プリインストールやデフォルト設定されたサービス等は、ユーザーに現状維持バイアスが働き、それぞれ最もよく利用される傾向にあるため、競争上優位となり、また、それによって、ユーザーにとっては、自律的な意思決定や選択の機会が損なわれる状況となっている(図表9)。
【図表9】プリインストールされたアプリ
そこで最終報告は、以下を結論付けた。

(1) 一定規模以上のOS又はブラウザを提供する事業者に対して、スマートフォン端末において、ユーザーを自社の提供する製品やサービスに誘導する自社のOS又はブラウザにおけるデフォルト設定を当該ユーザーが容易に変更できるようにし、それを技術的に可能とすることを義務付けるべきである。

(2) 一定規模以上のOS又はブラウザを提供する事業者に対して、スマートフォン端末において、1) OSにおいてデフォルト設定されるブラウザ、検索エンジン、ボイスアシスタント、又は2) ブラウザにおいてデフォルト設定される検索エンジンについて、ユーザーが選択できる画面(以下「選択画面」という。)を表示することを義務付けるべきである。

(3) 一定規模以上のOSを提供する事業者に対し、OSのアップデート時などに自社のアプリをインストールするときには、当該アプリをインストールするかどうかについて、ユーザーが選択できる画面を表示することを義務付けるべきである。

(4) 一定規模以上のOSを提供する事業者に対し、ユーザーが、プリインストールされた自社のアプリを容易に、かつ、技術的にアンインストールできるようにすることを義務付けるべきである26

(コメント)この結論はDMA6条3項とほぼ同一と考えてよいだろう。DMA6条3項は、OS上のソフトウェアアプリを技術的に削除可能とすべきであり、エンドユーザーが容易に削除できるようにすべきである。ただし、OSが機能するために必要であり、第三者アプリでは対応できない場合を除く。また、OS提供事業者(GK)はOS初期設定、特にオンライン検索エンジン、バーチャルアシスタント、ウェブブラウザ(以下、検索エンジン等)といった機能であってOS提供事業者が提供するサービスを利用するように仕向ける設定について、変更することを容認し、かつ技術的に容易に変更できるようにすべきである。このことにはデフォルトで設定されている検索エンジン等をエンドユーザーが最初に利用する際に、主要な検索エンジン等サービスのリストやデフォルトで設定されているもののうちから選択できるように促進(prompt)することが含まれるとする27

ただし、プリインストールされたアプリに対抗するアプリが十分に魅力的なものでなければこのような規制を入れても、結局はデフォルトのアプリが利用されるだけで競争が高まらないことが想定される。なお、アプリの選択画面表示はDMAでは明確に述べられていない手段であり、アプリ市場における競争状態の回復に寄与することが期待される。
 
26 前掲注1 p121~p143参照。
27 前掲注14参照
4-2.検索サービスを利用した自社サービスの優遇
(略)
 
5.データの取得、利活用
5-1.取得データの利活用
(最終報告の骨子)、Apple及びGoogleは、ユーザーがOS、アプリストア、ブラウザ等の利用に際して提供及び生成するデータを入手している。一般に、OS、アプリストア、ブラウザを提供するプラットフォーム事業者は、これらの各レイヤーにおいてユーザーが生み出したデータを分析し、似たような属性を持つユーザー・グループにおける特徴的な行動や選好に関する属性データや、サービスのパフォーマンスデータを生成し活用していると考えられる(図表10)。
【図表10】OS提供事業者によるデータ収集
OS、アプリストア、ブラウザを提供するプラットフォーム事業者は、各レイヤーを通じてデータを取得できるため、取得できるデータの種類や量、データ分析の速度の点でサードパーティよりも優位性があり、各レイヤーに参加するユーザー数が大きいと、得られるデータの価値も大きくなり、こうした優位性は大きくなると考えられる。さらには、プラットフォーム事業者自らが自身のプラットフォーム上でサービスを提供しサードパーティと競争する場合には、当該サードパーティのサービスに関するデータを把握した上で、より有利な条件で競争することもできる立場にあり、各レイヤーに参加するユーザー数が大きいと、こうした競争への影響はより大きくなると考えられる。

プラットフォーム提供事業者が、自ら取得しているデータを競合サービスに利用することによって公平、公正な競争環境が阻害されるリスクを払拭することはできない。

サードパーティ・デベロッパと競合するにあたってのデータの活用については、Apple及びGoogleは共に行うべきではないとの認識を示しているが、現在は、OS、アプリストア、ブラウザを提供するプラットフォーム事業者による自発的なガバナンスに頼るところである。外からその実効性を検証することが難しく、また、デベロッパとの規約では、OS提供事業者によるデータの利用が妨げられていないことが記載されているなど、懸念が払しょくされる状態ではない。

最終報告は、以上から、一定規模以上のOSを提供する事業者、一定規模以上のアプリストアを提供する事業者、一定規模以上のブラウザを提供する事業者に対し、当該OS、ブラウザ、アプリストアをサードパーティがサービス提供に利用した際に得られた公に入手できない当該サービスに関係するデータを、当該サードパーティと競合するサービスの提供において使用することを禁止する規律を導入すべきであると結論付けた28

(コメント)本項目はDMAにも存在する。具体的にはOS提供事業者(GK)は、ビジネスユーザーによるオンライン提供事業者のプラットフォーム利用、あるいはプラットフォームと一体で提供されるサービス利用によって生じた情報あるいは提供された情報(エンドユーザーによって生成あるいは提供された情報を含む)であって、公に取得することができないものをビジネスユーザーとの競争に利用してはならない(6条1項)とする。 公に取得できない情報には、ビジネスユーザーやエンドユーザーのプラットフォームにおける商業活動(クリック、検索、閲覧、音声データを含む)を通じて集められ生成された、集計され、あるいは集計されていないデータを含む(同項)としている29。事業上の競争者の情報を収集し、自身の事業に活用することが許されないのは一方的に競争を不当に有利にする行為として禁止されるのは当然のことであろう。

ただ、最終報告にもあるように、AppleまたはGoogleはこのような情報を競争には利用していないとのことであるから、現実的には影響はないと考えてよいのかもしれない。

なお、モバイル・エコシステム特有の事例ではないが、Amazonがそのプラットフォーム上で活動する第三者事業者の情報を自社の事業に活用していたことに対して欧州委員会が異議告知(Statement of Objection)を行い30、これに対してAmazonが確約計画を提出し、了承された事例がある。
 
28 前掲注1 p148~p159
29 前掲注14参照。
30 基礎研レポート「EUにおけるAmazonの確約計画案 非公表情報の取扱など競争法事案への対応」 https://www.nli-research.co.jp/files/topics/73040_ext_18_0.pdf?site=nli 参照。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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