2023年09月19日

モバイル・エコシステムにおける競争-デジタル市場競争会議の最終報告の公表

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1― 3.検索における自社に優位な技術の標準化(その他主要なパラメータ等の表示)
(最終報告の骨子)Googleにおいては2020年5月までコンテンツ読み込み促進技術(Accelerated Mobile Pages)を利用するコンテンツをGoogle検索の上位に掲載していた(Googleは否定)。最終報告では、このような行為は自らが扱いやすいデータ形式を増やすことにより検索ビジネスの競争力を優位にしていた懸念がある。そしてこれはウェブサイト側に相応のコストを発生させることとなる。したがって、最終報告では、(1)検索ランキングを決定する検索エンジンのパラメータ等の主要な事項の開示、(2)検索アルゴリズムに関する苦情相談に対応する仕組みの構築、(3)政府によるモニタリングで対応することが提案されている。

(コメント)検索のアルゴリズムは事業者の事業の成果に直接的に影響する。商品・サービスがランキング上位に位置付けられることは、その商品・サービスが多く販売されるということを意味するので、公平なランク付けが求められる。しかし、何が公平で、そしてその公平をどのように確保するのかは大変な難問である。したがってランキングを完全に公正にすることを法律規定の適用のみで実現するといったことは期しがたい。

ところで、ランキングについて主要な事項を商品等提供事業者に対して開示すべきことは透明化法5条2項1号ハで既に定められている。そして今回提案されたのは苦情解決の仕組みの構築と政府のモニタリングである。この2法を併せると「開示」→「苦情相談」→「政府モニタリング」という仕組みを設けることとなった。

最終報告のこのスタンスには賛同できるが、実際にどのように運営し、どのように公平を図るかは大変難しいものになると考えられる。今後出てくるであろう具体的事例に注目したい。
1-4.有力ウェブサイトにおける仕様変更等によるブラウザへの影響
(略)
2.アプリストア関係
2-1.決済・課金システムの利用義務付け
(最終報告の骨子)AppleのApp StoreおよびGoogleのGoogle Playでダウンロードしたアプリ内において、ユーザーがデジタルコンテンツを購入した場合には、アプリ事業者は30%、一定の条件を満たした場合には15%の手数料をAppleまたはGoogleの決済・課金システムを通じて支払うこととなっており、他の支払手段を利用することができない(GoogleではUser Choice Billingという仕組みで他の支払方法の選択が一部可能)。AppleおよびGoogleはこれらの手数料は主にアプリストア運営の費用として徴収しており、また海外のユーザーへの料金徴収などにメリットがあるとする(図表5)。
【図表5】アプリ内課金システムの義務付け
このような仕組みに対して、最終報告では主に(1)代替的な決済・課金手段を提供する事業者の参入を阻害し、サードパーティ・デベロッパの多様なプランの提供を妨げ、イノベーションを減退させること、(2)サードパーティ・デベロッパによる手数料負担が大きく収益を圧迫していること、課金システムによるサービスと手数料が見合っていないこと、負担が一部サードパーティ・デベロッパの偏っていること、(3)サービスのキャンセル処理で問題が生じていることが問題視した。

結論として最終報告は一定規模以上のアプリストアを提供する事業者が、自社の決済・課金システム利用を義務付けることを禁止すべきであるとした12

(コメント)デジタルコンテンツのアプリ内購入にあたって、決済・課金システム利用の義務付けは独占禁止法の下では結論が出なかった、すなわち違法とは認定できなかった。具体的には公正取引委員会がAppleにおける音楽配信事業などにおける決済・課金システム利用義務付けについて独占禁止法被疑事件として調査を行ったところ、Appleが次項で述べるアウトリンク禁止条項(アンチステアリング条項ともいう)の自主的な削除申出(=当条項削除によりアプリ外でのコンテンツ購入への誘導が可能となる)によって、被疑事件としては終了したというものである13。つまり、決済・課金システム利用強制について公正取引員会は独占禁止法適用を行わなかった経緯がある。

最終報告は決済・課金システム利用義務付けを禁止するとの結論を出した。これは「1-はじめに」で述べた通り、独占禁止法における個別事件における支配的地位や排除行為の認定を行うことが困難でも、立法を行うことで競争可能性を回復させるという大きな一歩であると考える。このような結論に至った背景にはDMA5条7項のアプリ内課金システム利用の禁止14も大きく影響したものと推測する。

なお、結論に反対するものではないが、周知の通り、フューチャーフォン(ガラケー)をスマホは駆逐した。スマホがモバイル市場を席巻した最も大きな理由としては、アプリストアにおける両面ネットワーク効果15である(「1-はじめに」も参照)と考えられる。アプリストア構築・運営の原資であるデジタルコンテンツへの課金義務を禁止することがエコシステムにどのように影響を与えるのか注視したいところである。
 
12 前掲注1 p61~P84
13 研究員の眼「Apple独禁法被疑事件審査結果の公表-公正取引委員会報道資料を読む」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69176?site=nli 参照。
14 基礎研レポート「EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72386?site=nli 参照。
15 ユーザーが増えれば、サードパーティ・デベロッパが増加し、サードパーティ・デベロッパが増加するとユーザーが増加するという効果。
2-2.アプリ内における他の課金システム等の情報提供、誘導等の制限(アウトリンク禁止)
(最終報告の骨子)AppleやGoogleでは、アプリ内でユーザーにアプリ外でのデジタル商品の購入を促す表現を使用することや、アプリ内にリンク(アウトリンク)を掲示するなどの方法で、ユーザーをアプリストア外での取引に誘導することについて、フリーライド防止のため、一部を除き禁止している。この点、さらにリンク先への安全性のリスクがあることも禁止の理由に挙げている(図表6)。
【図表6】アウトリンクの禁止
これに対し、最終報告では、(1)ユーザーにとっていかなる決済・課金サービスを使うかといった選択肢が狭められるほか、アプリを利用するか、ウェブサイトを利用するかという選択肢も狭められること、(2)デジタルコンテンツはアプリストアで販売するものではなく、ユーザーが購入した後のアプリ内での販売であり、その際にもデベロッパによるユーザーに対する情報提供を制限することは、ユーザーの選択の機会を害するという意味で弊害が大きいとする。そして最終報告は結論として、デベロッパが、当該アプリストア上で獲得したユーザーに対して、異なる購入条件であることを含んだ情報提供や取引の申し入れ(アウトリンクを含め、アプリ内で行うことを含む)を行うことを無償で認容することを義務付けるべきであるとした。

(コメント)アウトリンク禁止条項については、欧州ではSpotifyからの申立てによってEU競争法の下で違法であるとの欧州委員会の見解が示されている16。またDMA5条4項ではコアプラットフォーム外での取引を行うことを無償で認めなければならないとする17

日本でも上述の通り、Appleに対する独占禁止法被疑事件においてはAppleからのアウトリンク禁止条項削除をもって事件として終結させたという経緯がある。これらの事情を勘案するとアウトリンク禁止自体が日本の独占禁止法にも違反する懸念があるといえそうである。したがってアウトリンク自体を違法と位置付けるような立法を行うことに異論はない。

なお、Appleがアウトリンク禁止条項を削除したと言っても最終報告によるとさまざまな制約を課しているとのことである。実質的な意味でアウトリンクが可能となるようにすることが重要と考える。
 
16 基礎研レポート「デジタル・プラットフォーマーと競争法(4)-Appleを題材に」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=68021?site=nli 参照。
17 前掲注14参照。
2-3.信頼あるアプリストア間の競争環境整備(アプリ代替流通経路の容認)
(最終報告の骨子)iPhoneにおいてアプリをダウンロードするにはAppleのアプリストアであるApp Storeから行われるものに限定されている18。Apple以外の事業者がiOSに関するアプリストア事業に参入する機会が失われること自体のほかに、App Storeにおける手数料に競争圧力がないこと、App Storeにおけるアプリ審査が必ずしも透明で公正でないことやそれによるイノベーション阻害のおそれが挙げられている。

アプリ代替経路としては以下のものが考えられる。

(1) Appleによる審査が前提となるApp Storeを通じてダウンロードされる代替アプリストアを通じたアプリ配布
(2) iPhoneにプリインストールされた代替アプリストアを通じたアプリ配布
(3) ブラウザを使ってダウンロードされる代替アプリストアを通じたアプリ配布
(4) いかなるアプリストアも経由せずブラウザを経由してアプリ自体をダウンロードする方法によるアプリ配布

アプリ代替流通経路に関するセキュリティ、プライバシーの確保には、アプリが悪用されることを防ぐぜい弱性検証の観点と、ユーザー情報や端末等を不正に利用する不正アプリの配布を阻止する観点がある。上記(1)~(3)についてはアプリストア運営者によってアプリ審査が行われるものの、(4)については行われることがない。最終報告ではセキュリティ確保の観点から、(4)以外の方法を認めることが考えられるとする(図表7)。
【図表7】代替アプリストア
そして最終報告では、一定規模以上のOSを提供する事業者に対して、セキュリティ、プライバシーの確保等が図られているアプリ代替流通経路を、実効的に利用できるようにすることを義務付ける規律を導入すべきであるとする。その際、OS提供事業者は、OSやハードウェアのセキュリティが毀損されることのないようにするため、又はプライバシーの確保等のために必要であり、かつ比例的な措置を講ずることができるものと結論付けた。

(コメント)DMA6条4項ではOS提供事業者(DMAではGate Keeper(以下、GK)という)はそのOSを利用または相互運用する第三者のアプリ及びアプリストアをインストールすることを許容し、効果的に利用することを技術的に可能にしなければならない。またOS提供事業者のプラットフォーム以外の方法で第三者アプリまたはアプリストアへアクセスできることを認めなければならない。そしてエンドユーザーが自身のデフォルトとして第三者アプリやアプリストアを設定することを妨げてはならない。ただし、ハードウェアやOSの完全性を危険にさらすことのないように手段を採ること、およびエンドユーザーのセキュリティ確保のための手段を採ることは否定されないが、これらの手段は比例的でOS提供事業者によって正当化される必要がある19とする。

このように最終報告のスタンスはDMA6条4項と同様の内容となっている。このような規律を入れることはアプリストアの決済・課金システム利用義務付けやアウトリンクの制限を禁止することの根本的問題を解決するために行われるものと言ってよいものと思われる。最終報告でも、アプリストアにおける手数料の問題の根源は、アプリの流通経路において有効な競争圧力が働いていないことにあり、この問題を解決する上では、アプリの流通経路において実質的な競争が行われる環境を作り出すことが必要と考えられるとする20。ただし、アプリストアは両面ネットワーク効果を有するものであることから、新興のアプリストアがAppleのApp Storeと競合できるようになるのは現実的には難しいようにも思われる。また、アプリ事業者が複数のアプリストアに登録するために必要なアップデートをしなければならなくなったり、複数のバージョンを作成しなければならなくなる懸念もあるため、この点には十分な配慮が必要であろう。
 
18 GoogleではGoogle Play以外のアプリストアを利用することができる(サイドローディングという)。
19 前掲注14参照。
20 前掲注1 p91参照。
2-4.クローズド・ミドルウェア
(略)
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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