2023年09月04日

ドイツの生命保険監督を巡る動向(1)-BaFinの2022年Annual Reportよりスポットライト等からの抜粋報告-

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1―はじめに

ドイツの生命保険会社の状況や業界が抱える課題及びこれらの課題に対するドイツの保険監督官庁であるBaFin(Bundesanstalt für Finanzdienstleistungsaufsicht:連邦金融監督庁)の考え方等についてはこれまでもいくつかのレポートで報告してきた。

昨年度は、BaFinの2021年のAnnual Report等に基づいて、ドイツの生命保険業界の監督に関する低金利環境、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、サステナブルファイナンス、デジタル化、消費者保護といったトピック及びそれらのトピックに関連する最近の状況、さらにはドイツの生命保険会社の監督及び業績等の状況について、2回のレポートで報告した。

今回はBaFinの2022年のAnnual Report1等に基づいて、ドイツの生命保険業界の監督に関する、低金利からのトレンド転換、サイバーリスク、デジタル化、消費者保護、サステナブルファイナンス、といったトピック及びそれらのトピックに関連する最近の状況、さらにはドイツの生命保険会社の監督及び業績等の状況について報告する。

まずは、今回は、2022年のAnnual Reportの「I.スポットライト(Spotlights)」や「II.戦略、方針、管理」の章に記載されている項目の中から、主として生命保険の監督に関するトピックの内容及びそれらのトピックに関連する最近の状況について報告する。

2―2022年のスポットライト

2―2022年のスポットライト

ここでは、BaFinが2022年のAnnual Reportの「I.1.監督の主要分野」に掲げている項目のうち、「1.1.低金利からのトレンド転換」、「1.2.不動産市場の調整によるリスク」、「1.3.国際金融市場の大幅な調整によるリスク」、「1.4.コーポレートローンの債務不履行によるリスク」、「1.5.サイバーリスク」、「1.7.進行中のデジタル化によるリスク」、「1.8.サステナビリティリスク」の7つの項目について、主として生命保険に関係する内容を中心に、Annual Report から抜粋して報告する。併せて、これらのトピックに関連する最近の状況についても報告する。なお、ここで掲げた全ての項目は、保険会社だけでなく、銀行や証券会社等を含めた金融機関全体に共通する問題である。

BaFinは、2022年3月2日に初めて発行した 「Risks in BaFin's Focus 2022」2において、ドイツの金融システムの健全性と安定性に最大の潜在的脅威をもたらすリスクと、リスクベースの監督アプローチに沿って、特に注意が必要なリスクを概説している。また、将来の主要なリスクとトレンドについても言及している。具体的には、6つの主要なリスクとして、(1)低金利からのトレンド転換、(2)不動産市場の調整によるリスク、(3)国際金融市場の大幅な調整によるリスク、(4)コーポレートローンの債務不履行リスク、(5)サイバーリスク、(6)不適切なマネーロンダリング、を挙げている。さらに、BaFinは、この報告書の中で、これらのリスクを可能な限り抑えるために何をしているのか、言及されたトレンドにどのように対処しているのか、を説明している。
 
2 独語のみ:https://www.bafin.de/SharedDocs/Downloads/DE/Fokusrisiken/2022_Fokusrisiken.html?nn=7846960
 因みに、2023年版も公表されており、これは英語版がある。
 BaFin - Publications & data - Risks in BaFin's Focus 2023
|低金利からのトレンド転換
2022年当初は、金利がその後も超低水準で推移するのか、金利ショックが重大なリスクにつながるのかは不透明だったが、その数カ月後に状況は明らかになり、金利が急速に反転してきている。

BaFinは、「Risks in BaFin's Focus 2022」の中で、低金利環境と急激な金利上昇の両方の結果について警告していた。

BaFinは長年にわたり、低金利時代に特に大きな打撃を受けた生命保険会社と年金基金を監視してきたが、金利のトレンド転換により、2022年にはこれらのグループのポジションが改善した。金利上昇のおかげで、全ての生命保険会社は2022年第二四半期と第三四半期に、2016年以来初めて移行措置を利用することなく、ソルベンシーIIの下でのソルベンシー資本要件を満たした。

また、2022年の予測演習は、保険契約の解約が生命保険会社に及ぼす影響などの現在の課題に焦点を当てた。金利が上昇するにつれて、生命保険会社が直面するリスクは、特に一時払保険契約の場合には、既契約の解約が増加したり、新契約が低迷したりすることにある。高インフレは、解約リスクをさらに増大させることになる。

BaFinの保険・年金基金監督の最高責任者であるFrank Grund博士は、2022年9月1日の講演3で、金利のトレンド転換が保険会社に与える双方向の影響について述べ、保険会社は収益性を向上させることができるが、一方で損害保険会社は請求費用の増加に直面するという、インフレと金利の密接な関係について言及し、BaFinはこの傾向を注視していくと述べた。
(参考)生命保険契約の保証水準(2020Annual Reportより)
BaFinは2020年に、新契約に金利リスクがどの程度含まれているかを調査し、2020年のAnnual Reportで報告した。その内容を再掲すると、以下の通りとなっていた。

・長期貯蓄商品は、保険期間中に支払われる保険料ベースで、新契約の75.7%を占める。
この長期貯蓄商品のうち、年金保険の割合が90.9%、その中で12.6%はユニットリンク型年金保険、40.4%は従来型とユニットリンク型のハイブリッド型年金保険だった。

・2024年までに、年金保険新契約におけるハイブリッド型商品のシェアはほぼ50%まで拡大すると予想されていた。

・全ての生命保険会社の全ての保証付貯蓄商品の保証利率の中央値は、据置期間中が0.68%、支払段階では0.77%だった。
|不動産市場の調整によるリスク
BaFinは、不動産市場の調整によるリスクを注視しており、2022年2月1日に、国内エクスポージャーのリスクアセットに対するカウンターシクリカル資本バッファーをゼロから0.75%に引き上げた。さらに、住宅不動産を担保とする国内融資のリスクアセットに対するセクター別システミックリスクバッファーを2%にし、2023年2月1日時点で追加資本規制を完全に満たすことを求めた。
3|国際金融市場の大幅な調整によるリスク
BaFinは、2022年も国際金融市場の大幅な調整によるリスクに焦点を当てた。これらには、年間を通じて国際商品市場で顕在化したリスクが含まれる。

また、ノンバンク金融機関 (NBFI) セクターのリスクが世界的に高まっていることを考慮して、監督対象の信用機関のシャドーバンクへのエクスポージャーを注視した。この分野で得られた洞察は、信用機関のエクスポージャーに関するより集中的なレビューの基礎として利用されている。
4|コーポレートローンの債務不履行リスク
BaFinは、不確実な経済・地政学的状況を考えて、ローンの債務不履行には注意が必要と述べている。

また、ウクライナにおける戦争がドイツ経済に与える影響について、各金融機関が信用リスクをどのように処理しているか、十分な貸倒引当金を認識しているかどうかを調査している。
5|サイバーリスク
2022年末までに、ドイツの金融セクターで観測された成功したサイバー攻撃、特に深刻な結果をもたらしたサイバー攻撃の数は、有意ではなかったが、サイバーリスクは増加することが予想されている。

BaFinは、これらを抑制するために、2022年に信用機関や他の金融セクターの企業に対するIT検査を強化した。この検査では、主に、監督上のIT要件(BAIT、VAIT、ZAIT)4が運用レベルでどの程度実装されているかに焦点が当てられた。検査の目的の1つは、個々の企業における重要な弱点を特定することであった。さらに、BaFinは、異なる機関やセクターで再発する欠陥を特定したいと考えており、銀行に加えて、保険会社、投資サービスプロバイダー、決済機関にも焦点を当てた。

BaFinによると、金融機関が、極めて細分化されたバリューチェーンに沿って、外注先のリスクを管理することができているかどうか、という問題意識を有している。

BaFinは、IT検査から得られた洞察を利用して、実際の業務で重点を置く分野を特定した。監督当局の主な目標は、監督対象機関の業務上のレジリエンスを確保し、BaFinの要件に対する機関及び企業の認識を高めることにある。
 
4 BAITは金融機関、VAITは保険、ZAITは決済・サービス機関に対するITの監督要件。
6|進行中のデジタル化によるリスク
BaFinは、2022年にデジタル化によってもたらされる将来のリスクを詳細に調査した5

BaFinは、保険分野における機械学習(ML)と人工知能(AI) の実務的応用について、8つのワークショップを開催し、これらのワークショップを通じて保険会社からの活用事例を収集し、進展の状況とスピードの概要を把握した。議題は、保険会社のリスクモデルだけでなく、バリューチェーン全体におけるMLとAIの活用についてであり、主な焦点は、ビジネス組織、消費者保護、ITインフラに関する問題に当てられた。保険監督当局は現在、ワークショップからの洞察を利用して検査方針を策定している。
 
5 これについては、先の「「Risks in BaFin's Focus 2022」で報告されている。
7|サステナビリティリスク
BaFinの意見では、金融セクターの会社とBaFin自身は、持続可能性の問題とそれに起因するリスクを注意深く見ていく必要がある。

BaFinのMark Branson長官は、2022年9月13日にベルリンで開催されたBaFinの第2回サステナブルファイナンス会議6の基調講演7で、この問題の複雑さについて語り、持続可能性は企業と消費者の両方に影響を及ぼすと述べた。

これは、特にグリーンウォッシングの問題に当てはまる。Mark Branson長官は、 「シンプルなラベルだけで世界をより良い場所にできると信じることは、良いことのように思えるかもしれない。しかし、監督上の観点からは、透明性、特定の商品における持続可能な資産の最低額に関する明確な基準と、市場主導で様々な種類のサステナブルファイナンス商品を選択することが、投資家の好みに対応するためのより良い方法である。」 と述べた。投資家は、何を 「グリーン」 と定義するかを自ら決定することが許されなければならない。

この背景には、2022年8月から、投資商品の提供者は、相談プロセスの一環として、消費者の持続可能性に関する選好について質問することが義務付けられたことがある。しかし、投資家は、投資商品の内容や目的を知っていなければ、意識的かつ十分な情報に基づいて投資商品を決定することができない。つまり、商品には適切なラベルが貼られなければならない。

規制上の不確実性が残っているにもかかわらず、BaFinの行政実務は、ドイツのリテールファンドの規則が一定の最低要件を満たしていない場合、 「持続可能」 と表示することが許可されないように保証するのに役立っている。2021年8月から2022年末までの間に、BaFinは150以上のドイツのリテールファンドのファンド規則を承認し、これらのファンドが管理実務で定義された持続可能な投資基準を満たしていることを確認した。これらのファンドは、BaFinの新しい透明性基準と持続可能な商品内容に関する規則を全て満たしていることをBaFinに証明する必要があった。BaFinによるこの行動は、グリーンウォッシングに対抗し、持続可能性に関する透明性を確保することによって投資家の責任を促している。
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中村 亮一

研究・専門分野

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