2023年07月26日

日本の物価は持続的に上昇するか-消費者物価の今後の動向を考える

山下 大輔

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1――はじめに

物価は上昇している。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、7か月連続で前年比プラスの上昇率となった。4月には上昇率が2%を超えた。2022年中は2%程度の上昇が続くとの予測が出ているところだが、広範な品目の価格上昇を通じて、消費者物価が持続的に上昇する環境に変化するだろうか。日本のこれまでの物価の動向や特徴を踏まえながら、考えてみたい。

2――物価の現状

2――物価の現状

まず、現在の物価上昇を振り返ると、2021年に入り、世界経済の回復に伴う需要増加で、原油をはじめとする資源価格が高騰し始めた。資源の多くを輸入に頼る日本にとって、資源価格の高騰は輸入物価を上昇させる。輸入物価は21年3月以降前年比で上昇を続け、8月以降は30%を超える前年比上昇率となった。前年比の上昇率が100%前後で推移する石油・石炭・天然ガスだけでなく、木材や金属、食品が大きく上昇している。

また、輸入資源を用いて生産される財の生産コストも増加する。輸入物価の上昇を受けて、国内企業物価も同様に21年3月以降は前年比で上昇し、22年4月には前年比で10.0%の上昇となった。4月の前年比上昇率は1980年12月(10.4%)以来の高水準であった。
輸入物価指数の動向/国内企業物価指数の動向
消費者物価指数の推移 消費者が直面する財・サービスの物価である消費者物価も、21年に入り、エネルギー価格の上昇に伴い、上昇に転じた。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は21年9月以降7か月連続で前年から上昇し、22年4月には前年比で2.1%上昇となった。なお、上昇率の数字自体は4月に急上昇したが、21年度中の前年比上昇率には、携帯電話通信料の大幅引き下げの影響が含まれていた。
消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の寄与度分解 ロシアによるウクライナへの侵攻により、原油価格はさらに上昇している。また、アメリカなどの他国の金融緩和の縮小や利上げによる金利差の拡大などから、為替レートは円安に進んでおり、円建ての輸入物価を更に上昇させる要因になる。

今後も輸入物価や企業物価の上昇は見込まれるところだが、消費者物価の上昇はエネルギー以外の広範な品目に拡大し、持続的な物価上昇が実現するのだろうか。

3――エネルギー価格上昇は全般的な物価上昇につながるか

3――エネルギー価格上昇は全般的な物価上昇につながるか

一般に、現在の物価上昇率(インフレ率)は、景気要因(GDPギャップ、失業率など)と将来予想される物価上昇(予想インフレ率)により決まるとされている。この関係はフィリップス曲線と呼ばれる。また、開放経済を考えた場合には、これに輸入物価上昇率が要因に加わると考えることもできる(渡辺(2016))。

直観的には、景気が良くなれば需要増加による需給ひっ迫で物価の上昇圧力が働きやすくなるだろう。また、予想インフレ率とは文字通り人々が予想する将来のインフレ率のことであるが、将来の物価上昇が予想されれば、それを踏まえた賃金や価格の設定が行われることを通じて、現在の物価に影響を与えることになる。予想インフレ率の上昇は、フィリップス曲線を上方にシフトさせる要因となる。資源価格高騰や円安による輸入物価の上昇は、価格が高騰した輸入品が最終財である場合には直接的な国内価格上昇となる。また、高騰した輸入品が原材料や中間財の場合には、企業が生産コスト増を国内価格に転嫁するかどうかに依存するものの、原油とガソリン、電気代・ガス代のように、価格が高騰した輸入品と国内価格に直接的な関係がある財の場合には同様に国内価格上昇につながる。
消費者物価と需給ギャップ(フィリップス曲線) (1)景気要因
現状を考えると、まず景気要因については、コロナ禍での大きな落ち込みからの回復過程では、消費者物価の上昇圧力につながることが予想される。

ただし、景気要因の物価への影響は90年代後半以降弱まっている(フィリップス曲線がフラット化している)とされており、景気要因による影響はそれほど大きくならない可能性が高い。

確かに、半導体や部品の不足といった供給制約の影響が加わることにより、需給バランスがひっ迫した際には、これまでよりは物価上昇圧力が強まりうるが、日本企業の価格設定行動として、供給制約に直面した際に、顧客に価格引き上げではなく、納期の延長を提示する傾向が強いとされており(黒田(2021))、その傾向が続く限りは、需給ひっ迫による物価上昇圧力は大きくならないだろう。
輸入物価指数(前年比)に含まれる為替レート変動の影響 (2)エネルギー、円安
また、現在の消費者物価の上昇は資源価格高騰による輸入物価上昇に由来する。ロシアによるウクライナ侵攻により、原油価格は一段と上昇している。また、このところの円安の進行は、契約通貨ベースよりも円ベースの輸入物価の上昇度合いを大きくしている。品目別にみると、「石油・石炭・天然ガス」などの契約通貨の外貨比率が高い品目ほど、円安による上昇度合いが大きくなる。
そのため、原油価格などの資源価格の高騰による国内エネルギー価格への影響は円安により更に大きくなるだろう。ただし、これらの価格が今後高止まりしても、上昇し続けない限りは、資源価格の高騰による直接的な物価上昇はあくまで一時的にとどまることになる。また、このところの円安の進行は円建ての輸入物価の上昇要因となるが、円安が長期間にわたり大きく進行し続けない限り、一時的な影響にとどまる。
輸入物価の円ベースと契約通貨ベースの差はこのところ拡大/輸入物価指数の契約通貨別構成比
(3)予想インフレ率
では、エネルギー価格の上昇による生産活動のコスト増は最終消費財に価格転嫁され、幅広い品目での物価上昇につながるだろうか。ここで重要になるのは、将来の物価上昇の予想(予想インフレ率)、企業の価格設定行動、消費者の価格引き上げに対する態度である。
1) 予想インフレ率
一般に、生産活動のコスト増に直面した企業は、価格を引き上げられるなら引き上げたいと考えるだろう。そして、今後物価全般が上がる、あるいは少なくとも競合他社が値上げを行うと予想されるのであれば、価格を引き上げやすくなるだろう。また、消費者も物価上昇を予想している状況であれば、賃金上昇圧力が生じ、製品価格引き上げが受け入れられやすくなるだろう。この意味で、企業や消費者の予想するインフレ率(予想インフレ率)が重要となる。

予想インフレ率を測る指標は数多く存在するものの、多くの指標で明確に上昇している。サーベイに基づく指標をいくつか挙げると、まず、企業の予想インフレ率について、たとえば、日銀短観の「物価全般の見通し」や「販売価格の見通し」はともに2021年頃から大きく上昇に転じている。2022年3月調査では、全産業全規模の1年後の物価全般の見通しの平均値は1.8%、1年後の販売価格の見通しは2.1%となった。なお、消費関連業種に絞ってみると、全産業よりも予想インフレ率は低い。
企業の1年後の予想インフレ率(物価全般の見通し)/企業の1年後の予想インフレ率(販売価格の見通し)
また、消費者の予想インフレ率についても、日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査」によれば、2022年3月調査では1年後の物価の予想は平均で6.4%となった。従来から、予想数値自体は実際のインフレ率から大きく上方に振れる傾向があるものの、2008年以来の水準となった。また、内閣府の「消費動向調査」の物価の見通し(総世帯、原数値)から試算した加重平均値においても、22年1月以降は3%を超えており、4月には調査開始後で最高の3.8%となった。
消費者の1年後の予想インフレ率(生活意識に関するアンケート調査)/消費者の1年後の予想インフレ率(消費動向調査)
もちろん、このようなサーベイに基づく予想インフレ率において、予想されるインフレの水準には各調査で大きなばらつきがあるし、各調査の回答者ごとの予想のばらつきも小さくないものの、上昇する方向で推移していることは概ね同様といえる。

(2023年07月26日「ニッセイ基礎研所報」)

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