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金融分野におけるグリーンウォッシングの規制にむけて(欧州)-EIOPAの進捗報告書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――グリーンウォッシング規制の進捗報告書の公表
実際に何がそれにあたるかといった正確な定義は、そのこと自体が議論・検討の対象であり、これから見ていくことにする。
さて、欧州保険・企業年金監督機構(EIOPA)は、グリーンウォッシングをどう規制するかについて欧州委員会から諮問を受けているところだが、2023年6月1日、検討段階の進捗報告書1を公表した。以下その内容を紹介する。
1 Advise to the European Commission on Greenwashing (EIOPA 2023.6.1)
https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-06/EIOPA%20Progress%20Report%20on%20Greenwashing.pdf
2――報告書の内容
「グリーンウォッシング」の当面の定義を、
「サステナビリティ関連の声明、宣言、行動、コミュニケーションが、企業・金融商品・金融サービスの基礎的プロファイルを、明確かつ公正に反映していない行為」
であると理解する。グリーンウォッシングの結果、消費者・投資家・市場参加者に誤解を与える可能性があり、それがEUの領域を超えて、さらに拡大するおそれもある。
サステナブルな経済社会への移行は、今や世界的に大きなテーマとなっており、EUにおいても最優先課題として取り組んでいる。これまでにできた規制としては
SFDR2(サステナブルファイナンス開示規則)、TR3(タクソノミ規則)、IDD4(保険販売指令)、CSRD5 (企業サステナビリティ報告指令)、ESAP6(欧州共通アクセスポイント)などがある。
これらの取り組みにも関わらず、なおグリーンウォッシングに関わる課題があり、欧州委員会は、金融セクターにおけるグリーンウォッシングの規制に関するアドバイスを、EIOPA、欧州銀行監督局、欧州市場証券監督局に求めた。項目は以下のようなものである。
・グリーンウォッシングの正確な定義と範囲
・グリーンウォッシングの事例、苦情
・グリーンウォッシングの現在の監督状況
・持続可能性に関する法令の施行状況
・現段階の法的な枠組みにおけるギャップ、矛盾、問題点
2 Sustainable Finance Disclosure Regulation
3 Taxonomy Regulation
4 Insurance Distribution Directive
5 Corporate Sustainability Reporting Directive
6 European Single Access Point
保険・年金に関していえば、グリーンウォッシングの結果、顧客が自分の好みや考え方に合わない保険商品に加入してしまう可能性があることや、いったんグリーンウォッシングの存在・発生が一般に知られると、他の保険会社や年金基金も巻き込んで重大な風評被害が及ぶ可能性がある、という点で、保険・年金分野にとって憂慮すべき事態となる。
保険・年金分野で起きるグリーンウォッシングの特徴は、それが様々な段階、すなわち保険事業であれば会社全体、商品開発分野、販売分野、契約管理分野等、年金分野であれば、制度設計、加入勧奨、制度管理などで起こりうるということである。
すでに各国の監督者においてグリーンウォッシングの規制のために専門の人員を配置するなどの対応をとりはじめているが、もちろん現段階では組織づくりも専門知識も充分ではない。また保険会社や年金基金もグリーンウォッシングを監視し防止するためのガバナンスプロセスを導入する動きもある。最終的には、消費者ひとりひとりが、保険会社の主張などに目を光らせることも対策のひとつになってくる。
様々な段階においてグリーンウォッシングが存在することをみるため、実際の事例あるいは容易に想像できる状況の例を、以下挙げてみる。
〇 ある保険会社は「新規契約があるごとに植樹する」と宣言した。しかし同時に新規の化石燃料プロジェクトへの投資も行っていた。潜在的な顧客が、「この保険会社に加入することで、環境問題に積極的に貢献できる」と信じ込まされるのではないか。
〇 ある年金基金は、「責任投資原則」に署名しているが、一方でSFDRにもとづくPAI(主な悪影響)の考慮のことなど知らないと言っている。
〇 ある保険会社は、テレビ番組を通じて、自社のサステナビリティに関する認定資格を語り、さらなるサステナビリティに配慮した行動を強調し、サステナビリティに特化した慈善事業の基金と連携を深めると語った。しかしその一方では、新規の油田・ガス田・化石燃料を開発する大企業の保険を引き受けていた。こうした企業理念の公表と実際の保険引受行動の間の齟齬はグリーンウォッシングとなりうるのではないか。
〇 PAI(主な悪影響)の計算に不明確な箇所を発見した。これはグリーンッウォッシングか?
〇 洪水や自然災害の影響を受けない、というだけのことでサステナビリティリーダーとかESG準拠と評価されている会社や商品がある。
〇 一部の保険会社は保険販売上なんの効力もないESGラベルを使用している。そして投資先の詳細なリストを開示することなく、ESGラベル付きサービスの大部分を提供していると言っている。消費者はこの保険会社に投資すれば大丈夫だと誤解するだろう。実際にはどんな投資か不明。
〇 選択肢がひとしかないのに、複数選択肢商品だと言っている。
〇 ある国でSFDR準拠の実態を調査してみると、サステナビリティ情報は顧客の理解のために充分ではなく、監督上も不充分なものであった。これはグリ-ンウォシングにつながる。保険会社は一般に個々の商品に関するサステナビリティ関連情報は開示せず、会社レベルの漠然としたものしか提供しない。これではサステナビリティ関連投資の顧客の理解はすすまないだろうとわかった。
〇 EIOPAがSFDR関連の調査をおこなったところ、以下のようグリーンウォッシングの疑いある事例があった。
・投資型保険商品の投資オプション情報を見つけ出すのが難しい
・関係ない情報が多すぎる
・緑色など消費者に誤解を与える色の過度な使用
〇「グリーン」とか「持続可能」といった用語が、SFDR関連の開示のない投資商品を説明する時に使われている。
〇 保険商品の広告とともに契約前提供情報を調査したところ、ソーシャルメディア上で、海洋生態系の保護とプラスチックの削減に貢献し、ビジュアル的にもいかにもサステナビリティを重視するようなものであるものがあった。保険監督局はこうした表示をやめさせた。
3――今後のスケジュール等
現時点でも既にサステナビリティ、ESG、気候などに関連する情報開示義務等は、かなり膨大なものとなりつつある。グリーンウォッシングに関しては、これら既存の規則に追加・修正がなされるのか、それともさらに新規の規制が加わることになるのか、来年示されることになる。
それにしても、グリーンウォッシング(の疑いも含め)の例などをみていると、こうしたこと全てに対応することが保険会社・年金基金、各国監督者にできるのか、ここにさらに膨大な経営資源を投入することになるのか、また「保険を引き受ける」という本来の機能の存在が薄くなっていないか、と心配になる。とはいえ、特に欧州においては、こうした環境問題に関する社会の関心は高いようなので、どこまで進んでいくのか今後の検討を見ていきたい。
(2023年06月26日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
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