2023年04月18日

外国人労働者の誘致政策-「先進性」「ソフトパワー」「所得」「人権」

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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2技能実習制度の問題
特に日本では、技能実習制度が問題視されている。技能実習制度は、途上国等地域の人材を技能実習生として受け入れ、日本の技術や知識を移転し、帰国後に当該地域等の経済発展に役立ててもらうことを目的に創設された制度だ。しかし実際には、国内の人手不足を埋める手段として利用され、制度本来の趣旨から外れた状態が続いている。

このような制度と実態が乖離した状況は、とりわけ労働関係法規に関わる問題を生じさせてきた。政府も技能実習生保護や支援強化に取り組んではいるものの、現在でも不適切事例の報告が相次いでいる[図表14]。その背景には、来日までに多額の借金を抱えてしまう受け入れルート上の問題や、雇用上の立場を弱める転職制限など構造的な課題がある。そのため、技能実習生の中には、過酷な環境に耐え兼ねて失踪する者もおり、2021年には7,167人が失踪している[図表15]。
[図表14]労働基準関係法令違反が疑われる実習実施者に対する監督指導が行われた際の主な違反事項/[図表15]技能実習生の失踪者数
このような状況は、海外からも注視されている。例えば、世界の人身売買に関する各国政府の取組みを評価した米国の「人身売買報告書」は、技能実習生が日本で強制労働させられていると指摘している。2022年版では、実際の強制労働は、日本政府が特定した数より大幅に多いこと、日本政府が被害者を認知し保護するという政治的意思に欠如していること、強制労働に対する罰則が軽微で法的な抑止力に欠けること、などが指摘されている。また、国連の人種差別撤廃委員会でも、技能実習制度について「劣悪かつ虐待的、搾取的な慣行」と非難し、日本に改善をするよう求めている。
3政府の取組み
政府は、これらの問題に対処するため取組みを強化してきた。

例えば、2009年の改正入管法では、技能実習生を正式に労働者として認め、制度矛盾の修正を図ったほか、2017年に施行された「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)では、技能実習計画の認定制度や管理団体の許可制度などを設けて、悪質な制度の濫用を排除し、技能実習生の保護を強化した。また、2016年に施行された「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法)では、特定の民族や国籍者に対する差別的言動の解消を図るため、人種差別撤廃条約への取組みを強化している。

さらに、外国人との共生社会の実現に向けて、2006年から外国人が暮らしやすい地域社会づくり等の施策をパッケージ化した「『生活者としての外国人』に関する総合的対応策」を推進している。この総合的対策は、2018年に「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」にアップデートされ、以降改定を重ねるごとに強化されてきた。そして、2022年には短期的な対応に終始していた取組みを見直し、中長期で取り組む具体策をロードマップとしてまとめたところでもある[図表16]。
[図表16]外国人との共生社会の実現に向けたロードマップにおける重点事項
足元では、技能実習制度の廃止や再編、監理団体や登録支援機関による支援の在り方、中長期的に外国人が活躍できる制度の構築などを検討する、有識者会議の議論も進んでいる。今年4月には、技能実習制度を廃止し、労働力確保と人材育成を両立させる、新制度の創設を提言する中間報告書が公表された。新制度では、原則不可であった転籍の自由を一部で認め、特定技能制度との接続を改良し、修得した技能等を磨くことでキャリアアップできるようにする。また、監理団体や登録支援機関は、存続させたうえで要件などを厳格化し、指導監督や支援体制の強化し、悪質な送出機関の排除等に向けては、二国間取決めなどの取組みを強化していく構えだ。日本の受け入れ政策は、今まさに持続可能な政策への転換が進められているところだと言える。

今後、再び注目されるだろう外国人労働者の受け入れ拡大を巡る議論は、国内に異論もあって合意形成には相応に時間が掛かると思われる。ただ、外国人労働者の人権を守る環境の整備は待ったなしの課題だ。人権は環境に並ぶSDGsの柱であり、人権を尊重する企業の責任は、ますます重くなっている。それと同時に、人権侵害に対する国際的な視線は厳しさを増す。外国人労働者を保護し、人権に配慮することは、国や企業のレピュテーションを守り、事業の継続性を高めることにもつながる。人権擁護の取組みは、外国人労働者を誘致するために必須の要素と言える。

5――おわりに

5――おわりに

今般の通常国会では、施政方針演説において岸田総理が表明した少子化対策を巡り、論戦が交わされている。これは、少子化に伴う将来人口の減少が、いよいよ国家の衰退につながるとの認識が危機感を持って共有され、現実問題として捉えられ始めたことを示唆する。

政府は、この10年を「少子化反転最後のチャンス」と位置づけ、子ども予算を大胆に増やす「次元の異なる少子化対策」を打ち出している。将来に対する国民の危機感が高まる中、中長期の課題に取り組む意義は大きいと言えるが、仮にこの対策が奏功し、出生率が増加に転じたとしても、その人口が社会の支え手に回るまでには時間が掛かる。さらに、これまでの少子化で出産可能な女性の数も減っており、生産年齢人口の回復は緩やかなものにならざるを得ない。そのため、外国人労働者の長期的・安定的な受け入れは、持続的な日本社会、経済の発展を図るうえで不可欠な政策となっている。

ただ、外国人労働者を惹きつける日本の優位性は、必ずしも盤石とは言えない。アジア周辺国の経済成長や高齢化が加速する中、日本が将来に渡って外国人労働者を確保していくには、産業競争力の強化やソフトパワーの発揮まで、一層の取組みが欠かせない。とりわけ、外国人労働者の人権擁護は喫緊の課題である。世界から批判を浴びる問題を放置すれば、国際的な批判は避けられず、欧米と価値観を共有する日本の立ち位置にも影響しかねない。SDGsへの対応という意味でも対応する必要があり、人権擁護を大前提とした外国人政策を確立していくことが重要になる。

今後、外国人労働者の受け入れは、ローテーション型から長期の受け入れにシフトしていくことが考えられる。そうなれば、日本の成長に資する人的資本の蓄積は、外国人政策でも重要な要素となり、人材育成や能力開発の重要は増す。また、外国人労働者の日本社会への包摂は、さらに重要になることは間違いない。

ただ、統合政策の推進役となる自治体の中には、人手不足や財源不足、事業運営上のノウハウの不足などから、取組みに支障が出ている例も少なくない9。少子化対策と同じく、財源確保は課題であり、限られた資源を有効活用し、政策効果を高める工夫が必要になる。如何に統合政策の実効性を高めて行けるか。外国人労働者の誘致を考えるうえで重要な要素となるだろう。
 
9 法務省「地方公共団体における共生施策の取組状況等に関する調査」(調査期間:2021年7月13日~30日)
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2023年04月18日「基礎研レポート」)

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