2023年04月05日

空き家の物語の活用-よりよい居住を売却価値に-

社会研究部 研究員 島田 壮一郎

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1――はじめに

平成30年に総務省が行った「住宅・土地統計調査」によると空き家の数は848万9千戸と増加の一途を辿っている。そのうち「賃貸用の住宅」、「売却用の住宅」、「二次的住宅」を除く「その他の空き家」が348万7千戸を占めている1。空き家は老朽化した建物の倒壊による人的・物的損傷をあたえることや景観および都市環境の悪化、放火による火災、犯罪の温床となり治安の悪化をもたらすなどの悪影響を及ぼす。それだけでなく、活用されない空き家が増えることで非効率な土地利用になり、コンパクト化への阻害要因になるなどまちづくりにも悪影響を及ぼし、空き家の増加とそれに伴う外部不経済性を考えるとその活用のために注力する必要があることは明らかである。
図-1 分類ごとの空き家の数(総務省統計局の調査より)
また、住み替え先の意向が戸建では中古住宅が新築の3割程度という結果であり、特に、中古の戸建住宅の需要が低いことが分かっている1。さらに、趙ら2の研究によると既存住宅に対する認識として漠然とした負のイメージを持っていることや新築にはない独特の雰囲気や味わい、心地よさなどは否定的な評価をしていることが分かる。この認識を変えていかない限り、空き家の活用を進めることは難しい。

そのために空き家の特徴を生かした方策を考えたい。新築住宅と異なり、空き家には人がそこで生活をしていた時間、その「物語」が存在する。「物語」に触れることが人間の心情や行動に大きく影響を与えることが分かっている。空き家が活用されていた時の事柄を「物語」として記述することで空き家を活用することを考慮していない人々に対しても空き家の価値を伝えることが出来る可能性がある。そこで、本稿では「物語」を効果的なものにするにあたってどのような「物語」を作成するべきであるかについて述べ、そのような物語を記述するために住生活に必要な事柄について考察する。

2――空き家対策について

2――空き家対策について

空き家とは「空家等対策の推進に関する特別措置法(以下、空家法)」第2条第1項において、「建築物又はこれに附属する工作物であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの及びその敷地(立木その他の土地に定着する物を含む。)をいう。3」とされている。また、空き家は流通市場に出ているが借り手や買い手が見つかっていない「賃貸用の住宅」および「売却用の住宅」、別荘やたまに寝泊りで利用される「二次的住宅」、それ以外の人が住んでいない空き家で様々な理由で人が居住していないものを「その他の空き家」と分類している3

空家等対策特別特措法が2017年に施行されたことから各自治体において空き家対策が動き出した。空き家の活用に関する支援制度もあり、活用方法やコストの問題は解決に向かう兆しが見えてくる可能性がある。手続きや金銭的な課題については補助事業などを用いることで解決することが期待できる。しかし、空き家に対するイメージが低いままでは空き家の活用にはつながりにくい。

3――「物語」について

3――「物語」について

1|物語による意識の変化
物語は物事を実感し、理解させることが出来ることが明らかにされており、物事を伝えるために有効な手段であるとされている。Brunerは人間の認知や思考の形式には形式的な数理体系や一貫しており矛盾のないものが求められる「論理実証モード」とストーリーの質、人の心を引き付けるもの、信じることのできる歴史的説明をもたらす「物語モード」が存在するとしている4。「物語モード」は個人の体験に関連付けられ、人の感覚や直感に直接アプローチするものである。人の行動や意識において「物語モード」が強く関わっている。

また、Greimasによると、物語の構造は主体と客体、送り手と受け手、援助者と敵対者という対称的な3つの視点で構成されており、それぞれが図-2のような関係で繋がっている5
図-2  Greimasの行為者モデル(Greimas,1988より)
送り手が主体に客体を求めるように伝え、主体は客体を求める。その結果、受け手が客体を受け取る。その過程の中で、反対者が主体を妨害し、援助者が支援するという構図となる。それぞれの役割は表-1の通りである。
表-1 各登場主体の役割
2|物語を用いた広告
物語が活用される場面として、物語広告がある。広告において物語を活用することで消費者の態度変容を促すことが知られている。空き家についての情報が一種の広告であると考えると物語広告の手法を取り入れることが可能だと考えられる。

物語広告において物語性を測定するものとしてEscalasの物語性尺度が多く用いられている。物語性尺度は(1)目標達成のための登場人物の行動 、(2)登場人物の感情の伝達、(3)登場人物の生活の変化、(4)出来事の要因の説明、 (5)オープニング・ターニングポイント・エンディングの存在、(6)具体的な出来事についての記述の6つの要素によって構成されている6。これらの要素を満たす度合いによって読者の感情への反応が大きくなる。

4――空き家活用に向けての物語の活用

4――空き家活用に向けての物語の活用

1|空き家における物語の要素
空き家にはそこに住んでいた人、生活を含んだ時間の流れが存在する。物語として活用するにあたって事実を羅列するだけでは物語として人の行動や意識に影響を与えるものにはならない。物語として必要なことは時間の経過が存在し、そこでの出来事が因果を持って行われていることが必要であるとされている。住宅での生活はまさに物語になりえるものである。行為者モデルと物語性尺度に当てはめることで空き家の物語の構成について提案を行う。
2|行為者モデルへの当てはめ
行為者モデルにおけるそれぞれの要素に当てはまるものを居住という視点から考える。まず居住に関わる登場人物を考えると、居住者、同居人、地域住民が考えられる。今回は居住者の一人を主体として物語の作成のためにそれぞれが当てはまる役割を考える。まず、居住者は主体であるとともに受け手にもなり、同居人は受け手、援助者になりえる。また地域住民も援助者になりえるであろう。すなわち、居住者は同居人および自らに「客体」を届けようとするが「反対者」が邪魔をする。同居人や隣人の助けを得て、目的を達成することが出来る。では、入居者が住宅において求めるものはよりよい住生活だと考えられる。また、居住の物語での反対者として、住居に関するトラブルや同居人や隣人とのトラブルなど様々なものが考えられる。また、居住者が住宅においてよりよい生活を求めることになるきっかけはこの家への住み替えによるものであるため「送り手」は住み替えになると言える。これらの対応を表-2にまとめる。
表-2 行為者モデルの対応
以上をまとめると、居住の物語は住宅への住み替えがあり、入居者が自らや同居人のためによりよい生活を求めるなかで、様々なトラブルがそれを阻害するが、それを、同居人や隣人などの助けによってよりよい生活を実現するという筋書きが考えられる。
3|物語性尺度を満たすために
物語性尺度を満たすことで効果的な物語広告になると考え、物語を記述する際に必要なことについて考える。
 
(1) 目標達成のための登場人物の行動
→入居者がよりよい住生活を手に入れるためにどのような行動を行ったかを記述する。例えば、住環境向上のために家具や家電を購入したことや隣人との関係性構築のために地域の活動に参加することなどが考えられる。

(2) オープニング・ターニングポイント・エンディング
→物語の対象期間を入居時から退去時までとする。ターニングポイントとしては家族の就職や進学、結婚や出産などのライフイベントや住宅のリフォーム・リノベーションなどの住宅の大きな変化などが考えられる。

(3) 登場人物の生活の変化
→ターニングポイントの前後で生活がどのように変化したかを記述する。居住人数の変化や住環境の変化などを記載する。

(4) 具体的な出来事についての記述
→上記の出来事について具体的な記載をする。例えばライフイベントであれば誰のイベントなのか、住宅の変化であればどのような改修工事をしたかなどが考えられる。

(5) 出来事の要因の説明
→なぜ、その行動を取ったか、なぜそのイベントが起こったかを記述する。

(6) 登場人物の感情の伝達
→ある行動を取ったとき、あるイベントが起こったときに居住者がどのような感情を持ったかを記述する。
 
まとめると、入居から退去までの間で、よりよい生活のために行動を起こし、生活の変化を伴うようなライフイベントや住宅の変化があり、それらの行動や出来事の理由やきっかけ、その時の入居者の感情をより具体的に記述することが必要である。
4|よりよい物語を作成するために
行為者モデルおよび物語性尺度から空き家の訴求においてどのような物語を記述すべきかについてまとめると、対象の住宅において、入居者が入居から退去までの期間において、生活の様相が変わるようなライフイベントやトラブルに対して同居人や隣人の援助と共に、入居者がより良い生活を求め、自らや同居人がそれを享受することを目指して行動をし、なぜその行動を取ったか、その時にどのような感情を持ったかを記述する。さらにこれらの事柄をより具体的に記述することで、訴求力のある物語の作成が期待できる。

すべての空き家について、このような物語が記述できるとは限らない。このような物語を記述するためには、「よりよい住生活」を求める意識とそのための行動を起こすことが必要である。また、それによって「よりよい住生活」を手に入れることが必要になる。そのためには同居人や地域住民との良好な関係の構築や良好な住宅環境が必要になる。

5――まとめ

5――まとめ

本稿では物語論および物語広告の知見を用いて、空き家の評価の向上のための物語の構成について考察を行った。空き家バンクなどのポータルサイトにおいてこのような記述をすることで空き家になっている物件の評価が上がり、流通がしやすくなると期待される。今後、どの程度効果があるか、どのような属性の人に効果があるかを実証していきたい。このような物語の記述によって実際に空き家の流通が促進されるとするならば、自らのよりよい居住経験がその物件の価値になりうる。この意識が広がることでよりよい住環境を居住者が求めることになり、住宅の質への意識の向上のための一助になることも考えられる。

参考文献
1. 総務省統計局. 平成30年住宅・土地統計調査 調査の結果. https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/tyousake.html (2018).
2. 趙賢株 & 高田光雄. 住宅購入者の住宅需要特性と既存住宅流通の阻害要因に関する研究-大阪府の住宅購入者を対象とした調査結果を通じて-. 日本建築学会計画系論文集 78, 1817–1825 (2013).
3. e-Govポータル. 空家等対策の推進に関する特別措置法.
4. J・ブルーナー & (訳:岡本夏木・仲渡一美・吉村啓子). 意味の復権-フォークサイコロジーに向けて-. (ミネルヴァ書房, 2016).
5. A.J.グレマス & (訳:田島 宏・鳥居 正文). 構造意味論―方法の探求. (紀伊國屋書店, 1988).
6. Escalas, J. E. Narrative processing: Building consumer connections to brands. Journal of Consumer Psychology 14, 168–180 (2004).
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社会研究部   研究員

島田 壮一郎 (しまだ そういちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、住民参加、コミュニケーション、合意形成

経歴
  • 【職歴】
     2022年 名古屋工業大学大学院 工学研究科 博士(工学)
     2022年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【加入団体等】
     ・土木学会
     ・日本都市計画学会
     ・日本計画行政学会

(2023年04月05日「基礎研レポート」)

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