2023年03月29日

中国全人代と今後の社会保障政策

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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2023年3月の全人代では新たな陣営が承認され、習近平体制は更に強化された形でスタートした。これに先立って3月5日には李克強総理(当時)が政府活動報告を行い、これまでの5年間の振り返りや2023年へ向けた提言などを報告している。本稿では、その中でも特に社会保障分野について確認してみたい。
 
その前に、この5年間(2017年~2022年)を振り返ってみると、社会保障制度においても大きな転換期であったと言えよう。政府は2020年をめどに年金や医療などの皆保険を目指し、すべての国民が何かしらの社会保険制度に加入できる枠組みづくりは達成した。

その一方でこれら社会保険を支える現役層(生産年齢人口)の人口は減少し続け、政府は第3子までの出生をゆるすという出産奨励策や少子化対策へと大きく転換している。高齢化も進展し、高齢化対策を国が取り組むべき課題として格上げした。

更に、総人口も減少に転じるなど、少子化対策、高齢者の老後保障問題・介護問題がこれまで以上に大きな課題として浮上している。財政の状況が厳しさを増し、社会保障に関する経費が急増する中で、社会保障制度の持続可能性をどう確保するのかという問題に対峙しなければならない状況となっている。
 
しかし、それに対して、李克強総理(当時)による最後の政府活動報告は全体として簡潔であった。社会保障関連の内容についても同様であるが、以下では「政府活動報告」(国務院)に加えて、「2022年の国民経済・社会発展計画の執行状況と2023年の国民経済・社会発展計画の草案の報告」(国家発展改革員会、以下では「国民経済・社会発展計画」とする)も併せて概観しながら、(1)過去5年間(2017~2022年)と昨年(2022年)の振り返り、(2)2023年への提言について確認してみたい。

まず、図表1は上掲(1)過去5年間(2017~2022年)と昨年(2022年)の振り返りのについてそのポイントをまとめたものになる。医療、失業、労災については新型コロナウイルス禍の影響が大きいと言えよう。例えば、医療については新型コロナによって地域の基礎的な医療機関が発熱外来を設置し、上位医療機関へのゲートキーパー役としての重要性が再認識された。その結果として基本的な衛生サービスレベルの向上がはかられた。また、今後、深刻な影響を与える感染症への対策として国家疾病予防コントロール局などの体制強化も図られている。失業・労災については新型コロナ禍による就労環境の変化や失業が大きく影響しており、失業給付のみならず、再就職に向けた技能訓練なども積立基金から拠出されている。

一方、年金や介護といった老後保障、少子化対策としては、概ね従前(過去5年より前)の政策を踏襲している状況にある。2022年には個人型確定拠出年金の「個人養老金制度」の導入検討や制度整備がされているが、公的年金制度については積極的な改革が見られなかった。
 
図表1 社会保障関連に関する過去5年間(2017~2022年)と昨年(2022年)についての振り返り
では、2023年に向けての提言についてはどのようなことが検討されているのであろうか。以下では上掲と同様に「政府活動報告」、「国民経済・社会発展計画」から確認してみる(図表2)。

新型コロナを経て、医療についてはサービスの供給体制の強化・都市と農村の医療資源の平準化が進められることになる。医療保険についてはこれまでの市レベルの統合から、更に大きな省レベルでの統合を目指し、都市間での医療格差の是正、医療財政の強化がはかられる。

年金については昨年に引き続いて個人養老金制度の普及を目指すとしている。しかし、当該制度は公的年金制度を補完する制度にすぎない。公的年金制度の積立金枯渇問題への対処や定年退職年齢(年金受給開始年齢)の引き上げの全国実施1、保険料徴収の厳格化といった問題の本丸に着手するかが焦点であろう。

一方、新型コロナ禍以降、社会保障分野において新たな課題として浮上しているのは、雇用が不安定な臨時就労者やギグワーカーといった‘新市民’のリスク保障である。オンライン上の消費の普及に伴ってフードデリバリーや荷物配送などは都市の生活を支える重要なインフラとなっている。そういった都市生活を支える新市民は住宅、医療、労災、失業といったセーフティーネットから外れているケースが多い。こういった新市民向けに対しては、地方都市で新たな取組みが開始している。例えば、他地域から転入した新市民向けに住宅購入の規制緩和や支援策を打ち出し、更に住宅購入による当該市の戸籍付与や就業・子どもの教育・社会サービスの受給を可能とするなどの措置も導入し始めている。新市民をサポートするセーフティネットの構築や定住に向けた措置が今後さらに重要となるであろう。
図表2 社会保障に関する2023年に向けた提言
以上の課題や提言は新体制となった李強総理に引き継がれることになる。習近平体制の強化の下、国務院は改革を経てどのような役割を果たすことができるのかについて注視する必要があろう。少子高齢化が急速に進む中で、今後わずか10年ほど(2025年前後)で高齢者(60歳以上)が人口全体の3割を占める社会が到来する。特に、年金、介護といった老後保障の課題については早急に着手する必要があろう。
 
1 定年退職年齢の引き上げについては、2022年に江蘇省、山東省など一部の地域で実施されている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2023年03月29日「基礎研レター」)

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【中国全人代と今後の社会保障政策】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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