2022年12月01日

米国における保険会計基準LDTIの適用を巡る状況-米国大手保険グループによる適用の影響度等の開示状況-

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1―はじめに

米国では、IASB(国際会計基準審議会)による保険契約の会計基準であるIFRS第17号(保険契約)と同様に、FASB(財務会計基準審議会)により、長期保険契約に関するLDTI(Long-Duration Targeted Improvements)と呼ばれる財務会計基準の見直しが行われ1、(SEC Filerと呼ばれる)一般的に大規模な保険会社の場合には2023年、(非SEC Filer(非公開会社)と呼ばれる)一般的に小規模な、米国GAAPに基づいて報告を行うその他の保険会社の場合には2025年から適用されることになっている2。こうした状況やLDTIの概要については、保険年金フォーカス「米国におけるFASBによる保険契約会計基準の改正-LDTI(長期目標改善)の適用時期がさらに1年延期されて2023年へ-」(2020.6.19)で報告した。

一方で、IFRS第17号を巡る欧州大手保険グループのIFRS第17号の適用方針や取組状況等については、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況-」(2022.10.4)で、カナダの大手生命保険グループによるIFRS第17号による財務面での影響等の情報開示を巡る動向については、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-カナダの大手生命保険グループの対応状況-」(2022.10.17)で報告した。

今回のレポートでは、米国の大手保険グループによるLDTI適用に関する情報開示の内容について報告する。なお、米国の大手保険グループは11月上旬に2022年第3四半期の業績発表を行っているが、そこでの新たな情報は限られているので、基本的にはこれまでの2022年第2四半期の業績発表時等の開示内容に基づいて報告する。
 
1 ASU(Accounting Standards Update:会計基準更新)2018-12「長期契約に対する会計の対象を絞った改善」(その後のASU2019-09、ASU2020-11の改正を含む)であり、これはASC(Accounting Standards Codification:会計基準コディフィケーション)944 金融サービス―保険、に対する更新である。
2 これはあくまでも財務会計基準の変更であり、PBR(プリンシプルベースの責任準備金評価)等に基づく法定会計基準の変更ではない。

2―LDTIの概要

2―LDTIの概要

ここでは、LDTIの概要を紹介する。

1|概要
LDTIは、主として、以下の4つの分野にわたっている。

(1) 保険負債の計算方法
(2) 公正価値
(3) DAC(繰延新契約費)の償却
(4) 開示の充実
2|保険負債の計算方法
死亡率、罹患率又は長寿リスクに対して保険を行う、伝統的な生命保険及び年金商品(定期生命保険、終身保険、介護保険、及び支払年金が含まれる)に焦点を当てた、長期保険契約に対する保険負債の計算方法が、最も重要な変更となる。

(1)保険負債評価モデル
保険負債の算出に使用される純保険料アプローチは変わらず、「純保険料率(net premium ratio(NPR):営業保険料の現在価値に対する保険契約給付の現在価値の比率)」を用いて計算されるが、計算に使用される前提は大きく変わる。

また、不利な逸脱のリスクに対する準備(Provision for Adverse Deviation:PAD)は保険負債の決定から控除され、基礎率は、現在の安全割増を含むベースから、安全割増を含まないベースとなる。

(2)将来キャッシュフロー
現行規則では、死亡率、罹患率、解約率の前提は発行時のものに「ロックイン」されており、「保険料不足&損失認識テスト(premium deficiency and loss recognition testing)」の場合においてのみ変更される。

新しい規則では、これらの前提を少なくとも年1回レビューして、実際の経験と予想される保険契約者の給付及び関連する請求費用と営業保険料の組み合わせを考慮して、変化がある場合には(キャッチアップベースで)更新する必要がある。なお、事業費については、解約・保険金支払等の経費以外の新契約費や維持費等については前提に含まれなくなる。なお、これらの前提については、(年1回のレビュー以外にも)修正する必要があることを示唆している証拠がある場合には、その都度更新する必要がある。

具体的には、前提が更新されると、実際の過去の実績、更新された将来のキャッシュフローの前提及び開始時に適用された割引率(この割引率はロックインされている)を使用して、純保険料率が修正される(実際の過去の給付及び関連する実際の(該当する場合)過去の費用に、更新された残りの期待給付及び関連する費用を加えたものの現在価値から、負債の繰越基準(該当する場合)を差し引いたものを、実際の過去の営業保険料に、更新された残りの予想営業保険料を加えたものと比較することにより、純保険料率を再計算する)(ただし、純保険料率は100%を超えることはできない)。貸借対照日時点での修正後の保険負債を決定するために、修正後の純保険料率が発行時から適用される。

なお、これらのキャッシュフローの前提を更新した結果としての保険負債の見積りの変動は、純利益で認識される(純保険料率が100%を超えるような予期しない変化に対しては、純保険料率を100%に留めることにより、純損益への影響が大きなものとなる)。

(3)割引率
同時に、年次及び中間報告日において、保険会社の投資資産に対する「期待投資利回り」ではなく、「上位中程度(低信用リスク)の確定利付債券利回り(upper-medium grade (low credit-risk) fixed-income instrument yield)」(これは、米国ではシングルA格付けの社債利回りを意味している)に標準化される割引率、で保険負債を評価する。

なお、割引率の前提を更新した結果としての保険負債の見積りの変動は、OCI(その他の包括利益)で認識される。

(4)損失認識テスト
基礎率が毎年見直されることから、現在行われている保険料不足&損失認識テストは廃止される。
3|市場リスク給付(MRB)の公正価値評価
2番目の大きな変更は、いわゆる市場リスク要素を持つ保険商品(最低保証及び最低保証死亡保障を有する変額年金等)の公正価値モデル会計である。市場リスク契約(市場リスク給付(Market risk benefits:MRB)3を有する契約)は、保険契約者に資本市場リスクからの保護を提供する一方で、保険会社を資本市場リスクにさらすことになる。

市場リスクに伴う公正価値の変動は純利益に計上され、商品固有の信用リスクの変動に起因する公正価値の変動部分はOCI(その他の包括利益)で認識される。
 
3 「名目上の資本市場リスク以外から保険契約者を保護する特徴」と定義されている。
4|DAC(繰延新契約費)の償却
現在のDACについては、複数の償却方法((1)保険料比例(伝統的生命保険)、(2)推定総利益(非伝統的生命保険)、(3)推定粗利益(有配当保険)等)が存在し、そのうちのいくつかは複雑であり、多数のインプット及び前提を必要としている。

新しい規則では、DACは、関連契約の予想残存期間にわたって、一定水準(個人契約について、定額法(straight-line basis))で償却されるようになる。また、DACの償却において、割引率は使用せず、未償却DACへの利息付与も行わない。

DACは、予期せぬ契約終了のために償却する必要があるが、減損テストの対象にはならない。
5|開示の充実
現在は長期契約に関する情報を開示するための要件は限られているが、新しい規則では保険会社が将来の保険給付負債、保険契約者口座残高、市場リスク給付、分離勘定負債及び繰延新契約費に対する、期始から期末までの細分化されたロールフォワード残高を提供することを要求している。

さらに、保険会社が、測定に使用した重要なインプット、判断、前提及び方法(それらのインプット、判断及び前提の変更、ならびにそれらの変更が測定に与える影響)に関する定性的及び定量的な情報を開示することを要求している。

有用な情報が大量の重要でない詳細を含むことによって、又は著しく異なる特性を持つ項目の集約によって不明瞭にされないように、これらの開示は適宜集約又は分解される必要がある。
6|概要
結局、改定のポイントは、以下の通りまとめられる。

(1)最良推定前提
・キャッシュフロー前提は少なくとも毎年見直され、変更時はキャッチアップベースで更新される。
・割引率前提は報告期間ごとに即時ベースで更新される。

(2)保険負債評価モデル
・純保険料アプローチを維持(純保険料率は100%を超えることはできない)。
・不利な逸脱のリスクに対する準備は負債の決定から控除される。
・保険料不足&損失認識テストは廃止される。

(3)損益計算書への影響
・キャッシュフロー前提の変更による影響は、純利益に反映される。
・割引率前提の変更による影響は、OCI(その他の包括利益)に反映される。

(4)開示
・細分化されたロールフォワード
・重要なインプット、判断、前提及び手法についての情報
7|移行(Transition
なお、LDTIの適用初年度の移行時には、将来の保険契約者負債や繰延新契約費については、(完全)遡及アプローチ又は修正遡及アプローチを使用する。修正遡及アプローチを適用する場合には、将来の保険契約者負債や繰延新契約費の両方について、同一の契約発行年レベルで、その契約発行年及びその後の全ての契約発行年度について、会社全体(全ての商品と契約)で行われる必要がある。

一方で、市場リスク給付(MRB)の期首残高については、完全な遡及アプローチを使用して公正価値で計算する必要がある(ただし、前提の決定において、後知恵(hindsight)を使用することはできる)。

3―現行会計基準とLDTIとの比較

3―現行会計基準とLDTIとの比較

現行会計基準とLDTIとの比較の概要をまとめると、以下の図表の通りとなる。

なお、こうした違いに基づく、LDTIの導入による保険会社への一般的な影響の概要については、以下の「5.LDTI導入による保険会社への影響(全体像」で述べる。
(参考1)現行の会計基準とLDTIとの比較
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中村 亮一

研究・専門分野

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