2022年11月30日

米中新冷戦で世界はどう変わるのか

三尾 幸吉郎

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5――米中新冷戦になった場合、どちらが勝つのか

このように米中新冷戦となれば、その悪影響は計り知れず、是非とも回避しなければならない。日本としてはそれを回避すべく最大限の努力をすべきだろう。しかし新冷戦に対する心構えをしておくことも重要である。そこで米中新冷戦になった場合、米中どちらに軍配が挙がるのかを考察してみた。それは神のみぞ知るということなのかも知れないが、下記3点がカギを握ると筆者は考えている。

第一のカギは、西洋諸国が米国の中国包囲網に同調し続けられるか否かである。欧州連合(EU)やファイブアイズといった西洋諸国は、政治思想は民主主義、人権思想は自由権尊重、宗教はキリスト教(カトリック、プロテスタント、東方正教)、言語はインド・ヨーロッパ語族と、その価値観に共通点が多い。世論を見ても「親米・反中」ということでほぼ一致している。ところが、経済面では中国との関係が深い国も多く、輸出先としても、輸入元としても、投資先としても、さらには巨大なビジネスチャンスとしても中国との関係を断ち切りたくない。それでもファイブアイズの国々は米国と諜報を共有していることもあって、中国包囲網から離脱するのは難しいかも知れない。しかし、たくさんの国で構成されるEUは中国包囲網を堅持できない可能性がある。フランスは歴史的に独自外交を展開してきた国で、中国との国交樹立も西洋大国で一番早くニクソンショックの前のことだった(1964年)。またギリシャ、ハンガリー、ポーランドなど「反中」意識が低い国もあり、そうした国々が経済的ダメージを甘受してまで中国包囲網を堅持するかには疑問符が付く。また、西洋諸国の「親米」意識は米国大統領が誰かによって揺れ動いてきた。バイデン米政権下では世論が「親米・反中」であることもあって中国包囲網に参加しても、将来の選挙で大統領が交代したら、世論が「親米」から「反米」に転換して、世論を重んじる政権が中国包囲網を離脱することはあり得る。実際、トランプ米政権時代には、世論が「反米」に傾いていた(図表-9)。西洋諸国が相次ぎ離脱する事態となれば、米国を中心とする陣営の勝利は危うい。
(図表-9)西洋諸国の「親米」意識の変遷
第二のカギは、中国で内乱が起こるか否かである。内乱発生の誘因となるものとしては経済活動の停滞と共産党エリートの腐敗のふたつが挙げられる。現在中国には、少子高齢化、財政の裁量余地低下、成長モデル問題、過剰債務問題、住宅バブル問題など経済成長の足かせとなる要因が山積している。それに米中新冷戦が加われば第3章で述べたように経済的に大きなダメージを受けることになる。国民が昨日より今日、今日より明日が豊かになると実感できなくなれば、内乱が起きる可能性も高くなる。東西冷戦で東側陣営の盟主(ソ連)が崩壊した背後にも経済活動の停滞があった。米国を盟主とする西側陣営が市場メカニズム機能を生かして経済を発展させた一方、計画経済の東側陣営ではそれが機能しなかった。国家主導で、物品の生産量や種類、それに労働者の勤務時間などを決める計画経済では、国家指導者の的確な指令と経済活動が円滑に行われているかを監視するシステムが命だった。国家指導者が間違った指令を出しても、市場メカニズムが機能していれば、市場が悲鳴を挙げるので気づくことになるが、ソ連にはそれが無かった。経済活動を監視するシステムも脆弱で、効率よく働いてもそうでなくても判別できなかったため、有能な人材ほど労働意欲を失い、しだいに経済活動が停滞していくこととなった。なお、当時と違って現在なら、計画経済が可能との見方がある。IT技術が飛躍的に進歩したため、当時は不可能だった物品の生産量や種類、それに労働者の勤務時間などを国家が監視することが容易になっているからだ。但し、国家指導者の指令が間違っていれば、ソ連の二の舞となることに変わりはない。

また、ソ連崩壊の背後には共産党エリートの腐敗もあった。第二次世界大戦後、ソ連は欧米列強の植民地としてしいたげられてきた国々を自らの陣営に引き込み、その盟主となった。しかし、現在の中国と同じ人民民主独裁の政治体制を採用していたソ連では、共産党エリートが権力闘争を繰り返し、特権階級化(共産貴族)したことで、国民の期待は失望に変わった。そしてその実態を目の当たりにした東側諸国は相次ぎ離反していくこととなった。ソ連は米国の圧力に屈したというよりも、自滅したに近いだろう。中国でも共産党エリートが権力闘争を繰り返したり、特権階級化したりすれば、内乱が起きる恐れがある。実際、天安門事件(六四、1989年)で、学生が民主化要求に動いた背景には、共産党エリートが腐敗して、国民が社会主義に失望したことがあった。

第三のカギは、科学技術力で米中どちらが競り勝つのかである。第三次産業革命とも呼ばれるこの競争に中国が勝利することになれば、パクス・アメリカーナが終わりを告げることになるかも知れない。第一次産業革命がパクス・ブリタニカの背景にあったことは周知のとおりである。実際、前述したように中国における科学技術力の向上は目を見張るものがある。但し、現時点では米国に一日の長があるのは間違いない。科学技術に関するこれまでの蓄積に大きな差があるからだ。国際収支統計における知的財産権収入を見ても米国は中国の10倍を遥かに超えている。しかも中国の科学技術力が飛躍的に伸びた背景には、「海亀族」と呼ばれる海外留学・派遣から帰国した人々の貢献が大きかった。米国で学んだ科学技術を中国に帰ってから応用することで、自国の科学技術力を伸ばしてきたのだ。米中新冷戦という事態になれば米国留学者も激減すると予想される(図表-10)。したがって米中新冷戦下の中国では、自力で科学技術力を向上させることが求められる。習近平国家主席は2022年10月に開催された第20回党大会で、「科学技術の自立自強能力を著しく向上させる」とし、中国の弱点だった基礎研究の強化やそれを担う若手研究者の育成に注力し始めた。その成否がカギとなる。安全保障面においても、経済貿易面においても、カギを握るのは科学技術力なだけに(図表-11)、米中新冷戦の勝負は科学技術力で決まる可能性が高いと言えるだろう。
(図表-10)米国留学者(2020/21年度)/(図表-11)3つの切り口からつかむ図解中国経済
 
 

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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2022年11月30日「基礎研レポート」)

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