2022年11月30日

米中新冷戦で世界はどう変わるのか

三尾 幸吉郎

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1――はじめに

第二次世界大戦後の世界は、米国を盟主とする自由民主主義陣営とソビエト連邦(ソ連)を盟主とする社会主義陣営に分断された世界だった。それが1990年前後に米国を盟主とする自由民主主義陣営の勝利で終結すると、世界一の経済力・軍事力・情報力・科学技術力を有する米国が唯一の超大国として、国際秩序の在り方を決めるパクス・アメリカーナの時代に入った。そして世界経済はひとつに統合されてグローバリゼーションが加速することとなった。

それから30年余りを経た今、パクス・アメリカーナの世界を脅かす国が出現した。グローバリゼーションで経済力を飛躍的に向上させた中国である。中国の国内総生産(GDP)はおよそ17.5兆ドルと米国経済の4分の3の規模に達し、世界第2位の経済大国となった。購買力でみた国際ドルではおよそ27兆ドルと米国の1.2倍に達している。軍事面においても米国を脅かす存在となりつつある。世界各国の軍事力に関する評価を公表しているグローバル・ファイヤーパワーによれば、第1位は米国、第2位はロシア、そして中国は第3位となっている。これからの安全保障を考える上でカギを握る情報戦においても、中国は北斗衛星導航系統という独自の衛星測位システムを整え、米軍がGPS(全地球測位システム)を使った情報戦を展開してもそれに対抗できる体制を築こうとしている。科学技術力の向上も目覚ましい。日本の文部科学省に置かれている科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)が公表した「科学技術指標2022」では、科学技術に関する論文の量で米国を上回っただけでなく、論文の質を表す注目度の高い論文数(Top10%補正論文数とTop1%補正論文数)でも米国を上回り、世界一となった。そして世界の研究機関をランキングするネイチャー指標(シュプリンガー・ネイチャーが質の高い科学研究を発表している研究機関を論文数などで評価・公表)では、中国科学院が第1位、中国科学院大学が第8位、中国科学技術大学が第9位、北京大学が第10位にランクインした。米国のハーバード大学も第2位、スタンフォード大学も第5位、マサチューセッツ工科大学も第7位とランクインしたままだが、第1位の座を明け渡すこととなってしまった。

そして、中国は2022年10月に開催された共産党大会で、自らの発展モデル「中国式近代化」と名付けた上で、「戦争や植民地支配、略奪などという広範な発展途上国の国民を不幸に陥れた、他国を犠牲にして自国の利益をはかる血なまぐさいかつての現代化の道は歩まない」と宣言した。これは西洋諸国の繫栄が途上国の犠牲の上に成り立ってきたパクス・アメリカーナの現状を暗に批判するとともに、貧困にあえぐ途上国に対してはワシントン・コンセンサスに代わる発展モデル「中国式近代化(旧称:北京コンセンサス)」を提示したものと言えるだろう。

そこで本稿では、米中対立が激しくなった背景には何があるのかを分析した上で、米中対立が高じて新冷戦ということになると世界はどうなるのかに関して、筆者の見解を記述することとしたい。

2――米中対立の深層にある政治思想の対立

2――米中対立の深層にある政治思想の対立~「欧米型民主主義」vs「中国の特色ある社会主義」

米中両国がこれほど対立を深めた根本には政治思想の違いがある。米国を初めとする西洋諸国が民主主義を普遍的価値と考えて、その「欧米型民主主義」を世界に広めようとしているのに対し、「人民民主独裁1」を憲法で定める中国は「中国の特色ある社会主義」で中華民族の偉大なる復興という夢を実現しそれを世界に広めようとしている。これは西洋文明と中華文明の衝突とも言えるものである。

それぞれの特徴を簡単にまとめると、「欧米型民主主義」は、国民主権、自由選挙、多数決原理・少数意見尊重、三権分立、言論・信教の自由、法の下の平等などで特徴づけられる政治思想を基盤に、「人は自由でなければ生きている価値を認識できない」という人身の自由、言論・出版の自由、宗教の自由など自由権を特に重視する人権思想を持ち、民間企業中心の自由資本主義による経済運営が行われている。そしてこの「欧米型民主主義」には、国民に賢者を為政者に選ぶ教養と力量があれば理想的な制度となるものの、そうでなければ為政者が選挙のたびに交代して一貫した政治ができなかったり、為政者が目先の世論に迎合し過ぎて衆愚政治に陥ったりする恐れがあるという特徴がある。

一方、「中国の特色ある社会主義」は、共産党エリートによる「人民民主独裁」と、そこに民意を反映させるための「全過程人民民主主義2」とに特徴づけられた政治思想を基盤に、「人は生きているだけでも価値がある」、「人は貧しさから抜け出す価値がある」という生存権と発展権を特に重視する人権思想3を持ち、国有企業中心の国家資本主義による経済運営が行われている。そしてこの「中国の特色ある社会主義」には、為政者が強い指導力を発揮できる体制なので理想の実現に向けて一貫した政策運営を行なえるという利点があるものの、為政者が失政を繰り返して経済が停滞したり、共産党エリート内に腐敗が蔓延したりすれば、国民が離反して内乱が起きる恐れがあるという特徴がある。

ここで世界各国はどんな状況なのか確認しておこう。縦軸にはフリーダムハウスが公表した「政治的自由度」を取り、横軸にはエコノミスト・インテリジェンス・ユニット研究所が公表した「民主主義度」を取って、世界各国がどんな位置にあるのかをプロットしてみた。なお、丸の大きさは国内総生産(GDP)の大きさを示す。その結果を見ると(図表-1)、米国を初めとする「欧米型民主主義」の国々は両基準ともに高水準で右上に位置している。そして東西冷戦後長らくパクス・アメリカーナ時代だったこともあって途上国の中にも右上に位置する国が多く世界の主流であることが分かる。一方、中国は両基準ともも最低水準で左下に位置している。そして、左下に位置する国は中国だけではなくサウジアラビア、ベトナム、イラン、ロシアも中国に近い位置にある。また、メキシコ、マレーシア、トルコ、パキスタン、タイといった国々は、中間的な位置にあることも分かる。
(図表-1)政治面(自由と民主主義)
また、政治・人権思想で衝突する米中両国を、世界各国がどう感じているのかも確認しておこう。ここではピューリサーチセンターが定期的に実施している調査の結果、すなわち米国・中国のそれぞれのことを「好ましい(Favorable)」と回答した人の比率、「好ましくない(Unfavorable)」とした人の比率、そして「好ましい」から「好ましくない」を差し引いたネットポイントである。そして、中国に対して「好ましい」から「好ましくない」を差し引いたネットポイントを「対中意見」と命名して縦軸に取り、米国のことを「好ましい」から「好ましくない」を差し引いたネットポイントを「対米意見」と命名して横軸に取って、世界各国がどんな位置にあるのかをプロットしてみた。その結果を見ると(図表-2)、大半の国々が「親米」であることを示す右半分に位置していることが分かる。一方、「親中」であることを示す上半分にも多くの国がある。つまり左下に位置する「反米・反中」の国は少なく、右上に位置する「親米・親中」の国が多いのである。そして右上に位置する国々のほとんどは未だ貧しい途上国であることも分かる4。他方、「親米・反中」であることを示す右下に焦点を当てると、日本を含め「欧米型民主主義」のほとんどの国がここに位置する。なお、政治・人権面の分析(図表-1)では中国に近かったベトナムもここに位置し、しかも「反中」が極めて高い。また、「反米・親中」であることを示す左上に焦点を当てると、「親米・反中」の国々より数が少ないことや、パキスタン、ロシア、パレスチナ、メキシコなどの「反米・親中」意識が高いことが分かる。
(図表-2)親米・親中分析
 
1 中国の特色ある社会主義を完成させる途上(社会主義初級段階)では人民民主独裁が必要な不可欠なプロセスとされる。
2 2021年12月、「中国の民主主義」と題する白書が発表された。そこに「中国の民主主義は人民民主主義であり、人民が主人公となることは中国の民主主義の本質と核心である。全過程人民民主主義は、過程の民主主義と成果の民主主義、手続きの民主主義と実質の民主主義、直接民主主義と間接民主主義、人民民主主義と国家意志それぞれの統一を実現しており、全チェーン、全方位、フルカバーの民主主義であり、最も幅広く、最も真実で、最も役に立つ社会主義の民主主義である」としている。また「民主主義は歴史的、具体的なもので、発展するものだ。各国の民主主義は自国の歴史文化の伝統に根付き、自国人民の実践の模索と知恵の創造によって成長してきた。民主主義の道は同じでなく、民主主義の形態もそれぞれ異なる。民主主義は飾り物ではなく、格好をつけるためのものではなく、人民が解決を必要としている問題を解決するためのものである。民主主義は各国人民の権利であり、少数の国の専売特許ではない」とも指摘している。
3 2021年6月に中国国務院報道弁公室が発表した「中国共産党の人権尊重・保障の偉大な実践」では、「この100年、中国共産党は人民至上を堅持し、人権の普遍的原則と中国の実情を結びつけることを堅持し、生存権、発展権が第一の基本的人権であることを堅持し、人民の幸福な生活が最大の人権であることを堅持し、人の全面的発展を促すことを堅持」するとして、「生存権、発展権」に重点をおいた人権の考え方を披露している。
4 2021年6月に開催された国連人権理事会では、新疆ウイグル、香港、チベットにおける人権状況に深刻な懸念を表明し44ヵ国が署名した。しかし、同理事会では「新疆ウイグル、香港、チベットのことは中国の内政で、外部が干渉すべきでない」として中国を擁護する声明にも69ヵ国が署名することとなった。経済的に豊かになり民主主義が定着した日本など先進国から見れば、人権尊重は当たり前のことだが、国内に貧困問題や政情不安を抱える多くの途上国では、中国の主張を理解できる面があるようだ。また途上国から這い上がって間もなく、国内に貧困問題、独立問題、人権問題を抱える中国は、米国とは異なり、途上国の内政に干渉することが滅多にない。

3――中国が経済力をテコに世界に影響力を及ぼし始めた

3――中国が経済力をテコに世界に影響力を及ぼし始めたことも対立の背景

米中対立が激しさを増してきた背景には、中国がその経済力をテコに世界で影響力を強めたこともある。前述したように米国と全く違う政治・人権思想を持つ中国が、世界でこれ以上影響力を強めると、米国が死守したいパクス・アメリカーナの世界を揺るがしかねないからだ。

第一に中国は途上国からの輸入を増やしている。貧しさに苦しむ途上国がそこから脱却して豊かになろうとすれば、まずは輸出を増やして外貨を稼ぐところから始めなければならない。それを心得る中国は途上国からの輸入を増やしている。ここで世界各国が米中両国へどれだけ輸出しているのかを確認しておこう。縦軸には中国への輸出(≒中国が当該国から輸入した額)を取り、横軸には米国への輸出(≒米国が当該国から輸入した額)を取って、世界各国の位置をプロットしてみた。その結果を見ると(図表-3)、45度線(赤線)を基準に下に位置すれば米国への輸出が中国へのそれより多いことを示すので、右下に位置するカナダとメキシコは米国への輸出の方が圧倒的に多い。米国と締結したUSMCA協定が背景にある。またフランス、ドイツ、イタリア、英国といった欧州諸国もやや右下に位置し、米国への輸出の方がやや多い国が目立つ。インドも米国の方がやや多い。他方、台湾、韓国、オーストラリアなどは左上に位置し中国への輸出が圧倒的に多い。また日本やタイなど近隣アジア諸国は全般的に中国への輸出の方が多い国が目立ち、ブラジル、ロシア、南アフリカといったインド以外のBRICSも中国の方が多い。途上国の多いアフリカ各国を見ても(図表-4)、中国への輸出が米国を大幅に上回る国が目立つ。特にアンゴラやコンゴ民主共和国などが顕著である。米国はこうした状況に脅威を感じ始めたのだろう。
(図表-3)世界各国の輸出先としてみる米中/(図表-4)アフリカ各国の輸出先としてみる米中
第二に中国は途上国への投融資を増やしている。途上国が輸出を増やすためには、まず輸出できるモノとそれを作る人材が無くては輸出できない。そして人材を雇いモノを作る上では資金が必要となる。それを心得る中国は途上国への投融資を増やし、人材も中国から派遣して、産業振興を支援している。習近平国家主席が2013年9月に「シルクロード経済ベルト(一帯)」を、同年10月に「21世紀海上シルクロード(一路)」をそれぞれ提起して、アジアと欧州を陸路と海上航路でつなぐ広域経済圏構想「一帯一路」を打ち出した背景には、こうした意図もある。ここで世界各国の投資元を確認しておこう。縦軸には中国からの直接投資残高(当該国のGDP比)を取り、横軸には米国からの直接投資残高(当該国のGDP比)を取って、世界各国の位置をプロットしてみた。その結果を見ると(図表-5)、ほとんどの国が右下に位置しており、米国からの投資の方が中国からのそれを上回っていることが分かる。但し、東アジアに焦点を当てると(図表-6)、左上に位置する国が多く、中国からの投資の方が米国からのそれを上回っていることが分かる。特に米国がほとんど投資していない国では中国からの投資の多さが際だっている。特にラオスやカンボジアなどが顕著である。こうした傾向は西アジアやアフリカでもみられる。こうして、ひとつまたひとつと中国と親密な関係を持つ途上国が増えてきており、米国の影響力はじわじわと低下しつつある。
(図表-5)世界各国の投資元としてみる米中/(図表-6)東アジア各国の投資元としてみる米中
さらに中国は、米国の反撃に対する準備も進めているように見える。米国が中国に対して経済制裁を科すような事態に陥った場合、中国はSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除される恐れがある。それを意識してか、中国は人民元国際決済システム(CIPS)という独自のシステムを築き始めた。2015年には人民元建での外国送金や貿易参加者間の決済手段となる決済網のフェーズ1を稼働し、人民元の国際化を進めている。2021年時点においてCIPSには103ヵ国・地域1,280の金融機関が接続し、年間の処理金額は80兆元にも及び、HSBC、スタンダードチャータード銀行、シティグループ、BNPパリバといった外国銀行も出資している。そして、世界の分断が進み米国が中国をSWIFTから排除するような事態に陥っても、世界との貿易・投資関係を継続できる体制を築きつつある。宇宙開発に関しても、中国は北斗衛星導航系統という独自の衛星測位システムを構築し、2012年にはアジア太平洋地域で、2018年には全世界向けサービスを開始した。世界にとっては、中国が独自システムを構築することで、米国のGPSとの切磋琢磨でイノベーションが期待できる上、GPSが機能不全に陥った場合のリスクを軽減できる可能性がある。但し、中国が米国と対立した場合に備えて、着々と準備しているということなのかも知れない。
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