2022年11月04日

観光業の回復で景気腰折れ懸念を払拭できるか

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

文字サイズ

(図表1)東南アジア5カ国の実質GDP成長率 東南アジア地域は2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大を繰り返して厳しい経済状況が続いたが、現在ワクチンの普及などにより感染状況は落ち着いており、行動制限と入国規制の緩和に伴う社会経済活動の正常化が進んでいる。2022年4-6月期の東南アジア5カ国の実質GDP成長率はマレーシアが前年同期比+8.9%、ベトナムが同+7.7%、インドネシアが同+5.4%、タイが同+2.5%となり、それぞれ1-3月期から上昇した(図表1)。フィリピンは同+7.4%となり、1-3月期から低下したものの、高成長を保っており、東南アジア経済は回復基調にあると言える。
(図表2)東南アジア5カ国の消費者物価上昇率 今後もコロナショック前の生活様式に戻る過程で、東南アジア経済は復調するとみられるが、足元では国際商品市況の高騰や経済活動の再開に伴いインフレが加速すると共に、米国の金融引締め策に追随する形で各国中銀が積極的な利上げに舵を切っており、22年後半は景気の回復基調が腰折れする懸念が強まっている(図表2)。今後インフレ率は原油価格の下落により上昇ペースが鈍化するだろうが、国内経済の回復と食品価格の高騰により年内まで高止まりするだろう。また東南アジアの金融引き締め策は米国の利上げが打ち止めとなる来年1-3月期まで続くと予想している。
 
東南アジアの景気回復基調が保たれるかどうかは観光産業がカギを握る。東南アジア5カ国の国際観光収入(GDP比、2019年)はタイが11.8%、マレーシアが6.1%、ベトナムが3.6%、フィリピンが3.0%、インドネシアが1.6%と国毎に差があるが、いずれも日本の1.0%を上回っており、インバウンド需要の各国経済への影響は大きいと言える。したがって、東南アジアの主要産業である観光業が回復すると、国内の雇用環境が幅広く改善して家計所得が増加、つまり個人消費にはプラスに働くため、足元の物価高と金利高による経済の下押し圧力を相殺する期待がある。
 
観光産業はコロナ禍で国際的な人の往来が大幅に制限されて低迷していたが、現在は復調に向かっている。今年初めは東南アジアにおいてもオミクロン株の感染が拡大したため、各国政府は入国規制を強化したが、オミクロン株の感染者の大半が軽症・無症状であることが分かると、2月~4月にかけてワクチン接種を条件に隔離なしでの入国が認められるようになった。その後も各国政府は外国人観光客の受け入れ再開による経済の早期回復を目指して入国時のPCR検査や陰性証明書の提示、医療保険の加入などを不要にしたり、短期滞在者向けのビザ発行を再開するなどコロナ禍で強化された入国規制はほぼ撤廃されている。また屋外のマスク着用義務が撤廃(タイとベトナムでは屋内も撤廃)されたほか、タイでは6月からバンコクでバーやパブなどの営業が条件付きで解禁されるなど活動制限措置が更に緩和されており、各国で観光業回復への布石が打たれている。

 
(図表3)東南アジア5カ国への訪問者数 実際、東南アジアへの訪問者は増え始めている。昨年は東南アジア5カ国への訪問者数が1ヵ月あたり32万人(2019年比▲96%)にとどまったが、今年6月は258万人(同▲71%)まで回復した(図表3)。また世界観光機関(UNWTO)によると、東南アジアのホテル検索数は今年8月時点で2019年比+26%(昨年は同▲79%)とプラスに転じると共に、(客室などの)稼働率が57%(昨年は39%)まで上昇するなどリベンジ旅行とも言える動きがみられており、今後も観光業の回復が続くとみられる。特に北東アジアからの訪問者の増加が期待できる。日本では今年9月に入国時のPCR検査と陰性証明書の提示が免除されたほか、韓国では6月に入国時の隔離義務が免除、そして10月に入国時PCR検査が廃止された。さらに台湾でも9月に入境時PCR検査が廃止、10月に入境時の隔離義務が免除されており、今後北東アジア諸国の国際的な人の往来が増えると予想される。もっとも、コロナ前に訪問者数全体の2割を占めた中国人旅行者がほとんど戻っていないことには注意したい。中国政府はゼロコロナ政策を維持しており、国内旅行会社に対して海外旅行の自粛を指示している。仮に今後、中国がゼロコロナ政策から転換するとしても規制緩和は段階的に進められるため、中国人旅行者が急速に回復するとは考えにくい。したがって、東南アジアの観光業は順調に回復するものの、コロナ前までの回復はまだ先になりそうだ。
 
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2022年11月04日「ニッセイ年金ストラテジー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【観光業の回復で景気腰折れ懸念を払拭できるか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

観光業の回復で景気腰折れ懸念を払拭できるかのレポート Topへ