2022年10月19日

現在バイアスが強い人は、テレワークで生産性低下を感じた傾向-テレワークで生産性が上がった人/下がった人(6)-

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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1――はじめに

本稿を含めて全8回の基礎研レターでは、2022年3月にニッセイ基礎研究所が独自に行ったアンケート調査のデータを用いて、テレワーク拡大によってどのような人は生産性が高まったと感じ、どのような人は生産性が下がったと感じたのかを分析した結果を紹介していく。本稿ではそのうち、第6回として、人々の現在バイアスに注目した分析結果を紹介する(現在バイアスについての説明は次ページに記載)。結果を先取りしてお伝えすれば、夏休みの宿題を夏休みの終わり頃にやった人(現在バイアスが強いと思われる人)の間では、コロナ禍でテレワークをするようになったことで、生産性が低下したと感じた人の割合が大きかった。

2――夏休みの宿題を夏休みの終わり頃にやった人

2――夏休みの宿題を夏休みの終わり頃にやった人の間で、生産性が低下したと感じた人の割合が大きい

日本で新型コロナ拡大が始まって以降(2020年1月以降)テレワークを行った人へ、「在宅勤務・テレワークで仕事をする時、勤め先に出社して仕事をする場合と比べて、仕事の生産性をどう感じましたか。」という質問をした際の回答について、「あなたは、中学生の時、夏休みに出された宿題をいつごろやることが多かったですか。」という質問への回答別の分布を示したのが図1である1。図1からは、「夏休みの終わり頃にやった」、もしくは、「どちらかというと終わりのころにやった」と回答した人の間では、「夏休みが始まると最初のころにやった」と回答した人の間に比べて、テレワークをするようになって、生産性が向上した、もしくは、生産性がやや向上した、と感じた人の割合は小さく、生産性が低下した、もしくは、生産性がやや低下したと感じた人の割合は大きいことが分かる。
図1. テレワークで生産性が上がった人/下がった人の割合(夏休みの宿題をやった時期別)
 
1 ニッセイ基礎研究所が2022年3月に実施した独自の被用者を対象とした調査の回答者計5,653名のうち、本質問の対象者となる、日本で新型コロナ拡大が始まって以降(2020年1月以降)一番テレワークを利用した時期に、月1回以上のテレワークを行ったと回答した人は、1,985名。
本調査は、全国の 18~64 歳の被用者(公務員もしくは会社に雇用されている人)の男女を対象に、全国 6 地区、性別、年齢階層別(10 歳ごと)の分布を、2020年の国勢調査の分布に合わせて収集した(株式会社クロス・マーケティングのモニター会員)。調査の概要は以下の基礎研レター参照。
岩﨑敬子(2022年9月14日)「会社員/公務員がテレワークによって感じた生産性の変化概況-テレワークで生産性が上がった人/下がった人(1)―」(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72366?site=nli

3――夏休みの宿題と現在バイアス

3――夏休みの宿題と現在バイアス

夏休みの宿題をいつ頃やったかという質問は、個々人の現在バイアスの程度を捉える質問としていくつかの研究で用いられてきた2。現在バイアスは、簡単に言えば、「目先の利益を優先してしまう傾向」である。現在バイアスは横軸を時間経過、縦軸を主観的な価値とすると、反比例(双曲線)のグラフで表される場合に発生することから、「双極割引」と呼ばれることもある3。夏休みの宿題をいつやるのかは、個人の判断にゆだねられている。そして夏休みの宿題は多くの人にとって憂うつなものだろう。この夏休みの宿題を夏休みが始まってすぐにやってしまう人は先送り傾向が弱い(現在バイアスがない、または弱い)人で、終わり頃にやる人は先送り傾向が強い(現在バイアスが強い)人と考えて、現在バイアスの指標としているのである4

こうした研究に沿って、夏休みの宿題をいつやったのかは現在バイアスの程度を表しているとすると、私たちの調査の結果は、現在バイアスが強い人は、コロナ禍でテレワークをするようになって、生産性が低下したと感じた人が多いことを示唆するものと考えられる。
 
2 Ikeda et al. (2010); Kang and Ikeda (2014, 2016)
3 双曲割引については以下参照:
 岩﨑敬子(2019年4月2日)「3分でわかる新社会人のための経済学コラム『第110回後回し傾向で、貯蓄額は211万円減少・肥満確率は2.8ポイント上昇?!-ダイエットや貯金を妨げる双曲割引とは』」(https://www.nissay.co.jp/enjoy/keizai/110.html
4 岩﨑(2021)

4――おわりに

4――おわりに

本稿では、ニッセイ基礎研究所の独自調査のデータを元に、新型コロナ拡大以降テレワークを行った人の間では、夏休みの宿題を夏休みの終わり頃にやった人の間で、テレワークによって生産性が下がったと感じた人の割合が大きい傾向を確認した。この要因については今後の検討課題であるが、先行研究に沿って夏休みの宿題をいつ頃行うかは現在バイアスの程度を示していると考えると、この結果は、現在バイアスが強い人は、コロナ禍でテレワークを行うようになって、生産性が低下したと感じた人の割合が大きいことを示唆する。テレワークでは、オフィスで行う業務に比べて、上司や同僚の目が届きにくかったり、業務以外の趣味の本など自分の好きなことに関わるものが周りに存在していたりする状況が考えられる。そのため、現在バイアスが強い人は、業務以外のものの誘惑(目先の利益)を優先してしまいやすい可能性があることが要因の一つとして考えられるかもしれない。

参考文献
 
岩﨑敬子(2021)「福島原発事故とこころの健康 実証経済学で探る減災・復興の鍵」日本評論社
Ikeda, S., Kang, M.-I. and Ohtake, F.(2010)“Hyperbolic Discounting, the Sign Effect, and the Body Mass Index,” Journal of Health Economics, 29(2): 268-284.
Kang, M. -I. and Ikeda, S.(2014)“Time Discounting and Smoking Behavior: Evidence from a Panel Survey,” Health Economics, 23(12): 1443-1464. 
Kang, M. -I. and Ikeda, S.(2016)“Time Discounting, Present biases, and Health-Related Behaviors: Evidence from Japan,” Economics and Human Biology, 21: 122-136. 
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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

(2022年10月19日「基礎研レター」)

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