2022年10月12日

文字サイズ

5. 代替シナリオ

(楽観シナリオ)
楽観シナリオでは、原油価格がいったん緩やかに下落し、欧米の物価上昇圧力も早期に和らぎ、景気後退が回避される。また、コロナ禍を契機に加速したデジタル・トランスフォーメーションや各国の成長戦略が高成長を牽引する。その結果、メインシナリオに比べて世界経済が順調に回復する。

米国は、物価上昇圧力が早期に和らいでいくことでメインシナリオに比べて金融引締めが緩やかに留まり、経済がソフトランディングする。ユーロ圏はロシア産ガスの代替調達を加速させ、冬のエネルギー不足を経済の急減速を伴わずに乗り切ることができる。来年以降も「脱ロシア」を早期に達成し、復興基金を呼び水にした「グリーン」「デジタル」関連の投資の加速によって、潜在成長率が2%近くまで上昇する。中国は、米中対立の緩和で世界経済が分断されることなく、海外経済の好景気に支えられ、今後10年間の平均成長率で4.8%を維持する。日本は、世界経済の好景気による外需の増加や訪日観光客増加による消費の増加などにより、より高い経済成長が実現する。これに伴い、賃金がより上がりやすい環境となり、これまでの資源価格高騰によるコスト増を転嫁できていなかった生産者による最終消費財への価格転嫁が行われることなどから、消費者物価指数は2%を超えて推移し、その後も好景気のもとでの賃金上昇と物価上昇の好循環が実現し、消費者物価指数は安定的に2%程度で推移する。

(悲観シナリオ)
悲観シナリオでは、原油などのエネルギー価格の高騰が継続し、欧米の物価上昇率が当面高止まりする。欧米の中央銀行による利上げがメインシナリオよりも加速し、景気が大きく悪化する。これを受け、原油価格は下落するものの、コロナ禍以降に増加した政府債務と民間債務の削減は進まず、生産性上昇に必要な投資が抑制され、潜在成長率の低迷につながる。

米国は、2022年および2023年のインフレがメインシナリオから上振れすることで、利上げ幅も上振れする。この結果、経済は金融引締めによりオーバーキルされ、2023年から2024年にかけて深刻な景気後退に陥る。2024年から金融緩和に転じ、2025年以降はゼロ金利政策を採用するものの、景気は長期にわたり低迷し予測期間末にかけて1%程度の低成長が続く。また、米中関係はさらに悪化、世界経済の低迷が続く。中国は米中対立の激化で世界経済の分断が一気に進み、世界貿易が縮小して、経済成長の勢いが鈍化し、10年後の成長率は1%台まで低下する。ユーロ圏では、ロシア産ガス供給の削減を受けたエネルギー危機の深刻化で、節ガスに伴う経済活動の制限を余儀なくされる。その後も「脱ロシア」の進展が遅れることで経済活動は当面抑制的となり、製造業の拠点としての魅力が低下、投資活動も停滞することから、今後10年間の成長率はメインシナリオを大きく下回る。日本は、海外経済の低迷の影響により、外需が伸び悩むことなどから、23年度、24年度にマイナス成長に陥る。加えて、原油価格の高止まりによる生産コスト増に耐えられなくなった生産者が最終消費財への価格転嫁を進めざるをえなくなることで、景気悪化と物価上昇のスタグフレーションに突入する。その後も低調な海外経済の影響により、景気低迷が継続し、賃金や物価は上昇しない状況に陥る。その結果、今後10年間の実質GDP成長率の平均は0.0%、消費者物価上昇率の平均は0.1%となる。
シナリオ別国・地方の基礎的財政収支 (シナリオ別の財政収支見通し)
メインシナリオの財政収支見通しでは、予測期間末の2032年度までに基礎的財政収支の黒字化は達成されず、名目GDP比で▲2.1%の赤字が残るとしている。楽観シナリオでは、メインシナリオよりも経済が上振れし、物価上昇率も高まることから、名目GDP成長率が2023年度から2032年度までの10年間で平均2.9%とメインシナリオよりも1%程度高くなり、税収が伸びるなどの理由から、基礎的財政収支はメインシナリオよりも大きく改善し、2026年度に赤字が解消され、2032年度には名目GDP比で0.8%の黒字となる。なお、楽観シナリオではメインシナリオに比べて長期金利が上昇するため、利払い費を含めた財政収支は基礎的財政収支ほどには改善しない。

一方、悲観シナリオでは、2023年度から2025年度に名目GDP成長率がマイナスに陥り、「低成長率・低物価上昇率」が続くため、税収が伸びないことなどにより、2032年度においても、基礎的財政収支は名目GDP比で▲5.0%の赤字となる。
(シナリオ別の金融市場見通し)
楽観シナリオでは、欧米の物価上昇圧力が早期に和らいでいくと想定しているため、欧米の利上げ停止時期が年内に早まり、追加的な利上げ幅もメインシナリオと比べて小幅に留まる。一方、メインシナリオ同様、2024年以降にはインフレ圧力の鎮静化を受けて欧米ともに利下げに転じるが、高めの成長率を反映して、政策金利の着地点はメインシナリオよりもやや高い水準となる。

日本では、2%を超える物価上昇率が継続するうちに、物価上昇の内容が日銀の目指している賃上げを伴う形へと移行することで、2024年度には日銀が「物価目標を達成した」との判断に基づき出口戦略を開始する。この際にマイナス金利政策は終了され、政策金利として無担保コール誘導目標が復活するとともに、国債利回りの誘導目標もその時点で撤廃(長短金利操作は終了)される。その後、2025年度からは順調な景気動向と物価上昇率の2%超え継続を背景に段階的な利上げが実施されることになる。利上げが停止されるのは、物価上昇率が2%に落ち着く28年度と想定している。

日本の長期金利は、日銀の誘導目標下にある2023年度までは比較的低位に留まるが、国債利回りの誘導目標が撤廃される2024年度以降は、利上げの段階的な実施や投資家のリスク選好(すなわち、安全資産である国債の需要減少)を受けて、メインシナリオよりも早期かつ大幅に上昇していくことになる。

ドル円レートについては、予測期間序盤のFRBによる利上げがメインシナリオよりも小幅に留まるうえ、2024年度からは日銀が速いペースで出口戦略を進めることになるため、予測期間中盤にかけて、メインシナリオよりも円高ドル安ペースが速まる。ただし、円売りの発生しやすいリスク選好地合いが続くため、その差は限定的に留まるだろう。その後、予測期間終盤には、日銀の利上げが停止されるため、(予測期間末にかけて出口戦略が続く)メインシナリオよりも多少円安ドル高水準での推移となる。予測期間末の水準は1ドル118円と想定している。

ユーロドルレートについては、足元で後退懸念が高まっているユーロ圏経済が堅調に推移するうえ、期間を通じてリスク選好的なユーロ買いが入りやすいこと、EUの統合が進んでユーロの信認が高まっていくことから、予測期間を通じてメインシナリオよりもややユーロ高となり、予測期間末には1ユーロ1.20ドルまで上昇すると想定。これに加え、既述の通り、ドル円レートは予測期間終盤にメインシナリオよりも円安ドル高となるため、ユーロ円レートも予測期間終盤にはメインシナリオよりも円安ユーロ高水準となり、ほぼ現在の水準が維持される。
 
悲観シナリオでは、当面の欧米の物価上昇率がメインシナリオよりも高止まり、両中央銀行による利上げペースがメインシナリオよりも加速した後に、インフレ・利上げに耐えきれなくなった景気が失速すると想定。2024年にはFRB・ECBともに急激な利下げに転じ、予測期間半ばにはともに実質ゼロ金利政策に戻る。日本も景気悪化を受けて物価上昇率が大きく低下した後、低迷が続くため、予測期間を通じて日銀による金融緩和が継続し、正常化の動きは生じない。

日本の長期金利は、日銀が自然利子率低下と円高圧力の高まりへの対応として、2024年度に長期金利誘導目標を引き下げることで、翌2025年度には▲0.2%まで低下し、予測期間末にかけてマイナス圏での推移が続く。

ドル円レートについては、米景気の急激な悪化と米金利の大幅な低下を受けて2024年度以降にドルが大きく売られるうえ、リスク回避的な円買いも加わることで、2025年度にかけて1ドル105円を割り込む水準まで大幅な円高ドル安が進む。その後も予測期間末にかけて、同水準での低迷が続くことになる。

ユーロドルレートについては、予測期間前半の欧米中央銀行の政策に大きな乖離は生じないものの、予測期間を通じてリスク回避的なユーロ売りが発生しやすいことから、メインシナリオと比べてユーロの上値は重くなり、予測期間末でも1ユーロ1.05ドルに留まる。これに加えて、既述の通り、ドル円ではメインシナリオよりも円高ドル安が進むため、ユーロ円は中盤にかけて1ユーロ110円を割り込むまで急落し、その後も横ばい圏での低迷が続くことになる。すなわち、主要先進国通貨では円が独歩高の構図になる。
シナリオ別無担保コールレート誘導目標の見通し/シナリオ別日本長期金利の見通し
シナリオ別ドル円レートの見通し/シナリオ別ユーロドルレートの見通し
中期経済見通し(メインシナリオ)
メインシナリオと楽観・悲観シナリオの比較
研究員一覧
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【中期経済見通し(2022~2032年度)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

中期経済見通し(2022~2032年度)のレポート Topへ