2022年04月19日

EIOPAが保険ストレステストの開示制度の変更を提案-EIOPAが個別開示できるように指令等の改正を提案-

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局:European Insurance and Occupational Pensions Authority)は、定期的に欧州保険会社に対するストレステストを実施してきているが、直近では2021年に実施し、その結果に基づく欧州保険会社の脆弱性と耐性力に関する状況について、2021年12月16日に「2021年 EIOPA保険ストレステスト報告書(2021 EIOPA Insurance Stress Test Report)」(以下、「今回の報告書」という)を公表1した。さらには、この報告書を受けて、2022年3月21日に、「2021 Insurance Stress Test Recommendations」を公表2し、EIOPAがテストで特定された関連する懸念事項に関する勧告事項を明らかにした。

このうちの報告書の概要については、3回の保険年金フォーカス「EIOPAによる2021年保険ストレステストの結果について(1)-EIOPAの報告書の概要報告-」(2022.1.11)、「EIOPAによる2021年保険ストレステストの結果について(2)-資本コンポーネント-」(2022.1.24)及び「EIOPAによる2021年保険ストレステストの結果について(3)-流動性コンポーネントへの影響と保険業界団体の反応-」(2022.2.1)で報告した。また、EIOPAの勧告事項については、保険年金フォーカス「EIOPAによる2021年保険ストレステストに基づく勧告事項」(2022.4.8)で報告した。

この勧告事項に関するレポートで報告したように、EIOPA報告書の中の今後のフォローアップとして「EIOPAは、参加会社によるストレステストの結果の一貫した規律あるコミュニケーションが、歪みを制限し、保険会社間及び他の金融セクターとの公平な競争の場に貢献すると考えており、この目的のために、参加会社の公表率が今後のテストで確実に増加するように、可能な措置を検討している。」と述べていた。

今回、EIOPAは、2022年4月12日に、ストレステストの結果の個別開示(個々の会社の結果の開示)を推進するためにソルベンシーII指令等を改正するように求める意見を発表3し、欧州委員会、欧州議会及びEU理事会(閣僚理事会:Council of the European Union)に提出したと述べた。

今回のレポートでは、このEIOPAの意見の概要について報告する。

2―EIOPAによる意見の概要

2―EIOPAによる意見の概要

1|今回の意見を巡る全体像
EIOPAは、欧州保険業界のレジリエンスを評価するために、これまでEU全体のストレステストを2年ないしは3年ごとに実施してきている。ただし、これまで、集計データに基づいてのみ結果を公表してきた。個々の結果の開示は各保険会社に委ねられている。

EIOPAは、過去数年間、個々の結果を公表し、この問題について利害関係者と関わりを持つことにより、テストの透明性をさらに向上させることを目指してきた。EIOPAは、個々のストレステスト結果の一貫した統制のとれたコミュニケーションが市場規律を強化し、参加者のコミットメントを高め、保険会社間及び金融セクター全体の公平な競争の場に貢献し、保険業界全体の健全性をもたらすと考えてきた。

貸借対照表指標のサブセットのみの公開を要求するなど、個々の開示に関する業界の懸念に対処するためにEIOPAが講じた措置にもかかわらず、(再)保険会社の大多数は引き続き開示に消極的で、2021年のストレステストでも44社のうち8社しか開示しなかった。

なお、銀行部門では、個々の結果を開示することができる。

したがって、EIOPAは、EIOPAが個々の会社の結果を開示できるようにする法的枠組みの変更が、個々の情報の開示を進める唯一の方法であると考えた。

ソルベンシーII指令(2009/138 / EC)の対象を絞った修正を伴うソルベンシーIIの継続的なレビューが、簡単な解決策を提供するとして、今回具体的な改正案を提示している。
2|今回の意見の背景
EIOPAの意見によれば、今回の意見提案に至った背景等について、以下の通り述べている。
 

EIOPAは、ESRB(欧州システミックリスク理事会)と協力して、市場条件の予測される変化に対する欧州保険業界のレジリエンスと、それが保険会社に与える潜在的な負の影響を評価するために、定期的にEU全体にわたるテストを実施してきている。具体的には、EIOPAは2011年、2014年、2016年、2018年、2021年に保険ストレステストを実施している。

EU全体のテスト結果は、集計されたデータに基づく報告書を通じて伝えられてきた。過去2回のテストにおいては、EIOPAは、テストから推測されるマイクロプルーデンス情報をよりよく伝えることを目指して、参加者の個々の結果の公表を追求してきた。EIOPAの見解では、個々のストレステストの結果開示は、ストレステストのプロセスにおける論理的なステップであり、それはまた、金融市場、保険業界、保険契約者、その他の利害関係者に対する透明性の行使でもある。

EIOPAは、ストレステストの結果の伝達の透明性を高めることを目的として、参加者に各自のスト レステスト結果を開示するよう促してきた。EIOPAは、個別のストレステスト結果の公表が極めて限られている理由について、2018年に業界から寄せられたフィードバックに留意し、ストレステストの枠組みをさらに強化することに取り組み、業界が表明した懸念に対処してきた。さらに、EIOPAは様々な利害関係者とこの問題に幅広く取り組み、その作業にも彼らのフィードバックが含まれている。加えて、EIOPAは、セクターの特異性とその健全性の枠組みに取り組み、結果の誤解を避けるために公表すべき情報を定義した。

こうした措置にもかかわらず、殆どの保険会社は依然として消極的な姿勢を示しており、個別の開示は業界の標準というよりも例外的なものとなっている。2018年には、個々のデータの公表に同意した会社は42社中わずか4社であったが、前回の調査で同意した会社は44社中わずか8社であった。

欧州の監督機関は、保険業界及びその規制の枠組みは、他の金融セクターと同様のレベルの透明性をもって行動できるだけの、強固で成熟しかつ自信あふれるものであると強く信じている。EIOPAは、業界との対話を継続する一方で、これまで自主的な形式が十分に効果的でないことが証明されていることを考慮して、個々の開示要件を正式なものとするためのさらなる措置を講じる必要があると考えている。

3|EIOPAが個別開示を求める根拠業界の根強い反対にもかかわらず、EIOPAは、以下の理由から、参加会社によるストレステスト結果の一貫した規律あるコミュニケーションが非常に重要であると考えている、と述べている。
 

(1) 市場規律を強化する。個々の結果の開示は、参加会社についての関連情報を様々な利害関係者(アナリスト、投資家、保険契約者)に明らかにし、透明性を高め、ひいてはより良い市場規律を提供する。これは全体的に健全な保険産業をもたらすはずである。

(2) 参加者のコミットメントを増やす。上記の結果、個別の開示は、参加者のコミットメントの増加につながり、彼らは結果をより良く説明し、報告されたストレス後の値の背景情報を提供することができる。これはまた、より強固で有用なテストにつながることになる。

(3) 公平な競争の場に貢献する。参加会社によるストレステスト結果の一貫した規律あるコミュニケーションは、歪みを制限し、保険会社及び他の金融セクターとの間の公平な競争の場に貢献する。

4|EIOPAの対応等
なお、EIOPAは、ストレステスト結果の誤解が市場にもたらす可能性がある潜在的な問題と意図しない結果を認識しており、緩和措置を講じる、としている。EIOPAは、ストレステストの合格判定ではないという性質に応じて、貸借対照表に基づく情報の事前定義されたサブセットを要求することを決定している。また、EIOPAは、ストレステストの結果を説明するための適切なコミュニケーション戦略の実施に引き続きコミットしていき、さらに、市場への干渉を避けるため、結果は常に取引時間外に公表される、としている。

また、EIOPAの透明性向上への取り組みは、欧州会計監査院(European Court of Auditors)がEIOPAに対して個別開示の促進を求めていることによって促進されていることにも留意すべきである、と述べている4

なお、今回の意見の公表に伴い、EIOPAのPetra Hielkema会長は、以下のように述べている。

「私たちは今、(再)保険会社が金融システムの他の部分と同様のレベルの透明性を確実に順守するように率先して取り組んでいる。保険業界とその規制の枠組みは十分に堅牢であり、この変化に対応できる。」
 
4 欧州会計監査院は、2018年11月15日の勧告で「EIOPAは、保険部門の監督と安定に重要な貢献をしたが、重大な課題が残っている。」と述べて、具体的な項目の1つとして「ストレステストシナリオの設計を改善し、方法論の透明性を高め、より関連性の高い勧告事項を発行し、個々の結果の公開を促進すべき」としている。

3―EIOPAの意見の具体的内容

3―EIOPAの意見の具体的内容

具体的な提案内容は、以下の通りとなっている。
1|EIOPAの提案
これまでの経験から、EIOPAは、個別情報の開示を得るためには、法的枠組みの変更が唯一の方法であると考えている。個々の金融機関の結果を開示することができるEBA(欧州銀行監督局)5とは異なり、EIOPA規制は、EIOPAが各金融機関の結果を開示することを認めていない。EIOPA、ESMA(欧州証券市場監督局)、EBA、ESRBがECB(欧州中央銀行)の協力を得て行っている環境リスクに関する予見された演習のような分野横断的な演習の場合には、透明性とストレステスト結果の開示に関するEIOPAとEBAの間の現在の公平でない権限がより明確になってくる。

EIOPAは、ソルベンシーIIのレビューが現在進行中であることを考えて、指令2009/138/ECの対象を絞った改訂が最も簡単な解決策となることから、当該指令の改訂方法に関する具体的な草案を提案している。なお、併せてEIOPAの規則の改正も提案している。

EIOPAは、業界や利害関係者との関わりを続けていくが、これが法的要件になれば、結果の個別のコミュニケーションの進展がよりよく達成できると考えている。したがって、欧州議会、EU理事会及び欧州委員会に対し、現在進行中のソルベンシーIIのレビューに照らして、この提案を考慮するよう求める、としている。
 
5 2010年11月24日の欧州議会及び理事会規則 (EU) No 1093/2010第22条 (1 a)において、「 [...] 当該全会一致の評価が実施され、当局がこれを行うことが適切であると考える場合には、当局は、各参加金融機関の結果を開示するものとする。」と規定されている。
2|具体的な法令の改正提案
具体的な法令の改正提案については、ソルベンシーII指令とEIOPA規則に関して、以下の通りとなっている(パラグラフや項を追加)。
 

ソルベンシーII指令 第64条の第2パラグラフ 職業上の守秘義務
パラグラフ1は、管轄当局が、この指令の第34条第4項又は規則(EU)No 1094/2010の第32条に従って実施されたストレステストの結果を公表すること、又はEU全体のストレステストの結果をEIOPAが公表する目的で、ストレステストの結果をEIOPAに伝えること、を妨げてはならない。

EIOPA規則 第22条第1a項 システミックリスクに関する一般規定
1a.当局は、少なくとも年に一度、第32条に従って、金融機関のレジリエンスについてEU全体の評価を実施することが適切かどうかを検討し、欧州議会、EU理事会及び欧州委員会にその理由を通知するものとする。そのようなEU全体の評価が実施され、当局がそうすることが適切であると考える場合、各参加金融機関の結果を開示しなければならない。

4―まとめ

4―まとめ

以上、今回のレポートでは、EIOPAが2022年4月12日に公表した、ストレステストの結果の個別開示を推進するためにソルベンシーII指令等を改正するように求める意見について、報告してきた。

今回のEIOPAの意見を踏まえて、保険業界がどのような反応を見せるのかが注目されることになる。また、欧州議会、EU理事会及び欧州委員会がどのような対応を行っていくのかが注目されていくことになる。

EIOPAによるストレステストの実施状況やそのストレステストによる結果の開示に関しては、日本においても関心の高い事項であることから、今後の動きについては引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2022年04月19日「保険・年金フォーカス」)

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