2022年04月08日

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局:European Insurance and Occupational Pensions Authority)は、2021年12月16日に「2021年 EIOPA保険ストレステスト報告書(2021 EIOPA Insurance Stress Test Report)」(以下、「今回の報告書」という)を公表1した。この報告書により、EIOPAは、2021年に実施された欧州保険会社に対するストレステストの結果に基づく欧州保険会社の脆弱性と耐性力に関する状況を報告している。

この報告書の概要については、3回の保険年金フォーカス「EIOPAによる2021年保険ストレステストの結果について(1)-EIOPAの報告書の概要報告-」(2022.1.11)、「EIOPAによる2021年保険ストレステストの結果について(2)-資本コンポーネント-」(2022.1.24)及び「EIOPAによる2021年保険ストレステストの結果について(3)-流動性コンポーネントへの影響と保険業界団体の反応-」(2022.2.1)で報告した。

その中でも述べていたように、EIOPAとEU各国監督当局は、セクターのリスクと脆弱性をより深く理解するために、結果をさらに分析し、EIOPAがテストで特定された関連する懸念事項に関する推奨事項を発行する必要性を評価していくことになっていた。

今回これを受けて、EIOPAが2022年3月21日に、「2021 Insurance Stress Test Recommendations」を公表2した。今回のレポートでは、この公表資料に基づいて、勧告の概要について報告する。

2―勧告の概要

2―勧告の概要

1|今回の勧告の位置付け
2021年において、EIOPAは、2010年11月24日の欧州議会及び閣僚理事会の規則 (EU) No 1094/2010 (EIOPA規則) の第21条 (2) (b) に基づき、欧州全域にわたるストレステストを実施した。

今回の勧告は、EIOPA規則第21条 (2) (b) に基づき、ストレステストで特定された問題に対処するために発行されている。

EIOPAは、これらの勧告の実施を考慮し、必要に応じてガイダンスやその他の措置を通じて、各国監督当局(NCAs)を支援する、としている。

なお、この文書に含まれる勧告は、2021年のEIGPAの保険ストレステストに参加した43の欧州保険グループと1つの単独保険会社の個別のストレステスト結果に関する議論と評価を集約したものとなっている。
2|今回の勧告の概要
勧告は、EIGPAの2021年の保険ストレステストの結果に関連して、以下の3つの異なる主題に分類されており、(1)で3つ、(2)で2つ、(3)で1つ、の合計6つの勧告事項となっている。

(1) 特定された脆弱性に関する推奨事項
(2) 不利な状況を管理するための措置の利用可能性に関する勧告
(3) 個々の会社固有の勧告

具体的には、EIOPAは、以下の内容について、各国監督当局(NCAs)に勧告している。

(勧告1)移行措置への依存度を減らすための会社の具体的な行動の検討
(勧告2)SCR比率の大幅な低下等を引き起こすリスクへのエクスポージャーの適切な管理の評価
(勧告3)ソルベンシーII報告の枠組みで報告されないリスクを適切に評価するための会社の十分な資源の割当て
(勧告4)経営行動の適用に関する調査や評価
(勧告5)不利な状況進展への対応に要する時間の評価
(勧告6)特定の1つの会社に対する立入検査を含む監督上の措置

3―勧告の具体的内容

3―勧告の具体的内容

勧告事項1
EIOPAは、移行措置に依存している会社が、ソルベンシーIからソルベンシーIIへの移行を円滑にするために導入された措置への依存を減らすために具体的な行動をとっているかどうかを、NCAsが検討するよう勧告する。

ストレステストの結果は、会社が十分なバッファーを持っていることを示したが、これらの肯定的な結果は、多くの場合、リスクフリー金利や技術的準備金に関する移行措置に大きく依存している。したがって、2032年の移行期間終了時に規制要件への適合を確保するために、これらの措置への依存を低減し始めることが重要である。
(参考)移行措置への依存の状況
EIOPAが公表していた直近のLTGA(長期保証措置)に関する報告書である「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2020(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2020)」3によれば、2019年末における移行措置の適用状況やその影響等は、以下の通りとなっている。

・EEAレベル(英国除き、以下同じ)で、移行措置無しでSCRを遵守していない会社の総数は16社、移行措置無しでSCRを遵守するために必要な適格自己資本の不足額は19.5億ユーロ

・TRFR(リスクフリー金利に関する移行措置)は、単体では3カ国(ドイツ、ギリシャ、アイルランド)からの5社が、グループでは、ドイツとオランダとフランスの3か国からの3つのグループが適用している。また、TRFRの非適用により、適用会社全体の平均SCR比率は229%から181%に48%ポイント低下する。

・TTP(技術的準備金に関する移行措置)は、11カ国からの136社が適用している。国別では、ドイツが59社で最も多く、フランスの21社、スペインの19社と続いている。TTPの非適用により、適用会社全体の平均SCR比率は318%から196%に122%ポイント低下する。国別では、ドイツで422%から191%に231%ポイント低下し、オーストリアで258%から153%に105%ポイント低下し、フランスでは300%から197%に103%ポイント低下する。
 
3 具体的な内容については、保険年金フォーカス「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(3)-EIOPAの2020年報告書の概要報告-」(2021.1.4)で報告している。

勧告事項2
EIOPAは、SCR比率の大幅な低下又はSCR比率の(ほぼ)違反を引き起こすリスクへのエクスポージャーが適切に管理されているかどうかをさらに評価するようNCAsに勧告する。

ストレステスト・シナリオの影響は一部の会社で、例えばSCR比率が100%ポイント以上低下する等、深刻であるため、このような大きな低下の理由をよりよく理解するために、この側面を検証することが重要である。

勧告事項3
EIOPAは、会社がソルベンシーII報告枠組みの一部として報告されていないリスクを評価するために、特に関連データを作成し処理する能力に焦点を当てて、そのリスクフレームワークとモデルが十分に柔軟であることを保証するために十分な資源を割り当てていることを確認するようNCAsに勧告する。

EIOPAは、今回のストレステストにおいて、参加者のストレス前後の流動性ポジションも初めて検証した。参加者の流動性ポジションはソルベンシー・ポジションよりも懸念されていないように見えるが、会社は、通常及び困難な市場期間において、予想される及び予想外の両方の資金調達ニーズを満たすために適切な流動性管理を行うべきである。一部の会社は、流動性ストレステストのための質の高いタイムリーなデータを提供することができたが、他の会社は、提案された枠組みに従って流動性リスクを評価するための情報の検索と評価において、はるかに多くの問題を抱えていた。この問題は、ソルベンシーIIの第2の柱で十分にカバーされていない他のリスクや新たなリスクのために顕在化する可能性がある。

勧告事項4
EIOPAは、たとえ正当化されていたとしても経営行動を適用しなかった会社については、NCAsが経営行動を適用しなかった理由をさらに調査し、これらの会社に必要な場合に経営行動を適用するための十分な選択肢があるかどうかを調査することを勧告する。
EIOPAは、経営行動を適用した会社に対して、適用された行動が検証前のフェーズで議論されたものから逸脱した場合、これらの経営行動の実行可能性と報告された影響をさらに評価するようNCAsに勧告する。これは特に、グループ内の支援に依存している会社や、銀行セクターとの相互関連性がある会社に適用される。

ストレステストでは、いくつかの会社がSCRに違反しているか、又はSCRに違反しそうになっているが、いまだ経営行動を適用する可能性を利用していないことが明らかになっているが、そのような決定の理由は、さらに調査されるべきである。

勧告事項5
EIOPAは、NCAsに対し、不利な状況進展への対応に要する時間を評価するよう勧告する。これには、次の評価が必要となる。

o意思決定プロセス
o短時間で必要な情報を収集する能力
o必要な結果を得るために会社が使用するモデルの柔軟性及び妥当性

リアクティブな経営行動の適用について、一部の参加者は時間が限られていると主張して、それらを適用しなかったが、危機的状況では、そのような事態に対処するために、リアクティブな経営行動を短期間のうちに講じなければならない場合がある。

この勧告は、全てのNCAsが、会社がリアクティブな経営行動を適用すべきであったかどうかを評価すべきであることを意味している。

勧告事項6
EIOPAは検証過程で提供された情報に基づいて、1つの参加会社について、必要に応じて立入検査を含む監督上の措置を勧告する。

ある参加会社は、検証過程で提出された結果のボラティリティの大きさと、検証過程での限られた協力がEIOPAの懸念を引き起こした。したがって、その会社の監督に責任を負うNCAは、その事例をさらに評価すべきである。

4―EIOPAによる今後のフォローアップ

4―EIOPAによる今後のフォローアップ

EIOPAは、一連のフォローアップ活動を定めており、将来のストレステストを強化し、欧州におけるより強靱な保険セクターに貢献することを目的として、勧告のフォローアップにおいて調整的役割を果たす、と述べている。

さらに、EIOPAは、参加会社によるストレステストの結果の一貫した規律あるコミュニケーションが、歪みを制限し、保険会社間及び他の金融セクターとの公平な競争の場に貢献すると考えており、この目的のために、参加会社の公表率が今後のテストで確実に増加するように、可能な措置を検討している、と述べている。

5―まとめ

5―まとめ

以上、今回のレポートでは、EIOPAが2022年3月21日に公表した「2021 Insurance Stress Test Recommendations」の概要について報告してきた。

今回の報告書により、ストレステストの結果を踏まえてのEIOPAとEU各国監督当局の懸念事項や課題が明らかになっている。今後は今回の勧告を受けて、EIOPAやEU各国監督当局がどのような対応を行っていくのかが注目されていくことになる。

EIOPAのストレステストやそれを踏まえてのEIOPAや各国監督当局の動向は、日本においても関心の高い事項であることから、今後とも引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2022年04月08日「保険・年金フォーカス」)

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【EIOPAによる2021年保険ストレステストに基づく勧告事項】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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