2022年03月24日

イランのお正月

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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1――イランの新年は春分に始まる

イランの新年は春分の瞬間に始まる。イランでは、現在日本で使われているグレゴリオ暦とは異なり、日常生活のほとんどの場面でイラン暦が使われているからだ1。イランでは、日本でお正月となるグレゴリオ暦の新年は特にお祝いなどはされない普通の平日だが、春分に迎えるイラン暦の新年は、ノールーズ(ペルシア語で「新しい日」という意味)として祝われる。その起源は古代ペルシアで信仰されていた拝火教の祝日に由来し、イランでは3,000年以上祝われてきたといわれる2

2022年の春分は、グレゴリオ暦でいうところのイラン現地時間3月20日19時03分(日本時間3月21日0時33分)だった3。イランのノールーズの過ごし方にはどのような風習があるのだろうか。本稿では、現地住民に聞いたイランの年末年始の過ごし方を紹介する。
 
1 イラン暦については以下を参照。
岩﨑敬子(2022年1月28日)「イラン暦」基礎研レター
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=70041?pno=1&site=nli
2 National Geographic (2022. 3.21) (https://www.nationalgeographic.com/history/article/nowruz-ancient-festival-celebration-springtime-new-year, 2022年3月22日アクセス)
3 イラン暦では、春分の瞬間が午前の場合はその日が新年の1日目、春分が午後の場合は翌日が新年の1日目となるため、グレゴリオ暦でいうところの2022年は、イランは3月20日の午後に春分の瞬間を迎えたため、3月21日がイラン暦での新年の1日目となる。

2――年末の過ごし方

2――年末の過ごし方

1| 年末大掃除
イランでは、日本と同じように、年末に大掃除をする風習がある。この年末大掃除は、ペルシア語で「フネテクニー」と呼ばれる。「フネ」は家、「テクニー」は揺するという意味なので、直訳すると「家揺すり」という意味の言葉である。その言葉の通り、窓や床の拭き掃除や、イランのほとんどの家庭に敷かれている絨毯の洗濯など、家のすみずみまできれいにするようだ。
2| お正月飾り
年末には「ハフトスィーン」というお正月飾りを用意する風習がある。ペルシア語で「ハフト」は数字の7、「スィーン」はペルシア文字のسのことなので「ハフトスィーン」は、سから始まる7つのものを指す。「ハフトスィーン」に含まれる7つのものと、それぞれが象徴するものは、表1に示した通りである。また、写真1は、イランの家庭で実際に飾られていた「ハフトスィーン」である。「ハフトスィーン」の他にも、コーランや、ディヴァン・イ・ハーフィズという詩の本、鏡、金魚鉢に入った金魚、色を塗った卵を一緒に飾ることもある4
写真1. 「ハフトスィーン」
表1. 「ハフトスィーン」とそれぞれが象徴するもの
3| 新年に訪れる人々をもてなす準備
イランでは新年を迎えると、年始の挨拶周りとして、家にたくさんの親戚や友人がやってくる。そのため、年末にはそれらの方々をおもてなしするための準備を行う。イランのおもてなしにはピスタチオなどのナッツ、甘いお菓子、そして様々なフルーツが欠かせない。イランで客人をおもてなしする際には、まずこれらを食べながら紅茶を飲んでお話をするのが定番だからだ。そのため、年末には、これらを準備するための買い出しに追われるのだ。
写真2. ナッツやお菓子
4| 年末に現れるキャラクター
また、年末になると街頭などに「ハジフィルーズ」という春を告げる使者のキャラクターが現れる。「ハジフィルーズ」は、タンバリンをたたきながら伝統的な歌を歌う。そして多くの場合は赤い服を着て、帽子をかぶっている。そして最も特徴的なのが、顔を黒く塗っていることである6。このキャラクターの起源については複数の説があり、神話上で死の世界から生の世界に蘇った顔の黒い男であるという説や、中世の黒人奴隷にまつわるものだという説もあり、論争を起こしている7
写真3. 街頭のハジフィルーズ
 
6 Mahmoud Omidsalar, “ḤĀJI FIRUZ,” Encyclopaedia Iranica, XI/5, pp. 551-552 (http://www.iranicaonline.org/articles/haji-firuz , 2022年3月22日アクセス).
7 Iran International (https://old.iranintl.com/en/iran/herald-spring-or-racist-symbol-haji-firuz-fires-debate-iran, 2022年3月22日アクセス)
5| 大晦日には魚を食べる
大晦日には、「サブジポロバマーヒー」という料理を食べる風習がある。「サブジ」は「緑のハーブ」、「ポロ」はごはん、「バ」は「と」、「マーヒー」は魚なので、直訳すると、緑のハーブごはんと魚という料理である。大晦日にこの料理を食べる起源には、イスラム教の預言者ソロモンの話にまつわるという説や、砂糖を発見した古代の王にまつわるという説、魚が新しい命で緑のハーブが再生を意味しているなど諸説あるものの、どれも強い証拠があるわけではない8
写真4. サブジポロバマーヒー

3――春分の瞬間の迎え方

3――春分の瞬間の迎え方

いよいよ新年を迎える春分の瞬間が近づくと、家族は新しい服を着て、「ハフトスィーン」の周りに集まり、テレビを見るなどしながら、その瞬間を待つ(春分の瞬間が深夜のような場合は、特にその限りではないようだ)9。そして、春分の瞬間を迎えると、子ども達は大人達に駆け寄り、ほほにキスをしてお祝いの挨拶をする。そして大人たちも同様に子どもたちにお祝いの挨拶を返す。そうして春分の瞬間を祝った後には、家主がコーランに挟んだお金(エイディと呼ばれる。日本でいうお年玉。)を家族に渡していく。
 
9 ノールーズの休みは通常新年の1日目から始まるが、大晦日は「石油国有化記念日」(在イラン日本大使館、https://www.ir.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/00_000610_00001.html)という祝日であるため、春分の瞬間が大晦日であったとしても、大晦日は祝日で、多くの人は仕事や学校がお休みである。

4――新年の過ごし方

4――新年の過ごし方

ノールーズの期間は1日~13日の間で、通常この期間、学校はお休みとなる。会社なども1日~4日まではお休みで、5日以降も休みを取る人は多いという。そしてこの13日間のお正月期間は親族や友人宅への挨拶周りが行われる。客人が家に挨拶にきてくれた際には、紅茶やナッツ、お菓子、フルーツでおもてなしをし、時間によってはその後に食事も出す。そして、挨拶に伺った際には、伺った先の子どもにエイディ(お年玉)をあげる風習がある。挨拶に来てくれた人の家には、後日伺うのがマナーだそうだ。

5――ノールーズの終わり

5――ノールーズの終わり

ノールーズの最終日となる13日は、「スィーズダベダル」と呼ばれる祝日である。「スィーズダ」は数字の13、「ベダル」は追い払うという意味なので、「スィーズダベダル」は、直訳すれば、13を追い払うという意味になる10。13は不吉な数字と言われているためである。「スィーズダベダル」は自然の日とも呼ばれ、この日人々は公園や山など自然のあるところに出かけ、ピクニックをしたり、歌ったり踊ったりして過ごす。こうして楽しく過ごすことで、悪い考えを取り除くという風習だそうだ。

また、「スィーズダベダル」には、「ハフトスィーン」の中のサブゼ(小麦等の芽)を川などに捨てるという伝統がある。これは家の中の悪い気を吸い取ってくれた芽を捨てて解き放つという考えにもとづいている。他にも、若い独身女性の間では、夫が見つかるように願いを込めてこの芽を縛って捨てるという風習もある11
 
イランのお正月であるノールーズは、日本のお正月と時期は違うけれど、年末大掃除やお年玉、年始の挨拶周りなど日本との共通点がみられる12。歴史を積み重ねてきた国同士の共通点といえるかもしれない。
 
10 Eiman Behzadi, Tamara Dahhan, Anika Pinkstaff, and Dustin,Stevens, (Iranian New Year Money Practices in the new year” (http://www.anthropology.uci.edu/~wmmaurer/courses/anthro_money_2006/iranian.html, 2022年3月22日アクセス)
11 My Persian Kitchen (http://www.mypersiankitchen.com/sizdeh-bedar-13th-day-of-norouz/, 2022年3月22日アクセス) ; Learn Persian Online (https://www.learnpersianonline.com/blog/persian-traditions-sizdah-bedar-13th-day-nowrouz/, 2022年3月22日アクセス)
12 本稿で紹介した風習は、筆者がイランに住む方に伺った話をもとに記載しているため、必ずしもイランの大多数の人の風習を示しているわけではない可能性があることに注意が必要である。
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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

(2022年03月24日「基礎研レター」)

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