2022年03月22日

高齢化の企業利益への影響-産業別マクロ統計を用いた推計

清水 仁志

文字サイズ

1――はじめに

「年功賃金」「終身雇用」は戦後以降の経済発展を支えた日本的雇用慣行の柱であるが、近年は変化の兆しもある。

2019年5月には、トヨタ自動車の豊田社長が「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と述べており、同月、経団連の中西前会長も「働き手の就労期間の延長が見込まれる中で、終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている」と、終身雇用の限界について言及している。また、2021年9月には、サントリーホールディングスの新浪社長が45歳定年制について言及した。最近では雇用が比較的安定しているとされる大企業正社員においても希望退職者を募る会社が増えており、終身雇用の見直しの動きがある。

従来は新卒一括採用により人材を確保し、各企業であらかじめ定められた賃金テーブルに従った年功賃金が主流であったが、こちらも見直しの動きが進んでいる。2021年の骨太の方針では、「労働時間削減等を行ってきた働き方改革のフェーズIに続き、メンバーシップ型からジョブ型の雇用形態への転換を図り、従業員のやりがいを高めていくことを目指すフェーズIIの働き方改革を推進する。」と記載されている。経団連の2022年版経労委報告のポイントにおいても、年功型賃金が労働移動を抑制する可能性について言及し、新卒一括採用、終身雇用などの日本型雇用システムの見直しを一層加速させる必要があると指摘しており、年功賃金的なメンバーシップ型から、より生産性に見合った賃金体系としてジョブ型雇用への転換が進んでいる。

企業が年功賃金、終身雇用の見直しに取り組む背景には、年功賃金により従業員の給料が硬直化している一方で、生産性が相対的に下がってきていることが指摘できるだろう。
 
理論面では、年功賃金と終身雇用の関係を説明するものとして、後払い賃金仮説について述べているLazear (1979)がある。Lazearの理論では、企業は労働者が若い時は生産性よりも低い賃金を支払い、それ以降は生産性よりも高い賃金を支払う年功賃金が、企業、労働者両者にとって経済合理的だと述べている。

労働者が若い時の生産性と賃金の差は企業の預り金として蓄積され、それ以降の生産性を上回る賃金支払いによって取り崩される。具体的には、図1で示されるように、年齢別の生産性カーブよりも賃金カーブの傾きを急にすることで年功賃金を取り入れるが、全体でみれば入社から定年までの間で総生産価値と総賃金の現在価値はバランスする1
図1:生産性と賃金の関係
しかしながら、図2のように、学歴、性、年齢別など各属性別の賃金は実際の給料等からある程度観察することができるが、個々の生産性は一部を除いて観察することはできないため、それらの関係を数値としてとらえることは容易ではない2。そのため、理論的には賃金と生産性のギャップが存在するのにもかかわらず、賃金は生産性の代理変数として扱われることも多かった。

そこで本稿では、データの制約があることを前提に、国が公開している産業別のマクロ統計を用いて、年齢別の生産性、賃金ならびに両者のギャップ(以下、利益)の推計を試みるものである。また、冒頭で述べたように、近年企業が年功賃金、終身雇用の見直しに着手している原因の一つである、属性ごとの生産性や利益の変化についても分析する。
図2:年齢別の賃金
 
1 各種統計から観察される年齢別の賃金や、年齢が高くなるにつれて生産性は上昇するものの、ある程度以上の年齢に達すると高齢化による負の影響が大きくなり逆に生産性は低下するという先行研究にならい、より形状を現実的なものに特定して図示している。
2 ただし、賃金についても、実際に支払われる給料は比較的容易に観察することができるが、福利厚生などのその他のコストまで考えると、測定することは難しくなる。

2――先行研究

2――先行研究

労働者の属性の違いと生産性の関係を分析する方法としては、全要素生産性(TFP)を被説明変数として労働者の属性構成比でTFPを説明する分析や、企業の生産額や付加価値を被説明変数とした生産関数の推計によって分析するものがある。

TFPを被説明変数にし、属性ごとの生産性を推計する場合では、まず、属性の質を考慮しない労働投入量によりTFPを推計する。その結果、属性の質に関する影響は、残差であるTFPに集約される。そのTFPを年齢構成等で回帰することで、各属性の影響を推計するというものである。

Feyrer(2007)は、OECDと低所得国に関する国横断的パネルデータを用いて、TFPと労働者の年齢構成の関係を分析している。その結果、40歳代が最もTFPが高い逆U字型の生産性カーブを示した。日本を対象としたLiu and Westelius(2016)では、都道府県のパネルデータを用いることで、国の制度的特徴に影響を受けない形でTFPと人口構成との関係を分析している。結果は、Feyrer(2007)同様、40歳代で生産性がピークとなる逆U字型の生産性カーブのパターンを確認し、高齢化が日本の全要素生産性を押し下げることを示した。

このように、TFPを被説明変数とする場合、国ごとや地域ごとのTFPが別途推計されていれば、比較的容易に年齢構成等で回帰することができるというメリットがある。

また、森川(2017)では、「企業活動基本調査」の個票データから独自にTFPを推計し、別途アンケート調査を行うことで、属性別の労働投入に関するデータを補完したうえで労働者の属性構成とTFPの関係を分析している。同時に平均賃金を被説明変数とした賃金関数も推計した結果、パートタイム労働者及び女性労働者の賃金水準は、生産性への貢献とおおむね釣り合っていることを示した。

しかしながら、TFPは労働と資本で説明できない残差であることから、労働者の属性の質のみではなく、デジタル技術の進展などそのほかの要因がすべて残ってしまっているため、必ずしも属性構成で回帰することで属性ごとの生産性が正しく推計されるとは限らないといった欠点もある。また、TFPはある程度まとまった集団(一国経済や産業、地域別など)で推計されることが多いため、森川(2017)のように個別の事業所や企業についての分析を行うことは容易ではない。加えて、TFPは前提となるデータや推計方法によって数値が大きく異なるため、どのようにTFPを推計するのかという問題もある。
 
一方、生産関数の推計によって属性別の労働者の生産性を推計する場合、生産関数における労働投入に、属性の質を考慮した労働投入を当てはめることで、属性別の生産性を推計する。

Hellerstein and Neumark(2007)では、米国の事業所を対象とし、性、人種、学歴、年齢等の属性の質を考慮した形で生産関数を推計している。また別途賃金関数についても推計した結果、女性の生産性は男性よりも低いが、賃金格差を十分に説明できず、女性の賃金は割安になっていることや、55歳以上の労働者は生産性に比べて賃金が割高になっていることなどを示した。Vandenberghe(2013)では、ベルギーの企業を対象に、労働投入に属性(年齢、性、就業形態)ごとの生産性変数を入れ付加価値生産関数、賃金関数、ならびにそれらの差(企業利益)を推計することで、女性高年齢労働者の増加は、企業利益を押し下げることを示した。

日本の研究では、川口・神林・金・権・清水谷・深尾・牧野・横山(2007)が、製造業の事業所を対象に分析を行っている。2つの統計の個票データをマッチングすることで、事業所レベルのパネルデータを作成し、教育年数、年齢、年齢の二乗に関する生産性プロファイルと、賃金プロファイルをそれぞれ別途推定し、年齢に関し両者の傾きの違いを検証した。その結果、日本においても、生産性と賃金のギャップ(年功賃金)の存在を確認した。また、永沼・西岡(2014)では、川口他(2007)の手法を踏襲しつつも、非製造業までデータを拡大して分析している。結果は、川口他(2007)と同様であり、大企業ほど年功賃金が強いことを示した。また、高年齢労働者の割合が高い大企業などの賃金負担が相対的に大きい企業ほど、賃金上昇が抑制される傾向があることを示した。
 
国やデータ、分析手法の違いにより必ずしも同じ結果が得られているわけではないものの、TFPを用いて属性別の生産性を分析する場合でも、生産関数の推計により分析する場合でも、年齢が高くなるにつれて生産性は上昇する一方で、ある程度以上の年齢に達すると、逆に生産性は低下することが導かれている。つまり、Feyrer(2007)や川口他(2007)などが示すように、年齢別の生産性は逆U字型の生産性カーブを描く。

一方、生産性と賃金のギャップについての結果は、研究ごとにまちまちではあるものの、川口他(2007)や、永沼・西岡(2014)で示されるように、限られた日本の先行研究においては、高年齢労働者は、生産性に比べて賃金が割高になっているという結果を得ている。しかし、日本の研究では、生産関数と賃金関数を別々に推計したのちに、それぞれにおける年齢の影響を表す変数の大きさを比べることで、生産性と賃金のギャップを確認している。Vandenberghe(2013)のように、年齢別の生産性と賃金のギャップ(利益)を被説明変数に直接的に年齢が利益に与える影響を分析しているものはない3

そこで本稿では、Vandenberghe(2013)のモデルに基づき、年齢別の生産性と賃金のギャップ(利益)を被説明変数に直接的に年齢が利益に与える影響についても分析する。
 
3 Kodama and Odaki(2012)では、生産性および賃金がミンサー型の賃金関数で表されるとの前提の下、それらの差を定義し労働投入変数を作成することで、直接的に生産性と賃金のギャップを推計しているが、細分化された属性ごとの結果を表しており、年功賃金を確認するものではない。また、全体としては、日本においては生産性と賃金のギャップは小さいとの結論を得ている。

3――仮説と本稿の特徴

3――仮説と本稿の特徴

先述のLazearの理論から考えると、年功賃金や終身雇用が見直される背景には、以下の3つの仮説が考えられる。

第一は、労働者の高齢化である。日本の人口の高齢化に加えて、相次ぐ雇用延長政策により、図3で示すように、40歳代以上の比較的高年齢の男性一般労働者が増加する一方で、30歳代以下の労働者は横ばいないし、減少している4。その結果、図4で示すように一般労働者の平均年齢は急激な上昇傾向にある。

Lazearの理論によると、高年齢者は生産性と比べて賃金が割高になっているため、過大賃金の高年齢労働者の割合が高まることで利益を押し下げている可能性がある。

特に、雇用延長に関しては、60歳までの定年延長に際しては、企業は役職定年制度の導入などにより高年齢者の賃金抑制を行った。65 歳までの雇用延長に際しては、非正規での再雇用や、60歳未満の従業員の賃金を抑えることなどにより過大賃金分のコストを抑えた。2021年からは、70歳までの就業確保が努力義務化され、今後一層の労働者の高齢化が想定されるため、企業はさらなる賃金抑制のための対応が迫られており、年功賃金や終身雇用の見直しを検討している可能性がある。
図3:年齢別の一般労働者数
図4:一般労働者の平均年齢
第二は、ビジネス環境の変化のスピードが速まっていることで、将来の生産性の予測が困難になり、増加している高年齢者の生産性が想定していたほど上昇しなかったことが考えられる。かつては経験の蓄積により徐々に生産性の上昇が見込まれ、その予測に基づいて年功賃金を決定することができた。しかし、現在のようにグローバル化が進み、技術進歩、情報の伝達スピードが速く、スキルが陳腐化しやすい環境下においては、将来の生産性を予測することが難しくなっている。また、雇用延長により就業期間が長くなるほど、生産性に合わせた賃金カーブの設定は困難を極めるだろう。

特に、ビジネスにおいてITスキルが必須となる中、そうした変化に対応できない中高年齢者の生産性は相対的に低下している可能性がある。結果として、一部の中高年齢者の生産性が当初想定していたほど上昇せず、過大賃金のコストが当初の想定を上回っている可能性がある。

第三は、若者の賃金を抑える年功賃金では、需要が高い人材が獲得できないという企業の採用事情である。図5が示すように、日本は、国際的にみて賃金決定要因のうちの年功部分が大きいと考えられるため、入社から定年までの総賃金が同じであれば、外資系企業などと比べて相対的に若者の賃金が見劣ってしまう。そのため、優秀な若者や、IT人材など特定のスキルを持った労働者を採用しようとしても、年功賃金により若年層の賃金がある程度規定される結果、競争力を持った採用活動ができない可能性がある。

そのためか、最近では、人材確保のために新卒などの若い労働者を対象に賃上げを行っている企業もみられるなど、高年齢者よりも若者がより優先される動きがある。
図5:各国の勤続年数別の賃金カーブ(2014年)
年功賃金、終身雇用が見直される背景として上記3つの仮説が考えられるが、本稿では、第一の仮説である労働者の高齢化によって利益が押し下げられる可能性と、第二の仮説である高年齢労働者の生産性低下を通じて利益が押し下げられる可能性について検証する。
 
表1に日本の先行研究と比べた本稿の位置づけを記載した。データについては5章で詳しく解説するが、本稿の主な特徴は3つある。

一つ目は、産業別のマクロデータを利用している点である。生産性や賃金を対象とした実証分析は、精緻なデータが必要であるため、本来であれば、事業所や企業といった細かな利益等の財務データと、そこで働く労働者特性のデータを完全に一致させることが前提である。しかし、そうしたミクロデータを取得することは容易ではない。日本の先行研究では、当局協力のもと公的統計の個票データを利用・突合したり、独自に企業へアンケート調査等を行うことでデータの補完をしたりしているものもあるが、そうした独自データを用いることは分析の継続性に欠けるといった欠点もある。だれでも利用可能な公的なマクロデータを用いることは、容易に直近までの最新のデータが利用でき、追加的に新たなデータが公表された場合や、別の手法でも本稿の分析を追加検証することができるというメリットがある。

そこで本稿では、事業所や企業ごとのミクロデータではなく、産業別のマクロデータを使うことでも、先行研究と同じく、中年齢者で生産性がピークとなる生産性カーブを描けることや、年功賃金の存在を確認する。

二つ目の特徴は、高年齢労働者の割合が高くなると企業利益にマイナスの影響を与えることを検証するために、年齢別の生産性、賃金、ならびにそれらの差である利益を直接的に推計していることである。日本の先行研究である川口他(2007)や、永沼・西岡(2014)においても、年功賃金の存在を確認し、賃金が割高な高年齢労働者が増えると、企業利益を押し下げることを示唆している。しかし、それらは、年齢別の生産性や賃金を生産関数と賃金関数という形で別々で推計したのちに、両者の傾きを比べることにより間接的に年功賃金の存在を確認している。企業利益は売上から費用を引くことで求められるが、費用には人件費以外も含まれるため、単純に年齢別の生産性と賃金を比較することで企業利益にどのような影響を与えるのかというところまで結論付けることは難しいと考える。一方、本稿では、年齢別の生産性と賃金を生産関数と賃金関数によりそれぞれ求めると同時に、それらの差である利益を被説明変数とすることで、直接的に労働者の年齢が利益に与える影響についても分析する。

三つ目の特徴は、現在にかけて高年齢者の生産性が低下し、利益を押し下げているという仮説を検証するために、推計期間内において属性別の生産性や賃金、利益が変化していると仮定していることである。先行研究では、特定の属性(例えばパートタイマーや女性など)における賃金が生産性と比べて妥当であるかといった問題意識から研究が行われている場合が多いことや、個票データや独自の調査データを用いる場合、期間が限られることなどの制約により、推計期間内において生産性は一定であると仮定することが一般的である。しかし、冒頭述べたように、日本の雇用慣行が変化しつつある中、属性別の生産性を一定であると仮定することは合理的ではないと考える。本稿では、産業別のマクロデータを活用することで、2010年度から2019年度までの比較的長期かつ直近までのパネルデータを構築することができ、上記の分析を可能とする。
表1:日本の先行研究と本稿の比較
 
4 一般労働者の定義については、本稿の分析で用いている厚生労働省「賃金構造基本統計調査」による。「短時間労働者」とは、同一事業所の一般の労働者より1日の所定労働時間が短い又は1日の所定労働時間が同じでも1週の所定労働日数が少ない労働者であり、「一般労働者」とは、「短時間労働者」以外の者をいう。
Xでシェアする Facebookでシェアする

清水 仁志

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【高齢化の企業利益への影響-産業別マクロ統計を用いた推計】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

高齢化の企業利益への影響-産業別マクロ統計を用いた推計のレポート Topへ