2022年02月22日

複数の国にまたがる年金基金の状況(欧州)-EIOPAの報告書(2021年12月)の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EUでは、年金基金(IORP : Institutions for Occupational Retirement Provision)のうち、本拠を置く本国の他にEU内の他の国でも活動するものが多数あり、EIOPA(欧州保険年金監督機構)がその状況(本国、受入国、資産状況、DB・DCの内訳など)を定期的に報告書として発行している。最も新しい報告書1は2021年12月(前回は2017年)に発行された。今回はその概要を紹介する。

これまでは、こうしたものを含む年金基金全体の様々な状況報告の中に、一つのテーマとして、複数の国にまたがって活動する年金基金の状況が含まれている、という報告書の体裁であったが、今回は、この件単独のテーマの報告書が発行されたものである。

2020年1月に、英国がEUを離脱したことにより、後述するように英国に関係する相当数の年金基金が報告対象から外れている。そのため、EUの状況=欧州ほぼ全体の状況、と言うわけにはいかなくなったが、それでもかなりの部分であることには違いない。

2――EUにおける、複数の国にまたがる年金基金の状況

2――EUにおける、複数の国にまたがる年金基金の状況

1基金の数
ここでいう、複数の国にまたがる年金基金とは、スポンサー企業と基金加入者や年金受給者との関係において、自国以外の国の社会・労働に関する法律に準拠する必要がある年金基金のことを指す。

EU加盟国にある年金基金の総数は、2017年の報告では約16万件あり、うち英国のものが約4万件であった。今回は基金総数が示されていないので、英国離脱後の正確な基金数は不明だが、それでも約10万件以上の規模であろうと推察される。そのうち複数の国にまたがって活動しているのは33基金である。2017年報告では73基金だったものが、これも英国のEU離脱によって大幅に減少した。

具体的には、73基金のうち、報告対象から外れたのは、英国を本国とする19基金、英国のみを受入国とする23基金(すべて本国はアイルランド)である。

その他には閉鎖されたものが6基金(本国がベルギー:4、リヒテンシュタイン:2)、創設されたものが8基金(本国がベルギー:5、アイルランド:2、キプロス:1)である。
2本国と受入国の関係
EU内の他の国を本国とする年金基金を受入れる国の数は増加している。なかでもベルギーを本国とする年金基金は12か国に受入れられている。オランダは、逆に最も多くの国の年金基金を受け入れているが、まだEU(27か国)には受入れのない国が14か国残っている。
本国・受入国の関係
前回2017年の報告でも言われていたことだが、複数の国にまたがる年金基金の数は2010年頃から増えておらず、今後大きな増加も見込めない状況にある。

もともと、複数の国にまたがる年金基金を設立するメリットは、一貫したリスク管理やコスト管理がなされること、従業員が国を超えて移動した場合でも一元的な年金制度を提供できることなどであるとされ、ICT革新によってさらに容易にシステム管理できるであろうといった見通しもあった。

ところが実際には、デメリットとしての、受入国の年金関係の法律を本国とは別に適用する必要があること、逆に管理が複雑になりコストがかさむこと、リスク管理的にもオペレーショナルリスクが増大すること、国によってそれらの度合いも異なること、といった点が、メリットを上回っていると認識されているということであろう。
本国毎の基金/本国毎の基金の受入国数/受入国毎の受入基金数
 
2 リヒテンシュタインはEU加盟国ではないが、EEA加盟国であり、今回の調査に含まれている。
(参考)EU加盟国27か国 オーストリア ベルギー ブルガリア クロアチア キプロス チェコ デンマーク エストニア フィンランド フランス ドイツ ギリシャ ハンガリー アイルランド イタリア ラトビア リトアニア ルクセンブルク マルタ オランダ ポーランド ポルトガル ルーマニア スロバキア スロベニア スペイン スウェーデン
EEA(欧州経済領域) 30か国  上記27か国に加え リヒテンシュタイン アイスランド ノルウェー
EFTA(欧州自由貿易連合) 4か国  リヒテンシュタイン アイスランド ノルウェー スイス
3年金基金で取り扱う年金のタイプ
年金のタイプとして大きく分けると、確定給付年金(DB)と確定拠出年金(DC)とがある。これについても英国のEU離脱によって、EU内の様相は変化している。

前回2017年報告では、複数の国にまたがるものに限らない年金基金すべて約16万件の15万件近くはDCのみを取り扱う年金基金であった。ところがそれらはアイルランド、英国、キプロスの小規模の年金基金がほとんどを占めていたのであり、その3国を除くと、DCはもともと半数強でしかなかった。件数ではなく資産ベースでみると、DBの資産規模が大きいため、逆にDCはわずかだった。

こうした背景が、複数の国にまたがる年金基金の状況にも反映しており、英国がEU離脱した今回報告では、件数ベースではDCは4分の1程度。資産ベースではさらに小さく1割程度でしかない。

そういった意味ではDBが依然として主流である。しかし、近年DCが増加傾向にあることは認められるようだ。今回は全体データがないこともあって全貌は不明だが、次回報告を待ちたい。
4加入者と年金受給者
複数の国にまたがる年金基金の加入者・年金受給者は約7万人(年金基金全体の0.2%にあたるとされる。)である。その65%はベルギーを本国とする基金の加入者である。
5資産・負債
国をまたがる年金基金の負債は合計で105億ユーロであり、運用資産は113億ユーロとなっている。DBにおいては常に、保有資産が負債をカバーできているかチェックする必要がある。その点では、DCとDBの資産の内訳が不明であるなど、若干データ不足があるものの、把握できる範囲ではどの年金基金も、保有資産が負債をカバーできている、とのEIOPAの認識である。

3――おわりに

3――おわりに

最初に触れたように、英国のEU離脱により、EIOPAが調査・報告の対象とする保険・年金の規模は大幅に減少しており、年金基金についても例外ではない。そういう意味ではこれをもって欧州全体の状況というわけにはいかない状況になった。欧州の年金基金の状況(複数の国にまたがるかどうかだけでなく)を見るには英国単独の状況もみる必要がでてきたわけだが、そうした統計や報告書が、比較可能な形で公表されているかどうかの確認も含め、今後の課題としたい。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2022年02月22日「保険・年金フォーカス」)

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