2021年12月07日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-EUがIFRS第17号を承認、英国も協議案を公表-

中村 亮一

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1―はじめに

保険契約のための新たな国際的な会計基準である「IFRS第17号(保険契約)」については、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が、2017年5月18日に基準の最終案を公表し、その後2020年6月25日に修正基準を公表して、その基準内容が確定した状況になってから、1年半が過ぎた。IFRS第17号は、2023年1月1日からの適用が想定されている。

EUを始めとしたIFRS(国際財務報告基準)を採択している国や地域の保険会社は、いまだそれぞれの国や地域で適用される基準内容が最終確定していない中にあっても、基本的にはこの最終修正版のIFRS第17号に基づいて、その適用に向けて、各種の準備を進めている。

一方で、この間において、EU(欧州連合)では、EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)が3月31日にIFRS第17号の最終承認勧告を行い、これを受けて欧州委員会のARC(Accounting Regulation Committee:会計規制委員会)が、IFRS第17号の承認に賛成票を投じた結果として、7月22日に3か月の精査期間のために、欧州議会と理事会に規則案が提出された。また、英国においても、UKEB(UK Endorsement Board:英国承認理事会)がIFRS第17号の採択の検討を進める等、各国・地域での会計基準設定機関において、IFRS 第17号の自国基準への採択に向けた動きが順次進められてきた。こうした動きについては、保険年金フォーカス「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-EU、英国及びIASBにおける検討状況-」(2021.8.11)(以下「前回のレポート」という)で報告した。

その後、EUにおいては、欧州議会や理事会による精査期間が終了して、欧州委員会が年次コホートのカーブアウト等を含むIFRS第17号を最終承認して、11月23日にEU官報を公表1した。また、英国においても、UKEBが11月12日にIFRS第17号を採択する協議案を公表2した。

今回のレポートでは、EU及び英国におけるこうした動きを含む前回のレポート以降のIFRS第17号を巡る動向について報告する。

2―EUにおけるIFRS第17号の採択

2―EUにおけるIFRS第17号の採択

EUは、11月23日に、年次コホート要件についてオプションでの免除付きのIFRS第17号「保険契約」を承認する委員会規則を発表1した。

具体的には、欧州議会及び理事会の規則(EC)No 1606/2002に従って、特定の国際会計基準を採用する規則(EC)No 1126/2008を修正する委員会規則が、2021年11月23日にEU官報に掲載された。

これにより、適用対象となる各保険会社は、遅くとも2023年1月1日以降に開始する最初の会計年度の開始日から、IFRS第17号を適用することになる。
1|規則の概要
この規則は、IASBによる同じ発効日(2023年1月1日)のIFRS第17号(保険契約)とIFRS第17号の2020年6月の修正を採用している。ただし、この規則では、年次コホート要件の適用をオプションで免除している。なお、免除を利用している会社は、IASBが発行したIFRSを適用していないという事実を開示する必要がある。ただし、年次コホート要件からのオプションの免除の使用の影響の定量的評価は求められていない。

また、欧州委員会は、2027年12月31日までに、IFRS第17号のIASB実施後レビューを考慮に入れて、世代間で相互化され、キャッシュフローがマッチしている契約の年次コホート要件の免除をレビューする必要がある、としている。

なお、今回の規則で規定されている措置は、会計規制委員会の意見に準拠している。
2|規則におけるIFRS17号(保険契約)の評価
官報におけるIFRS第17号(保険契約)の評価については、以下のように記載されている。

契約が発行された年に従ってグループ化されると「年次コホート」を免除する理由としては、「保険及び投資契約のグループのアカウント単位としての年次コホート要件は、必ずしもビジネスモデルを反映しているわけではなく、リサイタル5及び6で参照される世代間で相互化され、キャッシュフローがマッチする契約の法的及び契約上の特徴も反映していない。これらの契約はEUの全生命保険債務の70%以上を占めている。そのような契約に適用される年次コホート要件は、必ずしも好ましい費用便益バランスを有しているとは限らない。」と述べている。

また、年次コホートの免除オプションの適用に関しては、「投資家は、会社が契約グループの年次コホート要件の免除を適用したかどうかを理解できる必要がある。したがって、会社は、IAS第1号「財務諸表の表示」に従って、財務諸表の注記で、重要な会計方針としての免除の使用を開示し、どのポートフォリオに免除を適用したかなどの他の説明情報を提供する必要がある。」と述べている。

(4)IFRS第17号は、保険契約の会計処理に対する包括的なアプローチを提供する。IFRS第17号の目的は、会社が保険契約を忠実に表す関連情報を財務諸表で提供することを保証することにある。その情報は、財務諸表の利用者が、保険契約が会社の財政状態、財務実績及びキャッシュフローに与える影響を評価するための確固たる基盤を提供する。

(5) IFRS第17号は、保険契約、再保険契約及び任意参加機能を備えた投資契約に適用される。EU内 には多くの異なる生命保険及び生命貯蓄契約があり、約5,9兆ユーロの最良推定負債がある(ユニットリンク契約を除く)。いくつかの加盟国では、これらの契約の一部には直接参加と裁量の機能があり、異なる世代の保険契約者間でリスクとキャッシュフローを共有することができる。

(6) 多くの加盟国では、金利と長寿リスクへのエクスポージャーを軽減するために生命保険契約も世代を超えて管理されており、保険負債の基礎となる専用の資産プールがあるが、これらの契約には、 IFRS第17号によって定義された直接参加特性を有していない。欧州議会及び理事会の指令2009/138 / EC(3)の要件を満たし、保険監督者の承認が得られた場合、これらの契約の一部は、ソルベンシーII比率の計算にマッチング調整を適用できる。

(7) EUは、IASBが発行したIFRS第17号を、規則(EC)No 1606/2002の第3条(2)に定められた採用基準を満たす場合にのみ採用することができる。

(8) EFRAGの承認勧告3は、IFRS第17号が規則(EC)No 1606/2002の第3条(2)に定められた採用基準を満たしていると結論付けた。しかし、EFRAGは、世代間で相互化され、キャッシュフローが一致する契約を年次コホートにグループ化することが技術的承認基準を満たしているか、又は欧州の公共財を助長するかについて合意に達しなかった。これは、EFRAGの承認勧告に関する利害関係者の見解及び会計規制委員会の加盟国の専門家の見解と一致している。

(9) EU企業は、IASBが発行したIFRS第17号を適用して、第三国への上場を促進したり、世界の投資家の期待に応えたりできるはずである。

(10) ただし、保険及び投資契約のグループのアカウント単位としての年次コホート要件は、必ずしもビジネスモデルを反映しているわけではなく、リサイタル5及び6で参照される世代間で相互化され、キャッシュフローがマッチする契約の法的及び契約上の特徴も反映していない。これらの契約はEUの全生命保険債務の70%以上を占めている。そのような契約に適用される年次コホート要件は、必ずしも好ましい費用便益バランスを有しているとは限らない。

(11) IFRSの世界的な資本市場の状況に照らして、IFRSからの逸脱は、例外的な状況に限定し、範囲を狭める必要がある。

(12) したがって、この規則の付属書の付録Aに記載されている保険契約のグループの定義にかかわらず、EU企業は、世代間で相互化され、キャッシュフローがマッチする契約をIFRS第17号の年次コホート要件から免除するオプションを持つ必要がある。

(13) 投資家は、会社が契約グループの年次コホート要件の免除を適用したかどうかを理解できる必要がある。したがって、会社は、IAS第1号「財務諸表の表示」に従って、財務諸表の注記で、重要な会計方針としての免除の使用を開示し、どのポートフォリオに免除を適用したかなどの他の説明情報を提供する必要がある。これは、年次コホート要件からのオプションの免除の使用の影響の定量的評価を意味するものではない。

(14) 欧州委員会は、2027年12月31日までに、IFRS第17号のIASB実施後レビューを考慮に入れて、世代間で相互化され、キャッシュフローがマッチする契約の年次コホート要件の免除をレビューする必要がある。

(15) したがって、規則(EC)No1126 / 2008はそれに応じて修正する必要がある。

(16) この規則で規定されている措置は、会計規制委員会の意見に準拠している。

3|今回の決定に対する保険業界団体の反応
今回の欧州委員会の決定を受けて、欧州の保険業界団体であるInsurance Europeの副局長であるOlav Jones氏は、以下のように述べて、今回の決定を歓迎した4

「Insurance Europeは、欧州委員会によるIFRS 第17号の最終承認を歓迎する。これには、年次コホートに関する修正が含まれる。」

「この重要な基準を開発して完成させるのに、何年もかかった。このプロセスでは、長期的な性質、リスクプーリングと相互性の影響、資産負債管理の重要性など、保険負債の特別な特徴をより適切に反映するために、必要な一連の改善が組み込まれている。」

「この欧州の承認に、年次コホートの問題に対処するための国際会計基準審議会(IASB)版の修正が含まれていること、及びIASBのタイムテーブルに沿った形で、2023年1月1日からEUでIFRS第17号が適用される道が開かれたことを非常に嬉しく思う。」

「IASBの要件はコストを追加し、特定の保険商品の真の経済的性質を適切に反映していなかったため、年次コホートの問題は保険会社にとって根本的な懸念事項だった。欧州の政策立案者によって含められた改正により、欧州の保険会社は、特定の契約(即ち、相互化又はキャッシュフローマッチングに関連する特定の基準を満たす契約)をIFRS第17号の年次コホート要件から免除するオプションが付与される。我々はIASBが、最終的にはこの修正を全ての保険会社に対してグローバルに適用することを望む。」

3―英国における採択に向けた検討状況

3―英国における採択に向けた検討状況

英国においては、UKEB(UK Endorsement Board:英国承認理事会)がIFRS第17号の採択の検討を進めているが、UKEBは、11月12日に、英国においてIFRS第17号を採用することを暫定的に決定し、会計基準に関する予備的見解について協議2している。なお、協議期間は202年2月3日までである。

ここでは、その概要について報告する。
1|全体概要
UKEBによる基準の初期評価を説明する理事会の承認基準評価(DECA)草案は、IFRS第17号が、法定規約2019/685(規則)に定められた英国のIFRS適用のための法定要件を満たしているかどうかを評価するために、UKEBによって行われた作業を提示している。その評価は規則に定められた3つの主要な承認基準を取り扱っている。

これによると、3つの主な承認基準に対する評価の(暫定的な)結論は、以下の通りとなっている。

・IFRS第17号は、経済的意思決定及び経営陣の管理の評価に必要な財務情報に必要な理解可能性、関連性、信頼性、及び比較可能性の基準を満たしている。

・IFRS第17号の使用は、英国の長期的な公共財を助長する可能性が高い。

・IFRS第17号は、規制に定められた真実で公正な見解の原則に反しない。

こうした承認基準に対する評価に基づいて、UKEBは、IFRS第17号が英国で使用するための国際会計基準の採択に関する法定要件を満たしていると結論付けている。したがって、UKEBは、英国で使用するためにIFRS第17号を採択するという(暫定的な)見解を有している、としている。
2|具体的な評価の概要
具体的な評価について、DECA草案の要約から抜粋して報告すると、以下の通りとなっている。

(1)技術的会計基準

11.保険契約は、発行者にしばしば複雑な権利と義務の束を形成する。典型的な英国の保険契約の下で発生する全てのシナリオに明示的に対処できる国際会計基準はない。しかし、私たちの[暫定的な]結論は、IFRS第17号は、英国で一般的な保険契約に適用できる明確な原則を定めており、会計利用者にとって理解可能で、関連性があり、信頼性が高く、比較可能な情報をもたらすというものである。場合によっては、理解可能性、関連性、信頼性及び比較可能性の目的を達成するために、経営者がIFRS第17号、より一般的にはIFRS基準で要求されるように、適切な開示を提供することが特に重要になる。

(2)英国の長期的な公共財
UKEBは、費用便益分析を実施しているが、これによると、IFRS第17号を採用している英国の全保険会社のIFRS第17号の一回限りの実施費用は、約11億8000万ポンドと見積もられている。このうち、2020年6月30日までに約5億ポンドが発生し、さらにそれ以来多額の更なるコストが発生している。これらのコストは大きなものだが、過去5年間の平均年間総収入保険料の1%以下となっている、と述べている。

また、全体として、IFRS第17号の適用により、英国の保険セクターのステークホルダーにとって、継続的な純費用が大幅に増加することはないと予想される、としている。

さらに、競争環境への影響については、「IFRS第17号により、保険商品の提供や価格戦略に変更が生じる可能性がある。しかし、これらの変化が英国経済に大きな悪影響を及ぼすとは考えられない。」とし、また、「IFRS第17号は、基準を適用する事業体とそれを適用しない事業体との間の保険業界の競争に悪影響を及ぼすことはないと予想され」、「国際レベルでは、IFRS第17号は、採用後に大規模なグローバルグループが国を超えた相乗効果を活用し、英国経済にプラスの効果をもたらす可能性があるため、競争を促進する可能性がある。」としている。

さらに、EUがカーブアウトした年次コホート等については、「顧客の競争に重大な影響を与えるものではなく、IASBが発行するIFRS第17号を適用すれば、資本の競争において英国企業に有利に働く可能性がある。」と評価している。

その他の影響については、「資本コストと保険会社の財務へのアクセスに関して英国経済に悪影響を及ぼすことはないと予想される。同様に、IFRS第17号が保険会社の投資やヘッジ戦略に重大な影響を与えることは想定できない。」とし、また「この基準は、中長期的に税収に悪影響を及ぼさない程度のものと考えられる。」としている。

最後に、IFRS第17号を適用しないことが英国経済に与える影響について、「他の国・地域がIFRS第17号を採用していると仮定すると、英国の保険会社は、IFRS第17号を適用している企業と比較して相対的に不利な立場に置かれ、資本コストやグローバル資本市場へのアクセスの低下という点で不利になる可能性がある。」と述べている。
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中村 亮一

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