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英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その2)-Brexit後の英国での検討の動き-
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1―はじめに
前回と今回のレポートでは、英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向について、英国がどのような問題意識を有して、どのようなプロセスで、ソルベンシーIIのレビューを進めようとしているのかについて、過去1年間の動きを追うことで報告している。
まずは、前回のレポートでは、2020年10月に出された英国政府によるソルベンシーIIレビューの証拠要請1に関連しての、その具体的内容とそれに対するABI(英国保険会社協会)の規制担当者にコメント等を報告した。
今回のレポートでは、この証拠要請に対する意見を踏まえての英国政府の反応、さらには、ソルベンシーIIにおけるRFR(リスクフリー・レート)のLIBOR(London Interbank Offered Rate:ロンドン銀行間金利)からSONIA(Sterling Overnight Index Average英国ポンド翌日物指数平均)への移行、報告要件のレビュー及びQIS(定量的影響調査)等を巡る動向について報告する。なお、ソルベンシーIIレビューにも関連しているストレステストを巡る動向については別途のレポートで報告することとして、今回のレポートには含めていない。
1 「Call for Evidence」の翻訳として使用しているが、一般的には、政府のモデル分析などについて、「その根拠となる仮定 やデータが適当であり、利用可能な最善の根拠に基づくものあるかを検証するため、広く国民各位、専門家、事業者、NGOなどに対して、質問票の照会事項に沿った、根拠に基づく情報の提供を照会するもの」として、「根拠に基づく情報提供の照会」と翻訳されている(内閣官房国家戦略室コスト等検証委員会Webページより)。
2―ソルベンシーIIレビューの証拠要請に対する財務省の対応
証拠要請において検討された領域は、以下の通りである。
・リスクマージン
・マッチング調整
・SCR(ソルベンシー資本要件)の算出
・多重内部モデルを使用した連結グループソルベンシー資本要件の算出
・技術的準備金の移行措置の算出
・報告要件
・外国保険会社に対する支店資本要件
・ソルベンシーIIの下でのPRA(健全性規制機構)による規制のための臨界値
・保険会社の新規参入
・RFR(リスクフリー・レート):LIBOR(ロンドン銀行間金利)からOIS(翌日物指標スワップ)への移行
・その他の検討事項
これに対して、64件の回答があった。
証拠要請に対して、64件の回答があった。
回答者はソルベンシーII制度を強く支持し、ソルベンシーIIによって、保険セクターにおけるリスク管理と報告の基準が改善され、健全性規制の全体的な基準も改善されたと考えており、ソルベンシーIIを別の制度に置き換えるべきだと主張した回答者はいなかった。ソルベンシーIIを完全に置き換えるためのコストと中断のために、少なくとも維持すべきであると強調した。
多くの回答者は、現在の枠組みを維持しながら、ソルベンシーIIの運用を改善できると考えていたが、ソルベンシーIIを発展させるための理論的根拠には、健全性規制に対する以下の必要性が含まれていた。
・英国の保険会社の構造とプロセスをよりよく反映する。
・殆ど利益をもたらさない要件を取り除くなど、より効率的で効果的にする。
・より柔軟で機敏で、あまりルールに基づいた規範的なものではない。
・より手頃な価格の商品をより多く選択できるようにする。
・競争を強化し、小規模な保険会社や保険会社になりたいと考えている企業をよりよく支援する。
・管理の複雑さを軽減する。
レビューの以下の目的は、全ての回答者によって支持された。
・活気があり、革新的で国際競争力のある保険部門を刺激する。
・保険契約者を保護し、会社の安全性と健全性を確保する。
・保険会社が成長を支えるために長期的な資金を提供するのを支援する。
また、多数の回答者が、金融サービスに関する将来の規制枠組みに関する政府レビューの一環として実施された改革と並行して、健全性規制制度の改革を検討すべきであるとの意見を述べた。
「全体として、「証拠要請」への回答は、ソルベンシーIIの多くの側面が過度に厳格で規則に基づいているという広範な証拠を提供しており、政府はこの証拠に同意する」と述べている。また、「政府は、より効果的に機能し、成果がより効率的にもたらされるように、より比例的で柔軟な健全性規制制度を望んでいる。」とした。
具体的には、以下の通りとなっている。
・全体として、「証拠要請」への回答は、ソルベンシーIIの多くの側面が過度に厳格で規則に基づいているという広範な証拠を提供した。政府はこの証拠に同意する。政府は、より効果的に機能し、成果がより効率的にもたらされるように、より比例的で柔軟な健全性規制制度を望んでいる。
・そのような制度は、PRA(健全性規制機構)や保険会社がより適切に適用できるように、判断と規則のより良い組み合わせを含むであろう。それは活力があり、繁栄し、競争力のある保険部門をよりよく支援するだろう。また、保険会社が、政府の気候変動目標に沿った投資だけでなく、長期的な生産資産への投資を含む長期的な資本を経済に提供するための健全な基盤を提供することにもなる。そのような制度は、保険契約者保護と保険会社の安全性と健全性の高い水準を確保するだろう。健全性規制制度が政府の目的と整合的であるためにはソルベンシーIIの改革が必要であることを示す証拠は説得力がある。
・潜在的な改革分野の多くには、密接な相互作用と依存関係がある。ソルベンシーII制度の変更が、健全性規制制度の要件を満たす上で、バランスシート、ソルベンシー・ポジション、保険会社の行動に与える影響については、個別にではなく、一括して検討する必要がある。政府は、できる限り早期に実施できる最適な改革パッケージを特定するため、PRAと緊密に協力する。
・例えば、証拠要請への回答では、リスクマージンが現在高すぎ、変動しすぎるというコンセンサスがある。特に現在の低金利では、その設計から予期せぬ結果が生じる。金利に対するリスクマージンの大きさと感応度が低下すれば、英国外で長寿リスクを再保険するインセンティブが低下する。これにより、保険会社はバランスシートや提供する商品の価格設定や範囲をより柔軟に管理できるようになる。リスクマージンの改革は、技術的準備金に関する経過措置(TMTP)の改革にも影響を与え、情報を与える。
・政府は、リスクマージンを改革する強力なケースがあるという証拠開示要求への対応に同意する。改革が保険会社のバランスシート上の資源を解放し、変動性を減少させることに同意する。また、改革がダイナミックで、繁栄し、国際競争力のある保険部門に貢献することにも同意する。
・加えて、マッチング調整ポートフォリオに対する特性が異なる様々な資産クラスの適格性は、保険会社による経済への長期資本の供給(インフラ投資を含む)や、気候変動との闘いを支援する上で整合的な資産の重要な決定要因である。政府は、マッチング調整の申請プロセスは、保険会社がこの調整の対象となる資産に投資するために柔軟かつ迅速に行動できるように、保険会社の便益とリスクに比例する必要があると考える。政府は、本件を支持する証拠の要求に対する回答において得られた証拠に同意する。
・同様に、マッチング調整の修正の可能性については、流動性の低い内部格付資産への集中の増加を含め、保険会社がさらされている信用リスクやその他の長期リスクから情報を得る必要がある。改革は、政府の気候変動目標と整合的な、保険セクターによる経済への長期資本の供給及び投資に関する政府の目標を支持しつつ、これらの考慮事項のバランスをとるべきである。
・さらに、政府は、ソルベンシー資本要件の算定のための枠組みに対する改革の利点を詳述した 「証拠要請」への対応に同意する。政府は、保険会社のソルベンシー資本要件の算定のための枠組みは、標準的な方式を用いてもモデルを用いても、効率的かつ効果的に運営される必要があることに同意する。ソルベンシーIIの要件が、ソルベンシー資本要件の計算又はモデル適用プロセスのいずれに関連しても、保険会社に過度の負担をかけないことを保証する必要がある。
・「証拠要請」への回答は、ソルベンシーIIへの改革の他の分野を特定した。政府は、ソルベンシーIIの他の潜在的な改革がその効率と有効性を改善することに同意する。これらの改革には、報告義務の合理化が含まれる。加えて、保険会社が負債を割り引くために用いるリスクフリー・レートの技術的変更は、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)が廃止されたときに、保険会社に明確性を提供する。PRAは2021年6月3日にこれらの問題に関するさらなる詳細を発表した。その他の分野には、保険会社の流動性に関する改革やソルベンシーIIの適用基準も含まれる。外国保険会社が負担する費用を考慮し、また、そのような支店に対する効果的な監督を確保するために利用可能な他の方法に照らして、外国保険会社に対する支店資本要件の事例を再検討する必要がある。政府は、ソルベンシーII全体の改革パッケージの一環として、PRAと連携してこれらの分野の改革を進める。
・この回答書の附属書A-Kは、証拠要請に対する対応の要約を提供する。これらは、回答者が提起した全ての問題を包括的に報告することを意図したものではない。
「証拠要請」は、政府がソルベンシーIIの改革の優先事項に関する見解を求めたため、その範囲が広くなった。これらの回答は、「証拠要請」に示された改革の優先順位を確認したものである。証拠の根拠は説得力がある。政府はPRA(健全性規制機構)に対し、どのような改革の組み合わせが政府の目的に最も合致し、全体としてどのような影響があるかをよりよく理解するために、異なる選択肢をモデル化するよう求めた。これを達成するために、PRAは今夏にQIS(定量的影響調査)を開始し、その結果を分析するために政府と協力する。この研究は、2022年初頭に協議のための包括的な改革パッケージを提供する。
2020年10月、政府は金融サービスの将来規制枠組み(Future Regulatory Framework)に関する協議を公表した。将来規制枠組みレビューの主な目的は、英国の金融サービス規制フレームワークがEU域外の立場を反映し、将来に適していることを確認するためにどのように適応する必要があるかを判断することである。 規制当局の目的と原則に変更が必要かどうか、規制当局の新しい責任を考慮して、財務省、議会及び利害関係者との規制当局の説明責任と精査の取り決めが適切であることをどのように保証するか、また、保持されているEU法の分野における規則の設計と実施に対する責任が規制当局にどのように移転されるか、を検討する。政府は、2021年後半に将来の規制枠組みレビューに関する2回目の協議を発表する予定である。
ソルベンシーIIに基づく会社向け要件の作成責任がPRAに委任される場合、政府は、PRAがソルベンシーIIの会社向け要件を改訂する際に確立しなければならない範囲と中核的要素を規則集に定める。政府はまた、この制度を確立し維持する際にPRAが考慮しなければならないことを定めることができる。
3―財務省の対応に対するABIのコメント
「私たちは、私たちのセクターが政府の野心を満たし、気候変動の投資への貢献を最大化できるように、ソルベンシーIIをできるだけ早く改革するという政府の確認を歓迎する。ソルベンシーIIの改革は、英国の競争力を高め、グリーン経済への投資を促進し、英国全体の経済成長を支援する上で重要である。政府が、リスクマージンの改革、マッチング調整の負担の軽減、及び報告要件の削減に関する提案を認識していることを嬉しく思う。これにより、世界をリードする保険及び長期貯蓄セクターが長期資産に投資しやすくなり、資本をより効果的に活用できるようになる。」
「私たちは、これらの改革の詳細について、政府及びPRA(健全性規制機構)と協力することを楽しみにしている。私たちのセクターが経済を刺激し、成長とグリーン経済への移行を支援するためにより多くのことを行えるように、改革が遅れないことが重要である。」
(2021年09月07日「基礎研レポート」)
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