2021年03月17日

中国社会保障と第14次5ヵ年計画-2020年とこれからの2025年、2035年

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――高齢化する社会への対策にとっても節目の年となる2025年、2035年

3月11日、全国人民代表大会が閉幕した。新型コロナウイルスによって開催延期となった昨年とは異なり、これまでと同様の時期に開催された。今回の大会では、2021~2025年の第14次5カ年計画と2035年までの長期目標の草案が審議され、その内容(綱要)が公表された。

習近平政権にとって、小康社会(ややゆとりのある社会)実現の2020年、第14次5ヵ年計画の最終年である2025年、小康社会実現の2020年から長期目標(2049年まで)のほぼ折り返しとなる2035年は、政治の上でも重要な年である。しかし、考慮すべきは、そのわずか15年ほどで高齢化が一気に進み、社会が大きく変容する点である。中国は2025年には高齢社会(高齢者が占める割合が14%)、2035年の翌年の2036年には超高齢社会(高齢者が占める割合が21%)を迎えると推測されている。

本稿では、上掲の2020年、2025年、2035年を指標として、今般の「第14次5ヵ年計画と2035年までの長期目標」を参考に、今後15年の社会とそれを支える社会保障のあり方を模索したい。
 

2――「やや豊かな生活を感じられる社会の実現」を目標とした2020年

2――「やや豊かな生活を感じられる社会の実現」を目標とした2020年

2020年は、中国の社会保障分野、更には中国社会全体にとっても1つのメルクマールとなる年であろう。

それは、2020年に向けて、小康社会の実現、皆保険の実現、貧困問題の解決といった多くの目標が掲げられていたからである。

小康社会の実現は、改革開放以降、元は鄧小平によって提唱されたもので、各家庭の経済レベルを引き上げ、ややゆとりのある生活を維持できる状態の実現を指す。また、1990年以降進められている社会保障制度改革において、胡錦涛政権は、2020年を公的医療保険制度、公的年金制度の両面にわたる皆保険を実現する最終年と位置付けた。なお、習近平政権は、当初、公的介護保険制度の全国導入について2020年を目指していた。習近平主席については、2020年を含む第13次5ヵ年計画の初年(2015年)に、小康社会の実現には、農村の貧困層を貧困から脱却させることが前提条件と述べている。貧困撲滅は2018年以降、金融リスクの防止、環境汚染改善とともに3大重点取組み(三大堅塁戦略)の1つに掲げられていた。

このように、2020年は、およそ40年にわたる中国社会や中国経済の成長を評価し、その果実を国民が実感するための目標年でもあった。同時に、小康社会の実現は、習近平主席が就任直後の2012年に掲げた「2つの100年」の目標の1つでもある。共産党の創設から100年の2021年までを目標としており、実現は、共産党支配及びその維持の正当性への評価の要石とも考えられるべき重要な目標でもある。

小康社会については、政府工作報告においても、「小康社会の全面的な建設に勝利し、決定的な成果を収めた」と高く評価した。同時に、医療、年金を含む社会保険については「世界最大規模の社会保障体系に成長した」としている。貧困撲滅については、2020年12月の党中央政治局常務委員会の会議で、「世界が注目する重大な勝利を得た」としている。よって、2020年の目標は概ね実現したと評価されている。
 

3――2020年時点における第13次5ヵ年計画の実行状況

3――2020年時点における第13次5ヵ年計画の実行状況と、引き継がれる課題

しかし、上掲の評価はさることながら、諸課題が都合よく解決できたと判断するのは早計であろう。多くの国民が40年前に比べると生活において豊さを感じているのは事実であろうが、貧困撲滅に関しては中国が定める現行基準をもって達成と評価しており、必ずしも真の意味で撲滅されたわけではない1

皆保険については、 ‘すべての国民が何らかの制度に加入できる’という意味において、数値目標の上ではある程度実現できたと言えるのかもしれない。図表1は、社会保障制度の主務官庁である人力資源・社会保障部が第13次5ヵ年計画に基づいて作成した(1)就業、(2)社会保険、(3)人材育成、(4)労働契約など労働関係、(5)公共サービスのうち、(2)の社会保険に関する数値目標である。
図表1 第13 次5ヵ年計画期間における社会保険に関する数値目標
それによると、年金、医療は加入率、それ以外の失業、労災、生育については加入者数を目標値として設置している。なお、加入率は努力目標、加入者数は必達目標としている。2020年末の実績をみると、目標値はすべて達成していることがわかる。

ただし、社会保険制度そのものについては、長きにわたる制度疲労が蓄積し、財政補填への依存度が急増している2。2015年から2020年は財政赤字が拡大する中で、社会保障に関する経費の支出は2倍に増加、国の歳出の20.2%(予算ベース)を占めるに至っている。加えて、2020年の財政補填は、新型コロナウイルスの影響もあって、社会保険関連の収入の28%を占めるまで拡大しており、運営は厳しいと言わざるを得ない。政府としても、企業の社会保険料負担の軽減は導入しやすいものの、社会的に反発の多い定年退職年齢(受給開始年齢)の引き上げや、地方政府が管轄する年金積立金の全国統合は進展が難しかった(図表2)。
図表2 第13 次5ヵ年計画期間中の社会保険政策に関する実現可否
 
1 中国は2011年、貧困ラインを1人あたりの年間所得2,300元に引き上げており、世界銀行の絶対貧困ラインを上回った。なお、習近平主席は、2020年12月の党中央政治局常務委員会の会議で、現行基準に基づく農村貧困人口は一掃された」と述べたが、その上で、「中国の発展が不均衡、不十分であるという問題は依然として突出しており、貧困脱却の成果を強固にし、拡大することが大きな任務」と指摘している。
2 片山ゆき(2020)「中国、新型コロナ後の財政政策と社会保障財政」『基礎研レポート』ニッセイ基礎研究所
 

4――「高齢社会の到来」と

4――「高齢社会の到来」と、「すべての国民がともに豊かになること(共同富裕)」を目標とする2025年

では、第14次5ヵ年計画(2021-2025)の最終年である2025年に向けて、どのような目標が掲げられているのであろうか。習近平主席は、国民の所得については、2025年までに高所得国レベルに達し、2035年までにGDPと1人あたりの所得を2020年の2倍にすることも可能としている3

奇しくも2025年は、総人口の14%を高齢者が占める「高齢社会」に突入すると推測されている4。中国は2001年に高齢化社会(総人口の7%を高齢者が占める)に達した。米国、日本、韓国といった先進国が高齢化社会となった時点での1人あたりのGDPが5000~1万ドルであったのに対して、中国はわずか850ドルであったことから、国民の所得が豊かになる前に高齢化が進んでしまう「未富先老」とされてきた5。しかし、高齢社会に達する2025年には、所得が先進国の高所得に達し、これまでの状況を覆すことになるかもしれない。

ただし、国全体としては高所得国に達したとしても、成長が不均衡かつ不十分であるために、都市内及び都市・農村間での所得、教育、社会保障といった諸格差、再分配の問題は依然として長期的な整備が必要となるであろう。2025年を目標に、すべての国民がともに豊かになる「共同富裕」の実現には、社会保障制度などを通じた所得の再分配、更には民間企業などの中間団体の活用といった社会のあらゆる資源を投入する必要があることは言うまでもない。
 
3 習近平:関于《中共中央関于制定国民経済和社会発展第十四次五年規画和二〇三五年遠景目標的建議》的説明、2020年11月3日、新華社
4 UN,World Population Prospects The 2019 Revision
5 張継元(2020)『中国農村部における地域福祉の可能性-未富先老社会と福祉ミックス』ミネルヴァ書房
 

5――2025年に向けた第14次5ヵ年計画で取り組むべき課題

5――2025年に向けた第14次5ヵ年計画で取り組むべき課題

第14次5ヵ年計画を見ると、社会保障については、これまでと同様に、官・民の協働による多層的な体系(福祉ミックス)の構築を目指すとしている。

その中で、年金については、制度整備をさらに進めていく段階であり、少子高齢化の進展、厳しい財政状況を鑑みた上で、第13次5ヵ年計画においても実現できなかった年金積立金の全国統一、定年退職年齢の段階的な引き上げを実現するとしている。更には民間による個人年金の積極的な活用など老後の生活を支える柱を増やすとしている。
図表3 第14次5ヵ年計画における社会保険制度に関する目標
医療については、年金とは異なり、制度整備段階を終えて更に発展を目指していく段階にあり、国民の健康向上を目指すべく、ITの活用が更に進められることになる。負担と給付の最適化、オンライン診療の保険適用、管轄地域外での通院費の直接支払いといった制度面での政策においてもビッグデータの活用やオンライン化が更に進むであろう。「健康中国2030」、「インターネット+医療・健康」など国の成長戦略に基づき、ヘルスケアやヘルステックなどの民間企業との連携も更に進められることになる。新型コロナを経て、医療については、オンラインサービスの提供から制度運営まで社会実装が最も進められた分野であろう。医療サービス格差を緩和するヘルスケアアプリやオンライン診療の活用、保険料・医療費の支払い、償還払いの手続きとなった一時的な利用のみならず、慢性病の投薬管理、リハビリプログラム、更にはそれら健康データを活用した国民の健康管理や国の医療費削減に向けた取り組みも考えられる。また、今回の新型コロナを経て、突発的に発生し、社会に大きな影響を及ぼす突発公共衛生事件への対応の強化も盛り込まれている。

なお、介護については2025年をめどに制度の全国投入を目指している。制度の更なる普及、高齢者向け介護サービスの拡充、促進も目指すとしている。
 

6――豊かな「超高齢社会」を迎えられるのか、2035年

6――豊かな「超高齢社会」を迎えられるのか、2035年

中国共産党が掲げる「2つの100年」のうち、もう1つは建国100年後の2049年までに、「社会主義現代化強国」を実現するというものである。小康社会を実現した2020年からおよそ30年をかけて実現を目指すもので、前半の15年間である2020―2035年を第1段階と位置づけている6

中国社会に目を向けてみると、2035年の翌年の2036年には全人口に対して高齢者が占める割合が21%を超える超高齢社会を迎えると推測されている7。所得については、上掲のとおり、2035年までにGDPと1人あたりの所得を2020年の2倍にすることも可能としているが、老後の生活を支える年金については、2035年に積立金が枯渇すると推算されるなど、必ずしも楽観視はできない8

一方、公的介護保険制度は2025年に全国導入後、2035年には10年ほど経過していることになる。現時点での制度の佇まいとしては、給付を要介護度が重度や中程度に絞る向きがあり、給付範囲やサービスも限定的である。政府は高齢者向けのサービス拡充を促進しているが、その多くは自己負担を伴うもので、公的介護保険制度による給付は基礎的な内容に止められたままである可能性が高い。

では、医療についてはどうであろうか。政府は2035年までの中長期に関する政策や戦略は発表していない。しかし、2016年に「健康中国2030」として、2030年までに国民の健康向上を至上命題とする医療保険制度の改革、イノベーションの推進、ヘルスケア産業の成長、民間保険の発展を目指している。上掲の第14次5ヵ年計画と同様、IT活用が進む中で、オンライン専用病院やAIを活用した慢性病管理など現在の取り組みが更に深化する可能性もある。また、国民の健康・医療に関するビッグデータの管理、その健康データを搭載した健康カードの普及、民間保険会社のデータ活用により、公的医療保険制度や民間の医療保険の更なる最適化が進むことも考えられる。2035年までとなると、新たな感染症の発生など不確定要素もあるが、今回の新型コロナでの経験を活かした体系づくりも進むことと考えられる。

中国社会が2025年、2035年を経て、来るべき超高齢社会に備えることができるのか。また、欧米や日本といった自由主義の国とは異なる強国となれるのか。社会保障制度の整備、再分配の機能を活用することで格差を少しでも是正し、真の意味で豊かになるには今後の15年間が重要となってくるであろう。
 
6 2017年10月、中国共産党第19回代表大会にて習近平国家主席が発表。
7 注釈4と同一。
8 中国社会科学院世界社保研究センター(2019)『中国養老金精算報告2019-2050』中国労働社会保障出版社
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2021年03月17日「基礎研レポート」)

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