コラム
2021年03月10日

長期化するコロナ禍における経済指標の見方~前年同月比は無用の長物に?~

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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新型コロナウイルスの感染拡大から1年が経過した。日本経済は、感染拡大を受けた各種イベントの中止、外出自粛の影響で2020年2月頃から悪化し始め、緊急事態宣言が発令された4、5月に急速に落ち込んだ。5月下旬の緊急事態宣言解除を受けて景気は持ち直しに向かったが、外食、宿泊などの対面型サービス消費は緊急事態宣言下で極めて低い水準にまで落ち込み、その後の戻りも弱い。

前年同月比の限界

このような経済状況を把握するために用いられる経済指標の多くは季節性を有しており、趨勢的な変動をみるためには季節性を除いた季節調整値を用いることが望ましい。しかし、実際には全ての経済指標で季節調整値が公表されているわけではない。特に、新型コロナウイルスの影響を強く受けたサービス関連統計は原数値しか公表されていないものが多い。その場合には、原数値の前年同月比を見ることで季節性の影響を除去するという方法をとることが一般的だ。
図1 延べ宿泊者数の推移 たとえば、観光庁の「宿泊旅行統計」によれば、インバウンド需要の拡大でそれまで好調に推移してきた延べ宿泊者数は2020年2月に前年同月比▲14.0%と減少に転じた後、緊急事態宣言が発令された4、5月には同▲80%台まで減少幅が拡大した。緊急事態宣言解除後はGo Toトラベルの後押しもあって、持ち直しの動きが続いていたが、2020年末以降は感染再拡大を受けたGo Toトラベルの停止、緊急事態宣言再発令の影響で減少幅が再び拡大した(図1)。

このように、これまではコロナ禍の経済動向を見る上で、公表されている原数値の前年同月比をみていればあまり問題がなかった。しかし、今後はこのやり方では実態の把握が難しくなる。先行きの前年同月比はコロナ禍によって急速に落ち込んだものとの比較になるためだ。
図2 延べ宿泊者数の推移(前年同月比) たとえば、2021年2月以降の延べ宿泊者数が直近の実績値の2021年1月と同じ水準で推移したと仮定して前年同月比を試算すると、2021年4月が前年同月比73.2%、5月が同115.9%となり、宿泊者数が急回復しているように錯覚してしまう恐れがある(図2)。しかし、実際には2020年4、5月の水準が極めて低かったために、翌年の伸び率が非常に高く出ているにすぎない。

2年前と比較する

図3 延べ宿泊者数の推移(前々年同月比) こうした問題を解決するためには、平常時と考えられる2年前と比較する方法が考えられる。先ほどと同様の仮定で先延ばしした延べ宿泊者数を2019年の同じ月と比較すると、2021年2月以降の前々年同月比は▲60~▲70%台のマイナスとなる(図3)。平常時の水準と比較することで、宿泊者数の低迷が続いていることを読み取ることができる。

なお、2年前の2019年は10月に消費税率が引き上げられた。消費関連統計の多くは9月までは駆け込み需要でかさ上げ、10月以降はその反動で押し下げられており、必ずしも平常時の水準とはいえない面がある。この場合には、当該月の5年平均(2015~2019年)と比較することによって、特殊要因を取り除くという方法もある。

自分で季節調整をかける

前年同月が異常値となっている場合に原数値を2年前(前々年)と比較する方法は簡単だが、あくまでも2年前との比較になるため、足もとの基調の変化を迅速に捉えられないという欠点がある。また、最近は新型コロナウイルスの影響で急速に落ち込んだ経済活動の水準がいつ元に戻るかが注目されているが、原数値ではその判断ができない。コロナ前を2020年1月とした場合、2~12月のデータは1月とは異なる季節性を有しているため、直接比較することができないからだ。
図4 延べ宿泊者数(季節調整値) そこで、先ほどと同様の仮定で先延ばしした延べ宿泊者数の原数値を、筆者が独自に季節調整をかけた上で2020年1月=100として指数化した。2021年2月以降の指数は、2020年4、5月に比べれば水準は高いものの、コロナ前と比較すると4割以下の低水準で一進一退の動きが続くという結果となった(図4)。

 

2021年4、5月の結果に要注意

図2~4の試算に用いた元データは全て同じであるが、加工方法を変えただけで結果から読み取れるものが大きく変わる。先行きの経済指標は原数値を前年同月比でみると実態を見誤る可能性がある。特に、2020年4、5月は緊急事態宣言の影響で経済指標の多くが急速に落ちこんだため、2021年4、5月の結果は要注意だ。正確な判断をするためにはできるだけ季節調整値を用いるべきで、季節調整値が公表されていない経済指標は自分で季節調整をかけて基調判断をすることが望ましい。

ただし、自分で季節調整をかけるためには、ある程度の知識と手間が必要で、誰もが簡単に行うことができるわけではない。その場合には前々年同月比を用いるなどして、コロナ禍における異常値との比較を避ける工夫が必要だろう。新型コロナの影響が顕在化してから1年が経過し、これまで以上に注意深く経済指標を読み解くことが求められている。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2021年03月10日「研究員の眼」)

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