2020年11月10日

視界に入る「みどり」が住宅賃料に及ぼす影響

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.284]

金融研究部 主任研究員 吉田 資

株式会社LIFULL 遠藤 圭介

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1―はじめに

「みどり*1」は都市空間において、(1)景観(美しい街並み)を形成する機能、(2)ヒートアイランド現象などの都市気候を緩和する機能、(3)防災的機能(防火や防風等)、(4)人々に憩いやレクリエーションの場を提供する機能等、様々な役割を果たしている。

不動産取引においても、新築マンションの販売広告等で、「緑ゆたかな街並み」等、「みどり」が身近にある環境をアピールする広告が多く確認できる。また、リクルート社の調査によれば、「今後住み替えたい住宅の希望条件」として、「周辺に大きな公園や緑地があるところに住みかえたい」との回答が13%を占め、「6歳以下の子供を持つ世帯」に限定すると、22%に達した[図表1]。コロナ禍を経て、住居選択において、「みどり」の効果・機能が再認識・再評価されつつある。

そこで、本稿では、「みどり」が住宅賃料形成にどのような影響を及ぼしているのか検証したい*2
[図表1]今後住み替えたい住宅の希望条件
 
*1 「江東区みどりの基本計画」によれば、「緑」が、木や草等の植物をさすのに対し、「みどり」は植物だけでなく、公園や広場、住宅地の緑地等、自然と人とが共生する環境まで含めたものをさす。本稿では、「みどり」を調査対象とする。
*2 本レポートは、ニッセイ基礎研究所と株式会社LIFULLとの共同研究の成果である。

2―「みどり」の量を測る指標として 注目を集める「緑視率」

「みどり」の保全および創出については、各自治体が「都市緑地法」に基づく法定計画である「緑地の保全及び緑化の推進に関する基本計画」(以下、「緑の基本計画」)を策定し推進している。「緑の基本計画」は、緑地の保全および緑化の目標、施策の方針と内容を定めたものである。

「緑の基本計画」では、施策の方針とともに、( 1)「公有地・民有地におけるみどりの量」、( 2)「公園・公共施設の整備」(、3「)民有地の緑化・緑地保全」(、4「)住民満足度および参加状況」、等について、達成すべき数値目標を示している。

近年、( 1)「公有地・民有地におけるみどりの量」の把握に関して、「緑視率」という指標を採用する自治体が増えている。「緑視率」とは、「ある視点から街並みや建物などを眺めたとき、視界に入るみどりの割合」を示す指数である。具体的には、「緑視率=(緑の面積)÷撮影範囲」で算出される。大阪市「緑視率調査ガイドライン」によれば、「緑視率」が25%を超えると、みどりが多い地域と認識される[図表2]。
[図表2]緑視率25%相当の交差点
「公有地・民有地におけるみどりの量」を測る指標としては従来「、緑被率(」対象地域における樹林・草地、農地、園地などの「みどり」で覆われる土地の面積割合)や「緑化率」(対象地域における花壇や植栽、緑地帯など、緑化施設の面積割合)が採用されてきた。これに対して、人が感じる「みどり」の多寡と連動する「緑視率」はこれまでの指標より人間の感覚に近い指標と考えられている。

また、国土交通省「都市の緑量と心理的効果の相関関係の社会実験調査」によれば、「緑視率」が高い場所ほど、「安らぎのある場所」、「さわやかな場所」、「潤いのある場所」と感じる人が多く、快適性を高める心理的効果があるとしている。快適性を高める心理的効果に着目し、「緑視率」をオフィス環境の整備に活用している事例もみられる。

3―「みどり」の多寡が住宅賃料に 及ぼす影響

3-1|分析方法
本稿では、「みどり」の量を測る指標として「緑視率」を採用し、視界に入る「みどり」が住宅賃料に及ぼす影響について、分析を行った。

具体的には、株式会社LIFULLが運営する不動産情報サイト「LIFULL HOME'S*3」において、2018年1月から2018年12月までの期間に募集掲載された東京都江東区に所在する賃貸マンション(29,611件)および賃貸アパート(2,239件)の物件データを用いて、ヘドニック分析を行った。
 
*3 不動産情報サイト「LIFULL HOME'S」(https:// www.homes.co.jp/)
[図表3]江東区の地域別「緑視率」 3-2|「緑視率」のデータ
東京都江東区において、「緑視率」が20%を超えている地区は、「豊洲」、「青海」、「辰巳」、「潮見」、「越中島」、「新砂」、「夢の島」、「新木場」、「若洲」であった。一方、「緑視率」が10%未満の地区は、「深川」、「門前仲町」、「富岡」、「白川」、「扇橋」、「千田」、「海辺」、「住吉」、「毛利」であった[図表3]。

近年、高層マンション等の再開発が進んだ地区では、「緑視率」が高い一方、古くから商業地区として賑わっている地区では「緑視率」が低い傾向がみられる。
3-3|分析結果
分析の結果、「緑視率」はマンション賃料に対し、統計的に有意なプラスの影響を与えていることが分かった。具体的には、マンション賃料は、「緑視率」が10%高い場合、1,326円高いことが示唆された。[図表4]。本稿の分析対象(マンション)の平均賃料は98,000円であるので、「緑視率」が10%高い場合、マンション賃料は約1.3%高いことになる。

一方で、アパート賃料では、「緑視率」は統計的に有意な影響がなかった。アパートを選ぶ際には、「家賃」水準自体が特に重視され*4、「みどり」の多寡を含む住環境の優先順が相対的に低いことが要因の一つではないかと考えられる。
[図表4]推定結果
 
*4 積水化学工業がセキスイハイムアパート入居者を 対象としたアンケート調査では、入居を決定した理由 として、「家賃が予算に合った」が一位(https://www.sekisuiheim.com/info/press/20070518.html

4―「みどり」の整備が不動産価値向上へ

本稿の分析結果から、不動産事業者が「みどり」に配慮した環境整備の取り組みを行うことは、不動産価値の向上に寄与する可能性が高いと示唆される。また、地方自治体の動きと連携し、街の道路や公園、広場等の緑化を進めることも有効と考えられる。

森ビルが2023年の開業に向けて開発中の「虎ノ門・麻布台プロジェクト」は「緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街ーModern Urban Village ー」をコンセプトとし、「圧倒的な緑に囲まれ、自然と調和した環境の中で、多様な人々が集い、人間らしく生きられる新たなコミュティ」の形成を目指すとしている。開発計画区域に占める「みどり」の面積割合は約3割を占める。また、日鉄興和不動産は、「赤坂・虎ノ門緑道構想」のもと、東京都が新橋から虎ノ門ヒルズまでの新虎通りを緑豊かな道路に整備する動きに併せて、虎ノ門から赤坂までの道路を緑道に整備している。

今後は、不動産開発・運営事業者による「みどり」の整備の取組が不動産投資の判断基準の1つになる可能性がある。

(2020年11月10日「基礎研マンスリー」)

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金融研究部

吉田 資 (よしだ たすく)

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