2020年10月30日

中国におけるコロナ禍との闘いを振り返って~今後の政策運営にどう影響するのか?

三尾 幸吉郎

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3|経済活動再開期(20年2月21日~5月21日)
こうした防疫強化期を経て、新型コロナウイルス感染症への対処方法が徐々に定着してくるなかで、習近平国家主席(中国共産党中央総書記)は2月21日に開催された中央政治局会議で、防疫管理体制がほぼ整ったことを勘案し、防疫管理を常態化するなかでも“復工復産”を旗印とした経済活動再開に舵を切った。経済政策面でも、2月26日には企業の業務・生産再開に対する金融支援を始め、3月1日には資金繰りに窮した中小零細企業を救済するため、6月30日までに期限がくる元本償還・利払いを一時的に延期する“疫情融資”と呼ばれるモラトリアム措置を発動することとなった[図表-6]。但し、その後もコロナ禍に対する警戒が緩むことはなく、国家衛生健康委員会はCOVID-19の予防や治療方法に関する指導文書の更新を続けた。なお、当時の感染状況を振り返ると、中国国内では新規確認症例が1000例を下回るところまで改善していたものの、中国以外の世界では爆発的感染拡大が同時多発していたため、世界保健機関(WHO)は3月11日にパンデミック(世界的大流行)を宣言することとなった。

そして、春節の連休で帰郷したまま故郷に留め置かれていた2億人余りといわれる農民工を職場復帰させるべく専用列車を運行させるなど、経済活動再開に向けた動きがでてきた。但し、Uターンしても数日間(北京市では14日間)の隔離を義務付けるなど厳しい防疫管理が残り、経済活動の再開ペースが緩慢だったため、李克強首相は3月17日に大型プロジェクトの着工・再開を急ぐよう指示することとなった。他方、サービス産業の経済活動再開に当たっては、市民生活に必要不可欠(第1類)、市民生活で需要がある(第2類)、その他(第3類)の3つに分類し、差別化して営業を再開するよう全国各地に通達が出された。そして、3月中旬には観光活動を再開する動きが全国各地で始まり、公園や山など屋外の観光名所を中心に再開が相次いだ。しかし、上海では一旦再開した東方明珠テレビ塔が3月末には臨時休業に追い込まれるなど一筋縄では行かなかった。そこで、特定の観光地に観光客が殺到するのを回避するため予約制とし入場者を許容人数の3割に抑制したり、検温やマスク着用などの防疫管理を講じたり、前述した「健康コード」を活用したりすることで、防疫管理と観光の両立を図ることとなった。

その後、3月下旬になると、COVID-19の新規確認症例が、武漢ではほぼゼロの日が続き稀に1例を確認する程度、中国全国計でも数十例に留まり多くても100例ほどという状況になったことを背景に、経済活動が軌道に乗り始めた。そして、全国各地で道路や公共交通機関の再開が相次ぎ、休校やオンライン授業を続けていた学校の再開も相次いだ。また、4月8日には武漢の都市封鎖が2ヵ月半ぶりに解除されることとなり、前年割れに落ち込んでいた工業生産(実質付加価値ベース)も4月には前年同月比3.9%増と前年水準を上回るところまで回復してきた。
[図表-8]政府債残高(中央+地方)の増加ペース(年度累計前年比) 4|全人代から現在まで (20年5月22日~)
そして、5月22日にはコロナ禍で開催が遅れていた第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)第3回会議が5月28日までの予定で開幕した。財政政策に関しては、「積極的な財政政策はより積極的かつ効果的なものにする必要がある。今年の財政赤字の対GDP 比は3.6%以上とし、財政赤字の規模は前年度比1兆元増とするほか、感染症対策特別国債を1 兆元発行する」としたのに加えて、「今年は地方特別債を昨年より1 兆6000 億元増やして3 兆7500 億元」とするとし、20年の財政出動は19年よりも3兆6千億元(日本円換算約54兆円)拡大することとなった。そして、政府債残高は急増することとなった[図表-8]。

他方、金融政策に関しては、「穏健な金融政策はより柔軟かつ適度なものにする必要がある。預金準備率と金利の引き下げ、再貸付などの手段を総合的に活用し、通貨供給量(M2)・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が前年度の水準を明らかに上回るよう促す」とともに、前述した“疫情融資”と呼ばれるモラトリアム措置を21年3月末まで延長することとした[図表-6]。
また、新型コロナウイルス感染症の感染状況に関しては、全人代後の6月には北京で、7月には新彊ウイグル自治区(ウルムチ)と遼寧省(大連)で、10月には山東省(青島)と新彊ウイグル自治区(カシュガル)で、と断続的にクラスター(感染者集団)が発生している。各都市では「戦時状態」入ったなどとの認識を示した上で、北京では市外への移動にPCR検査を義務付け、その他の都市では全市民(ウルムチ350万人、大連600万人、青島750万人、カシュガル475万人)にPCR検査を実施することとなった。但し、これまでのところクラスターは小振りに抑えられている。なお、中国以外で感染が拡大したことを背景に、海外から逆流する輸入症例は絶えることなく続いている [図表-9]。

そして、7月14日には省・自治区・直轄市を跨いだ国内団体観光ツアーの催行再開を認め、観光地への入場制限も3割から5割に緩和した。また、7月20日には映画館の営業も感染リスクの低い地域を中心に認め、8月10日には入場制限を3割から5割に緩和し、9月18日には観光地や劇場・娯楽施設などの入場制限を5割から75%に緩和している。さらに、7月29日には9月9日~10月8日までの期間を「消費促進月」としてイベントやセールを展開していくと発表するなど、全人代後の経済活動はゆっくりとだが着実に正常化への歩みを続けている。
[図表-9]COVID-19の新規確認症例

3――コロナ禍が中国に与えた影響

3――コロナ禍が中国に与えた影響

1|国民の意見をより積極的に求める方向に
コロナ禍との闘いを振り返ると、言論統制が社会の混乱を防ぐのではなく、逆に混乱を助長する結果となってしまった。前述のように新型コロナ混迷期に医師(李文亮氏)がSNS上に挙げた忠告に対して、武漢当局が社会の混乱を招くとして処罰したもののその後に「烈士」の称号を与えることになったことは、現在の言論統制の負の側面を明らかにするとともに、今後の言論統制の在り方に一石を投じることとなった。

そもそも中華人民共和国憲法では、その第二章「公民の基本的権利及び義務」の第35条で「中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有する」として、言論の自由が認められている。但し、同じく第51条では「中華人民共和国公民は、その自由及び権利を行使するに当たって、国家、社会及び集団の利益並びに他の公民の適法な自由及び権利を損なってはならない」として、公共の利益に優先権がある。そして、言論の自由を公共の利益に反するとして制限する上での根拠となっている。しかし、公共の利益に反するか否かを判断するのはあくまで人であるため、その人の判断が間違っていれば公共の利益を守ることはできない。今回のコロナ禍のように近代人が初めて経験するような未曽有の事態に直面した際には、当局といえども公共の利益に反するか否かを判断するには情報が不十分であり、今回のような顛末になったと考えられる。したがって、今回のような未曽有の事態に対しては、国民が発するさまざまな意見に耳を傾け、何が公共の利益に叶い何が反するのかを十分に検討した上で、当該意見が処罰対象なのか否かを判断することが求められる。

10月に開催された第19期中央委員会第5回全体会議で審議された第14次5ヵ年計画(2021年~25年)編成に先立ち中国共産党は、8月16日から29日までインターネットを通じた意見聴取(パブリック・コメント)を実施した。これは5ヵ年計画編成史上初めての取り組みで101.8万件を超える意見が寄せられたという。中国の立法手続きにおいては既に2008年ごろから意見聴取をすることが原則となっているが6、新型コロナとの闘いが言論統制の在り方に一石を投じたことで、中国共産党の重要な意思決定案件においてもより幅広く意見聴取が行われる可能性が高いだろう。
 
6 本稿の執筆時点でも、全国人民代表大会常務委員会が20年10月21日に発表した「個人情報保護法(草案)」に関する意見聴取が同年11月19日までの予定で実施されている。
[図表-10]世界デジタル競争力ランキング(WDCR) 2|自らのデジタル戦略に確信を高め経済政策の中核に
また、コロナ禍との闘いを振り返ると、新型コロナ前から進められていた中国のデジタル戦略が、防疫管理と経済活動を両立する上でも大きく貢献することとなった。中国では2015年に李克強首相が「インターネットプラス(+)」と称するデジタル戦略を打ち出して以降、農業、製造業、商業、医療、教育など随所で、デジタル化による経済構造改革がスピードアップしていた。そして、中国のデジタル競争力は目覚ましく発展、スイスIMDの世界デジタル競争力ランキング7で見ると、2016年の35位から2020年には16位まで順位を上げ、ドイツ、フランス、日本を上回ってきた [図表-10]。なかでも、「機会や脅威に対する企業の迅速な対応」に対する評価は極めて高く、米国や韓国を上回る[図表-11]。今回の新型コロナ禍という脅威に対しても、アリババやテンセントがいち早く「健康コード」を開発導入するなど企業は迅速な対応を示した。さらに、中国は「官民連携による技術開発の支援」にも強みがあると評価されている[図表-12]。国家資本主義といわれる中国はトップダウン一辺倒だと思われがちだが、デジタル分野での官民連携は高い評価を得ている。前述の「健康コード」にしても、アリババなどの民間企業が迅速に開発導入したあと、それを見た地方政府が素早く取り入れて、防疫管理と経済活動の両立に寄与することとなった。なお、コロナ禍を巧みに乗り切った台湾もこの2つが強みと評価されており、日本は逆にこの2つが弱みと評価されている。
また、中国では新型コロナ前から商取引が店舗販売から電子商取引(EC)へシフトしていたことも、防疫管理と経済活動の両立に大きく貢献した。新型コロナ前の2019年、中国は既に米国を上回る世界第1位のEC大国となっており、前年比20%前後の高速成長を続けていた。そして、コロナ禍で社会的距離の確保(ソーシャルディスタンシング)を要請されたあとも、前述したようにECでありながらネット生中継で店頭販売の雰囲気も味わえるライブ配信(直播)が盛んになり、個人消費全体が急激に落ち込んだ中でもECは高い伸びを維持することとなった。このライブ配信で活躍したのもアリババやテンセントで、それに ティックトック(TikTok) やビリビリ(bilibili)といった新興企業が加わって市場を拡大させた。

以上のように、中国では新型コロナ前から「インターネットプラス(+)」と称するデジタル戦略が進んでいたが、コロナ禍を乗り越える上でも有効に機能したことから自らのデジタル戦略に対する確信を高め、デジタル化による経済構造改革を中核に据えた経済政策をさらに推進していくことになるだろう。そして、前述の20年5月に開催された全人代では、今後のデジタル戦略を支える「新しいタイプのインフラ建設」を強化するとともに、「新しいタイプの都市化建設」と合わせて“両新”という言葉を使っており、中国のデジタル戦略は今後、都市のスマート化に歩を進めていくものと見られる。中国通信機器大手である華為技術(ファーウェイ)は既にスマートシティー事業に注力し世界40ヵ国で事業展開しており、中国テック企業である特斯聯(Terminus)は人工知能都市(AIシティー)のネットワーク化を世界規模で展開しようとしている。
[図表-11]機会や脅威に対する企業の迅速な対応/[図表-12]官民連携にによる技術開発の支援
 
7 世界デジタル競争力ランキングは「IMD World Digital Competitiveness Ranking 2020」を元に作成。
3|「グリーン経済(環境に優しい経済)」への転換が進む 
習近平国家主席は9月22日に国連総会でビデオ演説し、「この疫病が我々に啓示したことは、人類は自己革命を起こし、地球環境に優しい経済発展方式とライフスタイルを一刻も早く編み出し、エコ文明(生態系に配慮した文明)を建設し美しい地球にする必要があるということだ」と述べ、「人類はもはや自然からの度重なる警告を無視することはできない」として世界各国に行動を起こすよう主張するとともに、中国は2060年までの炭素中立(カーボンニュートラル)を目指すと表明した。

そもそも新型コロナウイルス感染症が大流行した原因と地球温暖化に伴う気候変動の原因には共通点が多い。地球温暖化に伴う気候変動の原因としては、人類の経済活動や移動が活発化したことに伴う化石燃料使用量の増大、人類が森林を破壊し土地開発を進めたことなどが挙げられる。そして、温室効果ガスが増加して地球温暖化が進み気候変動が起きて、海面上昇による高潮災害・海岸浸食や台風の巨大化・豪雨による災害の増加を招くとともに、地球生態系が崩れて多くの生物が絶滅することとなった。一方、今回のコロナ禍の原因を考えると、森林に潜んでいた細菌・ウイルスが森林破壊で人類と接する機会が増えたことや気候変動に伴う地球生態系の変化で感染症媒介生物の生息域が変化したことなどが挙げられる。また、人類の経済活動や移動が活発化したことで、人と人の接触機会が増えたことも、新型コロナウイルス感染症がパンデミックになった背景にある。実際、コロナ禍が世界を襲った20年は、世界中で外出制限が実施され人の移動が減少したため、2020年1-6月期の二酸化炭素(CO2)排出量は前年同期比8.8%減少したとの研究結果が報告されている。

中国がどのような「地球環境に優しい経済発展方式とライフスタイル」を目指しているのかは現時点で定かではないが、習近平国家主席が国際公約した以上、中国が「グリーン経済(環境に優しい経済)」への転換に向けて動き出すのは間違いないだろう。
 
 

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(2020年10月30日「基礎研レポート」)

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