2020年08月06日

新型コロナと芸術支援-継続、再開の先にあるアートの可能性を信じて

基礎研REPORT(冊子版)8月号[vol.281]

吉本 光宏

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政府が緊急事態宣言を解除し、東京都が休業要請を緩和したことから、中止や延期が続いていた文化イベント、休館状態にあった文化施設が再開に向けて動き始めている。しかし、3密状態で芸術を鑑賞する劇場や映画館、大型イベントなどは、直ぐに元どおりの運営ができる訳ではない。関係者は感染対策を徹底した再スタートの準備を進めながらも、様々な課題に直面しているはずだ。

新型コロナウィルスの感染拡大によって、文化関係者も大きな損失を受けた。その影響は、アーティストや芸術団体ばかりではない。照明や音響等の舞台技術者、文化施設のスタッフや制作者など幅広い層に広がっている。

4月以降、アーティストや芸術団体の窮状を支援するため、様々なクラウドファンディングが立ち上げられた。中でも「ミニシアター・エイド基金」には、1ヶ月間で約3万人から3億円を超える寄付が寄せられた。

文化イベントの中止・延期でとりわけ深刻な影響を受けたのは、フリーランスのアーティストや制作者、技術スタッフだろう。そうした人たちを救いたいと立ち上げられたのが「アーツ・ユナイテッド・ファンド(AUF)」だ。1人あたり20万円の支援を行うというもので、7月上旬に1,715件の応募から76件の採択が決まった。

企業メセナ協議会の「芸術・文化による災害復興支援ファンド(GBFund)」も、新型コロナウィルス感染症を対象災害に認定し、寄付を募っている。GBFundは、元々、2011年の東日本大震災の発生を受けて、「東日本大震災芸術・文化による復興支援ファンド」として創設されたものだが、災害に対する芸術・文化による支援を必要とするすべての地域に対応できる仕組みに発展していた。こうした動きとは別に、文化団体等に個別に億単位の支援を行った民間企業や財団もある。

新型コロナ禍における芸術文化への支援には3段階の対応が必要だ。(1)損失に対する緊急支援、(2)新型コロナへの対策を講じながら事業を再スタートさせるための支援、そして(3)ポストコロナの芸術のあるべき姿や新たな表現を模索する取組への支援、の3つである。

今、一番求められているのは、(1)のセーフティネット的な支援である。とにかく、芸術活動を継続するための支援が必要だ。一度活動が途絶えると再スタートは容易ではない。現在の文化の担い手、とりわけ若手芸術家が活動の継続を断念すれば、日本の文化的損失は極めて大きい。将来に禍根を残すことは必至だ。

次に必要なのが、ウィズコロナと言われる環境下で芸術活動や文化事業を再スタートさせるために必要な(2)の支援である。新型コロナウィルスの感染防止に必要な追加的経費をまかない、入場制限に伴う収入不足を補う支援について、知恵を絞り、準備する必要がある。これからはこの(2)の支援へのニーズが高まっていくだろう。

しかし、筆者が最も重要だと思うのは、(3)の長期的な支援である。新型コロナウィルスによって、これまでの社会の仕組みが大きく変わる中、芸術のありようや社会的な役割にも、大きな変容と進化が求められている。そんな状況にあって、芸術は何を表現し、社会に何を訴えることができるのか。活動の自粛を余儀なくされ、自宅に籠もって生き延びる術を模索しながらも、そう問い続けるアーティストは少なくないはずだ。

20世紀後半に急速に進展したグローバリズムによって、日本をはじめとした先進国は経済的な恩恵に浴してきた。しかし、そのことが新型コロナウィルスの世界的パンデミックを加速させたことは間違いない。近年、世界の大国は自国第一主義に傾き、英国のEU離脱や米中の対立など、世界的な分断が進む中で、新型コロナウィルスは発生し、猛威を振るう。

国境を越える移動が厳しく制限される一方で、新型コロナウィルスに対処するには、国際的な連帯が求められている。「私たちの目の前には、自国を優先し各国との協力を阻む道を歩むか、グローバルに結束するのかという2つの選択肢がある」*と警鐘を鳴らすのは歴史学者のハラリだ。

分断か連帯か――。それが問われる歴史的な転換点にアーティストはどう向き合うべきか。芸術活動が再スタートした先に、新型コロナウィルス後の社会のありようを深く問いかける作品、私たちに従来の価値観からの転換を迫るような表現が、必ずやアートの現場から生まれてくると信じたい。

GBFundの支援対象に「新型コロナウィルス感染症によって損失を受けた団体・個人」だけでなく、「新型コロナウィルス感染症により芸術文化活動が停滞する社会を平常化・活性化する目的で行われる芸術文化活動」が含まれているのはそのためだ。

まさしく、新型コロナ後の未来を見据えた芸術への支援、投資が求められている。
 
* ユヴァル・ノア・ハラリ「全体主義的監視か市民の権利か」(日本経済新聞、2020年3月31日)
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吉本 光宏 (よしもと みつひろ)

研究・専門分野

(2020年08月06日「基礎研マンスリー」)

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