2020年06月16日

アリババ、慢性病患者でも加入可能なP2P癌保障を発表【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(42)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1-慢性病でも加入できるP2P癌保障「慢性病互助プラン」とは?

2020年5月13日、アリババ・グループは「相互宝」シリーズの第三弾として、「慢性病互助プラン」を発表した。これは、慢性病に罹患していても加入することができ、癌など悪性腫瘍を給付対象とする医療保障プランである(図表1)。

相互宝は、アリババ・グループがサービスを利用する会員向けに、重大疾病や癌などの医療保障を行う互助サービス(本稿では「P2P互助」とする)である。なお、相互宝のようなプラット・フォーマーが提供するP2P互助は、リスクの引き受けを保険会社ではなく加入者間で行う、多くが保障費用(保険商品の保険料に相当)は後払い・割り勘にする(プール金を持たない)などの特徴があり、中国においては保険商品に分類されていない。
図表1 「相互宝」3プランの保障内容
新たに発表された「慢性病互助プラン」は以下のように、8つに分類される慢性病を抱える場合でも加入が可能となっている。例えば、(1)三高(高血圧、高血糖、高血脂)、(2)心臓・血管系(心筋梗塞、先天性心臓病など21種)、(3)脳血管系(脳梗塞、パーキンソン病、アルツハイマーなど15種)、(4)呼吸器系(喘息、結核など8種)、(5)消化器系(十二指腸潰瘍など8種)、(6)腎臓(慢性・急性腎炎、腎機能不全など11種)、(7)関節(痛風、リウマチ、強直性脊柱炎など10種)、(8)その他(血友病、骨髄炎症、精神疾患など7種)などの疾患である。ただし、これまで(現在も含む)悪性腫瘍、上皮内癌、脳または脊髄の腫瘍、上皮内新生物、肝炎、肝硬変、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、後天性免疫不全症候群などに罹患した場合は加入が認められていない。
 
加入対象年齢は生後30日から59歳まで、給付については生後30日から39歳までは30万元(約500万円)、40~59歳までは10万元(約160万円)、待ち期間は90日となっている。高齢化とともに慢性病の重症化や長期化、合併症などの増加が考えられるので、40~59歳の給付を10万元とし、39歳までの給付の30万元より大幅に抑えている。加えて、60歳以降については保障の対象外としており、給付に係るリスクを低減させている。加入対象年齢、給付額の多寡、待ち期間、いずれとも重大疾病互助プランと同様である。
 
健康リスクが高い人を対象とした癌保障となると1人あたりの保障費用の高額化も考えられる。しかし、慢性病互助プランでは、年間1人あたりの保障費用の上限は、重大疾病互助プランと同様の188元とし、それ以上の場合は運営会社が補填をするとしている。その背景には給付が増加すると考えられる40~59歳の給付額を相対的に低く抑えている点、加入者の規模確保といった点も考えられる。なお、給付までの仕組みはこれまでの相互宝のスキームと同様に、給付の総額を加入者総数で割り勘する方法をとる。
 
中国では慢性病の患者がおよそ3億人いるとされているが、保険市場において加入できる保険商品は相対的に少ないといえよう 。相互宝などのP2P互助は、需要に応じた商品の個別化を進め、テーラーメイド型の商品を増やしている。高齢者向け癌プランや慢性病互助プランのように、既存の民間保険商品では加入が難しいとされる高齢者や健康リスクの高い人々を包摂し、更に、保障費用の低額化に挑戦しようとしている点にも特徴がある。加入者の規模が膨らむと、保険商品とのコンフリクトといった問題もあるが、P2P互助の場合は、保障費用が低額で、給付も抑制した水準にあるので、コンフリクトの発生は当面限定されよう。P2P互助の運営サイドは、あくまで民間保険商品を補完する最も基礎的なスキームとして、民間保険との共存を模索している。
 

2-2025年にP2P互助の加入者は4.5億人に拡大

2-2025年にP2P互助の加入者は4.5億人に拡大、人口の3割が加入の可能性も?

アリババ・グループの推計によると、2019年はわずか1年間でこういったP2P互助に1.5億人が加入したとしている1。そのうち、72%の加入者が民間保険商品の普及が進んでいない小規模都市以下の都市に分布し、また、P2P互助(重大疾病保障)へアクセスするユーザーの68%が民間の保険商品に加入していないとした。

こういったユーザー層は、家族の誰かが癌などの重大疾病に罹った場合や、慢性病など長期の治療が必要になった場合、医療費の支払いが困難であるが故に貧困に陥る可能性が高い。朱(2020)によると、中国の貧困問題について、その原因を自然条件(災害、土地資源の不足、水不足)、経済発展条件(交通不便、技術不足、資金不足)、人的資本要素(教育資金、インセンティブ不足、労働力不足、病気、障害)に分けてみた場合、人的資本要素の「病気」が全体の42.1%を占め、最大の要因となっている2
 
一方、習近平政権も2020年の小康社会(ややゆとりのある社会)の実現に向けて、貧困問題の解決を3つの重要課題の1つにしている3。2020年の全国人民代表大会の記者会見でも注目されたが、李克強総理は「2019年の平均年収が3万元(約50万円)であった一方、月収がわずか1,000元(16,000円/年収の場合は約19万円)ほどの国民がまだ6億人もいる」とした。また、「現在の中国では月収1,000元ほどとなると、中規模都市で家を借りて生活することさえ困難であろう」としている。このような6億人(人口の4割)はまさに貧困予備軍であり、貧困の最大要因とされる病気への備えである医療保障が最も必要とされる層でもある。アリババ・グループは新型コロナ後の医療需要の高まりも加味しつつ、2025年までにP2P互助の加入者は4.5億人まで増加すると予測している。これは中国の総人口の3割に相当する規模である。
 
1 「網絡互助行業白皮書(ネット互助業務に関する白書)」、2020年5月7日発表。
プラット・フォーマーが提供するP2P互助は相互宝以外に、水滴互助、軽松互助、美団互助など複数にわたる。相互宝のみで加入者は1億人を突破している。
2 朱珉(2020)「中国における貧困対策の新たな模索―政府と保険会社の協働による「扶貧」を中心に」、『中国研究月報』No.866、一般社団法人中国研究所
3 小康社会の全面的実現のための3大堅塁攻略戦として、貧困問題の解決以外に、重大リスクの防止、環境汚染の防止を掲げている。
 

3-P2P互助のプレゼンス向上

3-P2P互助のプレゼンス向上、医療保障体系の一翼を担う存在に

上掲のように、P2P互助は、民間保険の普及が進んでいない中規模・小規模都市、所得が相対的に高くない層を中心に急速に普及している。加えて、高齢者や健康リスクの高い層も包摂し、今後は公的医療保険を補完する役割を担う存在にもなるであろう。一方、政府サイドからみると、貧困問題の最大の要因(病気)の解決の一助となる上、相互扶助という形をとるため、財政支出をしてカバーする必要がないという利点がある。

こういった特徴から、P2P互助のプレゼンスは大きく変化し始めている。2020年2月に国務院が「医療保障制度改革の更なる深化に関する意見」を発出し、そこで初めてP2P互助を医療保障体系の1つに組み込むことを示した4。P2P互助は市場において民間保険にも相互保険にも分類されず、ITプラット・フォーマーという異業種が提供する互助サービスに止められ、その立ち位置はいまだに明確になっていない。しかし、政府がその役割を公式に認め、国の医療保障体系を支える民間保障の1つとして‘お墨付き’を与えた点は大きな前進であろう。10年後の2030年に向けて、民間の健康保険とともに、更なる役割の発揮が期待されている。
 
4 「中共中央国務院関于深化医療保障制度改革的意見」の全体目標(三)に「2030年までに、基本医療保険(公的医療保険)を主体とし、医療救助で基層部分の救済を行い、補充医療保険、民間の健康保険、寄付(クラウド・ファンディングなどを含める)、医療互助の協働発展による医療保障体系を全面的に構築する」とした。また、二、「公平で適正な医療給付保障システムの整備」の(八)多層的な医療保障体系の発展の促進において、「社会からの慈善・寄付活動を奨励し、慈善活動による医療救済の力を発揮させ、医療互助の健全な成長をサポートする」としている。内容については筆者仮訳、括弧内の記載は筆者による。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2020年06月16日「保険・年金フォーカス」)

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