2020年06月12日

アジアデジタル共通通貨の提案

国際協力機構専門家 アジア開発銀行コンサルタント 乾 泰司

大阪経済大学経済学部教授 ニッセイ基礎研究所 客員研究員 高橋 亘

伊藤忠商事理事 石田 護

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6――AMROコインのメリット

このような地域デジタル通貨としてAMROコインを導入すると、次の通り様々なメリットを享受できることになる。メリットは、1) デジタル通貨としての特性に加えて、2) 国境を超えるクロスボーダーな共通通貨としてのメリットがある。さらに、3) プライベイトではなく公的管理が行われる通貨としてのメリットが指摘できる。

(1) 廉価な国際送金・国際決済の実現
前述のとおりAMROコインを利用することにより、クロスボーダーでの労働者送金が自由に、手数料なしで、行うことができる。特に、携帯電話間でのAMROコインの移動が実現すると、個人間で、AMROコインの転々流通性が確保される。従って、銀行口座を持たない人が多い開発途上国における送金や、更には、海外で働いている人が自国の家族に送金する場合(労働者送金)にも利用できる。また、マイクロファイナンスの実施・返済等にも利用可能となる。

さらにAMROコインにより従来と比較し廉価な手段で企業間の送金を行うことができる。ASEAN+3地域では、サプライチェーンが発達しており、企業の製造・販売活動はすでに国境を越えて地域として一体化している。このため貿易面では、FTA(自由貿易協定)が締結され制度面での整備がされてきた。一方金融サービスは分断化されていた。デジタル共通通貨による地域ワイドの決済制度の整備によって、金融サービス面でも産業面での経済統合に映じた一体的なサービスが提供されることになる。

(2) 開発途上国(特にドル化国)への安定した通貨制度の提供
公的なデジタル共通通貨を導入することによって、現状では、通貨制度が安定しない国においても、AMROコインを法貨とすることにより安定した通貨を利用することができるようになる。また、ドル化している国にとっては、ドルに換えAMROコインを採用することにより、上記の通り、シニョレッジの確保が可能となる。

(3) 経済コストの削減
またこれは途上国に限らないが、デジタル通貨を導入することにより、社会的に経済コストが低下する。AMROコインは、利便性が高く、レジなどにおける支払に要する時間が短縮し省力化につながる(商店などによる利用者の利便性向上)。また、普及が進みコインを代替することにより、商店や金融機関における物理的なコインの取扱に必要なワークロードおよびコストの削減が期待できる。

(4) 安全性の確保
デジタル通貨が、公的に供給されることによって、より安全性の高い通貨が提供される。AMROコインでは、民間のデジタル(仮想)通貨のような、交換業者による受託仮想通貨の流出、交換業者の倒産といったリスクはないと言える。また、マネーロンダリング・テロ資金供与対策が可能であり、Financial Action Task Force (FATF)やBank Secrecy Act (BSA)への対応も可能となる。

(5) 感染症の物理的・直接的な伝染防止への寄与
支払手段として銀行券やコインを使った場合には、手渡しとなる場合が一般的であり、通貨を介してウイルスや病原菌が物理的・直接的に媒介する危険性がある。これに対し、AMROコインといったデジタル通貨を利用する場合には、(i) NFC(非接触型ICチップ)を内蔵するカードやモバイルデバイスをPOS端末に接触すること、(ii) モバイルデバイスや端末付属のスキャナーによるQRコードの読取り、(iii) モバイルデバイス間の電子的な授受、などにより、物理的な媒介物なしに通貨(データ)を伝達することで支払を完了することが可能となる9。従って、AMROコインの利用により、ウイルスや病原菌の直接的な伝搬を相当程度抑えることが可能となると言える。
 
9 Auer et al.(2000)の指摘によれば、紙幣を通じた感染率は、接触型のクレジットカードのターミナルやPINパッドよりも低いとされている。
(6) 公平なサービスの提供
公的な枠組みでデジタル通貨が提供されることはより公平なサービスを提供できる。ASEAN+3の国(エコノミー)の中には、全国民ないしは住民に国民番号や社会保障番号といった個別のIDが付与されており、同IDと一意に紐着いた写真付きに身分保障カードを発行している国も見受けられる。そのような国においては、同IDカードに非接触型ICチップ(例えばNFC10)といったセキュリティレベルの高いAMROコイン用電子財布を導入することにより、全国民が、AMROコインを公平に利用することが可能となる。また、このIDカードは、社会保障や年金などの給付にも利用でき、更には、他国からの労働者送金の受取手段としても利用可能となる。
 
10 Near Field Communication
(7) 地域活動の活性化およびグローバル展開の展望
AMROを中心とする中央銀行や政府機関がAMROコインに関する議論を行う過程で地域会合の活性化や意思疎通の一層の円滑化が期待できる。場合によっては、通貨統合といったことも展望可能と言える。多国間の枠組みで通貨が提供されることは特に重要である。欧州中央銀行の事例にもあるように、多国間の枠組みでは、大国も小国も同じ権利を有している。このため、国際通貨は国際的なインフラであり大国が国際通貨を牛耳るという不適切な状態を回避することができる。

なお、本方法は、ASEAN+3およびAMROという地域および機関だけでなく、ASEAN+3をG20に、AMROをIMFに、ACUをSDR11に読み替えることにより、よりグローバルに展開できる可能性があると言える(図表4)。
図表4.This is a personal dream of the presenter.
 
11 Special Drawing Right
(8) 「共通通貨」であり「単一通貨」ではないこと
本構想では、各国(エコノミー)ではAMROコインと各国通貨が併存して流通していることを想定している。欧州の場合は、1998年に、従来の共通通貨でなく各国通貨をユーロという単一通貨に統合することで、欧州金融市場を単一の市場とすることを目指した。これは当時の欧州の経済統合に向けた強い政治的な意思を反映している。単一通貨は、欧州に効率的な金融市場を推進したという大きなメリットがあった一方、加盟各国の金融政策の自由度を奪うなどデメリットがあったことは周知のとおりである。一方本構想のような各国通貨と併存した共通通貨は、金融市場の統合という点では、複雑となり単一通貨に劣るが、より柔軟性を持った仕組みであること、また欧州に比べ東アジアでは、政治的な意思は相対的には弱いことから、本構想では、共通通貨の導入としている。
 

7――課題と今後の対応

7――課題と今後の対応

AMROコインを実際に利用する場合、まだ多くの課題が残っている。例えば、日本ではNear Field Communication (NFC)といった非接触型ICチップを搭載したスマートフォンやタブレット型端末が普及している。一方、日本以外では、プリペイド型の通信料金として通信会社等に価値を保存し、支払に利用できる国も多い。一般受容性の観点からは、全国民に国民IDが入った非接触型ICカードの配布や、それを読取る端末を提供するなどの対応が望まれる。また、AMROコイン運営センターをどの国に設置するのか、そのバックアップセンターはどうするのか、POS端末などとのインターフェイスをどのような仕様にするのか等、AMROコインを実用的なレベルに持ち上げるためには、まだまだ多くの技術面での課題が残っていると言える。
 
また、各国政府が発行主体(AMRO)に資金拠出をする際の仕組み(法的根拠、予算、プロセス)、発行主体(AMRO)における業務としての位置付け、幾つかの国が発行を計画しつつあるCBDCや既存の仮想通貨や既存の金融システム(メガバンク等)との調整、金融政策への影響はどのように考えるのか、といった制度面、政策面での課題を解決する必要がある。更に、そもそも通貨単位として、何を採用するかという問題が残っている。ASEAN+3地域の通貨を考える場合、通貨バスケット制度(ACU建て)とすることが、理想と思われる。しかし、欧州でのユーロ誕生までの労力と時間を考えると、それは容易な事ではない。従って、まずは、米ドル建ての地域コインを発行するということも考えられる。更には、リブラ(通貨バスケットを活用)といった新しいサービスやそこで使われている技術を調査・検討し適用を試みることも重要と言える。
 
従って、AMROコインを実現するに当たっては、このような課題を洗い出し、実プロジェクトとして立ち上げることを展望し準備する必要がある。その為には、AMRO内に検討チームを組成し、1-2年程度を目途に対応策を検討し、ASEAN+3代理者会合や総裁会合に諮れるレベルの検討結果を策定することが望まれる。いずれにせよ、より具体的な事項につき検証するとともに、AMRO(ASEAN+3)内に議論の場を設けることが考えられる。
 

8――おわりに

8――おわりに

デジタル通貨を発行すること自体は、技術面でも運用面でも既に実用可能な段階に達している。ただ、一国のリーガルテンダーとして発行するか否かは、まだ議論の余地があるように見受けられる。そのような中で、デジタル通貨の特性を鑑みると、むしろ先にクロスボーダーで利用可能な小口の送金手段として、ないしは「価値保蔵型」の前払支払手段として、例えばASEAN+3地域で通用するような形で、導入することが考えられる。クロスボーダーでの取引、経済活動が安定的に伸びているASEAN+3地域では、地域の金融経済の発展・安定化に資するだけでなく、エコノミーを跨いで働く人にとって利便性が高まり、経済的にもメリットを享受できるようになることが展望される。
更に、もしAMROコインが定着し、AMROの通貨発行体としての信用力が十分に認められた暁には、AMROコインをASEAN+3各国から提供される資産を超えてAMRO独自に発行できるようになることを展望したい。
 

参考文献

参考文献

雨宮正佳「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」日本銀行、2019年 
雨宮正佳「中銀デジタル通貨と決済システムの将来像」日本銀行。2020年 
石田護 「为什么日中需要货币合作——经济上的要求和地缘政治含义」、『国際経済評論』、中国社会科学院経済与政治研究所、2007年第1期
石田護「关于东亚共同体的重新思考:从功能路径到制度路径」、『国際経済評論』2014年第3期、中国社会科学院経済与政治研究所、(「東アジア共同体再考:機能的アプローチから制度的アプローチへ」、『国際金融』、2014年)
乾泰司「中央銀行ないしは同等の機能を有する機関が法定通貨として発行することを目的とした電子マネーおよび電子マネーシステム」、特願2007-207208、2007年
金融庁「仮想通貨交換業等に関する研究会報告書」2018年、
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中山靖司、「電子マネー技術と特許」、IMES Discussion Paper Series No.98-J-33、 日本銀行金融研究所、1998年、 
柳川範之、山岡浩巳「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No19-J-1、2019年
Auer, Raphael, Giulio Cornell and John Frost “Covid-19,cash, and the future of payments” BIS Bulltein No3, Bank for International Settlement, 2020
Adrian. Tobias, and Tommaso Mancini-Griffoli,”The Rise of Digital Money”,IMF、2019
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Brunnermeier, Markus K., Harold James, Jean-Pierre Landau, “The Digitalization of Money”, Working Paper 26300, National Bureau of Economic Research, 2019
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Takahashi.Wataru,”Financial Cooperation in East Asia: Potential Future Directions”Chap 2 in “Trade, Investment and Economic Integration of Volume II for Globalization, Development and Security in Asia”, World Scientific、2014
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