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感染拡大で外国人就労政策はどうなるか?-コロナ危機で顕在化した課題
総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也
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民間エコノミストの経済成長率平均予測値(ESPフォーキャスト)をもとに算出したGDPギャップの予測値は、リーマン・ショック時を上回る過去最大のマイナスギャップを形成している[図表1]。緊急事態宣言が全都道府県で発令された4月には、インバウンドで活況を呈した外国人延べ宿泊者数は対前年比▲97.4%と急減し、国際線の航空旅客数も同▲95.8%、新幹線の輸送量も同▲90.0%と、減少幅は9割に達した。また、全国にある居酒屋/パブの売上高も同▲91.4%に落ち込み、百貨店売上高も▲72.8%の減少となった。まさに、需要の「瞬間蒸発」とも言える状況である[図表2]。足元では、需要の減少が雇用に影響を及ぼし始めている。厚生労働省が6月2日に公表した資料によると、新型コロナウイルスに係る雇用調整の可能性がある事業所は、5月29日時点で30,214事業所、解雇等見込みの労働者数は16,723人にもなったという。事業所別で見ると、製造業(6,298事業所)、飲食業(4,760事業所)、小売業(3,028事業所)の順に多いが、労働者で見ると、宿泊業(3,702人)、道路旅客運送業(2,287人)、製造業(2,269人)となっており、製造業からサービス業まで幅広く影響が及んでいることが分かる。
新型コロナウイルスの感染爆発、所謂「コロナ危機」が発生する以前は、戦後最長の「いざなみ景気」を超える景気拡大により、多くの企業で労働力不足が供給制約となっていた。とりわけ中小企業における人手不足は深刻で、労働力の確保が重要な経営課題となっていた[図表3]。そこで政府は、足元の供給制約を解消し、人口減少社会における構造的な労働力不足の問題に対処するため、2018年12月に出入国管理法を改正して、外国人労働者を広く受け入れる方針へと大きく舵を切った。しかし今、コロナ危機で労働環境は反転し、日本の外国人就労政策は正念場を迎えている。リーマン・ショック時には、職を失った外国人労働者を母国へと送り返す政策が実施されたこともあり、今後の対応が注目される。本稿では、外国人就労の現状とコロナ危機で浮き彫りになった問題を整理し、今後の外国人就労政策について考察する。
2――10年間でグローバル化した労働市場
これまで日本は、外国人の単純労働分野での就労を認めないとの方針を取ってきたが、実際には、就労資格ではない「身分に基づく在留資格」「技能実習」「資格外活動」で多くの労働者を受け入れてきた。就労を目的とする「専門的・技術的分野の在留資格」や「特定活動」で就労しているのは、外国人労働者全体の2割ほどに過ぎない[図表5]。このような制度と実態が乖離した状態を是正し、人手不足が深刻な業界における外国人就労を可能とするため、政府は2018年12月に出入国管理法を改正して、新たな在留資格の「特定技能」を創設している。同制度に基づく運用は2019年4月から始まり、5年間で最大34.5万人を受け入れる計画であったが、業種別の資格試験の準備や協力国との調整が間に合わず、2020年3月末時点の受け入れは3,987人に留まっている。ただ、年度末にかけて人数は増加しており(2019年12月は1,621人)、今後、特定技能での受け入れも増加していくと見込まれる。
外国人労働者の増加に伴い、産業界の外国人労働者への依存度も上昇している[図表6]。日本全体の就労者に占める外国人労働者の割合(依存度)は、2009年の1.03%から2019年には2.47%まで上昇した。これは、40.5人に1人が外国人労働者であることを意味する。特に、「サービス業(他に分類されないもの)」(5.86%)や「宿泊業、飲食サービス業」(4.92%)などは依存度が高く、その上昇ペースも加速している。
3――外国人労働者を直撃したコロナ危機
政府は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、4月7日から5月25日まで、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく「緊急事態宣言」を発令した。この間、最初から最後まで対象区域に指定されていたのは、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県の6都府県であり、新型コロナウイルス感染症が、人口過密地域の都市部を中心に拡大して来たことを示している。
他方で、外国人(労働者含む)は、都市部に集中する傾向にあることが知られている。これは、雇用機会の多さや最低賃金の高さなど、様々な要因が指摘されている。[図表7]は、在留外国人と外国人労働者の都道府県別の分布を示したものであるが、外国人の多い地域ほど、緊急事態宣言に伴う外出自粛が長く続いたことが分かる。
コロナ危機による影響は、業種、業界、企業規模を問わず及んでいる。とりわけ規模の小さな企業は、コロナ危機の影響を受け流す選択肢(事業縮小や生産地域の変更など)に乏しく、影響をダイレクトに受けてしまいがちだ。また、法人企業統計で2018年度の金融業および保険業以外の規模別自己資本比率を見ると、資本金10億円以上の企業は45.5%である一方、1千万円未満の企業は19.3%であり、企業規模が小さくなるほど財務余力も乏しくなっている。資金調達にしても、大企業であれば資本市場から直接資金調達することも可能であるが、規模の小さな事業者は、銀行等の借入に頼らざるを得ず、資金調達手段も限られている。危機への耐性は、事業規模に比例する部分もあり、小規模事業者ほど相対的に厳しい状況にあると言えるだろう。
実際に、外国人労働者にどの程度の影響が及んでいるのか、把握することは難しい。公的な統計で外国人労働者の失業件数などが公表されているものはなく、正確な規模感は捉えられない。ただ、報道ベースでは、生活に困窮した外国人労働者や留学生からの相談が、在留外国人を支援するNPO法人や地方自治体などの相談窓口に数多く寄せられているという。生活に困窮した外国人労働者は、民間団体や企業などからの支援で急場を凌いでいるようだ。外国人留学生を訪日客の急減で客室に空きのある簡易宿泊施設が無償で受け入れたり、支援物資の寄付を受けた民間団体が生活支援をしたりしている。ただし、支援が受けられるのは一部に留まるため、より厳しい状況に置かれている外国人労働者も多そうだ。日本での就労を諦めて帰国しようにも、海外との往来は制限されており、費用負担の問題から苦境は深まっている。
一方、外国人労働者が、入国できないことによる問題も生じている。技能実習生が来日できないことで農業や漁業の現場では、人手不足は深刻化している。収穫できない野菜を放棄する農家や出航を延期する漁業者も出て来ている。異業種からの転職者を受け入れる動きもあるが、業種間の労働移動は少ない傾向にあり、特に外国人労働者については、急ごしらえの制度でもあり、スムーズに労働移動が進むのか不透明な部分も多い。
4――コロナ危機で試される「外国人就労政策」
上記のように、外国人労働者は生活基盤を失って厳しい状況に置かれている。政府は、そのような外国人労働者を支援するため、様々な支援策を打ち出している。例えば、実習の継続が困難となった技能実習生等に対しては、特別措置として異業種への転職を認め、最大1年「特定活動」の在留資格を与えるとの措置を講じている。また、1人あたり一律10万円が給付される「特別定額給付金」や、雇用維持のため休業などの措置を取った事業者に支給される「雇用調整助成金」などは、外国人労働者も日本人労働者と同じく適用の対象となっている。
他方で、適用が制限された措置もある。例えば、5月19日に創設された「学生支援緊急給付金」だ。この措置は、特に厳しい状況にある住民税非課税世帯の学生には20万円、それ以外の学生には10万円が支給される制度である。ただし、支給対象は国公私立大学(大学院を含む)の学部生および大学院生、短期大学部生であり、そこには留学生や日本語学校の学生も含まれているが、留学生については「前年度の成績評価係数が2.30以上」という成績基準が設けられている。また、3月18日に発表された「緊急小口資金等の特例貸付」は、生活資金の貸付けを行う制度を拡充したものであり、貸付上限額を20万円と2倍に引き上げたうえで、その対象を低所得世帯から感染拡大の影響で減収となった世帯まで広げた措置である。同制度は、都道府県社会福祉協議会により運営されており、多くは在留外国人を対象としているが、地域によっては「在留中に返済できること」「永住者や定住者」に限定するなどの条件が付されている所もある。生活が困窮した場合、最終的に「生活保護」という手段も考えられるが、就労が在留資格によって制限されている外国人労働者は、対象にはならない。外国籍の場合、永住者、定住者、日本人の配偶者等、特別永住者、難民認定を受けた者などに限定されており、在留期間に制限のある留学生や技能実習生などは対象外だ。
今回のコロナ危機により、日本の外国人就労政策における様々な問題が明らかになった。リーマン・ショック時にも同様のことが起きたが、労働移動が制限された制度では、労働需要の急激な変動に対応することが難しい。また、日本における生活基盤が脆弱な外国人労働者は、所得を獲得する手段を失うと瞬く間に困窮してしまう可能性が高まる。不可抗力による生活の不安定化を回避するための仕組みが必要だ。
短期的には、外国人労働者への配慮を厚くすることが必要だろう。少なくとも、日本人労働者と同程度の生活保障が受けられる環境は必要だ。2018年12月に閣議決定された「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」には、「政府としては、条約難民や第三国定住難民を含め、在留資格を有する全ての外国人を孤立させることなく、社会を構成する一員として受け入れていくという視点に立ち、外国人が日本人と同様に公共サービスを享受し安心して生活することができる環境を全力で整備していく」との方針が示されている。足元では、外国人労働者は就業者全体の2%程度を占めるに過ぎないが、外国人労働者なしでは成り立たない業種や産業があることも事実であり、貴重な人材としての認識する必要がある。また、国内における外国人労働者の窮状を放置しておけば、国際的な批判が高まる可能性もある。危機後の労働力誘致を考えるうえでも支援は必要だろう。
長期的には、外国人労働者をどのような形で日本に受け入れていくのか、改めて考えていく必要があるだろう。少子高齢化と人口減少が進む日本では、労働力の確保が将来的な課題になる。デジタル化の進む社会において、どのような外国人材を受け入れて、どのような社会を形成していくのか、国民の間でコンセンサスを得る必要がある。2018年に出入国管理法改正案が審議された際には、国論が2分されていた。目指すべき社会像を明らかにしたうえで、制度の見直しを進めていく必要がある。来年には、特定技能制度の開始から2年を迎え、経済情勢の変化や運用を通じた課題などを反映するため制度の見直しが行われる。受入業種の拡大や数値目標の設定だけでなく、外国人就労政策全体の議論が深まることを期待したい。
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(2020年06月11日「基礎研レター」)
03-3512-1790
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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