2020年06月08日

中国生保市場、緩やかに回復-高い医療保障需要

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――医療保障の需要は新型コロナ以前の高水準を維持。健康保険の収入保険料は前年同期比2割増。

新型コロナによって一時的に冷え込んでいた中国の生保市場が緩やかに回復している。当初は、保険エージェントによる対面式のサービス提供が困難な点から、速やかな回復が懸念されていた。しかし、オンライン上で手続きが完結することを好むユーザーが増加した点、当局も保険会社に対して非対面式のオンラインサービスの強化を推奨した点、加えて、大手を中心に新しい暮らし方、社会の変容-「新常態」(ニューノーマル)に迅速に対応した経営に変容しつつある点が奏功しているのであろう。
 
2020年1-4月の生保市場の収入保険料は前年同期比3.8%増の1兆5,111億元となり、緩やかではあるが増加している(図表1)。保険種別でみると、養老・年金といった貯蓄型の生命保険は前年同期比1.5%増の1兆2,183億元、傷害保険は前年同期比7.3%減の230億元と需要はそれほど伸びてない(図表2)。
図表1生保収入保険料推移/図表2保険種別の前年比増加率
一方、感染拡大期に新型コロナを一時的に給付対象に含めた重大疾病や医療保険といった健康保険については、前年同期比17.2%増の2,698億元とその他の保険と比較して大幅に増加している。新型コロナやSARSといった非常時には一時的に医療保障の需要が高まる傾向にある。2003年のSARSの際には、事態が落ち着き始めた3月から収束後の8月まで健康保険の収入保険料が一時的に急増した。当時、SARSを給付対象とした保険や特約の開発・発売が許可された点も大きい。しかし、図表2からも分かるように、今回の健康保険の販売状況については、新型コロナによる一時的な需要の高まりもあるものの、これまでと同様の高いニーズを維持していると捉えることができる。
 

2――保険未加入者の加入意識が向上。

2――保険未加入者の加入意識が向上。P2P互助や寄付型クラウドファンディングからのアップセルも。

また、新型コロナによって、これまで保険に加入したことがない人を中心に保険意識が高まり、加入が急増する傾向も見られた。例えば、保険ブローカーの水滴保険商城では、保険加入者が2020年1-3月で4,000万人増の8,000万人にとなった(図表3)。同社は2017年5月の設立およそ2年半(2019年12月)で、保険加入者がおよそ4,000万人となったが、2020年1-3月のわずか3ヶ月で、その数を2倍にしたことになる。年換算保険料も1-3月で30億元と、2019年1年分(60億元)の半分をわずか3ヶ月で達成した。同社の特徴としては、保険ブローカー業の前に、水滴互助(P2P型の互助スキームで低額での加入が可能、重大疾病を保障)、水滴筹(貧困家庭向けの医療費調達のためのクラウドファンディング)といったサービスを社会に広く浸透させていた点が大きいであろう1。同社の加入者の8割は、民間保険が普及していない小規模都市居住者で、地域としては四川省、河南省、山東省などを中心としている。
図表3 水滴公司の業務内容
水滴公司によると、1-3月の加入者の特徴は、1990年代生まれの若年層が急増し、職種としては物流、宅配員、アプリ配車(運転手)、販売業務など社会活動を維持する職業を中心としていた。特に、2月は新型コロナの震源地とされる湖北省からの加入者の増加が最も多かったという。

同社は2019年時点で60を超える保険会社と提携し、80以上の保険商品を取り扱っている。加入者が8,000万人を超える水滴互助、参加者が3億人を超える水滴筹のプラットフォームをベースに、同社の取り組みに賛同したユーザーの保険商品へのクロスセル、アップセルの効果も見られる。2019年時点では9割のユーザーが水滴保険商城を通じてオンラインで初めて保険に加入している。今後、水滴公司のように、元は異業種であるプラットフォーマーが、最終的には保険商品加入への有望なチャネル(窓口)となる可能性がある。
 
1 水滴互助など、P2P型の互助スキームは保険商品に分類されていない。
 

3――保険商品はそのリスク保障機能で、社会の安定に寄与するもの。

3――保険商品はそのリスク保障機能で、社会の安定に寄与するもの。

中国では保険市場の発展の方向性について、監督当局(中国銀行保険監督管理委員会)がその方向性を示している。今後の方向性については2020年1月に「銀行業・保険業の高いレベルでの発展推進に関する指導意見」を発出している(図表4)。意見では、公的・私的保険の福祉ミックスをベースとした多層的な保障体系の構築、保険会社はリスク保障機能という保険本来の役割を発揮し、社会の安定に寄与するよう改めて求めている。
図表4 銀行業・保険業の高いレベルでの発展推進に関する指導意見(保険の内容について抜粋)
振り返ってみると、今回の新型コロナに際して、中国の保険会社は一時的に給付範囲を広げたり、新型コロナ患者に対する給付を迅速に行っている。加えて、医療従事者など最前線に立つ関係者への無償付保、オンライン診療や健康情報の提供、寄付活動などを通じて、社会の安定に大きく貢献している2。中国保険業協会によると、5月18日までで、新型コロナ関連の支払件数は19万7,100件、給付総額は4億3,900万元にのぼった。そのうち、生命保険会社による支払いは2億9,100万元となっている3。今回の新型コロナでは、保険会社や保険商品が果たす社会的な役割・機能が国民に広く再認識され、それが販売回復に寄与している点も考えらえる。
 
2 2020年1月から4月10日までで、合計124社が保険料を引き上げない状況下で、1,530の保険商品の給付範囲に新型コロナを含めた。そのうち75%が重大疾病保険となっている(出典:中国保険・リスク管理研究センター)。
3 http://www.iachina.cn/art/2020/5/22/art_8605_104486.html(2020年6月4日アクセス)
なお、5月18日までの新型コロナ関連の生保の給付額は2019年の給付総額(生保)の0.05%に相当。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2020年06月08日「基礎研レター」)

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